【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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番外編・ふたりで迎える日まで ④

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妊娠16週の妊婦健診で、医師から「おそらく女の子でしょう」と告げられた。
確定ではないにせよ、エコーに映った小さな姿に、澪の胸は静かに高鳴る。

(女の子……なんだ)

ぼんやりとしていた命の輪郭が、少しずつ“ひとりの子”として形を帯びていく。
その瞬間、現実味がぐっと増した。

その日の午後、澪は母と妹・愛菜に連絡を入れた。
動画付きのメッセージで、エコー写真とともに性別のことを伝えると、すぐに返事が返ってきた。

「えーっ!女の子!?楽しみすぎる!」
「名前考えなきゃね!」
「里帰り、いつでもいらっしゃい。家、片付けておくから」

画面越しに愛菜が笑いながら言い、母も穏やかな声で後ろから重ねる。
「何かあったらすぐ来なさい。こっちは心配しないで、準備して待ってるからね」

嬉しい。ありがたい。
けれど、その言葉に心から「行きたい」と即答できなかった自分に、澪は気づいていた。


一方、崇雅も同じ日に、兄・崇徳へ連絡を入れていた。

「そうか。……女の子か」

電話越しの崇徳の声には、いつになく柔らかさがあった。

「俺にとっては“姪っ子”になるんだな。……無事に生まれてくるよう、祈ってる」

「ありがとう」

言葉数は少なくても、確かな温度を持つやり取りに、崇雅も目を細めた。


その夜――
夕食を終えたあと、キッチンでお皿を洗う澪の背に、崇雅がふと問いかける。

「……考えてるいるのか?」

「え?」

「里帰りのこと」

手を止めて振り返った澪は、驚いたような顔をしてから視線をそらす。

「……わかりますか?」

「わかる。ずっと考えてる顔だった」

澪は唇をきゅっと結ぶと、ふぅとひとつ息を吐いた。

「うちの母も、妹も、すごく歓迎してくれてて……帰ってきなさいって言ってくれてるのありがたいなって思っています。でも……」

少し間を空けて、ぽつりとこぼす。

「崇雅さんと、数ヶ月も離れるのが怖い。寂しいし、不安で。……わがままですよね」

その言葉に、崇雅は何も言わず澪のそばへ歩み寄る。
濡れた手を拭き終えるのを待ち、彼女の両手をそっと包んだ。

「わがままなんかじゃない。俺も、離れたくないと思っていた。
……だが、俺の感情より、澪と子どもが安心できることが大事だ」

「……うん」

「でも、もし澪が“帰らなくても大丈夫”って思えるなら、俺は嬉しい。それだけだ」

無理はしない。強制もしない。
けれど、ちゃんと寄り添ってくれる――そんな崇雅のスタンスが、何よりも澪の心を軽くする。

「もう少し、考えてみます。……もうちょっとだけ…わたしの中で整理がついたら、伝えますね」

「ああ、急がなくていい」

そっと抱き寄せられた澪は、崇雅の胸の中で目を閉じる。
きっと、どんな選択でも、この人は支えてくれる。
そんな確信が、何よりの支えだった。

——————

それから数日、澪は会社の先輩ママたちに話を聞いた。

「実家、帰らなかったんですか?」

「うん。私は都内で産んだよ。うちは夫がすごく協力的だったから、むしろ家にいてくれて助かった」

「わたしは逆に帰った。上の子のときは何もかも初めてだったし、産んだ直後って思った以上に動けないって聞いていたから。でも……旦那と3ヶ月も離れてたらちょっとね。ケンカになったよ。…大変だった」

それぞれの選択と、それぞれの苦労。
完璧な正解なんて、どこにもない。

実家に帰れば、母も妹もきっと手厚く支えてくれるだろう。
けれど、崇雅のいない数ヶ月を想像するたびに、胸の奥が妙にざわついた。

それは、不安だけじゃない。
「彼と一緒に育てていきたい」
そう思えるほどに、澪にとって崇雅の存在は大きくなっていた。


夜。
ベッドに入ってからしばらく――澪は目を閉じたまま、何も言わずに横になっていた。

隣では崇雅が、静かに呼吸を整えている。
すでに目を閉じているようだったが、その気配から眠っていないことはすぐにわかる。

(……わたし、まだ迷ってる)

(でも、本当は“帰らなくても大丈夫”って、思えてる。思えてるけど……これでいいのかなって、不安になってる……)

迷って、立ち止まって、それでもまた、考えて。
そんな夜が何日も続いていた。

すると、ふいに。
崇雅の腕が、そっと伸びてきた。

無言のまま、優しく背中を抱き寄せられる。
強くもなく、弱くもなく、澪の呼吸と同じ速さで、静かに寄り添う腕だった。

何も言わないそのぬくもりに、澪の胸がふっと緩む。

(崇雅さん……)

言葉はないのに、伝わってくる。
「悩んでいてもいい」と、「急がなくていい」と、「ここにいるから」と。

崇雅は、澪がずっとこのことを考えていたのを知っていた。
けれど、自分の想いはもう伝えてある。
あとは彼女自身が、自分の気持ちと向き合って、決めるべきことだとわかっていたから――あえて口を挟まなかった。

ただ、そっと抱きしめることで、支え続けていた。


(……やっぱり、そばにいたい)

迷いはまだある。
けれど、このぬくもりが、確かに一歩を踏み出す力をくれる。

澪は、崇雅の腕の中で目を閉じた。
答えは、きっともう見えている。
あとは――自分の言葉で、伝えるだけ。

「……おやすみなさい」

ぽつりとつぶやいた澪に、崇雅はそれ以上何も聞かず、ただ静かに腕をまわしたまま寄り添い続けた。
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