17 / 41
17話
しおりを挟む
あとのことは現場の指揮官たちに任せ、ガンザルたちがムリエルガ家に戻る頃にはとっぷりと日も暮れており、イルメリアとシオンザは食事を済ませていた。
そのため興奮冷めやらずに戻った面々は、湯浴みをしてから軽い食事をとろうということになった。
ガンザルは騎士隊の中で交戦し、相手兵士を何人倒したなどと話していたが、実際はマリエンザの弓ほど敵を倒したものはないだろう。
「マリ、マイガーから聞いたぞ。褒賞は皆に美味いものを食べさせてやることで本当に良いのか?」
「ええ。私、別にお金いりませんもの。皆を労ってあげて」
欲のない返事をしている。
同じテーブルについたツィータードは、侯爵邸に来たときにダーマが
「あれはとても高価だ、これも高い」
と、値の張りそうなものにばかり興味を示していたことを思い出していた。
食事を終えると、ツィータードは客間へ案内され、ロランたちは宿へとさがらせた。
「マリエンザ、少し話したいのだが」
背を丸めて恐る恐るツィータードが声をかけてきたその様子を見て、母の言うとおりだとマリエンザは感じていた。
いつもツィータードはこういう自分を見ていたのだ。
顔色をうかがいながらびくびくと見上げる姿は、マリエンザがツィータードに想われたかったかわいい令嬢ではなく、卑屈にさえ見えたかもしれない。
「よろしくてよ。テラスに出ましょう」
月あかりに照らされた広いテラスにはテーブルとイスが四脚置かれている。
対面に座り、侍女のナラが食後の茶を淹れて少し離れたところに控えたのを見て、漸くツィータードは口を開いた。
「今日のマリエンザはすごかったな。あんなに弓が上手いとは知らなかった」
「ムリエルガの女性は、全員弓と投擲を習うのですわ。今日は私が張り切りすぎたけど、うちの者はみんなうまいのですよ」
「そうなのか・・・私は何もマリエンザのことを知らなかったのだな」
俯いてそう言うと、大きく息を吐いて
「すまなかった。私はマリエンザを裏切ることはしていないと天地神明に誓えるが、それでも私の迂闊な言動により、誤った噂が流れてマリエンザを傷つけたことを深く反省している」
闇のような黒い瞳は、なんの感情も浮かべずにツィータードを見つめる。
「私は、自分がどう見られるかわかっていなかった」
ふっとため息をついたマリエンザは、それまでの硬い表情を和らげ
「私も反省していることがありますわ」
「え、いや、悪いのは私だからマリエンザは悪くないよ」
「いいえ。・・・今日の私を見てどう思われました?」
そう聞かれたツィータードの脳裡には、赤い髪を靡かせながら弓を引いたマリエンザがよぎった。敵をバタバタ倒すのが楽しいと笑うなんて令嬢としてはあり得ないことだが、ツィータードは目の当たりにしたとんでもない強さに惹かれた。ひれ伏したくなるほどに。
「うん、素晴らしく強くて、かっこよかったな」
「それ、男性におっしゃる褒め言葉じゃないかしら」
「いや、私の婚約者殿はそこらへんの男より遥かに強いと思ったよ」
「確かに弓を持った私はムリエルガの中でも強いほうに数えられます。だから自分を隠したかった。こんな私だと知られたら嫌われてしまうかもしれないと不安で。ツィータード様には楚々とした可愛らしい令嬢だと思われたくて、いつしかおどおどするほどになってしまったのですわ・・・」
瞼を伏せると、睫毛がふるふると揺れて、さっきの強さとは真逆の儚さが漂うのを見たツィータードは、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
それほどに想ってくれていた婚約者を面倒くさがって、こんな騒ぎになるまで気づかずに傷つけていたのだ。
「あの・・・男が誰でもやさしくか弱い女性が好きなわけではないぞ。私は強くてはっきりした人が好きだ。あー、あの、今日のマリエンザみたいな、だな」
途中から聞き取れないほど小さな声になったが、マリエンザにはしっかりと聞こえていた。
黒い瞳が、今日は何一つ活躍できなかった眉目秀麗な婚約者を見つめると、ツィータードは恥ずかしそうに続ける。
「私ももっと剣を頑張ろうと思ったよ」
「剣は苦手?」
「うーん、得意ではない」
「じゃあ槍は?」
「槍は・・・からっきし」
「体術は?」
「それ以上聞くな」
どちらともなくプっと吹き出し、一緒に笑い転げた。
「こんな風に普通に話して笑うなんて初めてだな」
「ええ、そうかもしれませんわね」
「これからはもう遠慮は無しだ」
テーブルに置かれたマリエンザの手に、ツィータードが手を重ねる。
「つらい思いをさせて本当にすまなかった。でもおかげで・・・と言っていいか迷うところだが、自分の婚約者がこんなに素晴らしくて唯一無二な存在だと知ることができた。
・・・できることなら許してほしい」
「あらいやだ、さっきも謝って頂いたわ。私たちそれで仲直りしたのではなくて?」
え?とツィータードが口を開けた。
─ツィータード様って、もしかしたら意外と気が小さい方なのかもしれないわ。小さなことをいつまでも引きずるタイプ?─
気づいたマリエンザは、はっきりとけじめをつけてやることにする。
「だからもうこの話は終わり。あっ!私は終わりで良いのだけど、ムリエルガ流の始末のつけ方があって、それだけはやってもらうことになると思・・・ぅ」
ひとつ、忘れていることがあった。
それはムリエルガにいる限り避けられない。ツィータードの繊細そうな神経がもつか、心配になったマリエンザだが。
「うん、ありがとう。ムリエルガ流ってなんだかちょっと怖いけど、それをしないとガンザル様に認めてもらえないんだろうから私も頑張るよ」
きっと、ツィータードが想像する以上に恐ろしい思いをさせるだろうと、マリエンザは心なしか胃が痛む気がしていた。
そのため興奮冷めやらずに戻った面々は、湯浴みをしてから軽い食事をとろうということになった。
ガンザルは騎士隊の中で交戦し、相手兵士を何人倒したなどと話していたが、実際はマリエンザの弓ほど敵を倒したものはないだろう。
「マリ、マイガーから聞いたぞ。褒賞は皆に美味いものを食べさせてやることで本当に良いのか?」
「ええ。私、別にお金いりませんもの。皆を労ってあげて」
欲のない返事をしている。
同じテーブルについたツィータードは、侯爵邸に来たときにダーマが
「あれはとても高価だ、これも高い」
と、値の張りそうなものにばかり興味を示していたことを思い出していた。
食事を終えると、ツィータードは客間へ案内され、ロランたちは宿へとさがらせた。
「マリエンザ、少し話したいのだが」
背を丸めて恐る恐るツィータードが声をかけてきたその様子を見て、母の言うとおりだとマリエンザは感じていた。
いつもツィータードはこういう自分を見ていたのだ。
顔色をうかがいながらびくびくと見上げる姿は、マリエンザがツィータードに想われたかったかわいい令嬢ではなく、卑屈にさえ見えたかもしれない。
「よろしくてよ。テラスに出ましょう」
月あかりに照らされた広いテラスにはテーブルとイスが四脚置かれている。
対面に座り、侍女のナラが食後の茶を淹れて少し離れたところに控えたのを見て、漸くツィータードは口を開いた。
「今日のマリエンザはすごかったな。あんなに弓が上手いとは知らなかった」
「ムリエルガの女性は、全員弓と投擲を習うのですわ。今日は私が張り切りすぎたけど、うちの者はみんなうまいのですよ」
「そうなのか・・・私は何もマリエンザのことを知らなかったのだな」
俯いてそう言うと、大きく息を吐いて
「すまなかった。私はマリエンザを裏切ることはしていないと天地神明に誓えるが、それでも私の迂闊な言動により、誤った噂が流れてマリエンザを傷つけたことを深く反省している」
闇のような黒い瞳は、なんの感情も浮かべずにツィータードを見つめる。
「私は、自分がどう見られるかわかっていなかった」
ふっとため息をついたマリエンザは、それまでの硬い表情を和らげ
「私も反省していることがありますわ」
「え、いや、悪いのは私だからマリエンザは悪くないよ」
「いいえ。・・・今日の私を見てどう思われました?」
そう聞かれたツィータードの脳裡には、赤い髪を靡かせながら弓を引いたマリエンザがよぎった。敵をバタバタ倒すのが楽しいと笑うなんて令嬢としてはあり得ないことだが、ツィータードは目の当たりにしたとんでもない強さに惹かれた。ひれ伏したくなるほどに。
「うん、素晴らしく強くて、かっこよかったな」
「それ、男性におっしゃる褒め言葉じゃないかしら」
「いや、私の婚約者殿はそこらへんの男より遥かに強いと思ったよ」
「確かに弓を持った私はムリエルガの中でも強いほうに数えられます。だから自分を隠したかった。こんな私だと知られたら嫌われてしまうかもしれないと不安で。ツィータード様には楚々とした可愛らしい令嬢だと思われたくて、いつしかおどおどするほどになってしまったのですわ・・・」
瞼を伏せると、睫毛がふるふると揺れて、さっきの強さとは真逆の儚さが漂うのを見たツィータードは、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
それほどに想ってくれていた婚約者を面倒くさがって、こんな騒ぎになるまで気づかずに傷つけていたのだ。
「あの・・・男が誰でもやさしくか弱い女性が好きなわけではないぞ。私は強くてはっきりした人が好きだ。あー、あの、今日のマリエンザみたいな、だな」
途中から聞き取れないほど小さな声になったが、マリエンザにはしっかりと聞こえていた。
黒い瞳が、今日は何一つ活躍できなかった眉目秀麗な婚約者を見つめると、ツィータードは恥ずかしそうに続ける。
「私ももっと剣を頑張ろうと思ったよ」
「剣は苦手?」
「うーん、得意ではない」
「じゃあ槍は?」
「槍は・・・からっきし」
「体術は?」
「それ以上聞くな」
どちらともなくプっと吹き出し、一緒に笑い転げた。
「こんな風に普通に話して笑うなんて初めてだな」
「ええ、そうかもしれませんわね」
「これからはもう遠慮は無しだ」
テーブルに置かれたマリエンザの手に、ツィータードが手を重ねる。
「つらい思いをさせて本当にすまなかった。でもおかげで・・・と言っていいか迷うところだが、自分の婚約者がこんなに素晴らしくて唯一無二な存在だと知ることができた。
・・・できることなら許してほしい」
「あらいやだ、さっきも謝って頂いたわ。私たちそれで仲直りしたのではなくて?」
え?とツィータードが口を開けた。
─ツィータード様って、もしかしたら意外と気が小さい方なのかもしれないわ。小さなことをいつまでも引きずるタイプ?─
気づいたマリエンザは、はっきりとけじめをつけてやることにする。
「だからもうこの話は終わり。あっ!私は終わりで良いのだけど、ムリエルガ流の始末のつけ方があって、それだけはやってもらうことになると思・・・ぅ」
ひとつ、忘れていることがあった。
それはムリエルガにいる限り避けられない。ツィータードの繊細そうな神経がもつか、心配になったマリエンザだが。
「うん、ありがとう。ムリエルガ流ってなんだかちょっと怖いけど、それをしないとガンザル様に認めてもらえないんだろうから私も頑張るよ」
きっと、ツィータードが想像する以上に恐ろしい思いをさせるだろうと、マリエンザは心なしか胃が痛む気がしていた。
35
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。
カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。
「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」
そう、圭吾は約束した。
けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。
問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。
「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」
その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。
十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】
藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。
そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。
記憶を抱えたまま、幼い頃に――。
どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、
結末は変わらない。
何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。
それでも私は今日も微笑む。
過去を知るのは、私だけ。
もう一度、大切な人たちと過ごすために。
もう一度、恋をするために。
「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」
十一度目の人生。
これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
悪役令嬢は高らかに笑う。
アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。
エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。
たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。
男爵令嬢に教えてもらった。
この世界は乙女ゲームの世界みたい。
なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。(話し方など)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる