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第一部 春

31 新しい教室

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 パルテール学園にそびえる白亜の校舎は、国の文化遺産にも登録されている歴史的にも古い建物だ。

 それでも、まったく古ぼけた感じがしないのは、メンテナンスをしているおかげ。今日も職人さんたちがあつまって、ペンキを塗ったり、トントン、工具を鳴らして壊れかけたところなんかを補修している。
 
「おはようございます」

 わたしは元気よく挨拶をした。
 高等部三年生ともなれば、職人のおじさんたちとも顔見知りだ。
 
「おはよ~、マリちゃん」

 みんなから笑顔で返されて、なんだが朝から得した気持ちになる。がんばっている人の姿を見るのは、なんだか元気をもらえちゃう。よし、わたしもがんばらなきゃ!
 
 わたしは高等部の三年生になったので、今日から教室が変わる。玄関を抜けて三階に上がり、まだ慣れていない教室に向かった。

 すると、廊下から、ガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきた。特に、ベニーの、なんとかだぞぉぉ! という声が響いている。やれやれ、朝から疲れそうな展開ね。
 
「ここか……」
 
 そうつぶやきながら、わたしは開け放たれた教室の扉をくぐる。あらまあ、お馴染みの顔ぶれが並んでいた。パル学はエスカレーター式なので教室のなかにいる生徒たちは、みんな知り合いだ。
 
 女子十人、男子十人のほどよいバランス。
 
 そのなかに、ソレイユとロック、ベニー、そして、転校生であるルナが席に座っていた。おまけに、昨日、婚約破棄されたメリッサもいる。金髪ドリルを揺らすメリッサには、取り巻きが三人いた。
 
 メリッサの派閥は、スクールカーストの頂点だ。逆らった者、あるいは標的にされた者はいじめにあう。つまり、社会的な死を意味する。

 そんな彼女たちは、獲物を品定めするような目で、ルナのことを見つめていた。気をつけなさいよ、ルナスタシア・リュミエール。彼女たちは危険。
 
 そのとき、教室に入ったばかりのわたしに向かって、おーい! なんてバカみたいに大きな声を話かけてくる人物がいた。振り向くとベニーだった。この子、モブなのに目立ちすぎ。
 
「おーい! マリリ~ン、こっちこっち!」

 ぱんぱんと机を叩くベニーは、わたしにこの席に座れと促してくる。
 
 え? もう席が決まってるの?
 
 その席は主要人物たちに囲まれいていた。左にソレイユ、右にベニー、前はルナで後ろはロックという陣形だった。

 まるで、冒険にでもいくみたいね。

 どうやら、腕を組んで偉そうにしてるベニーが、かってに席を決めたらしい。きゃはは、と不適な笑みを浮かべている。
 
「やっぱりマリリンがセンターでないとねっ!」
「……それは光栄ですことっ」

 ベニーの意味不明な発言に、わたしは投げやりに答えると、スクールバックを机の上に、どすんと置いて席に座った。

 んもう、こんなの公式ファンブックには載ってない。

 だいたい、乙女ゲームの見える部分なんてヒロインの視点だけだから、誰がどこの席だとかいう、細かいディテール、なんてわからない。
 
 とは言うものの、まあ、ここは話を合わせるしかない。とりあえず、わたしはバックから教科書やノートを机の抽斗にしまった。

 さてと……。

 担任の先生がくるまで特にやることもない。わたしはベニーと、晩飯は何かな? なんて、たわいもない話をしていた。すると、後ろにいるロックが声をかけてきた。
 
「なあ、マリってシャワーを浴びてきたのか?」

 わたしは、ええ、とだけ答えて髪をかきわけた。その瞬間、ガタッと椅子が引かれる音が後ろから響いた。

 え? なに? 

 ちょっと、ロックなにをやってるの?

 わたしの髪に鼻を近づけないでほしい。
 
「すげぇ、いい香りがするぜ! なあ、ソレイユ、おまえも嗅いでみろよ」

 やめてぇぇぇ!

 眉根をよせるわたしは、チラッと左を向いてソレイユを見た。彼は開かれた本に目を落としていた。数式やら図形が載っている。物理学の本だった。

 彼はいずれ国を動かす人物だ。

 教室にいるようで、いないみたいに浮いている。わたしたちとは、学習しているレベルが違う。そんなソレイユは、ロックの言葉にまったく動じず、ぽつりぽつりとつぶやいた。
 
「バラの香りがするね。おそらくシャンプーの主成分だろう。ローズオイルかな。保湿効果もあるから、マリの髪を優しく守ってくれている」
「さすが博識のソレイユ、解説をどうも」

 わたしが、そう返事をしてあげると、ベニーが頭をぐるぐる回して赤い髪を乱しはじめた。わたしは思わず、歌舞伎かよっ! とツッコミそうになったが、なんとか我慢した。
 
「どうだぁ? ベニーの香りだぞっ!」

 ロックは眉根をよせると言った。
 
「ベニーのはいいや」
「なんでだ~」
「ん~なんか弟の匂いがしそうだぜ」
「なんだと~ロック! オコだぞ! ベニーは女の子だぞっ」
「はいはい」
 
 ふと、ソレイユを見ると拳で口を隠しつつ、ククッと微笑していた。

 その一方で、ルナは静かに座っていた。配布された真新しい教科書の裏に名前を記入している。転校生の彼女にとって、今日は初日の授業だ。さぞ緊張していることだろう。
 
 でも、心配しないで、ルナ。わたしが学園のこと、いや、それだけじゃなくエンディングまで、しっかり見守ってあげるからね。
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