高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

32 デューレ先生は隠しキャラ?

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 わたしは目の前に座る美しい少女を見つめていた。
 
 ルナスタシア・リュミエールのことだ。
 
 彼女の髪の色は華やかな金髪で、窓から射しこむ光りに照らされてできる天使の輪っかは、まるで、絵に描いたような神秘的なオーラをかもしていた。整った横顔は美貌すら感じさせる。ぱっと見たら王族以外の何者でもないのだけど、実は、ルナは経済的に豊かなほうではない。
 
 村で育った貧乏な田舎者。
 
 それが転校生ルナに貼り付けられたレッテルだった。そのことは、ルナの持ってきた革の鞄を見ればよくわかる。ボロボロで、なんとも古臭い。うるわしい女子高生が持つには、まったく相応しくないほど、汚れてもいた。くたびれたサラリーマンが持っているような、そんな鞄を連想させる。
 
 いつから使っている鞄なのだろうか? 
 
 机の上にある文房具も、とうの昔に限界まできていた。鉛筆は手で隠れるほど短いし、消しゴムは小さくて、まるで、ダンゴムシのように黒くて丸い。よくぞここまで使うものだ、と感心するレベル。普通なら、もうとっくに捨てているだろう。
 
 ヴォワの村は田舎だ。よって、資源も少ない。
 
 贅沢とは無縁の生活を過ごしていたルナにとっては、わたしたち王都に住む商人や貴族の常識なんてまったく通用しない。ルナは手付かずの自然のなかで幼少期を育った。そのおかげで、天然かつ無垢な心の持ち主でもあった。
 
 それゆえに、差別的で残酷的なスクールカーストのことなど知るよしもなく。これから、めちゃくちゃ、いじめられることも知らずに、黙々とテキストに名前を書いている。しかも、とても綺麗な字を書いていた。短い鉛筆なのに達筆をふるうなんて、すごい。
 
 やがて、ルナは顔を上げた。すべてのテキストに名前を書き終わった、そのとき。

 ガラガラ、と教室の扉が閉まる音が響いた。
 
 入ってきた人物の手には出席簿が握られていた。かっこいいブラックスーツ、白いシャツ、それに黒いネクタイ、おまけに眉目秀麗な顔には眼鏡をかけている。まるで、ファッション雑誌から飛び出したような好青年が、私たちの目の前に現れた。
 
 彼は何も言わず教壇の上に出席簿を置くと、くるっと背を向けて黒板に対面した。白いチョークを走らせ、カツカツと自分の名前を書いている。生徒たちは、呆然とした顔で黒板に引かれつづける白い線を目で追っていた。
 
 ディーレ・クリスタッロ、と黒板にあった。
 
 ここでやっと彼は、わたしたち生徒のほうを振り向くと自己紹介した。
 
「え~、今日からみなさんの担任になった、デューレ・クリスタッロです」

 その顔には見覚えがあった。
 
 昨日、始業式の舞台で挨拶をしていた新任教師だった。眼鏡をかけたインテリジェンスな雰囲気の知的なイケメン。高身長で綺麗な顔立ちをしている。大人っぽくてゆるいパーマがかかった黒髪のショートヘアがなんとも魅力的。細身の身体に着こなされたブラックスーツは、なんとも言えない大人の色気があり、わたしは思わず唸った。ああん、かっこいい……。

 それでも、どうも腑に落ちないことがある。
 
 彼のことはノーデータ。つまり、公式ファンブックには先生、とだけしか載っていなかった。顔、名前、役回りなどなど。情報がなにもない。重要なセリフもなければ、キャラたちへの絡みもない。平凡かつ人畜無害な無味乾燥。そのようなモブちゅうのモブのはず。
 
 それなのに、なぜだろうか……。
 
 デューレ先生に対して強烈な違和感を抱いてしまう。それは、女子生徒たちの黄色い声から連想される、好奇心でもあった。
 
「先生~イケメ~ン」
「普通にアリなんですけどぉ」
「むしろぉ、抱いて感じ?」
「それなぁ~」

 モブの女性生徒がひそひそ、いや、普通に耳に入ってくる声量で話していた。すると、男子生徒たちの顔色が一気に悪くなる。敗北感に似た悲壮感、負けた~って感じが半端なく伝わってくる。マジで、半端ねぇわ、と。
 
「チッ、イケスカねえ男のセンコーだぜ」とロックは愚痴り。
「ほう……」とソレイユは顔を上げてつぶやく。

 ベニーは値踏みするようにデューレ先生を見つめていた。しかも、目がハートだった。

 おいおい、わかりやす過ぎよ、ベニー。

 たしかに、リオンさんは職人肌のかっこよさがあるけど、デューレ先生はなんと言えばいいのだろうか。なんとも、知性的な魅力があった。わたしの頭のなかで、サッカーの試合が、ピー! というホイッスルとともにキックオフした。
 
 リオン料理長 VS デューレ先生
 
 という対戦カードが、緑の芝生と白い線が引かれたフィールドでサッカーボールを蹴っていた。
 
 うーん、なんて贅沢な戦い。
 
 まぁ、わたしとしては、デューレ先生はフィールドから一刻も早く消えて欲しかった。だって、こんなイケメンが先生とか、マジで反則でしょ? いっそ、一発レッドカードで退場を食らって欲しいくらい。なぜなら……。
 
 先生に恋しちゃったらどうするの?
 
 そんなの……きゃあああ! 先生と生徒の禁断の恋なんて……エロすぎっ! わたしの頭のなかでデューレ先生の妄想がささやく。さあ、大人になる授業を教えようか? マリエンヌさん。い、いやん、マリって呼んでくさぁぁぁい!
 
 すると、眉ひとつ動かさないデューレ先生は出席簿を開いた。
 
「では、名前を呼ばれたら返事してください」

 眼鏡を指先で上げると、順番に生徒の名前を挙げていった。はっとしたわたしは、現実に引き戻された。ひととき、静まり返っていた教室だったけど、デューレ先生はあまりにも機械的にみんなの名前を呼んでいくので、辟易したみんなの関心は、友達同士の近況報告にかたむいていった。
 
 久しぶり! 春休み何やってた?
 
 なんて言葉が飛び交い、わちゃわちゃと教室は騒然としてきた。いくらイケメンの新任教師の登場でも、友達と交流したい気持ちは、なかなか抑えられたものではない。それが、十代の子どもという感じなのよね。やがて、生徒たちはデューレ先生にまったく気を使うことなく、お喋りに夢中になってしまう。
  
 それゆえに、デューレ先生から名前を呼ばれても、みんな小さな声で返事をした。わたしもソレイユもロックも、いつも明るいベニーでさえ、はーい、という細長い返事を漏らした。
 
 だが、しかし!
 
 その流れのなかで、ルナだけが、まったく違う反応を見せた。デューレ先生に、ルナスタシア・リュミエール、と名前を呼ばれた瞬間、
 
「はい!」

 と大きな声をあげた。まるで、歌を唄うみたいに。

 教室のなかが一変。水を打ったように静かになった。素性がわからない謎の転校生の声、いや、歌にも等しい天使の声は、なんとも美しかった。人の心を惹きつける魔法の力が備わっているような、そんな錯覚すらあった。
 
 ディーレ先生は、にや……と一瞬だけ微笑を浮かべた。ああん、女子たちは、その笑顔にやられちゃう。それでも、何事もなかったようにまた、先生は生徒たちの名前を呼んでいく。やがて、すべての出席確認がとれたので、
 
「それでは授業をはじめます」

 と言って教科書を開いた。数学の教科書だった。
 彼はわたしたちに理数系を教える教師。無駄な話をまったくしない。まるで、進路変更のない超電導で高速移動するリニアのように、寡黙な眼鏡だった。カツカツと黒板に問題を二つほど書き上げると、
 
「解けなかったら宿題です。明日、答え合わせしますから、そのつもりで」

 と言った。眼鏡が、キランと光っている。
 生徒たちからは、「きびし~」「ヒントは~」「友達のやつを写しても良いですか?」という情けない声があがる。それでも、壇上から鋭い視線を生徒におくる彼は、ぴしゃりと断言した。
 
「問題が解ければどんな手段を使っても構いませんが、本番のテストは自力で解かなくてはいけません。人生は自分で選択をしなくてはならない。それだけは言っておきます」

 教室じゅうに、ぎゃあああ、と悲鳴のような声があがっていた。そのなかで、わたしはデューレ先生の言葉が、不思議と胸に突き刺さっていた。
 
 人生は自分で選択をしなくてはならない……か。
 
 思わず、内心で反芻してつぶやく。イケボと相まってかっこいいセリフを吐くものだと感心した。この先生、モブのくせに、やるわね。それと同時に、こんな疑問も生まれていた。
 
 おや? 彼は、もしかしたら隠しキャラなのでは?
 
 実は、乙女ゲームには表向き伏せてある攻略対象者がいる。特殊なイベントを発生させないと恋人にできないキャラのことだ。攻略が難しいだけに、人気キャラなことは言うまでもない。
 
 いや、しかし……。
 
 公式ファンブックによると、隠しキャラは料理人リオン・オセアンしかいないはずだった。隠しキャラに、こんなイケメンの先生なんて載っていない。載っていないのだけど、ひとつだけ、とある可能性が浮上してきた。
 
 そんな、まさか……。
 
 可能性としては、拡張ダウンロードコンテンツが入ったのかもしれない。または、モブが無駄にかっこいいのは乙女ゲームだけではなく、あらゆる道楽ゲームの、あるある、だ。
 
 したがって、まあ、別に先生のことを気にすることもないか、という結論に至った。

 だけど……。

 ああん、平常心とは裏腹に、身体が勝手に反応してしまう。だって、ディーレ先生を見つめていると、なにこれ? いやん、ドキドキしちゃう。悔しいわ、ああ……。
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