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本編
12.仕切り直しメイクラブ
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暮れなずむ静かな住宅街を、二人並んでのんびり歩く。
情熱的な愛の告白があった後だから、話題は当然愛のささやき────などではない。
オメガの体を保持することになった俺の扱いについて、過保護な颯真と大雑把な俺で意見が食い違っている。
「だからぁ、これ以上俺のせいで部活休ませたくないんだってば」
「でもユキに何かあったら」
「フェロモンは薬でなんとかなってるし、寄り道しないで真っ直ぐ帰れば平気だよ」
「じゃあせめて首輪をしてくれ」
「噛まれても番にならないって神様が言ってたでしょ? 俺だって男なんだから抵抗できるし、そもそも俺みたいなデカいの、フェロモンが出てなければ襲われないよ」
「しかし……いややっぱり心配だから送る」
「いらないってば!」
「じゃあ登校だけでも」
「そろそろ怒るよ?」
そうこうしているうちに我が家に着いた。
今日も母さんは夜勤で遅い。父さんが出張から帰ってくるのは明日だ。
「上がって。続きは中で」
「わかった……」
何もかもに納得できません、という顔の颯真を玄関に押し込んで部屋に向かわせる。
以前から世話焼きというか、おせっかいというか……そういう男だったけど、俺がオメガ化したせいで超絶過保護にランクアップしてしまった。
2階の自室へ向かう前にポストを確認すると、通販で頼んだ荷物が届いていた。
「お、来てる来てる」
俺宛の薄く平たい箱だけを持って自室へ向かう。
颯真は定位置のラグの上に座っていた。ベッドの上に広げてあったファッション誌をめくっている。
あ、それオメガ特集のやつ。
「興味ある?」
「いや。正直オメガ自体にはあまり興味ない」
「へ、そうなの?」
クラスメイトに話振られた時、最低限はオメガに興味ありそうな反応してなかったっけ。
俺が聞いたときもオメガと番になる気はあるようなこと言ってたのに。
颯真は苦笑した。
「アルファが『オメガに興味ない』とか言うと、お高くとまってるって言われるだろ。適当に話合わせただけだよ」
「あーそっかー。確かにベータは思うかもな、どうせいつか超美形のオメガと番になるくせにスカしやがってって」
「そこまで嫌われるかはわかんないけど……今は興味あるよ。オメガにも」
「へぇ。それは、俺がオメガだから?」
半ば乗り上げるようにして、座ったままの颯真に体を寄せる。
明らかな挑発だと向こうにも伝わっただろう。
オメガのフェロモンは首筋から出るものが一番濃いらしい。そこをネコのように颯真の体に擦り付けてみた。
ごくり、と息を呑む音が近くで聞こえて、おかしさと優越感で勝手に笑みが浮かぶ。
「ねぇ颯真。仕切り直ししない?」
「な、なにを……?」
「俺、発情期中の記憶あんまなくてさ。ラブホ入った直後の一回だけしかまともに覚えてないんだ。初めてだったからいっぱいいっぱいだったことしか」
「そうなのか……」
「あのときはなんか、わーって感じで、気持ちいいのを堪能するどころじゃなかったろ? だから、仕切り直し」
颯真の体を両側から掴んで持ち上げ、ベッドに押し倒す。
目を白黒させている颯真にニンマリと笑って見せた。
俺はか弱くて華奢なオメガとは違う。いざとなれば力づくでアルファをベッドに押し倒せる。
「オメガの気持ちいいとこ、今度は颯真が教えて?」
俺がオメガのままでいいと思えるくらい、たくさんして。
通販の箱から手のひらサイズの黒っぽい箱を取り、パッケージを一つ引き出す。
薄くて丈夫で、アルファのものにも対応しているとアピールする箱には、買ったばかりの男のエチケットがたくさん詰まっている。
手で千切りやすいパッケージを試しにひとつ口に咥えてみた。
えっちな自撮りみたいなシチュエーションを意識してる。
やりすぎたのか、はたまた刺激が強すぎたのか。颯真は顔を覆って、変なうめき声を出した。
「ユキおまえ……いい加減にしろよ……」
「え、ダメだった?」
「ダメじゃないけど……俺以外の前で絶対やるなよ。おふざけでも、絶対やるな」
そう言いながらくるりと立場を入れ替えて、俺に覆い被さって見下ろす颯真は間違いなくドすけべだ。
咥えたコンドームの袋は取り上げられたが、すぐ手に取れる場所に置かれる。
「颯真にしかやんないよ」
首に腕を回すと顔が寄せられて、唇が重なった。
やけに手慣れているのはお互いアルファだからだろうか、もしかして発情期中はいっぱいキスしてたんだろうか。
俺が覚えているラブホでの一回ではキスはしなかった。
思い出せないのが悔やまれる。いつか思い出せるかな。
「ん……もっとして」
「キス好きなんだな、ユキ」
「そうかな……」
「あぁ。発情期の最中、吸い付いて離れなかった」
お互いにたらこ唇で登校することになったらどうしようと焦った、なんて颯真は笑う。
二人揃って登校してクラスメイトに見られたら、さぞかし囃し立てられただろう。それは嫌だ。
「じゃあ……自重する……」
名残惜しいが顔を背けると、優しい手でやんわり戻される。
「我慢しなくていい。周りなんて気にするな、どうせ外野だ」
アルファとオメガの間に割り込めるものなどない。
颯真にしては乱暴な物言いは、必死さの裏返しに思えた。誰も入ってこられないほどの強固な繋がりを求めている。
まがいものの俺が相手では得られない絆。
自分で選んだことだから後悔はしていない。でも申し訳ない気持ちはあって、だからより深く繋がろうとしている。
今の俺達はアルファとオメガだけど、確かなものは何も結べない。約束できない。
その代わりに、得られない部分を埋め合うみたいに体を繋ぐ。
空虚な交わりかもしれないけど、少なくとも俺の心は満足していた。
あと体も。だって、めちゃくちゃ気持ちいいんだ。
「あ、ぁあ……そ、ま」
「つらくないか?」
「んッ、だいじょぶ……きもちいー……」
腰が密着して、腹の奥深くまで届く熱の塊がどくどくと波打っている。
記憶に残る一回ほどの圧迫は感じない。知らない間に体が受け身のやり方に慣れてしまっている。
男としてアルファとして、若干残念な気持ちにはなるけど、挿れる側に飽き飽きしちゃっていた俺がそのちっぽけなプライドを惜しむのは贅沢というものだろう。
「そーま、ちゅーして」
「ん」
腕を伸ばしてキスをせがむとすぐに与えられた。
最初は体を開いて受け入れる姿勢はちょっと抵抗があって、バックでしてもらったのに。今じゃ自分から脚を開いてる。
人間って短期間に変われるものだなぁ。
「もう平気か……?」
「ん。いいよ」
颯真の腰にぐっと力が入って、中のものがゆっくり抜けていく。
内臓を引き出される錯覚にぞわぞわと悪寒が広がる。でもこれがほんの一瞬の感覚でしかないことも知ってる。
「あぁっ……」
ぐっと押し込まれると行き止まりの存在を強く意識する。
苦しくて、呼吸が浅い。変な声も出る。熱くて熱くて、でも風邪で熱があるのとは少し違う。
自分が挿入する側だった時とはまた違った、絶頂がすぐそこに近づいている感覚。
それを与えてくれる相手は、目の前の彼しかいない。
「そうま、俺のからだ、きもちいい?」
「あぁ……ずっとこうしていたいくらい、気持ちいいよ」
「そっか……」
嬉しくてぎゅっと抱きつくと、颯真も強く抱き締め返してくれた。
こんなに満ち足りた気持ちは生まれて初めてだ。
何も隠すことなくすべてをさらけ出して、それが受け入れられる。自分がちっぽけで空っぽなことを暴かれてもいいとさえ思う。
どうして今まで、彼を知らずに生きていられたんだろう。
「颯真……お願い、噛んで」
「え?」
「うなじ、噛んで」
「でもユキ、今噛んでも俺たちは」
快楽に酔って滲む思考で、俺は懇願するしかない。
「なれなくてもいい。真似事でも……いいから、噛んで」
どうして俺はこの期に及んで、颯真の唯一になることを怖気づいているんだろう。
どうしてあの時、颯真のオメガになるって頷かなかったんだろう。
答えは出ない。
神様が区切った期限までに、答えを見つけられるとも思えない。
でも今だけは、消える歯型に想いを託したい。
「噛むよ」
少しだけ傾けて晒したうなじに鈍い痛みが走って、俺は啜り泣いた。
泣くことしかできないのが哀しい。
覗き込んだ鏡の中は大惨事だった。
「うわーなにこれ。首筋歯型だらけなんですけど」
無事に一戦終えた俺達は、母さんが帰ってくる前にシャワーを浴びることにした。
諸々の証拠隠滅も同時に行う。
使用済みゴムをティッシュに包んでゴミ箱へ。部屋の窓を開けて換気しつつ、シーツに敷いてあったバスタオルと防水マットを洗って片付け、シャワーを浴びた。
本当は一緒にシャワー浴びたほうが時間の節約になると思ったけど、万が一第二ラウンドが始まったら大変なので颯真を先に浴室へ送り込み、俺は脱衣所で待っていた。
手慰みに鏡で体を確認した結果が、コレだ。
「ユキが噛めって言ったんだろ……」
「えー言ったっけ?」
湯気が立つほどじゃないくらい短時間でシャワーを終えた颯真が出てきて隣に立った。呆れた顔をしている。
数時間前の記憶を掘り起こしてみる。
そんなことを言ったような気はするが、言ってない気もする。
「なんかヤってる最中はメンタルもオメガになっちゃうみたいでさー。適当にあしらってくれればいいから」
「いや、応じてやらないと泣かれるんだよ」
「我ながらめんどくさいやつで笑える」
颯真にとっては笑い事じゃないんだろうが、色々とうろ覚えの俺にとってはへんてこでおかしな出来事という感覚しかない。
それにしても、すごい噛み跡の数だ。
こんなになるまで泣いて懇願したのか、自分は。
赤く点々と刻まれた痕跡に指を滑らせる。
意識のある状態でのオメガとして二度目のセックスは、すごく気持ち良かった。しかし結局最中のことはそれほど覚えてない。
どうやらオメガとしてのセックスというものは、思考がぶっ飛んでしまうものらしい。まだオメガの体に慣れていないせいだろうか。
面倒で手がかかる俺のことを見放さず、受け入れてくれる颯真の存在はとても貴重だ。
感謝の意を込めて、近くにあった黒髪頭を鷲掴みにしてわしゃわしゃ撫でた。
「ありがとなー颯真、俺のわがままに付き合ってくれて」
「うわっ、なんだよ。髪がぼさぼさになるだろ」
「いつも颯真が俺にやることじゃん」
「……たしかに」
抵抗しなくなった颯真の頭を存分に撫で解放した。
「てなわけで、もう少しだけオメガだからそのつもりでよろしく」
「了解。……やっぱり送迎ダメか?」
「ダメ」
この後も何度か過保護な提案をされたけど、全部却下した。
オメガの体を手放さなかったのは、颯真の告白がきっかけだ。
でも決断したのは俺だし、颯真が現状に責任を感じる必要はない。
それに、部活を休むのは一週間だけと各所に伝えているのだから、俺のせいでその約束を嘘にさせるわけにはいかない。部活を辞めたいのならまだしも、続けるつもりがあるなら、中途半端なことをしちゃダメだ。
生乾きの髪のまま、二人向き合って丁寧に話をしたら、最後には颯真もわかってくれた。
でも後に、彼の心配性は当たらずとも遠からずだったってわかる出来事が起こるんだけど。
情熱的な愛の告白があった後だから、話題は当然愛のささやき────などではない。
オメガの体を保持することになった俺の扱いについて、過保護な颯真と大雑把な俺で意見が食い違っている。
「だからぁ、これ以上俺のせいで部活休ませたくないんだってば」
「でもユキに何かあったら」
「フェロモンは薬でなんとかなってるし、寄り道しないで真っ直ぐ帰れば平気だよ」
「じゃあせめて首輪をしてくれ」
「噛まれても番にならないって神様が言ってたでしょ? 俺だって男なんだから抵抗できるし、そもそも俺みたいなデカいの、フェロモンが出てなければ襲われないよ」
「しかし……いややっぱり心配だから送る」
「いらないってば!」
「じゃあ登校だけでも」
「そろそろ怒るよ?」
そうこうしているうちに我が家に着いた。
今日も母さんは夜勤で遅い。父さんが出張から帰ってくるのは明日だ。
「上がって。続きは中で」
「わかった……」
何もかもに納得できません、という顔の颯真を玄関に押し込んで部屋に向かわせる。
以前から世話焼きというか、おせっかいというか……そういう男だったけど、俺がオメガ化したせいで超絶過保護にランクアップしてしまった。
2階の自室へ向かう前にポストを確認すると、通販で頼んだ荷物が届いていた。
「お、来てる来てる」
俺宛の薄く平たい箱だけを持って自室へ向かう。
颯真は定位置のラグの上に座っていた。ベッドの上に広げてあったファッション誌をめくっている。
あ、それオメガ特集のやつ。
「興味ある?」
「いや。正直オメガ自体にはあまり興味ない」
「へ、そうなの?」
クラスメイトに話振られた時、最低限はオメガに興味ありそうな反応してなかったっけ。
俺が聞いたときもオメガと番になる気はあるようなこと言ってたのに。
颯真は苦笑した。
「アルファが『オメガに興味ない』とか言うと、お高くとまってるって言われるだろ。適当に話合わせただけだよ」
「あーそっかー。確かにベータは思うかもな、どうせいつか超美形のオメガと番になるくせにスカしやがってって」
「そこまで嫌われるかはわかんないけど……今は興味あるよ。オメガにも」
「へぇ。それは、俺がオメガだから?」
半ば乗り上げるようにして、座ったままの颯真に体を寄せる。
明らかな挑発だと向こうにも伝わっただろう。
オメガのフェロモンは首筋から出るものが一番濃いらしい。そこをネコのように颯真の体に擦り付けてみた。
ごくり、と息を呑む音が近くで聞こえて、おかしさと優越感で勝手に笑みが浮かぶ。
「ねぇ颯真。仕切り直ししない?」
「な、なにを……?」
「俺、発情期中の記憶あんまなくてさ。ラブホ入った直後の一回だけしかまともに覚えてないんだ。初めてだったからいっぱいいっぱいだったことしか」
「そうなのか……」
「あのときはなんか、わーって感じで、気持ちいいのを堪能するどころじゃなかったろ? だから、仕切り直し」
颯真の体を両側から掴んで持ち上げ、ベッドに押し倒す。
目を白黒させている颯真にニンマリと笑って見せた。
俺はか弱くて華奢なオメガとは違う。いざとなれば力づくでアルファをベッドに押し倒せる。
「オメガの気持ちいいとこ、今度は颯真が教えて?」
俺がオメガのままでいいと思えるくらい、たくさんして。
通販の箱から手のひらサイズの黒っぽい箱を取り、パッケージを一つ引き出す。
薄くて丈夫で、アルファのものにも対応しているとアピールする箱には、買ったばかりの男のエチケットがたくさん詰まっている。
手で千切りやすいパッケージを試しにひとつ口に咥えてみた。
えっちな自撮りみたいなシチュエーションを意識してる。
やりすぎたのか、はたまた刺激が強すぎたのか。颯真は顔を覆って、変なうめき声を出した。
「ユキおまえ……いい加減にしろよ……」
「え、ダメだった?」
「ダメじゃないけど……俺以外の前で絶対やるなよ。おふざけでも、絶対やるな」
そう言いながらくるりと立場を入れ替えて、俺に覆い被さって見下ろす颯真は間違いなくドすけべだ。
咥えたコンドームの袋は取り上げられたが、すぐ手に取れる場所に置かれる。
「颯真にしかやんないよ」
首に腕を回すと顔が寄せられて、唇が重なった。
やけに手慣れているのはお互いアルファだからだろうか、もしかして発情期中はいっぱいキスしてたんだろうか。
俺が覚えているラブホでの一回ではキスはしなかった。
思い出せないのが悔やまれる。いつか思い出せるかな。
「ん……もっとして」
「キス好きなんだな、ユキ」
「そうかな……」
「あぁ。発情期の最中、吸い付いて離れなかった」
お互いにたらこ唇で登校することになったらどうしようと焦った、なんて颯真は笑う。
二人揃って登校してクラスメイトに見られたら、さぞかし囃し立てられただろう。それは嫌だ。
「じゃあ……自重する……」
名残惜しいが顔を背けると、優しい手でやんわり戻される。
「我慢しなくていい。周りなんて気にするな、どうせ外野だ」
アルファとオメガの間に割り込めるものなどない。
颯真にしては乱暴な物言いは、必死さの裏返しに思えた。誰も入ってこられないほどの強固な繋がりを求めている。
まがいものの俺が相手では得られない絆。
自分で選んだことだから後悔はしていない。でも申し訳ない気持ちはあって、だからより深く繋がろうとしている。
今の俺達はアルファとオメガだけど、確かなものは何も結べない。約束できない。
その代わりに、得られない部分を埋め合うみたいに体を繋ぐ。
空虚な交わりかもしれないけど、少なくとも俺の心は満足していた。
あと体も。だって、めちゃくちゃ気持ちいいんだ。
「あ、ぁあ……そ、ま」
「つらくないか?」
「んッ、だいじょぶ……きもちいー……」
腰が密着して、腹の奥深くまで届く熱の塊がどくどくと波打っている。
記憶に残る一回ほどの圧迫は感じない。知らない間に体が受け身のやり方に慣れてしまっている。
男としてアルファとして、若干残念な気持ちにはなるけど、挿れる側に飽き飽きしちゃっていた俺がそのちっぽけなプライドを惜しむのは贅沢というものだろう。
「そーま、ちゅーして」
「ん」
腕を伸ばしてキスをせがむとすぐに与えられた。
最初は体を開いて受け入れる姿勢はちょっと抵抗があって、バックでしてもらったのに。今じゃ自分から脚を開いてる。
人間って短期間に変われるものだなぁ。
「もう平気か……?」
「ん。いいよ」
颯真の腰にぐっと力が入って、中のものがゆっくり抜けていく。
内臓を引き出される錯覚にぞわぞわと悪寒が広がる。でもこれがほんの一瞬の感覚でしかないことも知ってる。
「あぁっ……」
ぐっと押し込まれると行き止まりの存在を強く意識する。
苦しくて、呼吸が浅い。変な声も出る。熱くて熱くて、でも風邪で熱があるのとは少し違う。
自分が挿入する側だった時とはまた違った、絶頂がすぐそこに近づいている感覚。
それを与えてくれる相手は、目の前の彼しかいない。
「そうま、俺のからだ、きもちいい?」
「あぁ……ずっとこうしていたいくらい、気持ちいいよ」
「そっか……」
嬉しくてぎゅっと抱きつくと、颯真も強く抱き締め返してくれた。
こんなに満ち足りた気持ちは生まれて初めてだ。
何も隠すことなくすべてをさらけ出して、それが受け入れられる。自分がちっぽけで空っぽなことを暴かれてもいいとさえ思う。
どうして今まで、彼を知らずに生きていられたんだろう。
「颯真……お願い、噛んで」
「え?」
「うなじ、噛んで」
「でもユキ、今噛んでも俺たちは」
快楽に酔って滲む思考で、俺は懇願するしかない。
「なれなくてもいい。真似事でも……いいから、噛んで」
どうして俺はこの期に及んで、颯真の唯一になることを怖気づいているんだろう。
どうしてあの時、颯真のオメガになるって頷かなかったんだろう。
答えは出ない。
神様が区切った期限までに、答えを見つけられるとも思えない。
でも今だけは、消える歯型に想いを託したい。
「噛むよ」
少しだけ傾けて晒したうなじに鈍い痛みが走って、俺は啜り泣いた。
泣くことしかできないのが哀しい。
覗き込んだ鏡の中は大惨事だった。
「うわーなにこれ。首筋歯型だらけなんですけど」
無事に一戦終えた俺達は、母さんが帰ってくる前にシャワーを浴びることにした。
諸々の証拠隠滅も同時に行う。
使用済みゴムをティッシュに包んでゴミ箱へ。部屋の窓を開けて換気しつつ、シーツに敷いてあったバスタオルと防水マットを洗って片付け、シャワーを浴びた。
本当は一緒にシャワー浴びたほうが時間の節約になると思ったけど、万が一第二ラウンドが始まったら大変なので颯真を先に浴室へ送り込み、俺は脱衣所で待っていた。
手慰みに鏡で体を確認した結果が、コレだ。
「ユキが噛めって言ったんだろ……」
「えー言ったっけ?」
湯気が立つほどじゃないくらい短時間でシャワーを終えた颯真が出てきて隣に立った。呆れた顔をしている。
数時間前の記憶を掘り起こしてみる。
そんなことを言ったような気はするが、言ってない気もする。
「なんかヤってる最中はメンタルもオメガになっちゃうみたいでさー。適当にあしらってくれればいいから」
「いや、応じてやらないと泣かれるんだよ」
「我ながらめんどくさいやつで笑える」
颯真にとっては笑い事じゃないんだろうが、色々とうろ覚えの俺にとってはへんてこでおかしな出来事という感覚しかない。
それにしても、すごい噛み跡の数だ。
こんなになるまで泣いて懇願したのか、自分は。
赤く点々と刻まれた痕跡に指を滑らせる。
意識のある状態でのオメガとして二度目のセックスは、すごく気持ち良かった。しかし結局最中のことはそれほど覚えてない。
どうやらオメガとしてのセックスというものは、思考がぶっ飛んでしまうものらしい。まだオメガの体に慣れていないせいだろうか。
面倒で手がかかる俺のことを見放さず、受け入れてくれる颯真の存在はとても貴重だ。
感謝の意を込めて、近くにあった黒髪頭を鷲掴みにしてわしゃわしゃ撫でた。
「ありがとなー颯真、俺のわがままに付き合ってくれて」
「うわっ、なんだよ。髪がぼさぼさになるだろ」
「いつも颯真が俺にやることじゃん」
「……たしかに」
抵抗しなくなった颯真の頭を存分に撫で解放した。
「てなわけで、もう少しだけオメガだからそのつもりでよろしく」
「了解。……やっぱり送迎ダメか?」
「ダメ」
この後も何度か過保護な提案をされたけど、全部却下した。
オメガの体を手放さなかったのは、颯真の告白がきっかけだ。
でも決断したのは俺だし、颯真が現状に責任を感じる必要はない。
それに、部活を休むのは一週間だけと各所に伝えているのだから、俺のせいでその約束を嘘にさせるわけにはいかない。部活を辞めたいのならまだしも、続けるつもりがあるなら、中途半端なことをしちゃダメだ。
生乾きの髪のまま、二人向き合って丁寧に話をしたら、最後には颯真もわかってくれた。
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