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第3部 巴
第59話 宣戦布告。
しおりを挟む――翌日の早朝、俺は始発で家に帰ると、まだ愛里那と小浦の靴が玄関にあった。どうやら彼女たちも泊まりだったらしい。
美波の部屋からタイミング良く出てきた小浦は、俺の姿を見て、ぎこちない笑顔を向けた。
「青嶋くん、おかえり……」
「た、ただいま」
彼女の目の下には、大きなクマが出来ている。
「姫、大丈夫だった?」
「うん……もう大丈夫だと思う……」
「そっか……良かった」
こんな状況でも、彼女を傷付けるとしても、言った方がいいと思った。
「俺……後藤さんに好きだって、伝えた……」
小浦は、表情を変えなかった。
「そっか……姫はなんて?」
「考えさせて欲しいって……」
「そっか……」
3度も同じ言葉を繰り返した小浦は、美波の部屋へと戻っていく。その後ろ姿を引き留めようにも、言葉が伴わない。俺はしばらく、その場から動けなかった。
「何突っ立ってんの?」
「愛里那……」
「ホント不器用だね、将は……」
トイレから出てきた愛里那は、俺の頭にポンっと手を置くと、数回弾ませた。
「ちょっと来て……」
愛里那は俺の部屋へと勝手に入っていき、扉の向こうで手招きをする。
「早く……」
「…………」
俺がまだ動けないでいると、彼女は腕を引っ張り、力尽くで部屋の中へ引きずり込んだ。
「トイレにいたら偶然、聞こえちゃった」
「そうか……」
愛里那はベッドに腰掛けると深いため息を溢す。
「なんでそう毎回言わなくてもいいこと言っちゃうかなー」
「小浦には、嘘つきたくないから……」
「それは分かるけどさ。舞は、寝ないでアンタのこと待ってたのに……せめて連絡くらいしてあげなよ」
「ごめん……」
「謝るなら直接舞に、でしょ?」
「そうだな……」
「まぁ、諦める必要なんてないって舞を焚き付けたのはウチだから、その責任はウチにもあるんだけどね……」
「……もし愛里那が俺の立場だったら、どうする?」
「両方と付き合う」
――考える素ぶりすらなく、即答だった。
「お前……こんな時にふざけんなよ」
「ふざけてないよ。もしもそれでみんなが幸せなら、ウチはそれでもアリだと思う。将の場合は、それだと罪悪感で将が幸せだと思えないだけ。勝手にそれを彼女たちにとっての不幸だって決めつけてるから……」
「何が言いたいんだ……?」
「どっちかを幸せにするには、どっちかを不幸にしないといけないって思い上がってるんだよ、将は……」
「思い上がりって、事実だろ?」
「じゃあ将は、舞に振られて自分は不幸だって思ったの?」
愛里那の言葉は、俺の中にあったちっぽけな常識を覆した。
「不幸だとは、思ってない……」
「後悔も、してないんでしょ?」
――確かに、そうだ。
後悔なんてない。だから恋はすごいって思ってたはずなんだ。人を好きになるってことは、楽しいことばかりじゃない。むしろ辛いことの方が多い気さえする。でも……止められない。だからこそ――尊いんだ。
「愛里那……お前、すごいよ」
「伊達に将の元カノしてないって」
「探せばあるかな……みんなが幸せな未来」
「あるでしょ。ウチは今、将のおかげで幸せだよ?」
愛里那は立ち上がり、俺の胸に額を当ててから顔を上げ笑顔を向けると、そのまま無言で部屋を出ていった。
――その日の午後、姫華は舞に呼び出された。
場所は、駅の西口にあるベンチ。
「最近寒いねー」
「そうね……」
舞の様子はいつもと変わらないように見えたが、姫華はこれから何を言われるのか、気が気でなかった。
「あたしね……前ここで青嶋くんに、姫のことが好きだって言われたの……」
「そう……だったのね……」
「もう……本当に全部が終わったって思った。だから、姫にとられちゃう前に告白するって決めたんだ……」
「とるって……私はそんなつもりは……」
舞の表情が、一気に硬くなった。
「じゃあなんで、考えさせてって言ったの?」
「それは……急だったから……」
「違うよ。あたしに遠慮しただけでしょ?」
「それは、気にするわよ……私は、一番近くで舞のこと、応援していたもの……」
「それだけの理由なら、姫はすぐ断るはずだよ」
「そうね……やっぱり断るわ。私は舞を応援する……」
「姫……怒るよ? 姫まであたしを可哀想な子扱いするの?」
「違うわ! どうすればいいか……本当に分からないの」
「ねぇ姫……なんであたしには、姫の恋を応援させてくれないの? 好きなんでしょ? 青嶋くんのこと」
姫華が思っていたのとは、少し違った。もっと激しく責められるものだと思っていた。裏切り者と罵られ、もしかすれば絶交だと言われてしまうかもしれない。そのくらいの覚悟はしていた。だが小浦舞は、その想像を容易く裏切ってきた。
「なぜ……? 私は一度も舞に、彼が好きだなんて言ってない……」
「あたしが姫と何年一緒にいると思ってるの? 姫のことなら、あたしの方が青嶋くんよりも知ってるんだよ?」
「何が正解なのか……いくら考えても分からないの……」
「あたしもここで、おんなじ気持ちだった。青嶋くんも好きだし、姫のことも好き。どっちかを選ぶなんて……出来ない。なら両方選んじゃえばいいって、思うことにしたんだ」
「そんな方法が……あるの?」
「うん……あるんだよ。2人がこの先付き合っても、あたしは青嶋くんにアプローチするのを辞めない。それに対して、姫にも文句は言わせない。もしそれで逆の立場になったとしたら、あたしも姫には文句を言わない。どっちかが諦めるまで、この勝負はずっと続く。だからそれまでは……何があっても離れない」
――姫華は、将への想いに気が付いてから、今までずっと苦しんでいた。親友の好きな人を、自分も好きになってしまったことで、恋愛感情と罪悪感を同時に背負った彼女は、いつ壊れてもおかしくない精神状態だった。遂には昨日その相手から告白され、嬉しかった筈なのに素直に喜ぶことの出来ない葛藤を抱えていた。でもそんな彼女の思いすら、思い上がりだったことに気付く。彼ら彼女らは、恋愛感情の前に、確固たる友情を確立していたのだ。
「本当に……舞はそれでいいの……?」
「あたしは、もう決めた。あとは、姫が決めるだけ……」
「分かったわ……」
「姫……ちゃんと言葉で聞かせて? 青嶋くんのこと、どう思ってるの?」
姫華は、溢れる涙を拭いながらも、親友の目を見て、ゆっくりと答えた。
「……私は……彼のことが、好き……」
舞は優しく微笑むと、姫華の手を取り両手で握る。
「あたしたち……ホント気が合うね?」
――こうして、この2人の関係性には親友とは別に、本日からは、ライバルというもう一つの関係が追加された。
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