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19話
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無事隣国からの侵攻を食い止めて一息ついたガンザル・ムリエルガ辺境伯は、客人ツィータード・ドロレスト侯爵令息への例のしきたりを執り行うことにした。
罪状は「不貞疑惑」
どうやら無罪らしいとはガンザルも気づいているが、疑惑を晴らすためにも行われるのだからやってよしと宣言したのだ。
何かちょっと手荒そうなことを乗り越えねば、一度信用を失ったムリエルガ家には受け入れてもらえないと理解したツィータードは、それを行うと言われたときに素直に頷いて受け入れた。
しかし、誰に聞いても何をするのか教えてくれないので、一抹の不安が燻り続けている。
ムリエルガでは、何か起きたときの制裁には弓を使う。
法的な罪を、または、風紀を乱したり常識を逸脱する行為をも罪と呼ぶならそれを犯した者を的前に立たせ、頭に小さな的を乗せて、執行者が狙いを定める。
執行者の射手は被害者自身のときもあれば、被害者家族、また専門の弓隊からの当番のこともある。
頭上の的に中たれば禊が済んだと見做されて放免、もし中たりどころが悪ければそれは神の思し召しによって罪を償ったものとされ、正しく葬られる。
矢を射る者が被害者またはその身内で的に中らず外した場合は、その罪を減刑するということ。それが嫌なら撃ってしまえ・・・、あとは荒ぶる神が引き受けようぞという報復的意味合いの強いしきたりである。
そんなことが待ち受けていると知ったら逃げ出してしまうかもしれないと、ガンザルに箝口令を敷かれた人々は、ツィータードやロランからどれだけ訊ねられても決して話さなかった。
ガンザルに呼ばれたツィータードは、なぜか弓道場へと連れて行かれた。ロランと護衛トリカルも共に行ったが、二人は弓道場の入口で待つよう言い渡され、ひそかに震えていることを知られぬようにツィータードは歯を食いしばってじっと立ち尽くしているところ。
ガンザルとイルメリア、マリエンザと護衛たちも続々と部屋へ入ってくる。最後にシオンザもやってきたのを見て、ツィータードはほっとした。
─幼気なこどもにわざわざ残酷なことを見せるわけがない、ということは弓を引いて見せろとかそういう勝負的なことで決着させるつもりなのかも・・・
そう思ったのだが。
「ではツィータード・ドロレストよ、前へ出なさい」
手招きされるまま、ガンザルに歩み寄ると。
「おまえは、ダーマ・エスカ男爵令嬢と浮気をした疑いがかけられているが、それについてなにか言うことは?」
「い、いえっ、浮気は真実ではありません。天地神明に誓います。しかし、私の迂闊な言動が誤解を呼び、噂となってマリエンザ嬢を傷つけたことは私自身の罪と心得ております」
「ん、その罪はムリエルガのやり方で償ってもらうが、それでよいな」
─来た─
ツィータードは、ごくんと唾を飲み込んでひと呼吸おいてから「はい」はっきりとそう答えた。
─ツィータード様!─
粛々と受け止める婚約者の姿に、今すぐ許すからこんなことやめようと言ってあげたくなったマリエンザだが、父は絶対に止めさせないとわかっている。
─少しだけ怖い思いをさせるけど、ゆるして─
心の中でそう思いながら
─でもまあ、私の涙分くらいは怖がってもらってもいいかもしれないわね─
そう思いついた。
ガンザルが顎を突き出してジェスチャーで指示をすると、護衛についていた騎士たちがツィータードの後ろに回り込んでその腕を捕らえ、的場へと押して行く。
「えっ?ええっ?なに、なんだ?どこへ?」
焦っておどおどする間に的に括りつけられると、さすがの鈍すぎるツィータードもこれから己の身に起きるだろうことが想像できて、明らかにガタガタと震え始めた。
「おい、ツィータード殿よ。そんなに震えると、射手がどれほど上手くてもおまえに中ってしまうかもしれないぞ。ビシッと立て」
面白そうにニヤリとしている。
「あ、あの!シオンザのようなこどもの前でこれは」
「ん、そうなんだ。せっかくの良い機会だからな、バカなことをするとムリエルガではこういう制裁をこどもでも受けると教えておこうと思ってだな」
くくっと笑うと、シオンザの頭を撫でる。
「シオンザ、よく見ておくんだぞ。ムリエルガの者である以上、これは誰であっても免れないのだ。例え我らムリエルガ辺境伯家の者であってもだ」
「はいっ」
歯切れのよい返事をした幼い次男を抱き寄せると
「執行者、準備を!」
固い声でそう言い放った。
恐怖で涙がこぼれそうなツィータードの目に、弓を手にしたマリエンザが。
─ま、マリエンザが?弓を引いて、わ、わたしを─
恐怖で気が遠くなりそうなのを、なんとか持ち堪える。
─もうこれで終わりと言ってくれた・・・あれは・・・笑って終わりと言った終わりって・・・─
『いいえ、楽しくてたまらないの。ほら、バタバタ倒れていくわ。矢をもっと持ってきて』
戦闘中に、敵を倒しながら笑って言ったマリエンザの声が、顔が思い出されると、いよいよ一つの答えに結びつく。
─終わりって、まさかそういう!?─
マリエンザが射場に立ち準備を始めると同時に、ツィータードのそばにいた騎士が頭に何かを乗せて言った。
「しっかり顔を上げていないと死にますよ」
─し、死ぬ?や、や、やっぱり─
カチカチカチカチ・・・
─なんの音だ?─
震えが最高潮に達し、歯がかち合って音をたてるほどだったが、それすらも気づけないほどの恐怖にすくみあがっていた。
─あっ、あっ、王命の婚約をあま、あまくみていた、こんなことでしぬのか─
マリエンザが弓に矢をつがえ、ツィータードをまっすぐに捉えている。
「顔をまっすぐあげなさい」
もう一度、騎士が声をかけた。
マリエンザが恐ろしくて見られないのだ。
なんとか顔を上げたが、前を見ないように視線を下げたその時!
「ピシュッ!」
風圧と共に吹き上がった自分の前髪が切れて散っていくのが見え、ツィータードは目の前が暗くなった。
罪状は「不貞疑惑」
どうやら無罪らしいとはガンザルも気づいているが、疑惑を晴らすためにも行われるのだからやってよしと宣言したのだ。
何かちょっと手荒そうなことを乗り越えねば、一度信用を失ったムリエルガ家には受け入れてもらえないと理解したツィータードは、それを行うと言われたときに素直に頷いて受け入れた。
しかし、誰に聞いても何をするのか教えてくれないので、一抹の不安が燻り続けている。
ムリエルガでは、何か起きたときの制裁には弓を使う。
法的な罪を、または、風紀を乱したり常識を逸脱する行為をも罪と呼ぶならそれを犯した者を的前に立たせ、頭に小さな的を乗せて、執行者が狙いを定める。
執行者の射手は被害者自身のときもあれば、被害者家族、また専門の弓隊からの当番のこともある。
頭上の的に中たれば禊が済んだと見做されて放免、もし中たりどころが悪ければそれは神の思し召しによって罪を償ったものとされ、正しく葬られる。
矢を射る者が被害者またはその身内で的に中らず外した場合は、その罪を減刑するということ。それが嫌なら撃ってしまえ・・・、あとは荒ぶる神が引き受けようぞという報復的意味合いの強いしきたりである。
そんなことが待ち受けていると知ったら逃げ出してしまうかもしれないと、ガンザルに箝口令を敷かれた人々は、ツィータードやロランからどれだけ訊ねられても決して話さなかった。
ガンザルに呼ばれたツィータードは、なぜか弓道場へと連れて行かれた。ロランと護衛トリカルも共に行ったが、二人は弓道場の入口で待つよう言い渡され、ひそかに震えていることを知られぬようにツィータードは歯を食いしばってじっと立ち尽くしているところ。
ガンザルとイルメリア、マリエンザと護衛たちも続々と部屋へ入ってくる。最後にシオンザもやってきたのを見て、ツィータードはほっとした。
─幼気なこどもにわざわざ残酷なことを見せるわけがない、ということは弓を引いて見せろとかそういう勝負的なことで決着させるつもりなのかも・・・
そう思ったのだが。
「ではツィータード・ドロレストよ、前へ出なさい」
手招きされるまま、ガンザルに歩み寄ると。
「おまえは、ダーマ・エスカ男爵令嬢と浮気をした疑いがかけられているが、それについてなにか言うことは?」
「い、いえっ、浮気は真実ではありません。天地神明に誓います。しかし、私の迂闊な言動が誤解を呼び、噂となってマリエンザ嬢を傷つけたことは私自身の罪と心得ております」
「ん、その罪はムリエルガのやり方で償ってもらうが、それでよいな」
─来た─
ツィータードは、ごくんと唾を飲み込んでひと呼吸おいてから「はい」はっきりとそう答えた。
─ツィータード様!─
粛々と受け止める婚約者の姿に、今すぐ許すからこんなことやめようと言ってあげたくなったマリエンザだが、父は絶対に止めさせないとわかっている。
─少しだけ怖い思いをさせるけど、ゆるして─
心の中でそう思いながら
─でもまあ、私の涙分くらいは怖がってもらってもいいかもしれないわね─
そう思いついた。
ガンザルが顎を突き出してジェスチャーで指示をすると、護衛についていた騎士たちがツィータードの後ろに回り込んでその腕を捕らえ、的場へと押して行く。
「えっ?ええっ?なに、なんだ?どこへ?」
焦っておどおどする間に的に括りつけられると、さすがの鈍すぎるツィータードもこれから己の身に起きるだろうことが想像できて、明らかにガタガタと震え始めた。
「おい、ツィータード殿よ。そんなに震えると、射手がどれほど上手くてもおまえに中ってしまうかもしれないぞ。ビシッと立て」
面白そうにニヤリとしている。
「あ、あの!シオンザのようなこどもの前でこれは」
「ん、そうなんだ。せっかくの良い機会だからな、バカなことをするとムリエルガではこういう制裁をこどもでも受けると教えておこうと思ってだな」
くくっと笑うと、シオンザの頭を撫でる。
「シオンザ、よく見ておくんだぞ。ムリエルガの者である以上、これは誰であっても免れないのだ。例え我らムリエルガ辺境伯家の者であってもだ」
「はいっ」
歯切れのよい返事をした幼い次男を抱き寄せると
「執行者、準備を!」
固い声でそう言い放った。
恐怖で涙がこぼれそうなツィータードの目に、弓を手にしたマリエンザが。
─ま、マリエンザが?弓を引いて、わ、わたしを─
恐怖で気が遠くなりそうなのを、なんとか持ち堪える。
─もうこれで終わりと言ってくれた・・・あれは・・・笑って終わりと言った終わりって・・・─
『いいえ、楽しくてたまらないの。ほら、バタバタ倒れていくわ。矢をもっと持ってきて』
戦闘中に、敵を倒しながら笑って言ったマリエンザの声が、顔が思い出されると、いよいよ一つの答えに結びつく。
─終わりって、まさかそういう!?─
マリエンザが射場に立ち準備を始めると同時に、ツィータードのそばにいた騎士が頭に何かを乗せて言った。
「しっかり顔を上げていないと死にますよ」
─し、死ぬ?や、や、やっぱり─
カチカチカチカチ・・・
─なんの音だ?─
震えが最高潮に達し、歯がかち合って音をたてるほどだったが、それすらも気づけないほどの恐怖にすくみあがっていた。
─あっ、あっ、王命の婚約をあま、あまくみていた、こんなことでしぬのか─
マリエンザが弓に矢をつがえ、ツィータードをまっすぐに捉えている。
「顔をまっすぐあげなさい」
もう一度、騎士が声をかけた。
マリエンザが恐ろしくて見られないのだ。
なんとか顔を上げたが、前を見ないように視線を下げたその時!
「ピシュッ!」
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