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夫に殺される夢を見た。
冷え切った青い瞳が、私を見下ろす。
暗い寝室。
月明かりに照らされた室内で、夫は血の付いた剣を握っている。
床には、倒れて動かない私。
私の身体の周りは、絨毯が赤く染まっていた。
「……やはり君が元凶だったのか」
その言葉には、怒りも悲しみもなかった。
夫は剣を一振りして血を振り払い、何事もなかったかのように鞘へ収める。
彼の傍には、知らない女が立っている。
顔は暗くてよく見えない。
けれど、その女が夫の腕に絡みつく仕草だけは、はっきりと分かった。
「もう大丈夫だ」
夫はそう言って、女を抱きしめる。
――そこで、視界が暗転した。
ぱっと目を開けた瞬間、喉がひゅっと鳴った。
「はぁっ、はぁっ――」
まるで全力疾走した後のように、荒い呼吸が止まらない。
額から汗が流れ落ち、背中もじっとりと濡れていた。
視界に広がっているのは、見慣れた自室の天井。
それでも私は反射的に胸元から腹へと手を滑らせ、傷がないか確かめてしまう。
……夢?
そう、ただの夢のはず。
けれど、胸の奥に残る嫌な感覚が消えてくれない。
それほど、生々しかった。
寝台の上で身を起こし、震える指先を握りしめる。
窓に目を向けると、カーテンの向こうが白んでいた。
起きるには早い。
それでも、もう一度眠る気にはなれなかった。
侍女を呼んで、着替えを済ませる。
彼女は慣れた手つきで宝石箱を開き、私の前に差し出した。
「奥様、本日はどれになさいますか?」
箱の中には、私が集めた宝石が並んでいる。
いつもなら、迷わず手に取っていた。
……いつもなら。
「今日は、やめておくわ」
「え?」
侍女は驚いて、口を開けたまま私を見る。
「なに? おかしい?」
「い、いえ。おかしくなんて……ただ、奥様は必ずお召しになるので……」
「いらないわ」
短くそう告げると、侍女は戸惑いながら宝石箱を下げた。
夢の中で、夫は言っていた。
――君は、バカみたいに宝石に金を使う。
その言葉が、どうしても頭から離れなかった。
あの不満が理由で殺されるのだとしたら、冗談じゃない。
部屋を出ると、ちょうど向かいの扉が開いた。
同じように部屋を出てきた夫と、鉢合わせる。
アルヴェイン侯爵家の次男で、騎士団長のルシアン・アルヴェイン。
銀髪に、ブルーダイヤのような青い瞳。
鍛えられた身体に騎士団の服を纏い、腰には国の紋章が刻まれた剣を下げている。
――この剣で、私は。
今朝見た夢が脳裏によみがえり、寒気がした。
「セレナ、今日は随分と早起きだな」
「えぇ、まぁ」
あなたに殺される夢を見たから、とは言えない。
「今日はアクセサリーを付けてないんだな」
「気分に合うものがなかったの」
「……また新しいものを買うつもりなのか」
その言葉に、胸が痛む。
私を疑うその冷たい言葉が、彼が私を愛していないと実感させた。
「そんなこと思ってないわ」
ルシアンは私の目をじっと見つめた。
その視線が、夢の中のものと重なって、心臓が嫌な音を立てる。
やがて彼は小さく息を吐き、何も言わずに通り過ぎて行った。
その背中を見つめて、少し寂しく思う。
でも、今は一緒にいたくなかった。
冷え切った青い瞳が、私を見下ろす。
暗い寝室。
月明かりに照らされた室内で、夫は血の付いた剣を握っている。
床には、倒れて動かない私。
私の身体の周りは、絨毯が赤く染まっていた。
「……やはり君が元凶だったのか」
その言葉には、怒りも悲しみもなかった。
夫は剣を一振りして血を振り払い、何事もなかったかのように鞘へ収める。
彼の傍には、知らない女が立っている。
顔は暗くてよく見えない。
けれど、その女が夫の腕に絡みつく仕草だけは、はっきりと分かった。
「もう大丈夫だ」
夫はそう言って、女を抱きしめる。
――そこで、視界が暗転した。
ぱっと目を開けた瞬間、喉がひゅっと鳴った。
「はぁっ、はぁっ――」
まるで全力疾走した後のように、荒い呼吸が止まらない。
額から汗が流れ落ち、背中もじっとりと濡れていた。
視界に広がっているのは、見慣れた自室の天井。
それでも私は反射的に胸元から腹へと手を滑らせ、傷がないか確かめてしまう。
……夢?
そう、ただの夢のはず。
けれど、胸の奥に残る嫌な感覚が消えてくれない。
それほど、生々しかった。
寝台の上で身を起こし、震える指先を握りしめる。
窓に目を向けると、カーテンの向こうが白んでいた。
起きるには早い。
それでも、もう一度眠る気にはなれなかった。
侍女を呼んで、着替えを済ませる。
彼女は慣れた手つきで宝石箱を開き、私の前に差し出した。
「奥様、本日はどれになさいますか?」
箱の中には、私が集めた宝石が並んでいる。
いつもなら、迷わず手に取っていた。
……いつもなら。
「今日は、やめておくわ」
「え?」
侍女は驚いて、口を開けたまま私を見る。
「なに? おかしい?」
「い、いえ。おかしくなんて……ただ、奥様は必ずお召しになるので……」
「いらないわ」
短くそう告げると、侍女は戸惑いながら宝石箱を下げた。
夢の中で、夫は言っていた。
――君は、バカみたいに宝石に金を使う。
その言葉が、どうしても頭から離れなかった。
あの不満が理由で殺されるのだとしたら、冗談じゃない。
部屋を出ると、ちょうど向かいの扉が開いた。
同じように部屋を出てきた夫と、鉢合わせる。
アルヴェイン侯爵家の次男で、騎士団長のルシアン・アルヴェイン。
銀髪に、ブルーダイヤのような青い瞳。
鍛えられた身体に騎士団の服を纏い、腰には国の紋章が刻まれた剣を下げている。
――この剣で、私は。
今朝見た夢が脳裏によみがえり、寒気がした。
「セレナ、今日は随分と早起きだな」
「えぇ、まぁ」
あなたに殺される夢を見たから、とは言えない。
「今日はアクセサリーを付けてないんだな」
「気分に合うものがなかったの」
「……また新しいものを買うつもりなのか」
その言葉に、胸が痛む。
私を疑うその冷たい言葉が、彼が私を愛していないと実感させた。
「そんなこと思ってないわ」
ルシアンは私の目をじっと見つめた。
その視線が、夢の中のものと重なって、心臓が嫌な音を立てる。
やがて彼は小さく息を吐き、何も言わずに通り過ぎて行った。
その背中を見つめて、少し寂しく思う。
でも、今は一緒にいたくなかった。
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