王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第8章 女王の日常と南の国々

29 指針とこれから

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「…特に変わったものはなさそうね」

 私は地下空間の残骸を確認しながら呟く。

 戦いの後、イリーナの膝枕で少しの間横になっていた。治癒魔術の効果もあって怪我自体は、ほとんど治っている。
 魔力回復薬で強制的に魔力を回復させ、身体強化をかけることで、なんとか歩ける程度には回復していた。

「飛空船へ戻りますか?」

 ナイトメアに関する情報や通信記録など探していたが書類どころか残骸ずら見つからない。
 痕跡がないということは、元から存在しなかったと見るべきだろう。

「そうね…夜も更けてきたし引き上げましょうか」

 空は既に真っ暗で星が綺麗に見えている。丸い月が空高くにいることからも、そろそろ日が変わる頃だろう。

「わかったわ。空まで運ぶからわたくしの近くに来てもらえるかしら」

 私とシクスタスはイリーナの近くへ寄る。するとイリーナは杖を構えて魔術を行使した。

 足元の地面が切り取られて、私たちを乗せた地面は徐々に上昇していく。重力と風による簡易的なエレベータみたいなものだ。

 このまま旗艦の艦橋へ向かうのだった。



「陛下、イリーナ様、シクスタス様お疲れ様でした。私のほうからこの近辺の観測結果と先ほど送られてきたナイトメア兵士に関する調査結果について報告したいのですが…明日の朝になさいますか?」

「いえ…今のうちに聞いておくわ。明日になったら少し休息を取るから大丈夫よ」

 私の言葉にイリーナとシクスタスも同意する。皆に申し訳ない気持ちになるが、一度寝るとしばらく動ける気がしない以上ありがたく思った。

「まず周囲の観測結果ですが、いくつか人の姿が見えた場所がありました。ただ目視による観測のため日が落ちるまでの僅かな時間です。詳細までは把握できておりません。そしてナイトメア兵士についてはこちらを」

 空中に浮かび上がった映像には、捕虜にしたナイトメア兵を調べた結果が表示されている。
 その内容は半分はバルトロスから聞いた内容と裏付けるものだった。

 人に邪気を取り込ませて生命力を強化、悪獣へと近づけさせる。そして邪気に染まった人間は、時間をかけて肉体という枷から開放されるというものだ。
 とはいえ言い方を変えれば肉体は既に死んでいるということになる。肉体とただの器として用いて生命活動を魔力のみで行う。
 それこそが邪気による人の進化らしい。

「こんなものが進化とは言いたくないわね。人を人たらしめるのが、身体じゃあいというのはわたくしもそう思うけれど。人の在り方や精神、心が大事よ。肝心の精神が崩壊していて、ただ命令を聞くだけの操り人形なんて…虫唾が走るわ」

 イリーナが怪訝な顔で言った言葉を私たちも同意した。

「そうね…兵士たちには悪いけれど投降勧告は恐らく無意味でしょう。形式的に行うけれど、基本的には殲滅を主軸にするわ。ただ地上戦を展開するのはリスクが大きい。最低でもロングレンジ、可能であればアウトレンジで戦う」

 攻撃距離に応じて主に四つの区分けがされている。
 剣や槍などの武器や体術による近接戦闘。クロスレンジ。
 魔術や弓が主流のおよそ100メートル程度の中距離戦闘。ミドルレンジ。
 弓が主流の地上から目視できる程度の遠距離戦闘。ロングレンジ。
 個人では一部しかできず基本的には、大砲などの砲撃による超距離戦闘。アウトレンジ。

 今回はその中の二つ。
 つまりは交戦前に一方的に攻撃を仕掛けて殲滅することが要となる。

「となると本格的に我々の出番となりますね」
 エクハルトに「期待しているわ」と伝えて話し合いが終わった。

 今後の方針も決まったことで渓谷に築いた陣地へと帰還することになる。

 陣地へ戻るとアドリアスにも方針を伝えて、詳細については、文官に聞いてもらうようにお願いした。

 一通りの指示を出した後、船の自室へ戻る。

 人目がなくなったことで緊張が解けた私は、ベッドへ倒れ込むようにして横になった。

「コホッ、コホッ…」

 咄嗟にハンカチで口を押さえる。
 ハンカチに赤黒い染みが出来ているのを見て、ため息をついた。

「夜月を使った身体強化にも慣れてきたけど…流石に後先考えない最大強化は耐えられないか…」

 イリーナに治癒魔術をかけてもらったとはいえ、怪我が治っているのは表面上の話だ。
 限界以上に魔力を取り込んだ反動で魔力回路を始めとする体内が傷ついた。体内奥深くの傷までは、治癒魔術であっても簡単には治療できない。

 私は痛みを誤魔化すかのように目を瞑る。
 それでも傷と疲労とで限界近いはずの私は、なかなか眠りにつくことが出来なかった。

 頭に過ぎるのはバルトロスの言葉。そしてお母様のこと。

 ずっと身体が弱っていたのだと体質や病気のようなものだと思っていた。
 けれどバルトロスが関与していたことを知って、悲しみや憎しみ、怒りなどが溢れて。
 元々身体が弱かったとしても、一緒に過ごすことができた未来を想像すると空しくなる。

 バルトロスを完全に消滅させたことで敵討ちも復讐も遂げたと言えるだろう。
 だからと言って気持ちが晴れるわけではない、今も心の中はざわめきを覚えている。

「知らないほうが幸せなこともあるとは言うけれど…そうかも知れないわ。それでも真実を知らないで過ごすというのも許せない。ままならないものね…」

「…では我に身を委ねるか?その感情を、心の叫びをそのままに我を振るってもいいのだぞ?」

 心の中に声が聞こえてくる。それは長い間私と共に居た者の声。久しぶりに聞く夜月に宿る思念の集合体の声だった。

「冗談…私の信念は変わらずにある。今回のことはすぐに割り切れないけど、過去は変わらないから。落ち込むし泣くこともあると思う。怒りや憎しみだって抱くときもある。それでも現実は大事にしたいし未来は望みたいわ。最初に言ったとおり、もう二度と大切な人を失わないために刀を取ると、力を振るうと決めているもの。それだけは、私の願いや理想、夢そのものに揺るぎはないわ」

 虚空に向かって返事を返す。
 すると夜月からの反応はなかったが、なんとなく「であれば好きにすればいい」と言われた気がした。

 今になって夜月が語りかけてきたのは、私の心が弱くなっていたのか。あるいは…

 ありえないだろう考えが頭に過ぎって思わず苦笑して、そういえばと内心思う。

 私の願いや理想は、リーナを失いそうなった時に強く思ったものだと思っていた。けれど実際はもっと昔で。
 記憶はほとんどおぼろげになっていても、お母様を亡くした時のことが原点になるのだと気付いた。

 お母様との過去の記憶を思い浮かべていると、少しずつ睡魔へ誘われていく。
 涙がこぼれるのを感じながら夢の中へ意識を落とした。

 夢の中でお母様と話せた気がした。
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