俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 十一 胡蝶の夢編

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「——さん」
 声をかけられている。
「ダリオさん」
 肩を揺さぶられ、目を開けると、至近距離で人間離れした美貌の青年に眼球を覗き込まれていた。
 ダリオは固まる。ゆっくりと青年——テオドールが身を起こし、
「うなされていました。大丈夫ですか?」
 と尋ねる。ダリオはしばらく息をつめていたが、キングサイズのベッドに、広い寝室はテオドールが用意した館の一室だった。
 ダリオも起き上がって、
「夢……」
 とつぶやいた。
「こっちが夢……?」
 わからない。しかし、こちらの現実には確かなリアリティがある。急速に先ほどまで見ていたテオドールのいない夢は、現実味のない悪夢だったと色彩を失って遠ざかって行くのを感じた。
 ダリオの様子に、テオドールが無感動に見えてどこか険しい表情で質問する。
「ダリオさん、妙な術をかけられていましたので、ほどきましたが、何か身に覚えはありませんか?」
「妙な術? ……あ。あー、ヘルムートさん……」
 思い出した。育毛剤の件で、助かったとお礼に顔を出したら、また泣きつかれて、『壺中の天』という壺がどうたらこうたらと言われたのだ。
『死なないから、ダリオ君つきあってよー』
『死なないからって、死なないだけで酷い目にあうってやつでしょう。嫌です』
『育毛剤助かったんでしょ! 俺を助けると思ってさー。お願いお願い!』
『誰か化け物の知り合いに頼んでくださいよ』
『この壺の術、内容知ってるとクリアできないんだよ~。俺の知ってるけっこう頑丈で使い勝手のいい人間なんてダリオ君しかいないよ!』
『それ誉めてないですし、利用しやすい人間は君しかいないと言われて何で俺が頷くと思ったんですか』
『やだやだやだやだ、うんって言ってよ! うんて言ってくれないと、世界が滅ぶんだよ~~~~!!』
 どこまで本当か知らないが、脱皮事件で百年分の恩があるし、仕方ないとダリオは『本当に死なないんでしょうね? 痛いのもお断りします』と確認して、『物理的に痛い目に合うことはないから!』と言うので頷いたのである。
 物理的には確かに痛くなかったが、メンタルズタボロにされた気分だ……とダリオは額をおさえた。
「ちょっと待ってくれ」
 ニャインでヘルムートに連絡する。世界が滅ぶ系クソアイテムにつき合わされたが、テオドールが『ほどいた』と言っていて、これでよかったのかわからない。
 簡単に経緯を送ると、最終的に、『それでオッケー。クリア完了だよ☆』とダリオが無の表情になる返信が送られてきた。
 あれでいいらしい。とにかく精神的に追いつめてくるギミックだった。
「ダリオさん?」
 テオドールを放置して、携帯フォンを無の顔で見つめていたダリオは、遅れて「すまん」と返事した。
「ヘルムートさんのマジックアイテム関連だったらしい。とりあえず解決した。問題ない、心配かけて悪かった。俺はもう寝る」
 ダリオは淡々と言い、再度布団にもぐり込もうとしたのだが、テオドールが珍しくダリオに何も言わず触れて来た。手首を取られ、ダリオは努めて平淡に「なんだ?」と返した。
「ダリオさん、顔色が悪いようですが」
「そうか。精神的に疲れる件だったんで、顔に出てるのかもな。とりあえず寝れば回復すると思う」
「……通常は睡眠が回復の手段になると思いますが、今回は逆効果では? 少し話しませんか」
「……」
 ダリオは疲れていた。確かに寝ても回復する気がしない。体は睡眠を欲しているのだが、神経がささくれ立っているし、夢をまた見たらと思うと、ろくに眠れそうになかった。
「うん……」
 なんかふらふらするなと思って、上半身がうまく定まらないように思う。すると、テオドールが断ってダリオの腰に手を回した。
 あ、テオドールだ。
 そう思った瞬間、涙腺が緩んで、涙が出て来てしまった。
 仰天したのは恐らくテオドールの方だっただろう。毛の逆立った猫状態で、完全に硬直している。
 ダリオは何か言おうと思ったが、喉に焼けた石でもつまったようになり、しゃべろうとすればするほど、涙が止まらなくなってしまった。
 ぼろぼろと無言で泣いているので、テオドールはすっかり停止してしまい、もたつきながらダリオをそっと抱き寄せた。
 テオドールの肩口に顔を埋めて、ダリオはしばらく青年の体温や匂い、生きて存在していることを感じるに終始した。テオドールがぎこちなく、ダリオの頭を撫でたのは、学習成果の模倣行動だったのかもしれない。ダリオは気持ちよくて安心した。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
 ようやく落ち着いた頃、ふたりはクッションを敷いた寝台のヘッドボードに身を寄せ合って背中を預けた。テオドールは心配そうにダリオの頭頂に何度もキスしてくる。
 やがてテオドールはダリオに確認すると、あたためたミルクの入ったマグカップを呼び寄せた。
「体に温まるものを。ブランデーと砂糖を少し入れても大丈夫ですか?」
「ああ」
 礼を言ってダリオはテオドールが作ってくれたホットブランデーミルクを口にする。それで改めて、自分の体が冷えているのに気づいた。人外のテオドールの方がよほど気を回している。
「無理にとは申し上げませんが、可能な範囲で話を聞かせて頂ければ」
「ごめん、急に……話自体は……大した事ないんだが……」
 ダリオはぽつぽつと夢見た内容を話した。先に口にしたとおり、内容自体は別に問題ない。問題の核心は、内容よりも、ダリオが今の現実をどこかふわふわと地に足のつかぬもののように感じている部分である。
 今回、それに気づかされた。
 自分の甘え下手に前回気づかされ、色々試みたのとは別に、深堀りしたら、別の水脈に当たった気分だ。
 信用していない、という意味では同根なのかもしれないが。
 悪夢の中で、ダリオはテオドールがいない現実を、どこかそれはそうだよなと、納得してすとんと受け入れていた。
 今だって、急にこれは全部お前の妄想だと突き付けられても、抗う一方で、そうかもなとあっさり同意してしまう自分がいる。
 現実だと思えば、ダリオは足を棒にしてテオドールを探しに行くことも苦ではないが、自分に都合の良い夢だと暴かれたら、体中から力が抜けて、抵抗することが難しいと感じた。
 また手指が痺れてきている。
「あのさ、以前、テオが……都合のいい夢見てるみたいだって言ってた時に、きちんと受け止めなくてごめんな」
 ダリオは先に謝った。ダリオがお嫁さんになっちゃうなどと口走って、テオドールが『僕のお嫁さんになりますか?』と問うた事件の後の話だ。支配者にとって、『花』からそのように言われることは望外の喜びで、夢のようなことだと彼は述べていた。時折、『花』に拒絶された他の支配者同様、千も万も月日を浪費しながら、都合のよい夢を見ているのではないかと疑う。そんなことを言っていたのだ。思わぬことを言われたのか、テオドールが猫のように目を見開いているが、ダリオは淡々として、マグカップに視線を落としている。
「さっきヘルムートさんにこれ結局どういうギミックだったのか聞いたんだが。どうも一番恐れている不安が悪夢で体験されるやつだったみたいだ」
「一番恐れている不安?」
 テオドールにおうむ返しされ、ダリオは頷く。
「俺が一番不安なのって、テオに嫌われることでも、テオがいなくなることでもなかったらしい。嫌われてもいなくなっても、まあ、そういうことは、何事も絶対じゃねーから、人間関係じゃ起こりうるし……」
「僕は絶対に嫌いになどなりませんが」
 すぐさま訂正が入って、ダリオは苦笑した。
「ああ、ありがとう。その、なんだ。仮に嫌われても、自分の行いのせいなら仕方ないなって思えるし、いなくなっても、探せばいいし」
 実際、ダリオはテオドールが不在連絡不能になっても、ここまで急速にメンタル悪化したことはない。脱皮事件の際は歩き回って探し、異世界召喚事件の際は音信普通でもその内迎えに来てくれるだろうと信じていた。
「テオドールがどこかにいてくれれば全然かまわないんだ。テオを好きになって、テオが俺のこと好きになってくれた上に、色々助けてもらったり、一緒に暮らしたり、旅行行ったりしたこと自体がなくなるわけじゃねーだろ。俺、それで十分だし。俺の場合、全部自分の妄想だったって、なかったことになるのが一番怖かったみたいだな」
 だから、テオが似たような不安口にしてくれた時に、軽く流してしまってごめんな、とダリオは重ねた。今となっては、自分の不安を直視しないために、テオドールの類似問題を軽く扱ったのだと思う。今回の謝罪は、別に許してもらおうと思ったわけではなく、あの時のテオドールの気持ちを今ちゃんと受け止めた、受け止めたいということだった。
 テオドールはしばらく黙っていたが、口を開いた時、瞳孔も拡大していた。
「わかりました」
「ああ」
「ヘルムートという男を殺してきます」
「わかってねーよ、待て待て待て待て。止めろ」
 何もわかっていなかった。
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