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第3部 巴
第58話 告白。
玄関の扉を開けて迎えてくれた後藤さんの顔からは、いつものクッキリとした二重幅が無くなるほど、目元がパンパンに腫れていた。目は充血していて眉間にはしわが寄り、こんなこと思いたくはないが、ヒドイ顔だった。
「青嶋君……」
「何があったか、教えてくれ……」
「部屋に来て……」
部屋へ入ると、前回は綺麗にベッドメイクされていたのとは対照的に、シーツや掛布団がくちゃくちゃに散らかっているのが、一番最初に目に映る。部屋全体を見渡すと、違和感があった。前回よりも、静かだった。
後藤さんは、入り口で立ち尽くしながら口を開く。
「最近気温も低かったから、疑似冬眠かと思っていたの……前にも一度あったから……でも、確認したら、呼吸を、していなくて……手で温めても……目を、覚ましてくれなくて……」
本棚の上のハムスターゲージの横に、前は無かった箱があった。ゆっくり近付いて中を見ると、ティッシュと保冷材、そして冷たくなった、ジャンがいた。
「もう3歳だったから……覚悟はしていたつもりだったけれど、やっぱり……辛くて……」
俺は、喋りながらまた涙を流し始めた彼女を、無意識に抱き寄せていた。後藤さんは力が抜けるように崩れ落ち、俺の腕を強く掴みながら顔を胸に押し付けて、子供のような泣き声を上げた。
――しばらくして後藤さんが泣き止むと、俺たちは背中をベッドにもたれさせ並んで座る。
「ジャンは、3年前……姉さんがこの家を出る時に、私が寂しくならないようにって、お母さんが買ってくれたの……ここ、本当はペット禁止だけれど、大家さんがハムスターならいいって特別に言ってくれたらしくて……」
後藤さんは、ジャンとの思い出を語ってくれた。俺はそれを、相槌も打たず、ただ黙って聞いていた。
「それから……家に一人でいる時間が増えて、思っていたよりも寂しく感じていたけれど、カラカラと音を立てるジャンに、ずっと励まされていた。私は一人じゃないって思わせてくれたの……だから、勉強も頑張ってこられた。部屋にいるのが、以前よりも楽しくなったわ……」
隣からまた、鼻をすする音が聞こえると、声も同時に震え出した。
「それなのに……最近はアルバイトも始めて部屋にいる時間も減って、寂しい思いをさせていたんじゃないかって……あんなに助けてもらったのに……私は、何か返せていたのかしら……ジャンは私と一緒で、幸せだったのかしら……」
「……幸せに決まってる。だってジャンは、苦しそうな顔、してない……俺には、とっても優しい顔に見える」
「そうだと、いいけれど……」
「ジャンが天国に行けるように、弔ってやろう……」
「ありがとう青嶋君……ところで、さっきから気になっていたのだけれど、その手に持っている帽子は、なに……?」
ポケットに入りきらず、むき出しで持ったままのパーティハットを指さす後藤さん。
「こ、これは小浦たちがサプライズで……美波が作ってくれたんだけど……」
俺のモゴモゴとした返答で全てを察した彼女は、少しだけ取り乱した。
「もしかして青嶋君、今日誕生日なの……? ごめんなさい、私、知らなくて……」
「いいんだ、頼ってくれて嬉しかったし。それに一度しか会ってないけど、俺も最後にジャンと会えてよかった……」
「今日は青嶋君が生まれた日でもあり、ジャンの命日でもあるのね……癪だけど、これからあなたの誕生日を忘れることは出来なさそうだわ……」
いつもより切れの悪い憎まれ口が、この上なく嬉しかった。
「……少しは元気が出たみたいで安心したよ」
それから俺たちは、ジャンを弔う準備をした。後藤さんの希望はプランター葬という埋葬方法で、それに必要なプランターと土、そして花の種を買ってきた。帰り道、気になった事を質問してみた。
「なぁ後藤さん、もしかして俺を頼ってくれたのって、この大荷物を運ばせる為だったりする?」
「それも、もちろんあるわね……」
「……じゃあ、それ以外の理由はなんだったんだよ」
俺が少し機嫌を損ねながら尋ねると、彼女は恥ずかしそうに答えた。
「……何故か、あなたの顔が浮かんだの……気付いたら、電話をかけていたわ」
その表情に、こっちまで恥ずかしくなった。
「そ、そっか……」
帰宅すると、ベランダで作業をした。手を合わせて、ジャンと最期のお別れをする彼女の横顔は、夕日に照らされて、とても美しかった。修学旅行で乗った、あの観覧車を思い出す。
「好きだ……」
「……? 何が好きなの?」
「君が……」
言ったというより、勝手に出た――が、正しい。伝えてしまった後で、こんなタイミングで言うのはズルいし、不謹慎だとも思った。でも――止められなかった。
「ジャンの代わりに、今度からは俺が後藤さんを守りたい。笑顔にさせたい。君と、ずっと一緒にいたい」
彼女は目を丸くさせて、まるで、初めてたまだで出会った時のような表情になる。
「……本気……なの……?」
「このタイミングで冗談が言えるほどの度胸はない」
「そう……」
「本当はもっと自分に自信が持てたら伝えようと思ってたんだけど、ごめん、我慢出来なかった……」
「少し……考えさせて欲しいのだけれど……いいかしら……?」
今まで自分からした告白は、振られたことしかない俺にとって、この返事は新鮮だった。
「もちろん……返事はいつでもいいから……」
全てを終えると後藤さんは、リビングでコーヒーを淹れてくれた。外も暗くなっていたし、俺は帰るタイミングを伺っていた。
「今日……お母さん、帰ってこないの……」
彼女の口から突然ラブコメでしか聞いたことのないようなセリフが飛び出した事に驚きを隠せない。
「そ、そうなのか……」
後藤さんは俺を物言いたげに見つめたが、その言葉の真意には、敢えて気付かないフリを続けた。彼女が言いたい事は分かるけれど、それを俺から提案する訳にはいかないと、なんとなく思った。
「青嶋君……ひとつ、我儘を言ってもいいかしら……?」
「なんなりと……」
「……今夜は、一人で、いたくないの……」
「うん……」
「まだ返事もしていないのに、都合が良いことを頼んでいるのは分かっているけれど、それでも……」
「――分かってる。俺で良ければ、そばにいるよ……」
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