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第一部 春
33 あの先生、なんか嫌
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ああん、ダメっ!
わたしは、ぶんっと首を横にふった。
先生と生徒の禁断の恋なんて、考えただけでもエロすぎる。頭がお花畑になりそうだ。
ダメダメ……。
煩悩にまみれそうになったわたしは、とりあえず克己して数学の問題に励み、サラサラと鉛筆を走らせた。二次方程式の因数分解と、円錐の体積を求める計算か。こんなの中学生の問題ね、簡単すぎる。まあ、乙女ゲームの世界ならこの程度のレベルなのだろう。
問題を解き終わり暇になったので、教壇に立っているデューレ先生を見つめて楽しんだ。漆黒の光りを宿す瞳の色をしていた。ふう、かっこいい。そのときだった。
先生とわたしは目が合った。
しかし、先生は何も言わず、じっとわたしを見つめ、微笑を浮かべているだけだった。
謎に満ちた先生だ。いったい何を考えているのだろう。
わたしは先生のことに興味を抱いた。いや、男としてではなく、乙女ゲームのシステムとしてだ。
彼は何者なのだろうか。
無駄にイケメンすぎる。
とはいえ、料理長リオンさんといい、フィレ教授といい、デューレ先生といい、なぜ大人の男性ってこんなにも魅力的なのだろう。
ん、あれ?
もしかしたら、わたしって年上好きなのかもしれない。あ、そういうことか。だから、日本の女子高生、高嶺真理絵のとき、学校の男子にときめいたり、恋ができなかったのか。そうか、そういうことかあ、なるほど。
わたしは自分自身に納得がいき、目を閉じて大仰にうなずく。やがて、肩を、トントンと叩かれた。振り向くと、隣に座るベニーが、にっこりと笑っている。
「ねぇ、答え教えて~」
わたしは、いいよ、と了承した、ものの。すぐに答えは教えなかった。ベニーが自分で回答を導き出せるように、少しずつヒントを与え、ゆっくりと問題を紐解いていった。
ベニーは、ふむふむ、とか相槌を打って、えんぴつをカリカリと走らせている。もう大丈夫そうね、ベニー。
そう思ったわたしは、ふと気になってルナの横顔をのぞいた。ノートには解答が書かれてあったけど、間違っていた。単純な計算ミスだ。それを指摘してあげると、素直にありがとうと感謝していた。本当に素直で良い子だった。小さな消しゴムで文字を消し、短い鉛筆で回答を書き直す。
「うん、正解よ」
わたしがそう言ってあげると、ルナは屈託のない笑顔を見せ、ありがとう、と言った。感謝され、満更でもなく頬が赤く染まっていたわたしの背後から、ぐうぐう、という吐息が聞こえた。振り返って見ると……。
ロックは机につっぷして居眠りしていた。
え? まだ一時間目なんだけど……まったく。すぐ寝るんだからダメね、ロックは。数学の問題を宿題にするつもりなのか、最初から諦めているのか、まあ、おそらく後者だろう。んもう、わたしは知らないからねっ。
ちらっとソレイユを見ると、全然関係ない科学の本を読んでいた。それでも、目線は下に落ちていない。目線を追ってみると、ルナの手もとだった。やっと気づいたようね、ソレイユ。ルナの消しゴムと鉛筆は、もう限界だってことに。
よし、イベントのきっかけを作ってやろう。そう思ったわたしはソレイユに、
「ルナの文房具、なんとかしてあげたくない?」
と訊いた。ああ、と彼は答えた。そして本を、パタンと閉じると、わたしの顔を見つめてきた。なに? 急に見つめられると照れちゃうから、やめてほしい。とっさに、わたしは下を向いた。目を合わせたら、彼のブルーな瞳のなかに吸いこまれるのではないかという、不安、杞憂、ドキドキする女心を感じてしまう。
これはヤバい!
イケメンってやっぱり危険な存在だ。すると、ソレイユは声をかけてきた。わたしにしか聞こえないほどの、小さな声だった。
「マリ、授業が終わったら水やりにいくかい?」
はい? 授業ちゅうになにを言いだすの、ソレイユ。
わたしは素っ気なく対応することにした。だって、ヒロインが目の前にいるのよ。ここはモブらしく振る舞っておきたいところよ、マリ・フローレンス。もしもシナリオが狂ったら、マズイことになりそうだ。根拠なんてひとつもないけど、そんな予感がする。
「うん、わたしは花壇に行くつもりだけど、なに?」
「私も行こうかなと思ってさ」
「……いや、ソレイユは授業のあとはいつも公務で忙しそうじゃない。生徒会も新入生を部活に入れるため促進活動があるだろうし」
「ああ、いいんだよ別に、副会長もいるし」
「またそんなこと言って……」
「いいじゃないか。たまには私だって遊びたいからさ。な、いいだろ?」
遊ぶ、ですって?
ありえない。ちょっとムカついた。
わたしは、冷徹な視線をソレイユに向ける。なんともふざけたことを言うからだ。すると、蛇にでも睨まれたように身を硬直させるソレイユは、ごくりと唾を飲みこんでいた。そんな彼に向かって、わたしはささやくような小さな声で言った。
「水やりは遊びではないわよ、ソレイユ。バカなの?」
「え? あ……バカ?」
「バカよ……花の根に水分が枯渇した状態は、人間だと水なしで砂漠のうえを歩くようなもの。つまり餓死に等しいのよ。花を舐めないでちょうだい」
「あ、ああ、そうだね」
「水やりの有無は花にとっては死活問題なの、遊び半分で来るんだったら迷惑なので来ないで」
「じゃ、じゃあ、真剣にやるよ。それならいいだろ?」
「……知らない」
この攻略対象者、いったい何を考えているのだろうか?
わたしが訝しんでいると、ガヤガヤ! と教室じゅうが騒ぎだした。ふと、横を見ると、ベニーがくるくる踊っていた。
「できたー! これで宿題なしだぞぉぉぉ!」
それを聞いた生徒たちが、わっとわたしの席にあつまって来た。
え? なにこれ?
男子たちはわたしのことを、「フローレンスさん」とか、「花屋さん」と呼んできた。女子たちは「マリ、マリ」って連呼している。そして、みんなノートを開いて、
「解き方を教えてください!」
と懇願してくる。
ふう、やれやれ、とため息をひとつ吐いてから、わたしはみんなに問題の解き方を教えてあげた。
「XとYの二次方程式を、このように因数分解してやる。あとは自分でやってね。円錐の体液を公式はこれ、底面積×高さ×1/3で求めることができるわ」
しばらくすると、問題が解けた生徒は、できたー! と歓喜の声を上げていた。そんな教室の片隅で、メリッサとその取り巻き三人のモブが、冷めた目でこちらをにらんでいた。何か良からぬ企みを 考えているような、暗い影を顔に落としていた。対照的に、クラスのみんなは、よかったね~、なんて言葉を交わしながら安堵している。
いや、いまわたしが教えても、テストは自分でするのだけどね……。
そのように、わたしはみんなにツッコミをしようかと思ったけど、やめておいた。だって、それはディーレ先生が言うべきだろう、っていうか……。
何やってんのよ、あの先生! わたしたち生徒を放置して!
ディーレ先生を見ると、専用の机で物書きをしていた。生徒に問題だけ与えて授業をほったらかしている。
え? ちょっと待ってよ!
俯瞰して見れば、わたしが先生の助手みたいなことをやっていた。いつのまにか、そんな構図になっている現状に、なんだか頭にきたわたしは、あの先生、なんか嫌、と内心でつぶやいていた。
わたしは、ぶんっと首を横にふった。
先生と生徒の禁断の恋なんて、考えただけでもエロすぎる。頭がお花畑になりそうだ。
ダメダメ……。
煩悩にまみれそうになったわたしは、とりあえず克己して数学の問題に励み、サラサラと鉛筆を走らせた。二次方程式の因数分解と、円錐の体積を求める計算か。こんなの中学生の問題ね、簡単すぎる。まあ、乙女ゲームの世界ならこの程度のレベルなのだろう。
問題を解き終わり暇になったので、教壇に立っているデューレ先生を見つめて楽しんだ。漆黒の光りを宿す瞳の色をしていた。ふう、かっこいい。そのときだった。
先生とわたしは目が合った。
しかし、先生は何も言わず、じっとわたしを見つめ、微笑を浮かべているだけだった。
謎に満ちた先生だ。いったい何を考えているのだろう。
わたしは先生のことに興味を抱いた。いや、男としてではなく、乙女ゲームのシステムとしてだ。
彼は何者なのだろうか。
無駄にイケメンすぎる。
とはいえ、料理長リオンさんといい、フィレ教授といい、デューレ先生といい、なぜ大人の男性ってこんなにも魅力的なのだろう。
ん、あれ?
もしかしたら、わたしって年上好きなのかもしれない。あ、そういうことか。だから、日本の女子高生、高嶺真理絵のとき、学校の男子にときめいたり、恋ができなかったのか。そうか、そういうことかあ、なるほど。
わたしは自分自身に納得がいき、目を閉じて大仰にうなずく。やがて、肩を、トントンと叩かれた。振り向くと、隣に座るベニーが、にっこりと笑っている。
「ねぇ、答え教えて~」
わたしは、いいよ、と了承した、ものの。すぐに答えは教えなかった。ベニーが自分で回答を導き出せるように、少しずつヒントを与え、ゆっくりと問題を紐解いていった。
ベニーは、ふむふむ、とか相槌を打って、えんぴつをカリカリと走らせている。もう大丈夫そうね、ベニー。
そう思ったわたしは、ふと気になってルナの横顔をのぞいた。ノートには解答が書かれてあったけど、間違っていた。単純な計算ミスだ。それを指摘してあげると、素直にありがとうと感謝していた。本当に素直で良い子だった。小さな消しゴムで文字を消し、短い鉛筆で回答を書き直す。
「うん、正解よ」
わたしがそう言ってあげると、ルナは屈託のない笑顔を見せ、ありがとう、と言った。感謝され、満更でもなく頬が赤く染まっていたわたしの背後から、ぐうぐう、という吐息が聞こえた。振り返って見ると……。
ロックは机につっぷして居眠りしていた。
え? まだ一時間目なんだけど……まったく。すぐ寝るんだからダメね、ロックは。数学の問題を宿題にするつもりなのか、最初から諦めているのか、まあ、おそらく後者だろう。んもう、わたしは知らないからねっ。
ちらっとソレイユを見ると、全然関係ない科学の本を読んでいた。それでも、目線は下に落ちていない。目線を追ってみると、ルナの手もとだった。やっと気づいたようね、ソレイユ。ルナの消しゴムと鉛筆は、もう限界だってことに。
よし、イベントのきっかけを作ってやろう。そう思ったわたしはソレイユに、
「ルナの文房具、なんとかしてあげたくない?」
と訊いた。ああ、と彼は答えた。そして本を、パタンと閉じると、わたしの顔を見つめてきた。なに? 急に見つめられると照れちゃうから、やめてほしい。とっさに、わたしは下を向いた。目を合わせたら、彼のブルーな瞳のなかに吸いこまれるのではないかという、不安、杞憂、ドキドキする女心を感じてしまう。
これはヤバい!
イケメンってやっぱり危険な存在だ。すると、ソレイユは声をかけてきた。わたしにしか聞こえないほどの、小さな声だった。
「マリ、授業が終わったら水やりにいくかい?」
はい? 授業ちゅうになにを言いだすの、ソレイユ。
わたしは素っ気なく対応することにした。だって、ヒロインが目の前にいるのよ。ここはモブらしく振る舞っておきたいところよ、マリ・フローレンス。もしもシナリオが狂ったら、マズイことになりそうだ。根拠なんてひとつもないけど、そんな予感がする。
「うん、わたしは花壇に行くつもりだけど、なに?」
「私も行こうかなと思ってさ」
「……いや、ソレイユは授業のあとはいつも公務で忙しそうじゃない。生徒会も新入生を部活に入れるため促進活動があるだろうし」
「ああ、いいんだよ別に、副会長もいるし」
「またそんなこと言って……」
「いいじゃないか。たまには私だって遊びたいからさ。な、いいだろ?」
遊ぶ、ですって?
ありえない。ちょっとムカついた。
わたしは、冷徹な視線をソレイユに向ける。なんともふざけたことを言うからだ。すると、蛇にでも睨まれたように身を硬直させるソレイユは、ごくりと唾を飲みこんでいた。そんな彼に向かって、わたしはささやくような小さな声で言った。
「水やりは遊びではないわよ、ソレイユ。バカなの?」
「え? あ……バカ?」
「バカよ……花の根に水分が枯渇した状態は、人間だと水なしで砂漠のうえを歩くようなもの。つまり餓死に等しいのよ。花を舐めないでちょうだい」
「あ、ああ、そうだね」
「水やりの有無は花にとっては死活問題なの、遊び半分で来るんだったら迷惑なので来ないで」
「じゃ、じゃあ、真剣にやるよ。それならいいだろ?」
「……知らない」
この攻略対象者、いったい何を考えているのだろうか?
わたしが訝しんでいると、ガヤガヤ! と教室じゅうが騒ぎだした。ふと、横を見ると、ベニーがくるくる踊っていた。
「できたー! これで宿題なしだぞぉぉぉ!」
それを聞いた生徒たちが、わっとわたしの席にあつまって来た。
え? なにこれ?
男子たちはわたしのことを、「フローレンスさん」とか、「花屋さん」と呼んできた。女子たちは「マリ、マリ」って連呼している。そして、みんなノートを開いて、
「解き方を教えてください!」
と懇願してくる。
ふう、やれやれ、とため息をひとつ吐いてから、わたしはみんなに問題の解き方を教えてあげた。
「XとYの二次方程式を、このように因数分解してやる。あとは自分でやってね。円錐の体液を公式はこれ、底面積×高さ×1/3で求めることができるわ」
しばらくすると、問題が解けた生徒は、できたー! と歓喜の声を上げていた。そんな教室の片隅で、メリッサとその取り巻き三人のモブが、冷めた目でこちらをにらんでいた。何か良からぬ企みを 考えているような、暗い影を顔に落としていた。対照的に、クラスのみんなは、よかったね~、なんて言葉を交わしながら安堵している。
いや、いまわたしが教えても、テストは自分でするのだけどね……。
そのように、わたしはみんなにツッコミをしようかと思ったけど、やめておいた。だって、それはディーレ先生が言うべきだろう、っていうか……。
何やってんのよ、あの先生! わたしたち生徒を放置して!
ディーレ先生を見ると、専用の机で物書きをしていた。生徒に問題だけ与えて授業をほったらかしている。
え? ちょっと待ってよ!
俯瞰して見れば、わたしが先生の助手みたいなことをやっていた。いつのまにか、そんな構図になっている現状に、なんだか頭にきたわたしは、あの先生、なんか嫌、と内心でつぶやいていた。
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