【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる

文字の大きさ
19 / 41

19話

しおりを挟む
 無事隣国からの侵攻を食い止めて一息ついたガンザル・ムリエルガ辺境伯は、客人ツィータード・ドロレスト侯爵令息への例のしきたりを執り行うことにした。
 罪状は「不貞疑惑」

 どうやら無罪らしいとはガンザルも気づいているが、疑惑を晴らすためにも行われるのだからやってよしと宣言したのだ。
 何かちょっと手荒そうなことを乗り越えねば、一度信用を失ったムリエルガ家には受け入れてもらえないと理解したツィータードは、それを行うと言われたときに素直に頷いて受け入れた。
 しかし、誰に聞いても何をするのか教えてくれないので、一抹の不安が燻り続けている。

 ムリエルガでは、何か起きたときの制裁には弓を使う。
 法的な罪を、または、風紀を乱したり常識を逸脱する行為をも罪と呼ぶならそれを犯した者を的前に立たせ、頭に小さな的を乗せて、執行者が狙いを定める。
 執行者の射手は被害者自身のときもあれば、被害者家族、また専門の弓隊からの当番のこともある。

 頭上の的に中たれば禊が済んだと見做されて放免、もし中たりどころが悪ければそれは神の思し召しによって罪を償ったものとされ、正しく葬られる。
 矢を射る者が被害者またはその身内で的に中らず外した場合は、その罪を減刑するということ。それが嫌なら撃ってしまえ・・・、あとは荒ぶる神が引き受けようぞという報復的意味合いの強いしきたりである。

 そんなことが待ち受けていると知ったら逃げ出してしまうかもしれないと、ガンザルに箝口令を敷かれた人々は、ツィータードやロランからどれだけ訊ねられても決して話さなかった。

 ガンザルに呼ばれたツィータードは、なぜか弓道場へと連れて行かれた。ロランと護衛トリカルも共に行ったが、二人は弓道場の入口で待つよう言い渡され、ひそかに震えていることを知られぬようにツィータードは歯を食いしばってじっと立ち尽くしているところ。

 ガンザルとイルメリア、マリエンザと護衛たちも続々と部屋へ入ってくる。最後にシオンザもやってきたのを見て、ツィータードはほっとした。

 ─幼気なこどもにわざわざ残酷なことを見せるわけがない、ということは弓を引いて見せろとかそういう勝負的なことで決着させるつもりなのかも・・・

 そう思ったのだが。



「ではツィータード・ドロレストよ、前へ出なさい」

 手招きされるまま、ガンザルに歩み寄ると。

「おまえは、ダーマ・エスカ男爵令嬢と浮気をした疑いがかけられているが、それについてなにか言うことは?」
「い、いえっ、浮気は真実ではありません。天地神明に誓います。しかし、私の迂闊な言動が誤解を呼び、噂となってマリエンザ嬢を傷つけたことは私自身の罪と心得ております」
「ん、その罪はムリエルガのやり方で償ってもらうが、それでよいな」

 ─来た─

 ツィータードは、ごくんと唾を飲み込んでひと呼吸おいてから「はい」はっきりとそう答えた。

 ─ツィータード様!─

 粛々と受け止める婚約者の姿に、今すぐ許すからこんなことやめようと言ってあげたくなったマリエンザだが、父は絶対に止めさせないとわかっている。

 ─少しだけ怖い思いをさせるけど、ゆるして─

 心の中でそう思いながら

 ─でもまあ、私の涙分くらいは怖がってもらってもいいかもしれないわね─

 そう思いついた。



 ガンザルが顎を突き出してジェスチャーで指示をすると、護衛についていた騎士たちがツィータードの後ろに回り込んでその腕を捕らえ、的場へと押して行く。

「えっ?ええっ?なに、なんだ?どこへ?」

 焦っておどおどする間に的に括りつけられると、さすがの鈍すぎるツィータードもこれから己の身に起きるだろうことが想像できて、明らかにガタガタと震え始めた。

「おい、ツィータード殿よ。そんなに震えると、射手がどれほど上手くてもおまえに中ってしまうかもしれないぞ。ビシッと立て」

 面白そうにニヤリとしている。

「あ、あの!シオンザのようなこどもの前でこれは」
「ん、そうなんだ。せっかくの良い機会だからな、バカなことをするとムリエルガではこういう制裁をこどもでも受けると教えておこうと思ってだな」

 くくっと笑うと、シオンザの頭を撫でる。

「シオンザ、よく見ておくんだぞ。ムリエルガの者である以上、これは誰であっても免れないのだ。例え我らムリエルガ辺境伯家の者であってもだ」
「はいっ」

 歯切れのよい返事をした幼い次男を抱き寄せると

「執行者、準備を!」

 固い声でそう言い放った。



 恐怖で涙がこぼれそうなツィータードの目に、弓を手にしたマリエンザが。

 ─ま、マリエンザが?弓を引いて、わ、わたしを─

 恐怖で気が遠くなりそうなのを、なんとか持ち堪える。

─もうこれで終わりと言ってくれた・・・あれは・・・笑って終わりと言った終わりって・・・─


『いいえ、楽しくてたまらないの。ほら、バタバタ倒れていくわ。矢をもっと持ってきて』


 戦闘中に、敵を倒しながら笑って言ったマリエンザの声が、顔が思い出されると、いよいよ一つの答えに結びつく。


 ─終わりって、まさかそういう!?─


 マリエンザが射場に立ち準備を始めると同時に、ツィータードのそばにいた騎士が頭に何かを乗せて言った。

「しっかり顔を上げていないと死にますよ」

 ─し、死ぬ?や、や、やっぱり─

 カチカチカチカチ・・・

 ─なんの音だ?─

 震えが最高潮に達し、歯がかち合って音をたてるほどだったが、それすらも気づけないほどの恐怖にすくみあがっていた。

 ─あっ、あっ、王命の婚約をあま、あまくみていた、こんなことでしぬのか─

 マリエンザが弓に矢をつがえ、ツィータードをまっすぐに捉えている。

「顔をまっすぐあげなさい」

 もう一度、騎士が声をかけた。

 マリエンザが恐ろしくて見られないのだ。
なんとか顔を上げたが、前を見ないように視線を下げたその時!

「ピシュッ!」

 風圧と共に吹き上がった自分の前髪が切れて散っていくのが見え、ツィータードは目の前が暗くなった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。 「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」 そう、圭吾は約束した。 けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。 問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。 「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」 その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

悪役令嬢は高らかに笑う。

アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。 エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。 たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。 男爵令嬢に教えてもらった。 この世界は乙女ゲームの世界みたい。 なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。(話し方など)

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...