【続編更新】マジカル☆オメガバース ~オメガにされた元アルファ~

キザキ ケイ

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大学受験編

04.花火よりも大事なこと

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 季節講習というものは高校受験のときにも経験したけど、大学受験の夏期講習となるとまた違った緊張感があった。
 とはいえ俺は難関大学コースとかではないので、殺伐とはしていなかった。隣の教室のやばそうな気配は感じていたが、俺のクラスは平和だった。
 もっとも、これが純粋なオメガだと、大学受験の年齢にはほとんど発情期が来るようになっているので、三ヶ月に一度勉強が手につかない期間があるのは致命的らしい。
 俺が親(おそらく椿家も一枚噛んでる)に問答無用で詰め込まれたこの学習塾はオメガ対応プログラムもあって、親たちはそっちの個別指導コースにしたかったらしいが、断って集団授業コースに入った。
 なんといってもまだ俺には発情期は来てないし、来てから考えればいいと思ってる。
 そんな呑気に捉えていいことじゃないと母親にはきつく、父親にはやんわりと言われたが、正直あまり深刻に考えられない。
 俺の体が二年やそこらで完全にオメガになるとは、とても思えないからだ。
 母さんたちは俺が「オメガの素養のあったアルファ」だと思っているから、いつオメガ性の目覚めがあってもおかしくないと思っている。
 そこに致命的な思い違いがある。
 俺はゼロベースから生えてきた、正真正銘アルファだった現オメガなのだ。
 ナチュラルボーンオメガたちが十数年かけて体を作っていくのだから、俺もそれほどじゃないにしろ、相応に時間がかかるのだろうと構えている。
 なぜ余裕なのかと聞かれてもうまく返事できず、なにが俺をオメガたらしめたのかと聞かれると「神様が」としか言わないから、理解してもらえないんだけどね。事実なんだけどね。せつない。

「はぁ……宿題が終わんねー」

 夏期講習の一番厄介なところは、学校が休みだからと無闇やたらに出される宿題だ。ほんとに山。
 この宿題の一ページずつが俺の身になっていくと考えれば、一歩ずつ着実にやっていく気に……なるわけがない。単純につらい。
 でも俺は宿題をさぼらないし、放り出したくなっても放り出さない。
 なぜならこの講習の先に、夏祭りデートが待っているからだ!
 ただでさえ接触機会を減らしてる颯真と、存分にくっついたりいちゃついたりできる。椿さんちのことだから颯真の浴衣絶対用意ある。俺のほうも夏祭りだけが楽しみで夏期講習に行くと言ってあるので、母さんが浴衣を手配してくれるという。やったぜ、浴衣デートだ。
 そんなわけで俺は友人たちのグループチャットなどに愚痴と弱音を投下しつつ、茶化されたり励まされたりしながら、なんとか講習を乗り切った。

 そして迎えた、夏祭り当日。

「そーま!」
「ユキ、おつかれ」
「颯真こそおつかれさまだよ! 夏期講習今日まであったんしょ?」
「あぁ……明日は一日寝て過ごすと思う」

 お祭りが開かれる神社の近くで落ち合った颯真は、暗がりでもわかるくらい疲れた顔をしていた。
 しかしそれより目を引くのは、その恰好だ。

「かっこいー……」

 予想通り颯真は浴衣を着てきた。
 生地は藍色で、かすれのような模様が散っている。シンプルな帯は意外と厚みのある颯真の体をくっきりと引き立たせていて、背が高く姿勢もいいのでいっとう目を引く。
 忙しかったからか少し伸びた髪が目元にかかっていて色っぽい。
 あぁ俺の彼氏、全世界に自慢したいけど誰にも見てほしくない。不思議な欲求で身もだえしそう。

「ユキも、その、すごくいい」

 いいと言う割に、颯真はなぜか俺から目をそらしてしまった。
 母さんが用意してくれた浴衣は、薄い水色で、縦じま模様が入っていて、よく見るとところどころ濃い青で金魚が泳いでいる。帯にも金魚の刺繍があったりして凝っている。
 なぜ金魚なのかはわからないが、着てみたらしっくりきたし、俺は結構気に入った。
 同じ柄の巾着袋にスマホとハンカチと絆創膏を入れていけと持たされたので、ついでにゴミ袋にできそうなビニールももらって、今の俺はデキる彼氏の装いだ。
 なのに颯真はちらっと見ただけ。

「ほんとにいいって思ってる?」

 なので無理やり顔を捕まえて持ってくると、颯真は赤くなっていた。

「思ってる。似合ってるよ。場所も弁えず抱きしめてしまいそうだから、我慢してる……」
「あ、そ、そか」

 まぶしそうに目を細められて、実感のこもった熱っぽさを真正面に受けてしまった。
 ぱっと手を放して、俺も目をそらして、もじもじする。巾着の紐をいじったりしてみる。
 自制心の強い颯真が隠しもせずこういうことを言うのはかなりめずらしい。
 それだけ彼も、俺のことを恋しがってくれていたのかと思うと、嬉しいし、むずがゆい。

「手、つなぐのは平気?」
「大丈夫」

 久しぶりに握った颯真の手は少し熱くてどきどきした。
 ただ、そんな甘酸っぱい雰囲気は長く続かないのが高校生男子。
 にぎわいを見せる出店の並びに入ると、普段は見かけない変わったお菓子やら、懐かしい射的やら型抜きやら、香ばしいにおいの炭水化物やら、意識をもっていかれまくる。

「颯真、チョコバナナ食べよ! あとチーズハットグ! わ、おだんご焼き立てだって!」
「いきなりお菓子でいいのか?」
「それもそうだ! 颯真はお好み焼き食べる? たこ焼きは? 焼きそばは?」
「落ち着けユキ、順番にな」

 夕食代わりにお好み焼きと焼きそばを買って、縁石に座って食べる。
 日常ではめったにしない行儀の悪い行為も、お祭りだとなんとなく許される雰囲気。
 なにより普段は絶対にそんなことしないであろう颯真が地べたに座っているのが新鮮すぎる。
 そもそも颯真が焼きそば食べてるの見るの初めてだ。焼きそば食べるのもどことなく上品なんだなぁ。

「ユキ、見すぎ」

 照れた目で見つめ返されて、自分がまだお好み焼きをひとくちしか食べてないことに気づいた。
 メシ食うより颯真見てたい。いやでもお腹は減ってる。
 お祭り屋台ってどうしてこう美味いのか、食べ始めたら止まらなくなって無事完食することができた。
 腹具合はまだまだ。次こそ甘いものを食べたい。

「颯真、甘いのなに食べる?」
「俺はいいよ」
「えー、じゃあ俺の分けたげる」
「ありがとう」

 カラフルなチョコバナナに、焦げ目のついた団子、あんずあめ、ソースせんべい、チーズハットグ。意外と混んでる型抜きを横目で見て、母親の言いつけでベビーカステラを買う。
 俺があれもこれもとやっている横で、颯真はイカ焼きだけ買っていた。渋い。

「やっぱ最後はこれっしょ」

 人の熱気と夏の暑気でほてった体に、冷たいかき氷がキンと効く。
 かき氷と言えばいちご、という面白みのない俺に対し、颯真はブルーハワイを選択していた。

「颯真、舌見せて」
「やだよ。青くなってるんだろ」
「わかってるならブルーハワイ買わなきゃいいのに。ほら、俺のは?」
「はは、真っ赤だ」

 暗い神社の片隅でしゃがみこんで笑いあう。
 ストローの先が平たい、かき氷でしか使わない謎のカトラリーで氷をつつきながら、今年の夏に思いを馳せる。

「講習どうだった?」
「半端なく忙しかった。ずっと勉強してた。実は今日も、寝てる場合じゃない勉強しないとって夜中に飛び起きたんだ」
「やば、それはきついね」
「ユキはどうだった? オメガの専門コースじゃなかったんだろ」
「うん。ちょっと前まで正真正銘アルファだった俺がオメガコース入るのってなんかズルな気がしてさ。他のオメガにも悪いし。でも同じ塾にはいるから、何回か見かけたよ」

 駅前から少し離れた大手の学習塾には、専門コースの存在もあってかオメガが数人通っていて、すれ違うこともあった。
 オメガであると喧伝しているわけでもなければ、目印をつけてるわけでもない。
 それなのに、彼らがオメガだとみんなわかってた。
 あの感覚は忘れられない。

「廊下ですれ違うとき、ほんの何回かだけど、目が合ったんだ。不思議そうな顔された気がする」
「もしかしたら、オメガにはオメガがわかるのかもな。ユキがオメガなのに自分たちのコースにいないのが不思議だったんじゃないか」
「そうなのかなぁ」

 俺がオメガを見てすぐに「そう」だとわかったのは、自分もオメガだからだったのだろうか。
 どうしてもまだ自分が異物であるという感覚がぬぐえない俺にとっては、悪くない推測だ。オメガの仲間に入れてもらえたような。

「大学にはオメガがいっぱいいるはずなんだよね。ちょっと楽しみになった」
「そうだな。……」
「なんか気になる?」

 オメガの気配が読めるようになってきたように、颯真の気配にも敏感になってきている。
 言葉を飲み込んだ様子に首をかしげると、颯真はばつが悪そうに苦笑した。

「ちょっとだけ、な。ユキをとられたら困るって過っただけだ」
「え、何に。オメガに?」
「……ユキは元々アルファだから。体が変化しても、好みまで変わるとは限らな、ぃんぅ」

 最後まで言わせず、俺は颯真の頬っぺたをわしづかみした。
 とても間抜けでブサイクな顔になった颯真を遠慮なく笑い、ついでに薄い頬をもにもに揉んで、手を放してやった。

「勉強のしすぎ? それとも寝不足? 俺をオメガのままにさせて、番になる約束までしてるのに、まだ不安?」
「悪かった。本当にちょっとだけ、悪いほうに考えてしまっただけなんだ」

 疲れた顔で笑う彼氏の笑顔を本物にしてあげたい。
 腕組みしてうぅむと唸る。
 誓って言うが、オメガを見かけて惹かれたとかときめいたとかそういうことは一切ない。
 たしかに見かけたオメガはみんな、雑誌から抜け出してきたモデルさんかと思うほどに整った容貌で、小柄で細身で、守ってあげたくなるような気持ちはわからないでもない。
 でもそれ以上の感覚はない。
 そもそも俺は相手の性に応じて恋をするかどうか決めてるわけじゃない。オメガだから対象だとか、ベータだから対象外とか考えたことがない。
 ないない尽くしの状態で、そのまま颯真に伝えてもいいけれど、俺たちにはもっと直接的な理解が必要だ。
 ……なんて言い繕ってみたところで、本音は隠せない。
 そう、俺たちには「ごほうび」が足りてない。

「よっしゃ、帰るか!」
「え」

 立ち上がって手を差し出す。
 戸惑う颯真はそれでも俺の手を取ってくれた。
 屋台の横のゴミ箱に食べ終えたかき氷容器を捨てて、もはや障害物と化した人の波を避けながら神社の敷地を出る。

「ユキ、花火はいいのか? もう少しで打ち上げだって」
「それどころじゃないからいい! それよりどっちの家に帰る?」
「え?」
「俺んちでもいいけど、母さんが途中で帰ってくるかもだから、颯真んちの離れがいいと思うなぁ」
「待てユキ、それは」

 つないだ手をきゅっと握って振り返る。
 戸惑いに揺れる瞳の中に颯真の本当の気持ちを探してのぞき込む。

「明日からはまた、真面目な受験生に戻ろう。でも今日だけは……」

 颯真の双眸に拒絶は映らなかった。
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