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番外 十一 胡蝶の夢編
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ダリオは必死に止めて、何とかヘルムート殺害をテオドールに翻意させた。しかし、この人外の青年は、いつかようにどうも納得していない様子である。
クッションを敷いた寝台のヘッドボードにお互い背を預けて身を寄せたまま、謎の緊張感が漂った。
「あの男はダリオさんにとって有害では? 排除した方が合理的です」
「なんかこの問答、激しく既視感がするんだが……」
ダリオはループしてねーか俺と疑問に思った。テオドールが無表情に頷く。
「はい。以前、社会について説明いただいたことがあります」
あーあったな、そんなこと、とダリオが相槌を打つと、真面目ぶった顔でテオドールが付け加えた。
「しかしながら、あの男は人間ではありません。従って、社会の構成員として維持する必要もありますまい」
「ありますまい、じゃねーよ」
もうダリオはどこからどうつっこんだらいいのかわからなかった。前より社会概念を踏まえた上で悪化していないか? それとも前進しているのか?
ダリオは別に、テオドールに人間の倫理観を身につけて欲しいとは思っていない。そこはもう価値観が違うのは仕方のないことだ。ただ、お互いにこの人間社会で活動を続けるなら、最低限その社会規範と自らを表面的にでも擦り合わせていく努力が必要だろう。
ダリオが困るのは、ダリオを理由に他者の消滅だの殺害だのを提案されることだ。
俺はそういうの望んでねーんだが、なんで毎度最高の提案ですみたいな顔して、自信満々で俺に披露してくるんだ……いや、俺が殺害に及ぶ前に一言相談しろと言ったからだよね、ともうそこは呑むしかない部分でもある。
ダリオの葬式ムードな様子に、テオドールはやや首を傾げた。
「何か問題がありますか」
テオドールは嫌みでもなく、マジレスであった。本人はいたって純度100%無理解だ。ダリオは思わず口の端をつつきたくなった。
「排除は賛成しない。大体、ヘルムートさんはまあ相当有害なこともあるが、いや、そこは否定できないんだが……脱皮事件の時は助けてもらっただろ」
フォローしようとしたのだが、する前に色々苦しくなった。
テオドールはしばらく思案したようだが、恩義には報いる種族のためだろう。どうにか「仕方ありません……」と嫌そうに収めていた。
「何かあれば殺します」
最後に条件付きで生存の一言を付け加えていたあたり、全然ご納得されていない。良くも悪くもダリオの思考が漂白されたあたりで、その矛はこちらにも向けられた。
「ダリオさんは、僕の存在が、夢のようで不安ですか?」
無感動な表情は相変わらずだが、じ、とダリオを強く凝視している。
「う、うーん、なんか、地に足がつかんというか、ふわふわするところはあるな……説明しづらいんだが、そうだな……無理に例えるとマッサージの好転反応が近いような」
「マッサージの好転反応とは?」
「あー、マッサージされると気持ちいいんだけど、血流よくなって局所の凝りが散らされた結果、全身がだるくなるやつ。一か所に強い負担になってたやつを、全身で少しずつ負担するようになる感じか」
「なるほど。今調べましたが、筋肉が硬くなって血管を圧迫すると、筋疎血(きんそけつ)という状態になるようですね……これが痛み物質を生じさせ、筋肉をほぐすことで筋疎血状態が改善され血流がよくなると、血液によって全身にこの痛み物質が散らばり、全身がだるくなるケースがあると……こちらが好転反応ですか」
「どこに検索かけたのか知らんが、おおむねそれのことだ。俺自身が、特定部分の情緒に筋疎血の生じているような状態だったしな。ふわふわしてんのは、解禁情緒の好転反応みたいなもんじゃねーかなと思って」
なるほど……とテオドールは口元に手を当てている。
「……もしダリオさんが不安なら、いくつか打てる手はあります」
嫌な予感を感じたダリオは、マグカップをサイドボードに置くと、次の衝撃に備える。
「僕のエネルギーコアとなる部分を縮小結晶化して、えぐり出し、ダリオさんに預けるという方法が」
「却下」
一蹴し、思わず背後のクッションに深く沈み込んでしまう。テオドールはまたもや首を傾げている。
「服従、同盟、誓約の保障として、血族の重要人物などを相手方にわたしとどめておく人質は、僕のアーカイブでも人類普遍の事例で、時代・地域を問わず広く行われています」
「そうかもしれねーけど、お前のエネルギーコアとやらと何の関係があるんだよ」
「はい。まず人質とは、約束の履行を担保するもので、違約や相手の都合次第で殺すことができます。僕の場合は、担保としてエネルギーコアをダリオさんでも破壊できる状態にお預けすることができますので、同等の扱いを推奨します」
「推奨しねーし、無理……」
「一押しの提案だったのですが、致し方ありません」
なんで俺がやれやれみたいな感じされてるんだ、とダリオは意味がわからない。テオドールは再び口元に手を当て思案するポーズをした。
「あまり推奨しませんが、第二案としましては、僕の領域にお連れして、ダリオさんのお世話を絶えずすることで、離別不可能とする方法がありますが――」
テオドールは無表情だが、本当に気が進まないというか、したいけれどしたくないような複雑そうな色合いを瞳に浮かべている。
どっかで聞いた話だな、とダリオは思って、あ、と記憶がよみがえった。白スーツの支配者がエグイことを言っていた。
『僕は本当に優しい奴なんだよ。首だけで我慢してあげたんだ。■■■■■■したかったけれども、■■■■■■で、ああ、これって翻訳できないのか。そうだな。君たちの言葉で言うと、同化? 僕らに比べて君たちってとても小さいだろ? 心配なんだ。だから僕らの体に埋め込んで、死なないようにね、お世話してあげたいんだよ。一から十まで全部、衣食住もセックスも精神の充溢も、同化すれば、僕の一部として、ずーっと絶え間なく情報浸食で与えてあげられるだろ? でも、君たち凄く嫌がるんだよね? 僕の花もそうでね、嫌われたくなくて。みんなそうしてるのにさ、僕だって本当にどれだけそうしたかったかわからないけれど、我慢したんだよ。聞いてる?』
ヘルムート曰く、死んだ方がマシ案件だ。あーお世話したいってそういう。テオもこれしたいのか、どうなんだ、と思った覚えがある。というか、ダリオ自身はどうなのか。そうされたくないのか。それとも、そうされてしまいたいのか。どっちなんだろうと。
白スーツが言っていた内容をもう少し要約して、そういうことなのか? とダリオが確認すると、テオドールは「おおむね間違っていません」とあっさり肯定した。
「そうか。殺し合いになったら、『花』の方が殺されて終わりなのかと思ってたが、そうでもないんだな」
「翻訳的にそぐわない面もあり、正確な説明が難しいのですが……」
テオドールは珍しく少し困っているようだった。
「白スーツのおっさんも翻訳できないと言っていたし、まあ大体の感じで頼む」
「そうですね……何をもって『消滅』、ダリオさんたちのおっしゃる概念で言うと『死』とするか、という問題がまずあります」
ダリオは内心エグい話になりそうだなと思った。
「まず、物理的に『花』を取り込んで同化し、『花』の寿命を引き伸ばしながら世話をするケース。これを『生』の判定とするなら、『花』の肉体を消滅させてしまった場合は、どうでしょうか」
「殺したになるな」
「はい。しかしながら、支配者においては、『花』の魂……ゴーストだけ取り込むこともあるのです」
「……あー……そういう」
肉体を殺された上に、魂まで捕獲されるのか、とダリオは引いた。
「こちらは『花』の抵抗が、肉体依存ではなく、魂依存となります。従ってより激しく、より強固なものとなり、無傷で捕獲となるとかなり難しいようですね。その上で無理に取り込んでも、肉体のない状態で多大なストレスを与えると、魂はすぐに劣化摩耗してしまいます。そうなれば遅かれ早かれ、魂の『消滅』に至るでしょう。これは魂の『死』と言えるかもしれません」
「はあ。肉体だろうが魂だろうが、合意できねーなら、結局殺されるってことか」
「はい。なお、魂の捕獲には、道具を使う場合もありますが……いずれにせよ、魂を消滅させるレベルになると、もはや支配者にも影響は計り知れません」
「魂が消滅って、もうなんも残らんということか?」
「はい。従いまして、総合的に勘案し、『花』の肉体を確保してお世話する方が、双方にとって望ましいかと」
テオドールが覆いかぶさるようにダリオを覗き込んで来た。
「もし――ダリオさんがよろしければ、そうすることもできます」
いつもと違って、まるで蛇の目のように見えた。瞳孔がきゅうっと縦長の亀裂になり、もしダリオが是と言ったら、このお話は全部終わり。これまで読んでいた本は閉じられ、あるいは何もかもめらめらとページの端が炎に包まれて、今まで見ていた世界が全部終わってしまいそうな。
ダリオがそうしてくれと言ったら、そのとおり終わるのだ。
「決して苦痛は与えません。快適に過ごしていただけるように、能う限り力を尽くすとお約束します。ああ、もしダリオさんが人間としての寿命をまっとうされたいのであれば、その後に魂をお世話させていただく方法もあります。無理に取り込んでも、魂を損ないますから」
テオドールは語調を崩さない。
「僕なら、銀のティーポットにダリオさんのお住まいを用意させていただきます。眠っていてもかまいません。蓋を開けて、いつでもポットの底に、貴方の魂がいていただければ……」
蛇の目の奥にも、やはり紫の炎が燃えていた。だが、いつぞやの結婚します、の時より勢いがないように思われた。
「テオが本当にそうしたいなら、俺も考えるが……」
つらつらと述べていたテオドールがぴたりと止まる。ダリオは眉根を寄せた。
「なんだろな……世話したいのは感じるけど、支配者にスタンダードなそのやり方、テオには合ってない感じなのか?」
「……」
「気が進まない案だと言ってたもんな」
確かにそう言っていた。つまり、最初から乗り気ではなかったのだろう。
「僕は……ダリオさんを僕らのやり方でお世話するのは……貴方を損なう蓋然性が高いと考えています」
「うーん……まあぶっ壊れるだろうな」
どう考えても肉塊融合コースか、魂拉致監禁コースで、飼育されて正気を長い間保っていられるとは思えない。前者で、脳内の伝達物質をいじられるなどしても、遠からず廃人になると思う。魂については想像もつかない。とりあえず地獄っぽいなと思う。
「頭頂から足の爪先まで……お世話させていただきたい欲望は僕にもあります」
真顔で言われる。ダリオが静かに聞いていると、
「人間で言う性欲や破壊衝動に近いレベルのそれは強くありますが……ダリオさんを損なっては、僕にとって本末転倒です」
テオドールは、はっきりと嫌そうだった。
「僕は、先だって、ダリオさんが許していただいたような……お嫁さんの衣装着脱のようなことがしたいのです。『花』を傷つけ、魂を劣化摩耗させて消滅させるような先達の愚かしい行為は到底受け付けません」
あー………とダリオは顔を覆いたくなった。
(なるほど、わかった)
つまり、学習の結果である。
テオドールは、嫌がる相手を無理やり強姦するのに、興奮できない人種なのだろう。人種と言うか人外か。ラブラブ積極的合意和姦しか受け付けなくなってるんじゃねーの……とダリオは理解しうつむく。支配者的にそれはどうなんだ。
思い起こせば、テオドールは本人も言うとおり、努力して割と穏健な支配者であろうとしてきてくれた。そして、彼は『花』のダリオと最初から最後まで和姦しかしたことがない。強い拒絶といえば、初期に不法侵入されてからしばらく冷たく当たったが、けっこうすぐ生活に侵入されてダリオも受け入れてしまった。なので彼が生まれてから現在にいたるまで、とにかくダリオとはもだもだと恋愛に発展しそうでしない期間もありつつ、ほぼ良好な関係で過ごしている。くっついて以降は、『花』からは、すきすきだいすき、と毎度言われまくって育った両想い合意和姦サラブレッドなのである。
ふたりの恋愛関連で、望めば大体「いいぞ」とダリオも受け入れるし、無理に押し通す必要がなかったわけだ。ダリオの合意や許可があって当たり前過ぎて、当然のその方が充溢度も高いし、無理やりするのに興奮どころか、冷淡に嫌悪感を示しても全く不思議ではない。なんか他の支配者かわいそうになってきたな……たぶん、俺のお陰と言うか、俺のせいだよな……とダリオは思ったのだった。
それはともかく、他の支配者がやりがちな肉体破壊、魂消滅その他フルコースの衝動に比して、テオドールのやりたいことが『お嫁さんの衣装着脱のようなことがしたい』というのは衝撃だった。
他の支配者と衝動レベルにそう差がないのであれば、そこに全振りしてるくらいその衝動があって、我慢もあって、ああそうかーとダリオは情緒がぐちゃぐちゃになる。
どう考えても巨大な欲望が、一極集中して、お嫁さんの衣装着脱のようなことがしたい、になる方がコントロールや我慢大変じゃないの? どうなんだ、という思いだ。
こんなに大事にされて、こんなにダリオに都合がよくて、そりゃあふわふわ現実感もなくなるだろと元に戻って来る。
もしかしてテオもそうなのかな、とダリオはふと思った。
それなら、ふわふわしている同士で、相手の手を握って、流されぬよう指を絡め、身を寄せて、お互いのあることを確かめるのもありなのかもしれない。
基本的に好転反応であれば、安静にして休めば症状はなくなるものだ。
ダリオにとって、休む、というのは、素直になる、ということだった。自分の心の開き方を覚えていく。
しばらく好転反応に悩まされるかもしれないが、人生で必要な通過点と考えて、ゆっくり休みながら慣らしていくよりない。時折強い揉み返しも起きる可能性もあるが、その時は足を止めて考える。自分の寂しさと向き合い、付き合っていくということだ。
そうしたら、テオの手を握れるようになる、とダリオは思った。
「テオ」
とダリオは実際にテオドールの指先に触れた。テオドールの方から指を絡めて来て、お互いに握り合う。ダリオは体をこの人外の青年に預けて、頭を寄せた。
「俺も、テオにまた脱がせてもらったり、着せてもらったりしたいから、このままがいいな。テオの誕生日とか、旅行とか、一緒に料理とか、絵を見たり、あと花見も今度一緒にしたい」
「はい」
「そうやってテオといろいろ一緒にしたら、ひとつずつがたくさんになって、なんだろうな。重さみたいになって、地に足ついてくんのかな。現実なんだなと思えてきて、不安もなくなるかも。まだわかんねーけど」
段々ダリオは語尾が間延びしてきて、めちゃくちゃ話し込んだなと思いながら、目を閉じた。
僕も花見をご一緒したいです、ダリオさん、おやすみなさい、という声が最後に聞こえた。
クッションを敷いた寝台のヘッドボードにお互い背を預けて身を寄せたまま、謎の緊張感が漂った。
「あの男はダリオさんにとって有害では? 排除した方が合理的です」
「なんかこの問答、激しく既視感がするんだが……」
ダリオはループしてねーか俺と疑問に思った。テオドールが無表情に頷く。
「はい。以前、社会について説明いただいたことがあります」
あーあったな、そんなこと、とダリオが相槌を打つと、真面目ぶった顔でテオドールが付け加えた。
「しかしながら、あの男は人間ではありません。従って、社会の構成員として維持する必要もありますまい」
「ありますまい、じゃねーよ」
もうダリオはどこからどうつっこんだらいいのかわからなかった。前より社会概念を踏まえた上で悪化していないか? それとも前進しているのか?
ダリオは別に、テオドールに人間の倫理観を身につけて欲しいとは思っていない。そこはもう価値観が違うのは仕方のないことだ。ただ、お互いにこの人間社会で活動を続けるなら、最低限その社会規範と自らを表面的にでも擦り合わせていく努力が必要だろう。
ダリオが困るのは、ダリオを理由に他者の消滅だの殺害だのを提案されることだ。
俺はそういうの望んでねーんだが、なんで毎度最高の提案ですみたいな顔して、自信満々で俺に披露してくるんだ……いや、俺が殺害に及ぶ前に一言相談しろと言ったからだよね、ともうそこは呑むしかない部分でもある。
ダリオの葬式ムードな様子に、テオドールはやや首を傾げた。
「何か問題がありますか」
テオドールは嫌みでもなく、マジレスであった。本人はいたって純度100%無理解だ。ダリオは思わず口の端をつつきたくなった。
「排除は賛成しない。大体、ヘルムートさんはまあ相当有害なこともあるが、いや、そこは否定できないんだが……脱皮事件の時は助けてもらっただろ」
フォローしようとしたのだが、する前に色々苦しくなった。
テオドールはしばらく思案したようだが、恩義には報いる種族のためだろう。どうにか「仕方ありません……」と嫌そうに収めていた。
「何かあれば殺します」
最後に条件付きで生存の一言を付け加えていたあたり、全然ご納得されていない。良くも悪くもダリオの思考が漂白されたあたりで、その矛はこちらにも向けられた。
「ダリオさんは、僕の存在が、夢のようで不安ですか?」
無感動な表情は相変わらずだが、じ、とダリオを強く凝視している。
「う、うーん、なんか、地に足がつかんというか、ふわふわするところはあるな……説明しづらいんだが、そうだな……無理に例えるとマッサージの好転反応が近いような」
「マッサージの好転反応とは?」
「あー、マッサージされると気持ちいいんだけど、血流よくなって局所の凝りが散らされた結果、全身がだるくなるやつ。一か所に強い負担になってたやつを、全身で少しずつ負担するようになる感じか」
「なるほど。今調べましたが、筋肉が硬くなって血管を圧迫すると、筋疎血(きんそけつ)という状態になるようですね……これが痛み物質を生じさせ、筋肉をほぐすことで筋疎血状態が改善され血流がよくなると、血液によって全身にこの痛み物質が散らばり、全身がだるくなるケースがあると……こちらが好転反応ですか」
「どこに検索かけたのか知らんが、おおむねそれのことだ。俺自身が、特定部分の情緒に筋疎血の生じているような状態だったしな。ふわふわしてんのは、解禁情緒の好転反応みたいなもんじゃねーかなと思って」
なるほど……とテオドールは口元に手を当てている。
「……もしダリオさんが不安なら、いくつか打てる手はあります」
嫌な予感を感じたダリオは、マグカップをサイドボードに置くと、次の衝撃に備える。
「僕のエネルギーコアとなる部分を縮小結晶化して、えぐり出し、ダリオさんに預けるという方法が」
「却下」
一蹴し、思わず背後のクッションに深く沈み込んでしまう。テオドールはまたもや首を傾げている。
「服従、同盟、誓約の保障として、血族の重要人物などを相手方にわたしとどめておく人質は、僕のアーカイブでも人類普遍の事例で、時代・地域を問わず広く行われています」
「そうかもしれねーけど、お前のエネルギーコアとやらと何の関係があるんだよ」
「はい。まず人質とは、約束の履行を担保するもので、違約や相手の都合次第で殺すことができます。僕の場合は、担保としてエネルギーコアをダリオさんでも破壊できる状態にお預けすることができますので、同等の扱いを推奨します」
「推奨しねーし、無理……」
「一押しの提案だったのですが、致し方ありません」
なんで俺がやれやれみたいな感じされてるんだ、とダリオは意味がわからない。テオドールは再び口元に手を当て思案するポーズをした。
「あまり推奨しませんが、第二案としましては、僕の領域にお連れして、ダリオさんのお世話を絶えずすることで、離別不可能とする方法がありますが――」
テオドールは無表情だが、本当に気が進まないというか、したいけれどしたくないような複雑そうな色合いを瞳に浮かべている。
どっかで聞いた話だな、とダリオは思って、あ、と記憶がよみがえった。白スーツの支配者がエグイことを言っていた。
『僕は本当に優しい奴なんだよ。首だけで我慢してあげたんだ。■■■■■■したかったけれども、■■■■■■で、ああ、これって翻訳できないのか。そうだな。君たちの言葉で言うと、同化? 僕らに比べて君たちってとても小さいだろ? 心配なんだ。だから僕らの体に埋め込んで、死なないようにね、お世話してあげたいんだよ。一から十まで全部、衣食住もセックスも精神の充溢も、同化すれば、僕の一部として、ずーっと絶え間なく情報浸食で与えてあげられるだろ? でも、君たち凄く嫌がるんだよね? 僕の花もそうでね、嫌われたくなくて。みんなそうしてるのにさ、僕だって本当にどれだけそうしたかったかわからないけれど、我慢したんだよ。聞いてる?』
ヘルムート曰く、死んだ方がマシ案件だ。あーお世話したいってそういう。テオもこれしたいのか、どうなんだ、と思った覚えがある。というか、ダリオ自身はどうなのか。そうされたくないのか。それとも、そうされてしまいたいのか。どっちなんだろうと。
白スーツが言っていた内容をもう少し要約して、そういうことなのか? とダリオが確認すると、テオドールは「おおむね間違っていません」とあっさり肯定した。
「そうか。殺し合いになったら、『花』の方が殺されて終わりなのかと思ってたが、そうでもないんだな」
「翻訳的にそぐわない面もあり、正確な説明が難しいのですが……」
テオドールは珍しく少し困っているようだった。
「白スーツのおっさんも翻訳できないと言っていたし、まあ大体の感じで頼む」
「そうですね……何をもって『消滅』、ダリオさんたちのおっしゃる概念で言うと『死』とするか、という問題がまずあります」
ダリオは内心エグい話になりそうだなと思った。
「まず、物理的に『花』を取り込んで同化し、『花』の寿命を引き伸ばしながら世話をするケース。これを『生』の判定とするなら、『花』の肉体を消滅させてしまった場合は、どうでしょうか」
「殺したになるな」
「はい。しかしながら、支配者においては、『花』の魂……ゴーストだけ取り込むこともあるのです」
「……あー……そういう」
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「はあ。肉体だろうが魂だろうが、合意できねーなら、結局殺されるってことか」
「はい。なお、魂の捕獲には、道具を使う場合もありますが……いずれにせよ、魂を消滅させるレベルになると、もはや支配者にも影響は計り知れません」
「魂が消滅って、もうなんも残らんということか?」
「はい。従いまして、総合的に勘案し、『花』の肉体を確保してお世話する方が、双方にとって望ましいかと」
テオドールが覆いかぶさるようにダリオを覗き込んで来た。
「もし――ダリオさんがよろしければ、そうすることもできます」
いつもと違って、まるで蛇の目のように見えた。瞳孔がきゅうっと縦長の亀裂になり、もしダリオが是と言ったら、このお話は全部終わり。これまで読んでいた本は閉じられ、あるいは何もかもめらめらとページの端が炎に包まれて、今まで見ていた世界が全部終わってしまいそうな。
ダリオがそうしてくれと言ったら、そのとおり終わるのだ。
「決して苦痛は与えません。快適に過ごしていただけるように、能う限り力を尽くすとお約束します。ああ、もしダリオさんが人間としての寿命をまっとうされたいのであれば、その後に魂をお世話させていただく方法もあります。無理に取り込んでも、魂を損ないますから」
テオドールは語調を崩さない。
「僕なら、銀のティーポットにダリオさんのお住まいを用意させていただきます。眠っていてもかまいません。蓋を開けて、いつでもポットの底に、貴方の魂がいていただければ……」
蛇の目の奥にも、やはり紫の炎が燃えていた。だが、いつぞやの結婚します、の時より勢いがないように思われた。
「テオが本当にそうしたいなら、俺も考えるが……」
つらつらと述べていたテオドールがぴたりと止まる。ダリオは眉根を寄せた。
「なんだろな……世話したいのは感じるけど、支配者にスタンダードなそのやり方、テオには合ってない感じなのか?」
「……」
「気が進まない案だと言ってたもんな」
確かにそう言っていた。つまり、最初から乗り気ではなかったのだろう。
「僕は……ダリオさんを僕らのやり方でお世話するのは……貴方を損なう蓋然性が高いと考えています」
「うーん……まあぶっ壊れるだろうな」
どう考えても肉塊融合コースか、魂拉致監禁コースで、飼育されて正気を長い間保っていられるとは思えない。前者で、脳内の伝達物質をいじられるなどしても、遠からず廃人になると思う。魂については想像もつかない。とりあえず地獄っぽいなと思う。
「頭頂から足の爪先まで……お世話させていただきたい欲望は僕にもあります」
真顔で言われる。ダリオが静かに聞いていると、
「人間で言う性欲や破壊衝動に近いレベルのそれは強くありますが……ダリオさんを損なっては、僕にとって本末転倒です」
テオドールは、はっきりと嫌そうだった。
「僕は、先だって、ダリオさんが許していただいたような……お嫁さんの衣装着脱のようなことがしたいのです。『花』を傷つけ、魂を劣化摩耗させて消滅させるような先達の愚かしい行為は到底受け付けません」
あー………とダリオは顔を覆いたくなった。
(なるほど、わかった)
つまり、学習の結果である。
テオドールは、嫌がる相手を無理やり強姦するのに、興奮できない人種なのだろう。人種と言うか人外か。ラブラブ積極的合意和姦しか受け付けなくなってるんじゃねーの……とダリオは理解しうつむく。支配者的にそれはどうなんだ。
思い起こせば、テオドールは本人も言うとおり、努力して割と穏健な支配者であろうとしてきてくれた。そして、彼は『花』のダリオと最初から最後まで和姦しかしたことがない。強い拒絶といえば、初期に不法侵入されてからしばらく冷たく当たったが、けっこうすぐ生活に侵入されてダリオも受け入れてしまった。なので彼が生まれてから現在にいたるまで、とにかくダリオとはもだもだと恋愛に発展しそうでしない期間もありつつ、ほぼ良好な関係で過ごしている。くっついて以降は、『花』からは、すきすきだいすき、と毎度言われまくって育った両想い合意和姦サラブレッドなのである。
ふたりの恋愛関連で、望めば大体「いいぞ」とダリオも受け入れるし、無理に押し通す必要がなかったわけだ。ダリオの合意や許可があって当たり前過ぎて、当然のその方が充溢度も高いし、無理やりするのに興奮どころか、冷淡に嫌悪感を示しても全く不思議ではない。なんか他の支配者かわいそうになってきたな……たぶん、俺のお陰と言うか、俺のせいだよな……とダリオは思ったのだった。
それはともかく、他の支配者がやりがちな肉体破壊、魂消滅その他フルコースの衝動に比して、テオドールのやりたいことが『お嫁さんの衣装着脱のようなことがしたい』というのは衝撃だった。
他の支配者と衝動レベルにそう差がないのであれば、そこに全振りしてるくらいその衝動があって、我慢もあって、ああそうかーとダリオは情緒がぐちゃぐちゃになる。
どう考えても巨大な欲望が、一極集中して、お嫁さんの衣装着脱のようなことがしたい、になる方がコントロールや我慢大変じゃないの? どうなんだ、という思いだ。
こんなに大事にされて、こんなにダリオに都合がよくて、そりゃあふわふわ現実感もなくなるだろと元に戻って来る。
もしかしてテオもそうなのかな、とダリオはふと思った。
それなら、ふわふわしている同士で、相手の手を握って、流されぬよう指を絡め、身を寄せて、お互いのあることを確かめるのもありなのかもしれない。
基本的に好転反応であれば、安静にして休めば症状はなくなるものだ。
ダリオにとって、休む、というのは、素直になる、ということだった。自分の心の開き方を覚えていく。
しばらく好転反応に悩まされるかもしれないが、人生で必要な通過点と考えて、ゆっくり休みながら慣らしていくよりない。時折強い揉み返しも起きる可能性もあるが、その時は足を止めて考える。自分の寂しさと向き合い、付き合っていくということだ。
そうしたら、テオの手を握れるようになる、とダリオは思った。
「テオ」
とダリオは実際にテオドールの指先に触れた。テオドールの方から指を絡めて来て、お互いに握り合う。ダリオは体をこの人外の青年に預けて、頭を寄せた。
「俺も、テオにまた脱がせてもらったり、着せてもらったりしたいから、このままがいいな。テオの誕生日とか、旅行とか、一緒に料理とか、絵を見たり、あと花見も今度一緒にしたい」
「はい」
「そうやってテオといろいろ一緒にしたら、ひとつずつがたくさんになって、なんだろうな。重さみたいになって、地に足ついてくんのかな。現実なんだなと思えてきて、不安もなくなるかも。まだわかんねーけど」
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