婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん

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04★第三王子アルベルトがリラと出会った日(※アルベルト視点)

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(※第三王子アルベルト視点です)



 長兄ウンベルトが外交使節団筆頭としての任務中に襲われたのは、俺が九歳のときだった。

 その後から一気に使用人たちの縛りつけが厳しくなった。毎日のように、

「アルベルト殿下、お部屋から出ないでください」

 と、行動を制限される。以前は宮殿内に設けられた王族の私的空間では自由に動けたのに。

 大人になった今考えれば、彼らがピリピリしていた気持ちがよく分かる。だが当時の幼い俺にとって、大好きなウンベルト兄様を失ってただでさえ悲しいのに、使用人たちが急に怒りっぽくなって、どこでもいいから逃げ出したかった。

 そんなある日の午後、母上が王宮の庭園で音楽サロンを催した。テーブルのセッティングや訪問客の対応に使用人たちが駆り出されている隙を見計らって、俺は王宮の裏口からこっそりと抜け出した。

 庭園に忍び込んだとき、どこからともなく子供の歌声が聞こえてきた。

「初恋はリラの花のように
 僕の胸に今も香る――」

 王都で人気のオペラアリアだ。愛らしい歌い方に心惹かれて、俺はふらふらとリラの花園へ迷い込んだ。

 歌っていたのはまだあどけない少女だった。プラチナブロンドの髪と、リラの花そっくりな薄紫の瞳が美しい。

「一緒に歌おう!」

 俺は勇気を出して誘ってみた。

 少女の侍女らしき女性は、俺が王子だと分かったのだろう。慌てて止めたが、少女は気にしなかった。

「ええ、ぜひ」

 きらきらと輝く笑顔で、俺の手を取った。

「リラの花が咲くたび思い出す
 きらめく春の陽射しを浴びて
 君を追いかけた少年の日」

 彼女の元気な声が俺の教育された歌声に重なる。透き通ったソプラノが風に舞い、純粋な響きが初夏の陽光にとけてゆく。優しく、心地よく、軽やかな歌声が祝福のように降り注いだ。歌声に乗って、青空の上まで飛んで行けそうだった。

「わぁ、なんて綺麗な声!」

 少女は心の底から感動してくれた。

 俺は王族のたしなみとして、気難しい老齢の音楽家に歌とチェンバロとヴァイオリンと音楽理論の稽古を受けていた。俺にとっては無垢な彼女の歌声の方がずっと心に響いた。

「ありがとう、愛らしいお嬢さん。きみの名前は?」

「私はリラよ」

 彼女は俺より明らかに年下だろうに、きちんと膝折礼カーテシーをしてくれた。まったく臆する様子もない、しっかりした子だ。こんな少女と友人になれたら、毎日が輝くだろう。

 俺は彼女の好奇心にきらめく瞳を見つめた。

「リラ――素敵な名だ。きみの美しい薄紫の瞳にぴったりだね」

「嬉しいわ! あなたの名前は?」

「僕のことはアルって呼んで」

「ええ、アル。一緒に遊びましょう」

 小さなリラは俺を見上げて、かわいらしく誘ってくれた。リラの侍女が冷や汗をかいていることに気付かないふりをしながら、十歳の俺は宮殿の中庭でリラと一緒に花を摘んだり、追いかけっこをしたりして遊んだ。

 だが幸せな時間は長く続かなかった。俺が宮殿から姿を消したことに気が付いた従者に探し出され、早々に連れ戻されたのだ。

 俺はしんとした宮殿の廊下で従者を見上げた。

「さっきの女の子はどこの家のお嬢様?」

「存じ上げません。それより殿下、一人で出歩かないで下さいといつも申し上げておりますでしょう!?」

 従者の小言など、幼い俺は右から左に聞き流していた。長兄ウンベルトが襲われたのは隣国との国境だから、宮殿内にいれば安全だと信じていたのだ。

 だが根拠のない自信は、毎年訪れていた湖畔の離宮で打ち破られた。

「ど、毒だ―― アルベルト、これを飲んではいけない――」

 隣でジルベルト兄様が胸をかきむしっている。力を失った手から落ちたグラスが粉々に砕け、液体が大理石の床に広がっていく。

 従者が顔色を変えて、俺の手からグラスを奪った。

 俺は目に映るものが信じられなかった。だが自分が命を狙われる重要な人物だと、ようやく理解した。

 その夜、俺は離宮内に設けられた父上の書斎に呼び出された。王宮内の広々とした執務室とは異なり、外の林から虫の声が聞こえる。

「アルベルト、よく聞きなさい」

 いつもは近くにいる執事や世話係がいない代わりに、父上の身辺警護をする三人の近衛兵が立っていた。

「ジルベルトが命を落とし、お前が王位継承者となった。ロムルツィア王国はお前を失うわけにはいかない」

 三男の俺に王位なんて関係ないと思っていたのに、長兄と次兄が相次いで殺害され、何もかもが変わってしまった。

「アルベルト、お前には王都大聖堂に潜伏してもらう。名前を変え、身分を隠し、貧村の両親に捨てられた少年カストラートを演じなさい」

 父の声は震えていた。十歳の俺には、その感情が屈辱なのか恐れなのか読み取ることはできなかった。

 確かなのは兄たちが殺された今、生きのびるために俺は、名前も身分も秘匿しなければならないということだけだった。
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