【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

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アダムside

2話 深い傷(6話後)

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 あれは僕が11歳の時だった。あの日は、友達の家の庭でいつものように楽しく遊んでいた。そのとき、僕を探している声が聞こえた。

 誰が僕を探しているんだろうと思い、友人らとともにその声の方へ進んだ。すると、その声の主は母の妹、つまり僕の叔母であるメアリーさんだと分かった。彼女は何故か憔悴した様子だ。

「メアリーさん! どうしたの?」

 いつもとは違う彼女の雰囲気に少し怖さを感じながらも、僕を探しているメアリーさんに聞こえるよう大きな声で話しかけた。すると、メアリーさんはハッとした顔をし、僕を見つけるとものすごい勢いで走って来た。そして、突然地面に崩れるように両膝をついて、僕のことを抱き締めてきた。

「っ本当に良かった……! あなたはここにいたのね!」

 いつもの明るい様子とは違い、異常なメアリーさんのその言動に胸騒ぎがした。友人たちも異様な雰囲気に気付いたのだろう。家に入り家の中にいた父親や母親を呼んできた。近隣住民もメアリーさんの大きな声を聞き何事かと外に出てきた。

「ど、どうしたの? メアリーさん。なんか今日のメアリーさんおかしいよ?」

 そう言うと、メアリーさんは急いだ様子で思いもよらぬことを告げた。

「あなたの家が火事なのよ……! 今消火しているけど、中に人がいるかいないか分からないから、探しに来たのよ! あなたが無事で良かったわ……!」

 ホッとしたようにメアリーさんは僕の顔を見て涙を流しているが、僕にとってはそれどころじゃない。僕が知っている限り、家にはジャックと父がいたはずだ。ジャックはまだ生まれて半年の弟だ。

「メアリーさん! 母さんは分からないけど、家の中にはジャックと父さんがいるはずだよ!」
「何ですって……!?」

 その言葉を聞き、その場にいた大人たちは皆慌てた様子になった。

「メアリーさん、話は聞かせてもらった! ハルフォード先生の家だろう? 俺らも消火の手伝いに行くよ!」
「私も手伝うわ!」

 近所の人たちが協力してくれると分かり、僕たちは急いで家へと走って行った。そして、たどり着いた時、僕の家のほとんどが炎に包みこまれてしまっていた。

――嘘だろう……。
 家が、僕の……僕たちの家が……。

 余りにもショックだった。出かけるまでは、こんなことになるなんて想像もしていなかった。あまりの衝撃に茫然としていると、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「アダム!」

 喧噪の中はっきりと聞こえたその声の主を探し、声が聞こえた方へ顔を向けたところ探していた人物はすぐに見つかった。

「母さん……!」

 母さんが助かっていたと分かり、僕は泣きながら母さんの方へと駆け寄った。母さんも泣いている。そんな母さんの姿を、僕はこのとき生まれて初めて見た。

「アダム、ジャックとお父さんがどこにいたか知らない?」
「僕が遊びに行く前は、2人とも家にいたよ」

 2人の姿が見つからなかったから、母さんはずっと心配だったのだろう。そして、僕のこの発言により、母さんはすべての現状を把握した。すると、抱きしてめていた身体を僕から離すとぼそりと呟いた。

「待ってて……私が必ず、お父さんとジャックを助けてくるから……!」

 そう言い残すと母さんは立ち上がり、家の方へと歩いて行った。

「おい、何してるんだ! 危ないぞ! やめろ!」

 周りから叫ばれているが、母さんはそれらの注意をすべて無視した。そして、水を頭から被ったかと思うと、周りの制止を振り切り、炎に包まれた家の中へと入って行った。

 母さんは強かった。だからこそ、こんな状況でも母さんなら乗り越えられるはずだと思っていた。しかし、いくら待っても母さんは家の中から出てこない。

 僕も消火活動をするため、大人たちの中に1人混ざって必死に水を運んでいた。しかし、どれだけ水をかけても火の勢いが酷くなることは無かったが、収まるといった様子も無い。時間が経つに従って、誰も家の中から出てこない現状に僕も周りも焦りを感じた。

 僕は当時無知な少年だった。だから、痺れを切らして馬鹿なことをしてしまった。家の中に残された家族を救おうと、自分も家に入ることにしたのだ。

 母さんを見習うように、僕は頭から水を被った。そして、取り押さえようとする大人たちから身を躱し、ドアノブに手をかけその扉を開いたとき、ことは起こった。

 ドアを開けた瞬間、炎が噴き出し爆発したのだ。そして、僕の身体の左半分が炎に包まれた。

 周りの大人たちは急いで僕に水をかけた。しかし、その時点でもう手遅れだったのだろう。完全に僕は特に左半身に火傷を負い、大怪我をしてしまった。

 急いで病院に運びたいところだろうが、この町レイヴェールの唯一の病院は他でもなく、今目の前で燃えている僕の家だ。幸いなことに、今日は休診日だったため非番の看護師さんが駆けつけて、応急手当をしてくれた。

 結局、母さんは炎に包まれた家の中に入ったきり、僕の目の前に現れることは無かった。父もジャックも皆、亡骸となって発見されたとメアリーさんから聞いた。

 こうして、僕は父さんと母さん、そして生まれたばかりの弟のジャックの3人を失った。そして、一生消えない傷が心身共に残ることになった。

 この出来事は、この狭い町の中で多くの人々に知れ渡った。出火原因は、病院に来たときに景色が気に入った子どもが1人こっそり庭に忍び込み、父親のライターを持ち出して火遊びをしていたということだった。僕よりもまだ幼い子どもとその家族は、すぐに遠い場所へと引っ越したそうだ。

 僕は僕でずっと治療を続け、ようやく外に出られる程度になった。そして、火事以降初めて家を出たときに事件は起こった。すべて燃えてしまったため、メアリーさんと一緒に服を買いに行くことになった時だった。

「あれって、ハルフォード先生の家の……」
「そんな不躾に見ちゃ駄目よ!」
「でも、あんなに綺麗な顔だったのにもったいないわね……」

 そんな言葉が聞こえてきた。メアリーさんにも聞こえていたのだろう。しかし、恐らくメアリーさんは僕の耳には周囲の話し声が届いていないと思っているようだ。それなら、変に騒ぎ立てない方が良いと判断したことも、今なら分かる。

 だからこそ、メアリーさんは怒らなかった。その代わり、いつもよりも色々と僕に話しかけてきた。

「アダム! 今日は好きな服買ってあげるからね! アダムの好きな色は何色?」

 僕の気を紛らわすために、わざといつもより大きな声で言っているのだろう。そのメアリーさんの優しさに胸が痛んだ。しかし、そんなメアリーさんの想いは他人には全く届かない。

「やだ、あんな酷い顔なの? 痛すぎて見てられないんだけど」
「火傷だろ? あの傷はさすがに気持ち悪いなあ」
「見えないところに行って欲しいわね。近寄られたら堪ったもんじゃないわ。多分近くで見たらぞっとしちゃうから」

 ただの個人の感想くらいのつもりで言っているのだろう。しかし、その心無い言葉は僕の心を着実に仕留めていった。

 だけど、一緒にいるメアリーさんに嫌な思いをさせたくなくて、この日僕は必死に涙を堪えて過ごし、夜1人になって声を押し殺しながらベッドの中で泣いた。

 そして、もっと残酷なのは学校だった。今思えば、子どもは素直過ぎた。この言葉に尽きる。

「あ! アダム来たんだって……うわ! 何だよその顔! 首も手も気持ち悪い! 近寄んな!」
「こっち来たら気持ち悪さが移るからどっか行ってよ!」
「私のお母さんが、アダムのことを前と違って醜い顔って言ってたけど本当だったんだ! かっこよくないアダムなんてアダムじゃない! もう仲良くしないから話しかけてこないでね!」
「俺の母さんもアダムの顔気持ち悪いから家呼ぶなって言ってた!」

 こんなことを、傷付いた人にわざわざ言う必要があるだろうか。そう思うが、僕自身も自分の顔が恐ろしくて鏡を見ることができない。だからこそ、よりそれらの言葉が胸に突き刺さった。

 その言葉は登下校の時にも続いた。しかし、周りにいるすべての大人が心無い人間という訳ではない。内心ではどう思っているか分からないが、こんな見た目の僕に対しても、優しく接してくれる人はいた。

 ある日、下校中いつものように暴言を吐かれていた。

「気持ち悪い面、見せてんじゃねえよ!」

 そんなことを言われたとき、大人の声が聞こえた。

「あんた今なんて言ったの……?」
「か、母さん……」

 声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには今まさに僕に罵詈雑言を浴びせている男の子の母親がいた。さっきの言葉は、この母親から発されたものだった。

「ねえ、今なんて言ったの!?」
「ご、ごめんな――」
「謝って済む問題じゃないでしょ!? それに謝る相手は私じゃないでしょ!」

 自身の母親の突然の登場と、その怒りに驚いたのだろう。いつもの意地悪な彼はなりを潜め、僕に向かって謝ってきた。

「……ごめん」

 嫌々そうに一応は謝った彼だったが、彼の母親はそんな彼の態度や謝罪を許すはずもなく、もっと彼に怒った。

「そんなので謝ったって言えるわけないでしょう! 何てことしてるの!? 勉強よりも何よりも、あんたにはもっと道徳を教えるべきだったわ!」

 そう言うと、彼の母親は僕の方を見ると目線を合わせるように屈んで話しかけてきた。

「うちの息子がごめんなさい。私が変わりに謝るわ。家でもっとよく言って聞かせるから! こんなに大変で誰よりもつらい思いをしているのはあなたなのに、もっと苦しめるようなことをしてごめんなさい。あなたは醜くなんかないわ。それにあなたは優しい子よ。もしまた何かあったら、私に言ってちょうだい。周りの言うことなんて気にしちゃだめよ」

 そう言うと、頭を撫でてくれた。気持ち悪いから近寄るなと何度も言われ続けていたため、まさか頭を撫でてくれる人がいるとは思わなかった。僕はそのことにただただ驚き、そのときの母親の後ろで立ちすくむ彼の表情に、気付くことが出来なかった。

 次の日になり、学校に行くと昨日の帰り道の例の男の子がこちらへ歩いてきた。

「お、おはよう……」

 取り敢えず、こちらに歩いて来ていると察し、戸惑いながらも僕は彼に挨拶をした。すると、その男の子は一気に怒った表情になり、いきなり僕の胸倉を掴み引き寄せると顔をグッと近付けて怒鳴ってきた。

「何がおはようだ! お前のせいで、昨日めちゃくちゃ怒られたじゃねーか! 何で俺がお前のせいで怒られなきゃなんねーんだよ! それに母さんに優しくしてもらったからって、お前みたいなやつが調子乗るな! お前の母さんじゃねーよ!」
「ご、ごめ……」

 反射的に謝ってしまった。すると、その言葉を聞き逃さなかった彼は、掴んだ胸倉を突き飛ばしながら手を離すと笑いだした。その拍子に僕はバランスを崩してしまった。

――痛っ……!
 椅子でぶつけたところ、血が出てないかな……?

 突き飛ばされて床にしりもちをつき、おしりも痛い。その痛みと同時に、突き飛ばされた拍子に椅子で打った後頭部にも痛みが走った。
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