政略結婚した夫に殺される夢を見た翌日、裏庭に深い穴が掘られていました

伊織

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「今日は部屋で朝食をとるわ」

 侍女に食事を運ぶよう頼んで、部屋に戻った。
 一人きりの部屋で、ふとルシアンとの出会いを思い出す。
 
 夫とは政略結婚だ。
 結婚前、父について行った城で、偶然彼に出会ったことがある――
 
 父が陛下と2人で話すことがあると言い、私は部屋を出た。
 
 庭園を歩いていると、白い子猫を見つけた。
 人懐こい子で、手を出すと頭を擦り付けてくる。
 思わず笑みがこぼれた。

「お腹、空いてるの?」

 猫が答えるように鳴く。
 あいにく手ぶらで出てきてしまったので、食べ物は持っていなかった。
 ごめんなさい、と言ったが、猫は分かっているのかいないのかすり寄って来る。

 その場を離れられないでいると、騎士団の制服を着た青年が一人やってきた。

「ミルク、そこにいたのか」
 
 穏やかな声。
 ――それが、ルシアンだった。 

 ルシアンは訓練の休憩中に、猫にエサをあげに来ているらしい。
 彼は貴族のうわさに疎いのか、私の髪色を見ても怯まなかった。

 黒に近い濃紺の髪。
 夜を思わせる髪色は闇魔法を扱うノクスフィア家特有のものだった。
 他に闇魔法を使う家系がないので、一目見ればどこの家か分かってしまう損する色だ。
 加えて、闇魔法は不気味だと嫌われている。
 
 だから、普通に接してくるルシアンを不思議に思った。

 白に近い銀髪の彼は氷魔法の家系。
 魔法の属性で嫌われるなんて、氷魔法使いの彼には想像もつかないだろう。

 セレナという名も、響きが綺麗だと褒める。
 悪意を感じさせない彼のまっすぐな言葉に、胸が跳ねた。

 そのうちに、ルシアンを自分に無害な人だと判断した私は、そこで穏やかな時間を過ごした。
 ルシアンに習って猫にエサをあげると、ミルクは嬉しそうに鳴く。
 エサをあげ終わっても頭を擦り寄せる仕草に、思わず笑みがこぼれた。

「ミルクに好かれたようですね」
  
 ルシアンも微笑んでいた。
 その笑顔を見て、胸が温かくなった。

 それまで他の貴族と関わりのなかった私にとって、彼との時間は特別なものになった。
 
 だから、陛下によって、結婚相手にどうかと引き合わされた時は運命かと思った。
 けれど、それは違った。
 ルシアンは私を見ても表情を変えない。
 そして、彼は戸惑いもなく結婚を受け入れた。

 陛下と彼の淡々としたやり取りに、私の胸は冷めていく。
 でも、私は断れる立場になかった。

 結婚から一週間後。
 ルシアンは騎士団長に昇格した。

 次の団長候補は別の騎士の名が挙がっていたという。
 そのことから、誰もが私との結婚が理由だと噂した。

(やはり、これが目的だったんだ)

 陛下は、ノクスフィア家に私以外の跡継ぎがいないことを心配をされていた。
 ルシアンは、騎士団長の座が欲しかった。
 私は、その取引の道具でしかなかった。

 庭園での優しい時間は、幻だったのだ。
 ルシアンとの結婚を少しでも嬉しいと思った自分が、滑稽だった。

 彼が興味を持っているのは剣だけ。
 騎士団長として国に仕えること、それだけ。
 彼は私を愛してないし、私もそれは同じ。

 結婚当初から冷めた生活だった。
 でも、この国では離婚が禁止されている。
 唯一、相手が亡くなった時にだけ、夫婦の契りが解消される。

(だから、私たちはこのまま……)

 逃げ場のない結婚生活。

 だから、結婚生活に夢は見ずに、私は宝石を買う。
 宝石はノクスフィア家の家業にとって、必要なものだった。

 でも、それを彼は知らない。
 知らせたからと言って、私たちの仲が変わるとも思えなかった。

 彼はきっと、私が宝石にしか興味がない浪費家だと思っているだろう。
 それでいいと思っていた。

 食事を済ませた後、私は裏庭へ向かった。
 夢を信じるなんて――自分でも馬鹿げていると思う。
 それでも、確かめずにはいられなかった。

 夢の中で、私は殺されたあと、屋敷の裏庭に埋められた。

 外に出て裏へ回ると、そこにはいつも通り花が植えられている。
 見慣れた光景に、思わずほっと息をついた。

 花壇のそばでは、庭師が花の手入れをしていた。
 初老の庭師が腰をかがめて草を抜いている、その足元に――
 不釣り合いなほど大きなスコップが置かれているのが目に入る。

 まるで、深い穴を掘るために用意したような……。

 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

「その大きなスコップは、何に使うの?」

 声をかけると、庭師ははっとしたように顔を上げ、慌てて頭を下げる。

「こ、これは……旦那様のご指示でして。ここの植物を、別の場所へ移すようにと」
「……ここに、何か新しく植えるの?」
「さぁ……そこまでは、私も聞かされておりません」

 庭師は困ったように視線を伏せた。

「そう……」

 それ以上、何も聞けなかった。

 庭師が掘ろうとしていた場所。
 そこは、夢の中で――私の亡骸が埋められていた場所と、重なっていた。

 この国では離婚は禁止されている。
 唯一、離婚できるのは――

 背中を、冷たいものが這い上がる。

 もしかして。
 私の身に、何かが起ころうとしているのではないか。

 ――あれは、本当にただの夢?
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