【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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番外編・酔いにほどけて、愛に包まれる ④

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やがてマンションの駐車場に到着すると、崇雅はエンジンを切り、助手席の澪に優しく声をかけた。

「着いたよ。……大丈夫か?」

「……うん……たぶん……」

ふわふわした返事に、崇雅は小さく息をついて車を降り、助手席のドアを開ける。
ゆっくりと降り立った澪は、足元がおぼつかず、軽くよろけた。

その瞬間、崇雅の腕が迷いなく腰に添えられる。

「……気をつけて。ちゃんと掴まってろ」

隣にぴたりと立ち、しっかり支えてくれる体温に、澪の頬がさらに赤く染まる。

「……じゃあ、もうくっついてもいいですか……?」

その声は、かすれるほど小さく、でも確かに甘えが滲んでいた。

「……仕方ないな」

苦笑まじりに呟きながらも、崇雅は自然と腕を引き寄せ、澪をしっかりと抱き寄せる。
澪は嬉しそうにその腕に身を預け、歩幅を合わせて歩き出す。

ほんの数メートルの帰路。
けれど澪にとって、それは何より心地よく、安心できる時間だった。


(――こんな澪を見せてもらえるのは、自分だけだ)

その事実が、崇雅にはたまらなく嬉しかった。



玄関のドアが閉まり、外の世界と切り離された瞬間。
澪は崇雅の腕の中にもぐり込むように身を寄せた。

「……崇雅さん……」

その声には、ふわふわとした熱と、どこか潤んだ甘えが混じっていた。

「ん?」

スーツのジャケットを脱ごうと手をかけた崇雅の動きを、澪がそっと止める。
そのまま、胸元に顔をうずめて、上目遣いに見上げてきた。

「……ぎゅって、していいですか……?」

「いいよ」

言い終えるより早く、澪の腕が崇雅の背中にまわる。
服越しでも体温を感じるほど、ぎゅっと、強く抱きしめる。

「……すき……」

胸元でこぼれた小さな声に、崇雅の胸の奥がふっと温かくなる。

「……俺も好きだよ、澪」

そう答えて、今度は崇雅が澪をやさしく包み込む。
その腕の中で、澪がわずかに体を離す。
潤んだ瞳が、真っ直ぐに崇雅を見上げていた。

「……キス、したい……」

ほんのり赤い頬のまま、言葉にした澪。
普段なら恥ずかしくて言えないはずのそれを、酔いと安心が後押ししている。

崇雅は、苦笑交じりに「……本当に今日は甘え放題だな」と呟き、そっと顔を近づけた。

軽く触れるだけの、柔らかくて、あたたかいキス。
けれど、唇が重なる瞬間、澪の指先がきゅっと服を握った。

名残惜しそうに唇を離した後も、澪は崇雅から離れようとはしなかった。

「……もう、ずっとくっついてたいです……」

「……いいよ。今日はどこにも行かない」

その言葉に、澪はふにゃりと笑った。


寝室に入るなり、澪は一歩、二歩とふらつきながらベッドに向かう。
先にジャケットを脱ぎ、ネクタイを外していた崇雅が、その流れでベッドの縁に腰を下ろした。

「……大丈夫か? 着替え――」

「……あとで……」

澪がそっと崇雅の膝の上に座った。
重くはない。
けれど、ふわりと身体を預けるその仕草に、彼女の甘えたい気持ちがにじんでいた。

「澪……」

呼びかけようとした声が、途中で喉に引っかかる。

見上げてきた澪の瞳は、うるうると潤んでいて――ほんのり紅く色づいた頬に、酔いの名残が見える。
それでも、その視線はまっすぐで、やけに艶っぽかった。

「……崇雅さん……」

「……どうした?」

「キス、もう一回しても……いいですか……?」

掠れた声に、喉が鳴る。
ほんの少しでも触れれば、理性の堤防が崩れそうだった。

それでも――崇雅は、澪の願いに逆らえなかった。

「……いいよ」

澪は小さく笑って、胸元に身体を寄せてくる。
指先が、シャツの胸元にそっと添えられ、やがて、柔らかな唇が重なる。

短く、甘いキス。
けれどその余韻は、深く、長く、心をとかしていく。

「……ん、」

唇を離したあとも、澪の指は崇雅のシャツに絡んだまま。

「……崇雅さん」

「……ん」

呼吸がやけに浅くなる。
澪がふわりと微笑んだその瞬間――その唇から、想定の外を突くような言葉がこぼれた。

「……崇雅さんを、感じたいです……」

ぽつりと、掠れた声で。

酔っているせいだけではない。
そこには確かに――欲しがる女の顔があった。

「……澪」

理性が、焼き切れる音がした。

崇雅はもう、澪をただの“酔った甘えん坊”としては見られなかった。
潤んだ瞳。頬を染めた熱。手のひらに感じる、柔らかな体温と鼓動。

――こんなふうに、崇雅だけを求めてくれるのは、澪しかいない。

「……言ったからには、責任取れよ」

「……はい」

そっと微笑んで頷いた澪の声が、震えていたのは――
緊張ではなく、待ちきれないほどの高鳴りのせいだった。

崇雅は澪の腰をしっかりと抱き寄せ、キスを落とす。
それはもう、いつものような“優しい口づけ”ではなかった。

熱を含んだ、重なり合う呼吸。
深く、深く、互いの気持ちを確認するように――。

夜の帳が、ふたりを静かに包み込んでいった。



淡い朝の光がカーテンの隙間からこぼれ、澪はゆっくりと目を開ける。

(……朝?)

いつもより少し重たい体と、ほんのり残る温もり。
隣に感じる気配に視線を向けると、崇雅がこちらを向いてまだ眠っていた。

「……っ……!」

一気に記憶が蘇る。

友人たちの前で甘えていた自分。
崇雅に迎えに来てもらって、帰り道もずっとくっついて。
それだけじゃない――部屋に戻ってからも、着替えもろくにせず、膝の上に座って、自分からあんな……

(……崇雅さんに、あんなこと言っちゃった……!)

ぶわっと顔に熱が昇ってくる。
布団の端をぎゅっと掴んで、身じろぎもできずにいると――

「……おはよう、澪」

不意に落とされた声に、澪の身体がびくりと揺れた。
そのままそっと顔を上げると、崇雅が優しく笑っていた。

微笑むだけじゃない。
まるで全部わかっているみたいな、そのまなざしに――澪の頬はさらに赤くなる。

「……なんですか、その顔……」

「別に。澪が、可愛いなと思って」

「っ……やめてください……」

小さな声でそう言って、布団をかぶる。
けれど心の奥では、崇雅のその言葉が、昨日のすべてを優しく包んでくれた気がしていた。

――どれだけ甘えても、大丈夫。
そう思える朝だった。
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