【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる

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15話

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 領民すべてが、いつ如何なる有事が起きてもすぐ武人として動くことができるよう訓練を積む、ムリエルガ辺境伯領ではあるしきたりがあった。
武系の一族ならではのもの。

ガンザルは、ツィータードにそれを行うつもりで準備を整えている。

「本当にやるおつもりで?」

マリエンザが帰還してからの護衛を務めているドランが、諌めるような口振りで辺境伯に訊ねる。

「もちろんだ。仮にも我がムリエルガ家の血筋を受け入れようというなら、一度は経験しなくてはならんだろう」

 そう言って、くつくつと楽しそうに笑う。

「ムリエルガ領民ならまだしも・・・侯爵家のぼんぼんにそんなことをしたら、ショックで死んでしまうかもしれませんよ」
「ははは、それはそれでいい。軟弱な男は我が家系には不要だからな」

(やべえ、ガンザル様相当やべえぞ)

 ドランはマリエンザを傷つけたツィータードを許す気も手加減する気もまったくないが、これからツィータードを待ち受ける・・・制裁に、ほんの少しだけ同情した。

 辺境伯の屋敷で虎視眈々と迎え撃つ準備が整えられているとも知らず、宿屋で準備を済ませたツィータードとロランは護衛たちとムリエルガ家へと出発する。

「よく眠れなかったよ」

 ツィータードが弱々しくこぼした。
もちろんロランもそうである。

「最初になんて言えばいいと思う?こんにちはか?ごきげんようか?それともごめんなさいか?」
「まずは名乗ってください。何事もそれからですよツィータード様」

 緊張しすぎて、基本のキも思い出せなくなったらしい。声も掠れていたので、ロランは水筒から茶を出して飲ませてやった。
ガタゴトと進むと、覚悟が固まる前にあっという間に着いてしまう。

「ムリエルガ家に到着いたしました」

 御者から声がかかり、馬車の動きが止められて、とうとう扉が開けられた。
 足音も立てずに忍び足で降り立って、ドロレスト侯爵家もかなり立派な屋敷だが、ムリエルガ家の広大さ、屋敷の立派さに圧倒される。
 ツィータードはムリエルガ辺境伯本家を初めて訪ねたのだが、もしもっと早くに一度でも来ていたら。
王家からの勅命でドロレストとムリエルガを結びつける理由がもっとすんなりと理解できただろうと、今更だがそう思った。

「先駆けにて訪問をお知らせしたツィータード・ドロレストと申す」

 迎えに出た扉番に名乗ると、すぐに中に通された。しかし迎えはない・・・。
応接に通されるとイルメリアが顔を出した。

「ツィータード様、ようこそ。マリエンザから話は聞いておりますわ」

 ツィータードは、その視線に首を絞められるような圧迫感を感じながら頭を下げた。

「我が家でもことの次第はお調べしましたのよ」

 イルメリアにじーっと見られて、言い訳に口を開こうとしたが、緊張からか唇が張り付いて言葉が出ない。

「今は、言い訳はけっこうよ。皆が揃ったところでうかがうわ。直に夫が戻りますからそれまではこちらでお待ちになって。部屋からは出ないように」

 なんとか「はい」とだけ絞り出すツィータードを見て、気のせいかロランにはイルメリアがフンと言ったように見えた。

 本来は到着したらすぐガンザルが締め上げる予定表だったが、かねてより懸念があった国境警備に問題が起き、急遽視察に出掛けてしまったのだ。
 火急の事態が起きた場合、ツィータードどころではなくなる。
平穏か、騒乱か。
準備は万端だが、ガンザルとて領民を危険にさらす争いが好きなわけではない。
 何事もなく、思う存分ツィータードを締め上げられるようにと皆で祈っていたのだが。

「ガンザル様がお戻りになりましたーっ」

 ドランの声が響くと、屋敷の中から使用人が迎えに急ぐ足音が聞こえて。
 ツィータードはとうとうその時が来たと、覚悟を決めた。

「・・・・・・・」

 ロランが置いてあった茶器で温かい茶を淹れ直したが、待てど暮せど誰も来ない。忘れられているか、またはあえて待たせているのか。

「まだ誰も来ないのか。これは嫌がらせか?」
「私が様子を見て参りましょう」
「部屋出るなとイルメリア様に言われただろう?」

 意外なほど、ツィータードは落ち着いていた。

「しかし、そろそろ三時間近く経ちます」

 バタバタバタと廊下を走る足音が聞こえたりもするのだが、人は来ないのだ。

「では外には出ません、隙間から見るだけ」
「ロラン、おまえ行儀悪いぞ」

 ドアをほんの少しだけ開けて廊下を覗くロランの背中に、ツィータードが言うと、じとりと振り返ったがまたすぐ視線を戻す。

「あっ」

 ロランの声がした瞬間にドアが開けられて、ガンザル・ムリエルガ辺境伯がロランを突き飛ばさん勢いで室内に入ってきた。

「ツィータード殿、待たせてすまない。言いたいことがいろいろあるが、隣国から侵入があり火急の事態が発生した。剣は扱えるだろうな?」
「えっ?け、剣?」
「侯爵家の嫡男なんだから剣の鍛錬はしているだろう?」
「も、もちろんで・・・す」
「ムリエルガの領民は子供以外すべて武器を取って戦うのだ。今ここにいる以上、ツィータード殿も、そこの侍従もそうしてもらう」

 指をさされたロランは口をぱくぱくした。
武術は大の苦手だった。
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