異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした

冬野月子

文字の大きさ
32 / 62
第4章 もう一つの魔力

03

しおりを挟む
「くそ…あの馬鹿力女」

人払いした執務室で、自分の中の感情を持て余してユークは悪態をついた。


『いい加減にしなさいよ!』

声と共に頭に落ちてきた拳の…痛みもかなりあったが、それ以上に精神的な衝撃の方が強かった。
王太子である自分に対すると思えない言葉もさる事ながら、まさか拳が落ちてくるとは。

「…ったく、見た目は可愛いくせに中身は凶暴だったとはな」
フェールに意見できるくらいだから気が強いのは分かっていたし、そこが良いと思ったのだけれど。

様々な感情が混ざり合って心に渦巻き、ユークを困惑させていた。
怒りなのか苛立ちなのか、驚きなのか…この痛みは、拳だけの痛みなのか。
何故…たかが侍女に、こんなに心を乱されなければならないのか。

「ちっ…」
女の手でどれだけ本気で殴ったのか、未だ痛みの残る頭を手で抑えていると、ドアがノックする音が聞こえた。

「…失礼いたします」
声の主が痛みの原因だと分かっても、ユークは顔を上げる気になれなかった。



ルーチェはそっと部屋に入るとユークの傍に立った。

「…まだ痛みますか」
「———当たり前だろう、あんな馬鹿力で殴りやがって」
「無意識に手が出てしまいました。大変失礼いたしました」
頭を抱えたままのユークを見つめてルーチェは言った。

「……痛みを取るおまじないをしますね」
「おまじない?」
「失礼いたします」
「…おい?」
ルーチェは手のひらをそっと頭を抱えたままのユークの手の上に乗せた。

「イタイノイタイノ、トンデケー」

その瞬間、温かなものがユークの身体を駆け巡っていった。

「なんだ…?」
ユークは思わず手を離すと頭を上げた。
「痛みは消えましたか?」
ユークと視線を合わせるとルーチェは首を傾げた。

「…あ、ああ…」
さっきまでの痛みが嘘のように消えていた。
さらに痛みだけでなく、心の中にあったモヤモヤとした不快感まで消え去っているようだった。
「良かったです」
にっこりとルーチェは笑顔を浮かべた。
「これでまた手を挙げてしまってもすぐ痛みを消せますね」


「はあ?」
ガタン、と音を立ててユークは立ち上がった。
「お前はまた私を殴る気か?!王太子だぞ!」
「言う事を聞かない子にはこれが一番手っ取り早いかと…」
「私は子供ではないぞ!」

「子供じゃありませんか」
ルーチェは笑顔のまま、胸の前で握り拳を作った。
「自分勝手な事ばかりおっしゃって、周りに迷惑をかけて。大人がする事とは思えませんが」
「っ…お前…侍女のくせに」
ユークはルーチェを睨みつけた。
「大体、私に手を挙げておいてタダで済むと思っているのか」


「それでは、責任を取って辞めさせていただきます」
ユークから目を逸らすことなくルーチェは言った。

「…私に手を挙げて王宮をクビになったとなれば、どこへも行く場所はないぞ」
「ノワール家にお世話になるので大丈夫です」
「ノワール家だと?」 
「はい、ロゼ様付きにして頂けるとご本人が仰って下さいました」
にっこりとルーチェは笑顔で答えた。
「私としても、ロゼ様にお仕えさせて頂ける方が嬉しいです」

「———私よりロゼの方がいいと?」
「ロゼ様はお優しいですし、我儘を言いませんから」
「……そんなに我儘をいう者は嫌か」
「当然です」
ルーチェはすっと笑みを消した。
「我儘な王が好かれるとでも?」



二人はしばらく無言で睨み合った。

「…どうして、殿下はそう我儘ばかり仰るのですか」
ルーチェが口を開いた。
「周りがどれだけ迷惑を被っているか、分かっておられるのでしょう」
「…お前には関係のない事だ」
「関係なら大ありです。私の一番大切な人の家族が巻き込まれているのですから」
「一番大切…」
「彼女は、兄君が殿下の我儘に振り回される事に心を痛めているんです」
「……ロゼの事か」

「私がここにいるのはロゼ様のためですから」
ルーチェはユークを見据えた。
「ロゼ様を傷つける人は…例え殿下でも許しません」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。 王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。 『えっ? もしかしてわたし転生してる?』 でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。 王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう! 『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。 長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。 『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます

高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。 年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。 そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。 顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。 ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり… その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

処理中です...