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第63話・もうひとりにはしない
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澪の体から、ふっと力が抜けた。
崇雅の胸元に、小さな寝息がかすかに当たる。
(……寝たか)
泣き疲れていた。
言葉も、涙も、すべて出し尽くして、ようやく訪れた静寂。
崇雅はしばらく、その寝息のリズムに合わせてじっと動かずにいた。
呼吸が落ち着いているのを確かめると、ゆっくりと腕をまわし、彼女をそっと抱き上げる。
(……澪)
声は出さず、ただ名を口の中でそっと呼ぶ。
軽い。
けれど、確かに温かく、生きている重みがあった。
ソファから立ち上がり、足音ひとつ立てずに寝室へ向かう。
そのままベッドに歩み寄り、澪をそっと降ろした。
シーツがわずかに沈み、彼女の髪がふわりと枕に広がる。
掛け布団を肩まで引き上げながら、崇雅は最後にもう一度だけ、澪の頬に触れた。
(ここにいてくれて、ありがとう)
声には出さなかった。
ただ、心の奥で深く、静かに感謝を刻む。
照明を落とすと、部屋には再び静けさが戻った。
寝室の隅に置かれたデスクには、崇雅のノートパソコンが開かれていた。
室内は暗く、手元だけを照らすスタンドライトが静かに灯る。
キーボードを叩く音が、部屋の中に微かに響いていた。
ベッドの上では、澪が穏やかな寝息を立てている。
先ほどまで涙で濡れていた頬も、今はようやく安らいだ表情を取り戻していた。
眉間の皺も、緊張で結ばれていた唇も、少しずつ緩んでいる。
崇雅はタイピングの手を止め、ふと視線を澪の方へ向けた。
(……顔色もよくなかった。やっと眠れたか)
安堵とも、切なさともつかない感情が胸の奥に広がっていく。
どれだけ強がっても、澪は――彼にとって、守りたい存在そのものだった。
自分が家のことを話さなかったせいで、澪をひとりにしてしまった。
あんなにも不安にさせてしまった。
(本当に……馬鹿だった)
崇雅は静かにため息をつき、また画面に視線を戻す。
急ぎの案件だけを処理するつもりだったが、思うように集中できなかった。
澪の寝息が聞こえるたびに、無意識に視線がそちらに引き寄せられる。
(もう、ひとりにはしない)
崇雅は強くそう思った。
どれだけ澪が迷っても、不安になっても、
自分は何度でもその隣に戻っていく。
言葉でも、行動でも、すべてでそれを証明していく。
画面に表示された未処理のファイルに目をやりながら、
崇雅は静かに背筋を伸ばし、また指を動かし始めた。
そばに澪がいる——それだけで、
夜は不思議と、冷たくなかった。
カーテン越しに差し込むやわらかな朝の光が、
ゆっくりと澪のまぶたを照らしていた。
意識が少しずつ、浮かび上がっていく。
シーツの肌触り。
空気のぬくもり。
そして、そっと重なる腕の感触。
(……崇雅さん)
まだ夢の中にいるような思考でそう思いながら、澪はそっとまぶたを開いた。
そこには、静かな寝室。
そして、自分の体を包むようにして眠る崇雅の姿があった。
彼の胸元に、澪の額が寄せられていて、
左手は腰のあたりに優しくまわされている。
そのぬくもりが、昨夜から変わらずここにあることを、確かに伝えていた。
(……ちゃんと、ここにいてくれてる)
胸の奥が、じんわりとあたたまっていく。
崇雅はまだ目を閉じたままだったが、澪がわずかに身じろぎすると、
その眉がかすかに動いた。
「……起きたか」
かすれた寝起きの声が、低く耳元に落ちる。
「……おはようございます」
澪も小さく微笑んで返す。
「今日は休みだ。もう少し寝てろ」
囁くような声に、澪はふっと笑みをこぼした。
「……崇雅さんこそ、ちゃんと寝られましたか?昨日、仕事持ち帰っていましたよね?」
「ああ。必要な分だけな。……澪の寝顔を見ながらだったから、集中できなかった」
さらりと返されて、澪は顔を赤くした。
「……もう、朝からそういうこと言わないでください……」
「事実だ」
短く言いながら、崇雅は澪の額にそっとキスを落とす。
澪は驚きもせず、目を閉じてそのぬくもりを受け止めた。
それは、静かに始まる朝を優しく祝福するようだった。
朝食を終えたリビングには、穏やかな空気が流れていた。
食後のコーヒーを持って戻ってきた崇雅は、
テーブル越しに澪をしばらく見つめていた。
その視線に気づき、澪が小さく首を傾げる。
「……なにか、ついてますか?」
「いや」
崇雅はカップを置き、姿勢を正した。
「ちゃんと謝っておきたい」
その一言に、澪の背筋がわずかに伸びる。
崇雅の声には、迷いのない真剣さがあった。
「……俺の家のことを、澪に黙っていたこと。改めて、申し訳なかった」
言葉は静かだったが、その奥には明確な覚悟が宿っていた。
「澪が、俺の家のことで苦しんでいたなんて……思いもしなかった。
“言わなくてもいいこと”だと、勝手に線を引いていた。
澪に負担をかけたくないって言い訳をして、ちゃんと向き合っていなかった」
崇雅の視線が、真っ直ぐに澪を捉える。
「……結果的に、澪を追い詰めた。それは、俺の責任だ」
テーブル越しに、そっと澪の左手に触れる。
その手が、そっと包まれる。
「それでも、俺の気持ちは変わらない。……本気で、一緒にいたい。結婚したいと思ってる」
言い切られた言葉に、澪の瞳が大きく揺れた。
「答えを急ぐつもりはない。……けれど、もう逃げられるのは嫌だ。
家柄がどうだろうと、環境が違っても、俺には関係ない」
「……崇雅さん……」
「俺にとっては、“澪が澪であること”がすべてだ」
その言葉に、澪は何も言えなかった。
ただ、ゆっくりと手を握り返す。
涙はもう流れない。
でも、胸の奥で、確かな何かが芽生えていた。
きっと、時間がかかってもいい。
この気持ちは、ゆっくり育っていく。
そう思わせてくれるほどに、崇雅の言葉はまっすぐだった。
崇雅の胸元に、小さな寝息がかすかに当たる。
(……寝たか)
泣き疲れていた。
言葉も、涙も、すべて出し尽くして、ようやく訪れた静寂。
崇雅はしばらく、その寝息のリズムに合わせてじっと動かずにいた。
呼吸が落ち着いているのを確かめると、ゆっくりと腕をまわし、彼女をそっと抱き上げる。
(……澪)
声は出さず、ただ名を口の中でそっと呼ぶ。
軽い。
けれど、確かに温かく、生きている重みがあった。
ソファから立ち上がり、足音ひとつ立てずに寝室へ向かう。
そのままベッドに歩み寄り、澪をそっと降ろした。
シーツがわずかに沈み、彼女の髪がふわりと枕に広がる。
掛け布団を肩まで引き上げながら、崇雅は最後にもう一度だけ、澪の頬に触れた。
(ここにいてくれて、ありがとう)
声には出さなかった。
ただ、心の奥で深く、静かに感謝を刻む。
照明を落とすと、部屋には再び静けさが戻った。
寝室の隅に置かれたデスクには、崇雅のノートパソコンが開かれていた。
室内は暗く、手元だけを照らすスタンドライトが静かに灯る。
キーボードを叩く音が、部屋の中に微かに響いていた。
ベッドの上では、澪が穏やかな寝息を立てている。
先ほどまで涙で濡れていた頬も、今はようやく安らいだ表情を取り戻していた。
眉間の皺も、緊張で結ばれていた唇も、少しずつ緩んでいる。
崇雅はタイピングの手を止め、ふと視線を澪の方へ向けた。
(……顔色もよくなかった。やっと眠れたか)
安堵とも、切なさともつかない感情が胸の奥に広がっていく。
どれだけ強がっても、澪は――彼にとって、守りたい存在そのものだった。
自分が家のことを話さなかったせいで、澪をひとりにしてしまった。
あんなにも不安にさせてしまった。
(本当に……馬鹿だった)
崇雅は静かにため息をつき、また画面に視線を戻す。
急ぎの案件だけを処理するつもりだったが、思うように集中できなかった。
澪の寝息が聞こえるたびに、無意識に視線がそちらに引き寄せられる。
(もう、ひとりにはしない)
崇雅は強くそう思った。
どれだけ澪が迷っても、不安になっても、
自分は何度でもその隣に戻っていく。
言葉でも、行動でも、すべてでそれを証明していく。
画面に表示された未処理のファイルに目をやりながら、
崇雅は静かに背筋を伸ばし、また指を動かし始めた。
そばに澪がいる——それだけで、
夜は不思議と、冷たくなかった。
カーテン越しに差し込むやわらかな朝の光が、
ゆっくりと澪のまぶたを照らしていた。
意識が少しずつ、浮かび上がっていく。
シーツの肌触り。
空気のぬくもり。
そして、そっと重なる腕の感触。
(……崇雅さん)
まだ夢の中にいるような思考でそう思いながら、澪はそっとまぶたを開いた。
そこには、静かな寝室。
そして、自分の体を包むようにして眠る崇雅の姿があった。
彼の胸元に、澪の額が寄せられていて、
左手は腰のあたりに優しくまわされている。
そのぬくもりが、昨夜から変わらずここにあることを、確かに伝えていた。
(……ちゃんと、ここにいてくれてる)
胸の奥が、じんわりとあたたまっていく。
崇雅はまだ目を閉じたままだったが、澪がわずかに身じろぎすると、
その眉がかすかに動いた。
「……起きたか」
かすれた寝起きの声が、低く耳元に落ちる。
「……おはようございます」
澪も小さく微笑んで返す。
「今日は休みだ。もう少し寝てろ」
囁くような声に、澪はふっと笑みをこぼした。
「……崇雅さんこそ、ちゃんと寝られましたか?昨日、仕事持ち帰っていましたよね?」
「ああ。必要な分だけな。……澪の寝顔を見ながらだったから、集中できなかった」
さらりと返されて、澪は顔を赤くした。
「……もう、朝からそういうこと言わないでください……」
「事実だ」
短く言いながら、崇雅は澪の額にそっとキスを落とす。
澪は驚きもせず、目を閉じてそのぬくもりを受け止めた。
それは、静かに始まる朝を優しく祝福するようだった。
朝食を終えたリビングには、穏やかな空気が流れていた。
食後のコーヒーを持って戻ってきた崇雅は、
テーブル越しに澪をしばらく見つめていた。
その視線に気づき、澪が小さく首を傾げる。
「……なにか、ついてますか?」
「いや」
崇雅はカップを置き、姿勢を正した。
「ちゃんと謝っておきたい」
その一言に、澪の背筋がわずかに伸びる。
崇雅の声には、迷いのない真剣さがあった。
「……俺の家のことを、澪に黙っていたこと。改めて、申し訳なかった」
言葉は静かだったが、その奥には明確な覚悟が宿っていた。
「澪が、俺の家のことで苦しんでいたなんて……思いもしなかった。
“言わなくてもいいこと”だと、勝手に線を引いていた。
澪に負担をかけたくないって言い訳をして、ちゃんと向き合っていなかった」
崇雅の視線が、真っ直ぐに澪を捉える。
「……結果的に、澪を追い詰めた。それは、俺の責任だ」
テーブル越しに、そっと澪の左手に触れる。
その手が、そっと包まれる。
「それでも、俺の気持ちは変わらない。……本気で、一緒にいたい。結婚したいと思ってる」
言い切られた言葉に、澪の瞳が大きく揺れた。
「答えを急ぐつもりはない。……けれど、もう逃げられるのは嫌だ。
家柄がどうだろうと、環境が違っても、俺には関係ない」
「……崇雅さん……」
「俺にとっては、“澪が澪であること”がすべてだ」
その言葉に、澪は何も言えなかった。
ただ、ゆっくりと手を握り返す。
涙はもう流れない。
でも、胸の奥で、確かな何かが芽生えていた。
きっと、時間がかかってもいい。
この気持ちは、ゆっくり育っていく。
そう思わせてくれるほどに、崇雅の言葉はまっすぐだった。
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