【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

文字の大きさ
29 / 39
アダムside

1話 初めての体験(6話後)

しおりを挟む
 今朝も日課として、家の花壇や鉢で育てている花に水をあげていた。

――あっ、昨日までつぼみだったところが咲いてる!
 こっちもそろそろ咲くころかな?

「元気に育つんだぞ」

 そんなことを独り言ちながら、水やりをしていると突然背後から声がかかった。

「おはようございます」

 突然声をかけられ、心臓が止まるかと思った。この道は、余程のことが無ければこの村に住んでいる人が通ることは無い。ましてや、この時間に人が通っているのは見たことが無い。だからこそ、毎朝この時間を選び花に水をあげていたのだ。

 声に驚き反射的に振り返ると、そこには見たことの無い女性が立っていた。僕の顔を見ると、女性はニコリと笑いかけてきたが、今はそのことに反応する余裕は一切無い。今この状況自体が、僕自身にとって非常事態だからだ。

 女性の姿を捉えた瞬間、身体が勝手に動き気付けば家の中に駆け込んでいた。家の中に入り後ろ手に鍵をガチャンと閉めた途端、扉を背に片足は投げ出し、もう片足は三角座りのような態勢で崩れ落ちる。

 急に走ったからなのか、緊張したからなのかは分からない。足から力が抜け、自然と呼吸が浅くなる。その空間は、僕の息切れだけが響いていた。大丈夫だと思って花に水をあげていたのに、まさか誰かから挨拶されるなんて思っても見なかった。

――絶対に気持ち悪がられたに違いない! 最悪だ……。
 人にこんな醜い姿を見せてしまうなんて……。

 いつもは仮面を付けて生活をしている。人に僕の顔を見せないようにするためだ。だが、仮面をずっと付けている状態と言うのは正直なところ煩わしさを感じてしまう。それに、メアリーさんとの約束もある。

 しかも、僕が付けている仮面は、ただ顔を覆うだけの仮面じゃない。頭まで全部覆うタイプの仮面だ。それを付けて生活している僕にとって、仮面無しで外の空気を吸うことができる数少ないタイミングこそが、毎朝の水やりだった。

 つい油断してしまった、完全に気が抜けてしまってたと、油断しきっていた自分に後悔の念が募る。しかし、後悔しているうちに、ある1つの可能性も考えられてきた。彼女が挨拶すること自体がおかしいからだ。

 彼女は僕を見たはずなのに、挨拶をしてきた……。ということは、彼女はもしかしたら、僕の顔をきちんと見ていなかったのかもしれない。それなら、彼女が他の人にするような挨拶を僕にしてきたことも理解できる。

 そう思ったものの、ある彼女の表情を思い出してしまった。僕が振り返った瞬間、その女性は驚きの表情を見せていたのだ。そうなると、僕の顔を見て驚いたんじゃないとかと思えてくる。

 そして、その後ニコリと微笑んだように見えた顔は、実は恐怖に顔を引きつらせていたのではないかと思えてきた。いくら考えても、正解は分からない。

 ただ、最初は顔が見えなくて挨拶したけど、振り返り、初めて僕の顔を知ったのではないかというのが、今の僕にとっての最有力候補の推理になった。

――彼女、僕の顔すごく気持ち悪かっただろうな……。
 申し訳ないし、もう泣きそうだ……。

 他人に素顔を見られるのは、本当に久しぶりだった。そのためだろう。自分でも思っている以上に、顔を見られたことに対する気持ちの整理がすぐに出来ない。だけど、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。

 そう思い、必死に自分の気持ちを立て直しているうちに少し冷静になれた。そして、冷静になったことで1つのことに気付けた。心情は分からなくとも、人から挨拶をしてもらえた事実があるということだ。

 この姿になってから、こんな風に誰かに挨拶なんてしてもらったことは無かった。こんなこと、初めてだ。

 彼女を怖がらせたことは今でも申し訳ないと思う。しかし、普通の人のように接してくれた彼女のその行為は、ほんの数秒だけ僕を皆と変わらない普通の人間にしてくれた。そのことに、僕は少し嬉しさを感じてしまった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

嫌いなあいつの婚約者

みー
恋愛
朝目が覚めると、見たことのない世界にいて?! 嫌いな幼馴染みが婚約者になっている世界に来てしまった。 どうにかして婚約を破棄しようとするけれど……?

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...