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番外 十一 胡蝶の夢編
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主人公が多少ショック状態になります。胡蝶の夢編もいつもの感じに収束します。
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異世界騒動は、テオドールがそれぞれの人たちを元の場所、時間に送還して決着した。その前に多少ひと騒動あったが、水龍族のナーデンが土壇場でプリシラについて行くことを決めたり、召喚組はお互いの連絡先を交換して現実でもオフ会いたしましょう! いいね! などと再会を約束したり、とりあえず全員無事で笑顔で別れることができたのだった。
一方、白スーツの支配者は姿を現さず、ダリオは肩透かしを食らった形だ。
しかし、思ったより心労がたたったのか、色々テオドールと話さないといけないなとは思ったものの、帰宅したあと数日はダウンしていたのだった。
これはそのあたりの話である。
■■■
ダリオは元々現実主義者だ。
現実を最重視し、理想や空想を追うよりも、現実の事態に即して物事を処理しようとする。
だから、時々、考えてはいた。
俺にあまりにも都合がよすぎる、と。
テオドールと旅行に行った時、ジェラートを二人で分け合って食べた際など、幸せ過ぎてもう今死んでもいいやーと思った。実際現実に足のつかないようなふわふわ感があったからでもある。
なんか夢を見ているみたいだなと毎度ふと立ち止まっては思うことがあった。テオドールが似たようなことを言っていたのを思い出す。この青年がそう思わないで済むように自分にできることを探そうと思った一方で、ダリオ自身が都合のいい夢を見ていて、いつか目が覚めるんじゃないかな、とどこかで考えている部分の自覚はあったのだ。
だって、あまりにも都合がよすぎる。
テオドールは、ダリオが子どもの時分から、こんな風に自分の傍にいてくれる人がいたらいいのにと思った、そういうイマジナリーフレンドのようなところがあった。
犬にもなってくれたしな、もどきだけど、と思いながら。
ダリオは目を覚ました。
じりりりりりりりりりり。
古い目覚まし時計が、枕元で金切声を上げている。
ダリオは手を伸ばして、かしゃん、とスイッチを押した。携帯フォンのアラームでもよいが、目覚まし時計の方がすっきりするぞ! とハイスクールの先輩から譲られたもので、けっこう重宝している。いや、しかし目覚まし時計は……と何か違和感を覚えたが、とにかく起きる方が先だ。
体がなんだかギシギシするな、と半分寝ぼけて上体を起こすと、ぼんやり周囲を見回した。少々くたびれた感のある狭い一人部屋だ。整頓された勉強机と椅子、チェストにクローゼット、見覚えがある。イーストシティ大学の学生寮の自室だった。
「……あ?」
ダリオはしばらく停止して、もう一度部屋を確認した。やはり一年前に火事にあった学生寮自室である。
まだ寝てんのかな、俺……と思って、明晰夢ってどうやって目を覚ましたらいいんだっけと考えた。
分からない。夢とはいえ、時間はもう朝だし、とりあえず着替えて朝食とって……今日はなんの日だ? と携帯フォンで日付を確認する。日付はダリオの認識で合っていた。じゃあ今日は講義に出た後、アルバイトだなといつものルーティンだ。
認識と合わないのは、去年火災で寮を出て、テオドールの用意した館にうつったはずなのに、学生寮自室で目が覚めたあたりである。
ひとまずダリオは着替えながら、その日の予定を再度確認して、部屋を出た。
行動する内に、違和感は徐々に大きくなっていく。
エヴァはダリオを見て嫌そうな顔をするし、クリスもテオドールのことは知らないと言う。指輪をくれたカーター氏も、聞けば困った風に覚えがないと答え、彼の頭に群がる妖精もどきたちは皆きょとんとして首をかしげるばかりだ。誰に聞いても同じだった。テオドールを知らないかと尋ねるダリオに対して、怪訝そうな顔をする。
そうして一日がほぼ終わる頃には、嫌でも察した。館で暮らしていないことをはじめ、テオドールの痕跡が一切存在していない。裏を返せば、全てダリオの妄想のようだ。
ダリオは呆然とする前に、体中から急にエネルギーというエネルギーが抜けていくのを感じた。
まだ肌寒い季節に、スプリングコートをダリオの肩にかけてくれた青年はどこにもいなかった。
精神的に疲労して帰寮すると、風呂に入り、勉強してから就寝する。夢の中では、テオドールが出て来て、いつものようにクソ真面目な顔をして突拍子もないことを口にしていた。なんだ、こっちが現実か、と思って安堵したい気もしたが、心のどこかで夢見てんのかなという思いの方が強く、案の定目を覚ますとまた学生寮自室だった。
目覚ましを止める。
そうか、学生寮にいる俺の方が現実か。
ダリオはすとんと納得した。
そりゃそうだ、あっちの俺――テオドールがいる方は、都合よすぎるよな、と目覚ましを止めたまま、苦笑が口端に浮かぶ。
そんな気がしていたんだ。あまりにもしあわせだから、おかしいと思っていた。
そうだ、こっちが現実だ。ダリオは粛々と納得して、窓の外を見た。急に空が陰って子どもが描いたような漆黒の世界に、べったりとした油絵具の赤い月が顔を出すこともない。ふつうに晴れていた。
ダリオがどう思おうと、生きていくためには学業とアルバイトをおろそかにすることはできない。
人生は続いていくのだから、一人で生きていかなくちゃな、とダリオは自分に言い聞かせた。
クラブ・ラビット・ホールでのアルバイトが終わると、夜の二十二時を回っており、外はやはりこの時期冷え込んでいる。
夢の中では、テオドールが迎えに来てくれて、クリスに妙な気回しをされていた。ダリオが初めにテオドールへの好意を自覚したのは、彼がスプリングコートをダリオにかけてくれた時だ。
今それをしてくれる人は誰もいない。
薄手のコートを自分で着て、ダリオはとぼとぼと一人で歩き始めた。
コートのポケットに手を突っ込んでいるが、指先が氷水につけたように痺れていた。
やや下を向いて歩く。
(——あ)
ダリオはセントラル・パークの小道半ばまで来て、馬鹿なことをしたと立ち止まった。
学生寮とは反対方向だ。これは、テオドールが用意してくれた館に帰る道だ。
(馬鹿だろ、俺……)
明日も早いのに、時間を無駄にしてしまった。無意識は怖い。帰りたい方に帰ってしまった。
ダリオは一度昼間に、館のあった場所に足を運んだことがある。坂道を登ったらいつの間にか館に辿り着くはずなのに、坂道なんかどこにもなかった。
ビルとビルの隙間は、ただの路地で、行き止まりだったのだ。ダリオは何度か路地を往復して、坂道が現れないかと往生際悪く確認したが、何も起こらなかった。当たり前だ。
何を期待していたんだろうと思って、ダリオはその時も指先が痺れるように痛かった。
吐いた息が冷たい。
しばらくぼーっとして、ダリオは月が出ている空を見上げることもせず、自分の影が伸びているので、それを確認した。
ここで、テオドールと押し問答したこともあった。全部俺の都合のいい空想だったけれど、と思う。
また指が痺れてくる。
動きたくないなと思った。
ちょうど、公園のベンチが街灯の向かいに設置してある。よろよろとした足取りでダリオはベンチに近づくと腰を下ろした。
ぼんやりオレンジ色の街灯のあかりを見つめる。
そういえば、マッチの火を灯したら、その炎の中に見たいものが見られる童話があったなあと思った。
空想したら俺にも見られるだろうか。
そんな風に考えて、見つめていたら、自然と目を閉じていた。
そうしたら、テオドールとダリオが二人で肩を並べて目の前を歩いている。
アルバイトの帰りなのか。きっとテオドールが迎えに来てくれたのだろう。
いいなあ、とダリオは思った。
テオドールが真顔でダリオに何か言い、ダリオが何か答えている。普通に歩いているだけなのに、どこか自分の足取りは楽しそうだった。
ふたりの姿は、視界の向こうに消えていく。
置いてきぼりのダリオはベンチに座ったまま、ふたりの背中を、見つめていた。
ひっく、と喉が痛くなった。
ひっく、とダリオはしゃくりあげていた。
もう、ダリオの肩にスプリングコートをかけてくれた青年はいない。
そのことを理解して、一人でちゃんと生きていかないと、と思って。
それができていたはずなのに、あまりにも悲しくて、辛くて、
「て、てお……」
呼べば来ると言ったのに。
誰も現れなくて、ダリオはひっく、ひっくと、ひとりでしゃくりあげて泣いた。
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異世界騒動は、テオドールがそれぞれの人たちを元の場所、時間に送還して決着した。その前に多少ひと騒動あったが、水龍族のナーデンが土壇場でプリシラについて行くことを決めたり、召喚組はお互いの連絡先を交換して現実でもオフ会いたしましょう! いいね! などと再会を約束したり、とりあえず全員無事で笑顔で別れることができたのだった。
一方、白スーツの支配者は姿を現さず、ダリオは肩透かしを食らった形だ。
しかし、思ったより心労がたたったのか、色々テオドールと話さないといけないなとは思ったものの、帰宅したあと数日はダウンしていたのだった。
これはそのあたりの話である。
■■■
ダリオは元々現実主義者だ。
現実を最重視し、理想や空想を追うよりも、現実の事態に即して物事を処理しようとする。
だから、時々、考えてはいた。
俺にあまりにも都合がよすぎる、と。
テオドールと旅行に行った時、ジェラートを二人で分け合って食べた際など、幸せ過ぎてもう今死んでもいいやーと思った。実際現実に足のつかないようなふわふわ感があったからでもある。
なんか夢を見ているみたいだなと毎度ふと立ち止まっては思うことがあった。テオドールが似たようなことを言っていたのを思い出す。この青年がそう思わないで済むように自分にできることを探そうと思った一方で、ダリオ自身が都合のいい夢を見ていて、いつか目が覚めるんじゃないかな、とどこかで考えている部分の自覚はあったのだ。
だって、あまりにも都合がよすぎる。
テオドールは、ダリオが子どもの時分から、こんな風に自分の傍にいてくれる人がいたらいいのにと思った、そういうイマジナリーフレンドのようなところがあった。
犬にもなってくれたしな、もどきだけど、と思いながら。
ダリオは目を覚ました。
じりりりりりりりりりり。
古い目覚まし時計が、枕元で金切声を上げている。
ダリオは手を伸ばして、かしゃん、とスイッチを押した。携帯フォンのアラームでもよいが、目覚まし時計の方がすっきりするぞ! とハイスクールの先輩から譲られたもので、けっこう重宝している。いや、しかし目覚まし時計は……と何か違和感を覚えたが、とにかく起きる方が先だ。
体がなんだかギシギシするな、と半分寝ぼけて上体を起こすと、ぼんやり周囲を見回した。少々くたびれた感のある狭い一人部屋だ。整頓された勉強机と椅子、チェストにクローゼット、見覚えがある。イーストシティ大学の学生寮の自室だった。
「……あ?」
ダリオはしばらく停止して、もう一度部屋を確認した。やはり一年前に火事にあった学生寮自室である。
まだ寝てんのかな、俺……と思って、明晰夢ってどうやって目を覚ましたらいいんだっけと考えた。
分からない。夢とはいえ、時間はもう朝だし、とりあえず着替えて朝食とって……今日はなんの日だ? と携帯フォンで日付を確認する。日付はダリオの認識で合っていた。じゃあ今日は講義に出た後、アルバイトだなといつものルーティンだ。
認識と合わないのは、去年火災で寮を出て、テオドールの用意した館にうつったはずなのに、学生寮自室で目が覚めたあたりである。
ひとまずダリオは着替えながら、その日の予定を再度確認して、部屋を出た。
行動する内に、違和感は徐々に大きくなっていく。
エヴァはダリオを見て嫌そうな顔をするし、クリスもテオドールのことは知らないと言う。指輪をくれたカーター氏も、聞けば困った風に覚えがないと答え、彼の頭に群がる妖精もどきたちは皆きょとんとして首をかしげるばかりだ。誰に聞いても同じだった。テオドールを知らないかと尋ねるダリオに対して、怪訝そうな顔をする。
そうして一日がほぼ終わる頃には、嫌でも察した。館で暮らしていないことをはじめ、テオドールの痕跡が一切存在していない。裏を返せば、全てダリオの妄想のようだ。
ダリオは呆然とする前に、体中から急にエネルギーというエネルギーが抜けていくのを感じた。
まだ肌寒い季節に、スプリングコートをダリオの肩にかけてくれた青年はどこにもいなかった。
精神的に疲労して帰寮すると、風呂に入り、勉強してから就寝する。夢の中では、テオドールが出て来て、いつものようにクソ真面目な顔をして突拍子もないことを口にしていた。なんだ、こっちが現実か、と思って安堵したい気もしたが、心のどこかで夢見てんのかなという思いの方が強く、案の定目を覚ますとまた学生寮自室だった。
目覚ましを止める。
そうか、学生寮にいる俺の方が現実か。
ダリオはすとんと納得した。
そりゃそうだ、あっちの俺――テオドールがいる方は、都合よすぎるよな、と目覚ましを止めたまま、苦笑が口端に浮かぶ。
そんな気がしていたんだ。あまりにもしあわせだから、おかしいと思っていた。
そうだ、こっちが現実だ。ダリオは粛々と納得して、窓の外を見た。急に空が陰って子どもが描いたような漆黒の世界に、べったりとした油絵具の赤い月が顔を出すこともない。ふつうに晴れていた。
ダリオがどう思おうと、生きていくためには学業とアルバイトをおろそかにすることはできない。
人生は続いていくのだから、一人で生きていかなくちゃな、とダリオは自分に言い聞かせた。
クラブ・ラビット・ホールでのアルバイトが終わると、夜の二十二時を回っており、外はやはりこの時期冷え込んでいる。
夢の中では、テオドールが迎えに来てくれて、クリスに妙な気回しをされていた。ダリオが初めにテオドールへの好意を自覚したのは、彼がスプリングコートをダリオにかけてくれた時だ。
今それをしてくれる人は誰もいない。
薄手のコートを自分で着て、ダリオはとぼとぼと一人で歩き始めた。
コートのポケットに手を突っ込んでいるが、指先が氷水につけたように痺れていた。
やや下を向いて歩く。
(——あ)
ダリオはセントラル・パークの小道半ばまで来て、馬鹿なことをしたと立ち止まった。
学生寮とは反対方向だ。これは、テオドールが用意してくれた館に帰る道だ。
(馬鹿だろ、俺……)
明日も早いのに、時間を無駄にしてしまった。無意識は怖い。帰りたい方に帰ってしまった。
ダリオは一度昼間に、館のあった場所に足を運んだことがある。坂道を登ったらいつの間にか館に辿り着くはずなのに、坂道なんかどこにもなかった。
ビルとビルの隙間は、ただの路地で、行き止まりだったのだ。ダリオは何度か路地を往復して、坂道が現れないかと往生際悪く確認したが、何も起こらなかった。当たり前だ。
何を期待していたんだろうと思って、ダリオはその時も指先が痺れるように痛かった。
吐いた息が冷たい。
しばらくぼーっとして、ダリオは月が出ている空を見上げることもせず、自分の影が伸びているので、それを確認した。
ここで、テオドールと押し問答したこともあった。全部俺の都合のいい空想だったけれど、と思う。
また指が痺れてくる。
動きたくないなと思った。
ちょうど、公園のベンチが街灯の向かいに設置してある。よろよろとした足取りでダリオはベンチに近づくと腰を下ろした。
ぼんやりオレンジ色の街灯のあかりを見つめる。
そういえば、マッチの火を灯したら、その炎の中に見たいものが見られる童話があったなあと思った。
空想したら俺にも見られるだろうか。
そんな風に考えて、見つめていたら、自然と目を閉じていた。
そうしたら、テオドールとダリオが二人で肩を並べて目の前を歩いている。
アルバイトの帰りなのか。きっとテオドールが迎えに来てくれたのだろう。
いいなあ、とダリオは思った。
テオドールが真顔でダリオに何か言い、ダリオが何か答えている。普通に歩いているだけなのに、どこか自分の足取りは楽しそうだった。
ふたりの姿は、視界の向こうに消えていく。
置いてきぼりのダリオはベンチに座ったまま、ふたりの背中を、見つめていた。
ひっく、と喉が痛くなった。
ひっく、とダリオはしゃくりあげていた。
もう、ダリオの肩にスプリングコートをかけてくれた青年はいない。
そのことを理解して、一人でちゃんと生きていかないと、と思って。
それができていたはずなのに、あまりにも悲しくて、辛くて、
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