【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる

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18話

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 戦闘の終わった翌日。

 怪我をして動けなくなっていた兵士たちを捕虜にして、ガンザルたちは張り切って尋問を開始した。
 あらかた終わるまでムリエルガ流の始末というのはお預けらしく、ツィータードはどきどきしながらムリエルガ辺境伯邸に滞在することになった。

 ロランや護衛トリカルも辺境伯邸に客間を与えられて宿を引き払い、急に剣の稽古を始めたツィータードと鍛錬に励んでいる。

「マリエンザとは、うまく仲直りができた」
「そう!そうですか、よかったです!」

 泣いているような声のロランは、顔をあげなかった。

「ロランにも心配かけて本当にすまなかった」

 何も言わず、ただ深く頷くロランの背後にまわり脇をくすぐると

「うわっな、なにをー」

 やっと顔を上げたと思うと、やっぱり涙目をしている。

「くすぐってごめん、本当にいろいろごめん、帰ったら必ず執事に戻すよう頼むから待っててくれ」
「はい、よろしくお願いしますよ」

 ふてくされたように口を尖らせたロランが言って、それを見た護衛のトリカルが笑う。

「やっと、いろいろ普通になりましたね」

 ロランの言葉に、今度はツィータードが大きく頷いた。

「ところでツィータード様、マリエンザ様の弓の話をしてくださいよ。こちらの騎士に聞いたら天才と名高いそうじゃないですか!」

 砦の上にはいたが、マリエンザの姿が見えないところにいたトリカルは話を聞いて口惜しがり、興味津々に訊いてくる。

「うん、とにかく凄かったよ。まさにブライザのようだった」

 ブライザ?戦いの神ではないか!
思いがけない名がツィータードの口から飛び出て、驚くトリカルとは違い

「ああ本当に!」

とロランが相槌を打つ。

「凄まじい速さで矢をついでは弓を引くんだが、それがどれも外れずに敵を倒していくんだよ。日に照らされた姿が本当に神々しくて、これが私の婚約者かと思うと幸せで胸がいっぱいになった。弓をこうしてキリリと引く姿もとびきり美しくてね。最高だったのは、敵がバタバタ倒れて楽しいと言ったときの晴れやかな笑顔だ!」

 途中から惚気に変わったが、侍従たちは気長にそれに付き合って、漸く婚約者同士が想い合うことができたのだと胸を撫で下ろした。

 まあ、普通のご令嬢とはとても言えそうにないが、ドロレスト侯爵夫人は代々女傑だからちょうどよいのだろうと、ちょっとだけ肩をすくめた侍従と護衛。
 これですべて丸くおさまったと思っていた。


 夕餉の際、ガンザルが尋問の進捗を話題にした。

「やつらは先鋒で後続の本隊がいるだろうと思って警戒は怠らずにいたのだが、どうもそうではないらしい」
「でも本隊にしては少なすぎますわ!」

 マリエンザが言うと、

「我らを挟み撃ちにしようと本隊が二手に分かれて進軍したらしいのだが、大きく分かれた方はエルガ山脈ルートを通ったんだと。そっちは当然遭難したわけだが、合流できないのはただ遅れているだけであとから追いつくと踏んで、本来の半分の人数で予定の時間に侵入してきたようだ」
「エルガ山脈!」
「ああ、やつらは知らなかったようだが、村人から遭難者の遺体が大量に見つかったと報告があった」

「あの、冬でもないのに遭難とは?当然?」

遭難と聞いてツィータードは首を傾げたが、ガンザルが説明してやる。

「エルガ山脈のムリエルガ側の山頂付近は、上からの重みに弱くて縦に割れやすい岩盤が連なっている。距離をあけながら二~三人くらいならまだしも、一大隊が列なる重みに耐えきれるものではないんだ。
それを知らずに山を越えて来たのではないか?」
「ムリエルガ側に下ってすぐ、岩崩れが起きたのでしょう」
「なるほど、だから別働隊だけが到着したと」



 ムリエルガ辺境伯領の強さの秘密をまた一つ知ったツィータードは、以前から疑問に思っていたことをガンザルに訊ねることにした。

「あの。なぜドロレストとムリエルガの婚約だったんでしょう?」

 辺境伯は野生的な緑の瞳を向ける。

「ん?ドロレスト侯爵家は忠実な王家派だろう。だからだよ。ムリエルガは独立しようと思えばいつでもできるほどの領地を持ち、豊かさがあり、武力がある」

 ここでニヤリと笑う。

「だから我が家の動向を探り、事起こればいち早く手を打つために最も信頼ができる家。辺境伯家と姻戚になっても家格の釣り合いがとれて、丁度よい年頃の子供がいる。わかったか?」
「はい」

 確かに当てはまりそうなこどもは、自分しかいないと思う。マリエンザには留学中の兄がいるが、その婚約者も王命で決められていると聞く。

─王家に警戒されるほど力のある貴族というのも大変なものだな。

 学院で勉強してきたと思っていたが、本当のところは理解できていなかった自分にも気づかされ、この旅が人生を変えるものになる予感がした。
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