高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

80 マリ……何やってるんだ?

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「マリが来ていた?」

 拳闘士たちの控室で着替えていた俺は、ニコル先生に訊いた。

 ええ、と答えるニコル先生はつづけた。「観戦してたわよ。しかも下層部で」
 
 闘技場の下層部……。
 
 それは一般の都民が観戦することができるエリアのこと。反対に上層部は貴族のエリアだ。しかも、超がつくほどのリッチな金持ちがいる。メリッサの親やソレイユなどの王族のことだ。
 もちろん、マリエンヌ・フローレンスも花屋を経営する金持ち貴族だ。それなのに、なぜ下層部なんかでマリは観戦していたのだろうか? 
 
 謎だな……。
 
 着替え終わった俺はシエルに話しかけた。「マリを見たか?」
 いや、と首を振ったシエルは老子の横に立っていた。武術の稽古をしている。
 老子の動きを真似しており、その流れは太極拳と呼ばれるもので、肉体強化型の俺にはない柔軟性をシエルは持っているらしい。老子はシエルの半裸を見て確信した。
 
 奥義を伝授できる男が現れた、と。
 
 老子に基本的な戦闘スタイルなどを指導されていくうちに、シエルの動きはだんだん様になってきて、気づけばスピードと柔軟性を活かした武術を身につけ始め、ついに覚醒した、と思った。
 
 正直に言うと悔しかった。
 
 老子の後継者として認められたシエルに、凄まじい力が隠されていたなんて思いもしなかったからだ。思えば、ニコル先生から俺の金的を狙えと言われたシエルは、それを実行に移す度胸も備わっているのだから、武術を会得するスピードが速いことも納得できた。
 シエルは頭が柔らかくて素直なのだ。身体も軽い。やはり、老子と戦闘スタイルが似ている。見学に来ていたメリッサやメルちゃん、そしてベニーも、シエルの姿を見て驚いた。
 
 身体の貧弱なシエルが、拳闘部の先輩たちを適確に急所を突き、バッタバッタと倒している光景は圧巻だった。ニコル先生でさえ、すごーいなんて言ってはしゃいでいた。圧倒的な速さで強くなっていくシエルにみんな夢中で、わくわくと胸を躍らせていた。

 シエル自身は、これから身体を鍛えようと覚悟を決めたみたいだった。
 
 しかし、老子からは無駄な筋肉はつけるな、と釘を刺された。速さだけを求めよ、とも告げられていた。俺にはそんなアドバイスは一言もくれなかった老子が、だ。
 
 ふう、これが嫉妬というやつか……。
 
 シエルに抱きつかれてマリが満更でなく笑っていた時と同じような気持ちだ。心のなかにある炎がメラメラと燃えて、俺の身体を熱くさせていた。
 
 俺のほうが強いし、マリだって俺のほうが好きなはず。
 
 シエルよりも、ソレイユよりも……俺のほうがマリに相応しいはず……。
 
 それなのに……くそっ!
 
「マリがいるなら探してみる」

 俺はニコル先生にそう告げると控室をでた。背後から、先生もいくわ、と聞こえてきた。「フローレンスさん大金を抱えているはずだから、危険な目にあってないといいけど」

 えっ? 俺は訊き返した。「どういうことだ?」
 ニコル先生は歩きながら答えた。
 
「フローレンスさん、あなたに賭けて大儲けしたわよ」

 マジか!
 
 嬉しくて俺の心は踊った。拳を作り小さくガッツポーズをした。
 マリのやつ、やっぱり俺のことが好きなんだろうな。
 ニコル先生は俺のことを見て笑った。心のなかを見透かされているような気がして恥ずかしくなった俺の顔は、みるみるうちに赤くなった。「なんだよ」

「青春っていいわね~」
「うるせえ……じゃあ、マリは換金所にいるかもな」

 そうね、と相槌を打つニコル先生とともに俺は換金所に向かった。しかし、マリらしい人物はいなかった。受付のお姉さんに、黒髪のセクシーな貴族は来なかったか、と訊くと笑いながら答えてくれた。がっぽり儲けて出口に向かっていきましたよ、と。
 
 そう説明した受付嬢が指さしたほうに驚いた。
 
 下層部の出口だったからだ。最近、都民の貧富の差は凄まじく。一部で暴徒化し、革命を企んでいる族がいる、と騎士団長である父親から聞いていた。よって、この下層部のエリアがとても危険なことを俺は知っていた。もちろん、マリエンヌだって、このエリアが危険なことはわかっているはずだ。
 
 それなのに、なぜ?
 
 首を傾けた俺はニコル先生に訊いた。
 
「大金を持ったマリが下層部でいったい何を?」
 
 腕を組んだニコル先生は、うーん、と考えてから答えた。
 
「あの子ってちょっと頭がおかしいわよね……言動が」
「ああ、昔から大人みたいだった」
「トイレから戻ってきたらスカートが短くなってたじゃない?」
「あれにはまいったよ。目にやり場に困った」
「コンステラくんは女の身体に弱いわね~見たくないの? 女のエッチなと、こ、ろ」

 ニコル先生は膝をあげて白い太ももを見せてきた。
 別に見たくない! と俺は目を剥いた。「そういうのは愛し合うときにするものだろ」
 
 ウブね……ニコル先生はそうつぶやくと、雑踏のなかへと歩いていった。
 揺れる金髪の後についていくと、なにやら都民が尋常じゃないくらい騒いでいた。
 
 異様な光景が広がっていた。下層部の民たちが一人の女性に対して礼拝をしているようだ。
 
 俺はじっと中央にいる女性を見つめた。大きな白い帽子に白いブラウス。下は透き通るような青いスカートを穿いていた。綺麗な貴族のお姉さんって感じだが、あの端正な顔すじのラインは……もしや……?
 
「マリ……?」

 帽子を取ったマリは長い黒髪をかきあげた。完璧な貴族の娘が立っている。それは紛れもなく、マリエンヌ・フローレンスだった。美しさが満ちあふれ、民の興奮がこっちに伝染していき、俺の鼓動を加速させた。「マリ……何やってるんだ?」
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