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「今日は部屋で朝食をとるわ」
侍女に食事を運ぶよう頼んで、部屋に戻った。
一人きりの部屋で、ふとルシアンとの出会いを思い出す。
夫とは政略結婚だ。
結婚前、父について行った城で、偶然彼に出会ったことがある――
父が陛下と2人で話すことがあると言い、私は部屋を出た。
庭園を歩いていると、白い子猫を見つけた。
人懐こい子で、そっと手を差し出すと、頭を擦り付けてくる。
思わず、頬が緩んだ。
「お腹、空いてるの?」
問いかけると、猫は答えるように小さく鳴く。
あいにく手ぶらで出てきてしまっていて、食べ物は持っていなかった。
それでも猫は離れようとせず、もう一度、私の指に額を押しつけてくる。
可愛い――思わず笑みがこぼれた。
「ミルク、そこにいたのか」
「え?」
穏やかな声に振り向くと、騎士団の制服を着た青年が立っていた。
白に近い銀髪に、澄んだ青い瞳。
――それが、ルシアンだった。
「その猫の名前です」
彼は微笑んで、猫を抱き上げる。
猫も安心したように身を任せた。
私は、思わず自分の髪に触れる。
彼は怯む様子も、警戒する様子もなかった。
(貴族のうわさに、疎いのかしら)
黒に近い濃紺――闇魔法使いの証。
普通なら、この色を見ただけで距離を置かれる。
でも、彼は違った。
「セレナ、と言います」
「セレナ……綺麗な名前ですね」
嘘のない、まっすぐな声。
胸が、跳ねた。
「ルシアン・アルヴェインです。よろしければ、一緒に猫に餌をやりませんか?」
ルシアンは訓練の休憩中に、猫にエサをあげに来ているらしい。
私たちは庭園でしばしの時間を過ごした。
猫に餌をやったり、抱いてみたり。
「懐いてますね」
「……可愛い」
ルシアンも笑っていた。
彼と話していると、不思議と緊張しなかった。
他の貴族と関わったことのない私にとって、彼との時間は――
初めて、誰かと一緒にいることが楽しいと思えた時間だった。
だから、数日後に陛下に結婚相手として引き合わされた時、私の心は躍った。
(運命だ)
あの庭園での出会いは、偶然じゃなかったのだと。
でも、ルシアンは私を見ても、驚かなかった。
戸惑いもなく、淡々と頷いた。
「……よろしく」
その瞬間、分かってしまった。
彼は最初から知っていたのだ。
陛下と彼の淡々としたやり取りに、私の胸は冷めていく。
でも、私は断れる立場になかった。
結婚から一週間後。
ルシアンは騎士団長に昇格した。
次の団長候補は別の騎士の名が挙がっていたという。
そのことから、誰もが私との結婚が理由だと噂した。
(やはり、これが目的だったんだ)
陛下は、ノクスフィア家に私以外の跡継ぎがいないことを心配をされていた。
ルシアンは、騎士団長の座が欲しかった。
私は、その取引の道具でしかなかった。
庭園での優しい時間は、幻だったのだ。
ルシアンとの結婚を少しでも嬉しいと思った自分が、滑稽だった。
思い出すたび、胸が痛む。
今の彼は、私に冷たい
彼が興味を持っているのは剣だけ。
騎士団長として国に仕えること、それだけ。
彼は私を愛してないし、私もそれは同じ。
結婚当初から冷めた生活だった。
でも、この国では離婚が禁止されている。
唯一、相手が亡くなった時にだけ、夫婦の契りが解消される。
(だから、私たちはこのまま……)
逃げ場のない結婚生活。
彼は私のことを宝石ばかり買う浪費家だと思っているだろう。
でも、宝石はノクスフィア家に必要なもの。
それを説明する気はない。
お互い、相手に興味などないのだから、それでいいと思っていた。
食事を済ませた後、私は裏庭へ向かった。
夢を信じるなんて――自分でも馬鹿げていると思う。
それでも、確かめずにはいられなかった。
夢の中で、私は殺されたあと、屋敷の裏庭に埋められた。
外に出て裏へ回ると、そこにはいつも通り花が植えられている。
見慣れた光景に、思わずほっと息をついた。
花壇のそばでは、庭師が花の手入れをしていた。
初老の庭師が腰をかがめて草を抜いている、その足元に――
不釣り合いなほど大きなスコップが置かれているのが目に入る。
まるで、深い穴を掘るために用意したような……。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「その大きなスコップは、何に使うの?」
声をかけると、庭師ははっとしたように顔を上げ、慌てて頭を下げる。
「こ、これは……旦那様のご指示でして。ここの植物を、別の場所へ移すようにと」
「……ここに、何か新しく植えるの?」
「さぁ……そこまでは、私も聞かされておりません」
庭師は困ったように視線を伏せた。
「そう……」
それ以上、何も聞けなかった。
庭師が掘ろうとしていた場所。
そこは、夢の中で――私の亡骸が埋められていた場所と、重なっていた。
この国では離婚は禁止されている。
唯一、離婚できるのは――
背中を、冷たいものが這い上がる。
もしかして。
私の身に、何かが起ころうとしているのではないか。
――あれは、本当にただの夢?
侍女に食事を運ぶよう頼んで、部屋に戻った。
一人きりの部屋で、ふとルシアンとの出会いを思い出す。
夫とは政略結婚だ。
結婚前、父について行った城で、偶然彼に出会ったことがある――
父が陛下と2人で話すことがあると言い、私は部屋を出た。
庭園を歩いていると、白い子猫を見つけた。
人懐こい子で、そっと手を差し出すと、頭を擦り付けてくる。
思わず、頬が緩んだ。
「お腹、空いてるの?」
問いかけると、猫は答えるように小さく鳴く。
あいにく手ぶらで出てきてしまっていて、食べ物は持っていなかった。
それでも猫は離れようとせず、もう一度、私の指に額を押しつけてくる。
可愛い――思わず笑みがこぼれた。
「ミルク、そこにいたのか」
「え?」
穏やかな声に振り向くと、騎士団の制服を着た青年が立っていた。
白に近い銀髪に、澄んだ青い瞳。
――それが、ルシアンだった。
「その猫の名前です」
彼は微笑んで、猫を抱き上げる。
猫も安心したように身を任せた。
私は、思わず自分の髪に触れる。
彼は怯む様子も、警戒する様子もなかった。
(貴族のうわさに、疎いのかしら)
黒に近い濃紺――闇魔法使いの証。
普通なら、この色を見ただけで距離を置かれる。
でも、彼は違った。
「セレナ、と言います」
「セレナ……綺麗な名前ですね」
嘘のない、まっすぐな声。
胸が、跳ねた。
「ルシアン・アルヴェインです。よろしければ、一緒に猫に餌をやりませんか?」
ルシアンは訓練の休憩中に、猫にエサをあげに来ているらしい。
私たちは庭園でしばしの時間を過ごした。
猫に餌をやったり、抱いてみたり。
「懐いてますね」
「……可愛い」
ルシアンも笑っていた。
彼と話していると、不思議と緊張しなかった。
他の貴族と関わったことのない私にとって、彼との時間は――
初めて、誰かと一緒にいることが楽しいと思えた時間だった。
だから、数日後に陛下に結婚相手として引き合わされた時、私の心は躍った。
(運命だ)
あの庭園での出会いは、偶然じゃなかったのだと。
でも、ルシアンは私を見ても、驚かなかった。
戸惑いもなく、淡々と頷いた。
「……よろしく」
その瞬間、分かってしまった。
彼は最初から知っていたのだ。
陛下と彼の淡々としたやり取りに、私の胸は冷めていく。
でも、私は断れる立場になかった。
結婚から一週間後。
ルシアンは騎士団長に昇格した。
次の団長候補は別の騎士の名が挙がっていたという。
そのことから、誰もが私との結婚が理由だと噂した。
(やはり、これが目的だったんだ)
陛下は、ノクスフィア家に私以外の跡継ぎがいないことを心配をされていた。
ルシアンは、騎士団長の座が欲しかった。
私は、その取引の道具でしかなかった。
庭園での優しい時間は、幻だったのだ。
ルシアンとの結婚を少しでも嬉しいと思った自分が、滑稽だった。
思い出すたび、胸が痛む。
今の彼は、私に冷たい
彼が興味を持っているのは剣だけ。
騎士団長として国に仕えること、それだけ。
彼は私を愛してないし、私もそれは同じ。
結婚当初から冷めた生活だった。
でも、この国では離婚が禁止されている。
唯一、相手が亡くなった時にだけ、夫婦の契りが解消される。
(だから、私たちはこのまま……)
逃げ場のない結婚生活。
彼は私のことを宝石ばかり買う浪費家だと思っているだろう。
でも、宝石はノクスフィア家に必要なもの。
それを説明する気はない。
お互い、相手に興味などないのだから、それでいいと思っていた。
食事を済ませた後、私は裏庭へ向かった。
夢を信じるなんて――自分でも馬鹿げていると思う。
それでも、確かめずにはいられなかった。
夢の中で、私は殺されたあと、屋敷の裏庭に埋められた。
外に出て裏へ回ると、そこにはいつも通り花が植えられている。
見慣れた光景に、思わずほっと息をついた。
花壇のそばでは、庭師が花の手入れをしていた。
初老の庭師が腰をかがめて草を抜いている、その足元に――
不釣り合いなほど大きなスコップが置かれているのが目に入る。
まるで、深い穴を掘るために用意したような……。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「その大きなスコップは、何に使うの?」
声をかけると、庭師ははっとしたように顔を上げ、慌てて頭を下げる。
「こ、これは……旦那様のご指示でして。ここの植物を、別の場所へ移すようにと」
「……ここに、何か新しく植えるの?」
「さぁ……そこまでは、私も聞かされておりません」
庭師は困ったように視線を伏せた。
「そう……」
それ以上、何も聞けなかった。
庭師が掘ろうとしていた場所。
そこは、夢の中で――私の亡骸が埋められていた場所と、重なっていた。
この国では離婚は禁止されている。
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背中を、冷たいものが這い上がる。
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