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深まる謎
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宝石は、まるで血のようだった。
深い紅の色をした赤い宝石は、雫型にカットされている。滴る血をそのまま石に閉じ込めたようで、アルウェンの眼の色によく似ていた。
雫型の石の周りには金色の葉が蔦のように巻き付いており、おおよそ男が身に着けるようなものには見えなかった。
あまり大きすぎないからこそリュシアンが付けていても違和感はないかもしれないが、どちらかというと女性が付けていてもおかしくはないデザインをしている。
そしてレニーの言う通り、このピアスはリュシアンには似合っていなかった。
リュシアンの髪は紺色で暗いし、瞳も青い。
しかしその色彩に反して肌の色は白いので金色が合わない。
普段は似合うからという理由でシルバーをつけることが多いのであまり気にしていなかったが、元の肌も白いのであまり金色などが似合わないようだ。
(これ、まずくないか……)
鏡を見てピアスのデザインを確認してから、リュシアンの白い顔はさらに色をなくした。
リュシアンはその透き通る赤さと淀みのない真紅の色に身震いした。
「……やはり外して捨てるべきでは?」
レニーは不服そうにそう提案してきたので、リュシアンは鏡を手渡してベッドの上から睨みつけた。
「お前の眼は節穴なのか?」
ようやく横になろうとベッドに入ったのに、ピアスを確認したら一気に気分が悪くなった。
「第一王子から頂いたものだというのを気にしているんですか?勝手に坊ちゃんを傷つけるような相手ですよ」
「それもそうだが、これはかなり高級品だぞ。この赤色、純度が高くて美しい。かなり高い宝石を使っているな。おまけに魔法まで組み込まれているんだろう?捨てることなどできない」
はあ、とリュシアンはため息をついた。
(しかもこれ、外せないようになっている)
レニーには言えないが、このピアスは外せないように魔法がかかっている。
リュシアンは何度か外そうとしたが、慣れないせいだけではなく、外そうとすると手がはじかれてしまう。
何らかの魔法がかけられていると考えるべきだろう。
「……レニー、『ルゥ』って知ってるか?」
率直に聞いてみると、レニーは眉の上をがりがりとかいて首を傾げた。
「……誰です?」
(嘘ついたな)
レニーは嘘をつくとき、眉の上をがりがりとかく癖がある。
言いたくないのか言えないのかわからないが、少なくともレニーからは事情を聞けそうにない。
「……『ルゥ』が人だってことは知ってるんだな、お前」
そもそも何かも言っていない中では犬かもしれないというのに、その中で『誰』と返すことは人であり、誰だか知っているに等しい。
口元を歪めたレニーに、リュシアンはため息をついた。
「それ以上は聞かないでおいてやる。もし裏切っていたら、わかってるな。お前」
「……」
青い眼でぎろりと睨みつけておくものの、レニーは黙ったままだ。
そうまでして言えないのか、言いたくないのかは知らないが、この件はレニーひとりだけの問題ではないだろう。
レイザードも知っているようだし、下手をしなくても父と母の二人とも把握している問題だ。
リュシアンに『ルゥ』の存在を隠されていたことは、レニーの嘘から明らかだ。
これだけ巧妙に隠され、レニーも使えないとなると、人脈の少ないリュシアンが探るのは難しい。
(そうすると、俺が情報を把握できるのは、あとは)
「リュシアンお義兄様、果汁を持ってきました。入ってもよろしいでしょうか」
控えめにノックされた音に、入れと許可を出す。
カートを押して入ってきたライモントはうつむいていたが、ちらりとあたりを伺い、顔を上げた。
「お義兄様、ハーブティーもお持ちしました。一応」
一応、とつけているが、ライモントはリュシアンの好みをよく知っている。
果汁など水で薄めたものでなければ飲まないし、食事がとれないほど具合の悪い時に飲む程度だ。
基本的にはハーブティーに薬草を混ぜて体調管理をしているため、ライモントは今日の体調に沿うように準備してきたのだろう。
缶もカートの上に複数用意していた。
ライモントは丁寧な仕草で茶を入れ、カップに注いだ。
「レニー、今日の夜会について、出席するかどうかを母上に確認してきてくれ」
夜会にはアルウェンが来る。
正直に言えば、今日はもうアルウェンに会いたくない。
しかし行きたくないし会いたくないから行かないとは言えないのが貴族の社交だ。
「はっ!?」
レニーは目を丸くした後、ちらりとライモントに視線を向けた。
ライモントはオメガで、基本的にリュシアンの体調不良の原因だ。
それゆえに二人きりにはあまりさせないようにしており、レニーにもそう言っているが、今日ばかりは仕方がない。
「コレに世話をさせるから問題ない」
ライモントを示すと、義弟はにこりと微笑んだ。
「僕でしたらどんなお義兄様の命令も聞きますので、ご安心を」
命令を聞くところが安心材料ではないが、少なくともライモントはリュシアンに不利益になるようなことはしない。
レニーは顔をひきつらせたものの、今日の夜会に第一王子のアルウェンが来ることを把握しており、大人しく部屋を出て行った。
二人きりになると、ライモントは嬉しそうにベッドに腰かけ、うふふ、と微笑んだ。
「今日は大変でしたねえ、お義兄様」
ね、と小首をかしげてうっとりと見つめてくる緑の瞳に、リュシアンは疲れを隠さなかった。
ふんわりと漂ってくるオメガフェロモンにぞわり、と寒気が走り、思わず口元を抑えた。
「近づくな、気持ち悪い……」
「お義兄様、今日は一段と調子が悪いようですね」
白々しい言葉に、リュシアンは苛立ちを隠さずに枕を投げつけた。
「お前が!昨日まで!発情期だというのに!!俺のもとに来ていたせいだろうが!!」
リュシアンが寝不足で今日一段と調子が悪いのは、すべてこの義弟のせいだった。
昨日まで、ライモントは発情期だった。
オメガは三か月に一回、一週間ほど発情期という期間が存在する。
強烈なオメガフェロモンをまき散らし、アルファを性行為に誘うあまいにおいを出して誘惑する。
オメガ自身も理性をなくして獣のようにオスを誘う。
そういう時は抑制剤という薬を飲んだり、隔離をするかオメガ自身が引きこもるのが一般的だ。
もちろん番がいればにおいは番にしか反応しなくなるので、一週間は番同士で引きこもる。
しかし番のいない上位貴族のオメガは下位貴族の三男や男娼を呼んで性衝動を発散することも多く、従兄弟間など近しい親族でそれをすることも少なくない。
身元がはっきりしているので、万が一子供ができても対処がしやすいためだ。
ライモントは難なく枕を受け止め、えへへ、と嬉しそうに笑った。
「お義兄様が僕を抱いてくださればよろしいのに。僕の首は空いていますよ」
「吐き気がひどくてできたものではない」
ライモントは発情期になるとリュシアンの部屋に居座り、抱いてほしいとずっと誘ってくる。
華奢な白く細い体が一糸まとわぬ姿で懇願してくれば、普通の男ならば我慢できないだろうが、リュシアンは発情期のフェロモンに頭を引っ掻き回されたように頭がぐらつき、起きていることさえできなくなるのだ。
しかし、リュシアンの状態にも構わずアルファを求めて泣きついている義弟が一週間は居座るので、リュシアンは仕方なく、手やら口やらで義弟を慰めている。
たまに意識がもうろうとしているなか下半身も使われていることがあるようだが、いつも記憶があいまいで、結局最後までしているのか定かではない。
「でも僕、今日アルウェン殿下が来たおかげで、発情期にお義兄様のところに行かされていた理由がわかりましたよ」
「行かされていたのか、俺のもとに?」
てっきり好き好んできているのかと思っていたが、そうではないらしい。
「まあ僕もお義兄様にうなじ噛まれたいですから、喜んで行っていましたけど」
でもイレリア様に積極的に言われていました、と素直に言うので、リュシアンは眉根を寄せた。
「お義兄様が帰ったあとに、アルウェン殿下が僕のもとにきました。どうやらエミール殿下の婚約者候補として僕を確認したかったようでしたが、僕のところに来た時に、すごいこわいお顔で」
『シアを隠していたのは、お前だな』
そう言われました、とつぶやくライモントに、リュシアンはため息をついた。
そろそろ息を吐きすぎて、体の中の空気がなくなりそうだ。
おそらく、ライモントはリュシアンのフェロモンやにおいを隠すために使われていた。
だから発情期でも同じ部屋に行かせていたのだろう。
同じ部屋や近しい距離でライモントのにおいをつけ、相手がいると思わせるか、アルウェンに気づかれないようにしていた。
(……兄弟なんだが?)
ライモントをうっかり噛んだらどうするんだ、とリュシアンは苦々しい気持ちになった。
母親はそれすら許容していたのかもしれないと思うと、さすがにすこし気持ち悪いと思う。
しかしそれぐらいしなければいけない何かがあったのかもしれない。
気づいていきなりピアスを開けるくらいだ。
いつあったのかはわからないが、すくなくとも記憶のない幼いころで、アルウェンはそのころから一心に『シア』を探し続け、執着していたことになる。
「……レイ、つまり?」
「親たちが、お義兄様を隠そうとしていたんですね。僕を使って」
そうだよなあ、とリュシアンは腕を組んだ。
おそらくレイザードも承知だろう。
あの様子だとリュシアンに何が起きたかまで把握していそうだ。
イレリアもレイザードも、おそらく父ですら承知でリュシアンをアルウェンから隠していた。
「それとけっこうエミール殿下に気に入られているようですね、僕。アルウェン殿下がエミール殿下の婚約者候補として見に来るくらいですから、かなり有力候補かもしれません」
「……まあ、お前がエミール殿下と仲良くしていたのを父上が黙認していたのは、このせいかもしれないな。お前がエミール殿下と婚姻すれば、すくなくともアルウェン殿下は、表立って俺に婚姻方向でのアプローチはできなくなるだろうし」
男アルファと女アルファ同士の婚姻なら存在するが、男アルファ同士の婚姻はほとんど存在しない。
家同士の結びつきが必要でする程度だが、子が成せないのと男アルファであればオメガをあてがえば済む話なので、ほとんど存在しないのだ。
リュシアンはアルファなので、そういった意味では強いアルファであるアルウェンから手を出されることはないだろう。
だが、何十年も抱える執着心を甘くは見れない。
口元を抑え、考え込んでいたライモントはふと顔を上げた。
「……いっそ本当に、僕とお義兄様を番にしようとしていたのでは?」
はあ?とリュシアンは顔をしかめた。
「兄弟だぞ」
「血がつながっていない可能性はあります。僕とお義兄様、ティレル家の風習に則っているだけなのではないでしょうか」
ティレル家は子供がオメガかアルファだとわかった時点で、平民からでも番候補を探して引き取り、一緒に育てるという風習がある。
それに則り、リュシアンがアルファだからオメガであるライモントを引き取った、ということだ。
しかしそれはおかしいだろうとリュシアンは眉根を寄せた。
「ならなぜ、俺とお前が半分血がつながっていると言われてきた?」
半分血がつながっていると言われてきたのもおかしいし、仮に本当に血がつながらないとして、ライモントの母親であるレイザードまで引き取るのはどういうことだ、とリュシアンも口元を抑える。
「計画を変更する必要が出てきたのでは?」
その変更がアルウェンのせいだとしたら、やはりリュシアンにはわからない。
「……やはりわからないことが多すぎる。ただ、レイ、お前を使って俺はアルウェン殿下から隠されていたことは間違いがないだろうな」
ライモントは頷いた。
「しかし、これは確実に、我が家だけの問題ではありませんよ、お義兄様。アルウェン殿下から貴族の一人を隠すなんて、王家も絡んでいるのではないですか?王妃様や陛下が本気になれば、隠すことなどできなかったはずです」
たしかに、とリュシアンは苦々しくうなずいた。
ライモントの言う通り、ティレル家だけで魔法騎士として名を馳せている第一王子からリュシアンを隠してきたとは思えない。
かなりの確率で、王家も絡んでいるに違いない。
リュシアンはもう吐く息など体に残っていないと思ったのに、重い溜息をついた。
「アルウェン殿下のこと、探ってきますか?」
緑の眼が鋭さを増して微笑む。
形作っただけの笑みは獰猛さを隠し切れず、底に潜む気の強さが余計に男の征服欲をくすぐることだろう。
ライモントは線が細く儚げな雰囲気に反して、好奇心旺盛で気が強い。
リュシアンには従順で、学園ではふわふわしたように見せかけているが、その実エミールに近づいているのも情報収集をするための猫かぶりだ。
(正直ありがたい、が)
アルウェンはあらゆることが規格外すぎる。
それこそレイザードの折檻以上にひどいことになりかねない気がして、リュシアンは首を振った。
「とりあえず今日の夜会は行かない、ということにしよう」
ちえ、と言いつつ、ライモントはきれいに微笑んだ。
突如始まった猫かぶりに、リュシアンは顔をしかめた。
こういうときのライモントは、大体ろくでもないことを考えている。
「お義兄様、ハーブティーはいかがですか?冷めてしまいましたが、喉が渇いたでしょう」
先に僕が毒見しましょう、冷めたハーブティーを口にした。
その瞬間。
「ご、っが……」
ごぷ、とライモントがハーブティーを吐いた。
ライモントは目を丸くして、壁際に立っているメイドを見つめる。
メイドの一人の顔が、真っ青になっていた。
(こいつまさか……)
「あ、っが……」
胃を抑えたまま床に転がるライモントに、一斉にメイドたちが駆け寄った。
リュシアンもなんとか起き上がり、ライモントに近づく。
ふわりと漂ってくるオメガフェロモンの香りにめまいを起こしそうになりながら、ライモントの口に手を突っ込んだ。
「ライモント!しっかりしろ!!誰か!医者を呼べ!!」
中身を吐かせながらリュシアンの声に使用人たちが動き、ばたばたと騒がしくなっていく。
吐き出した中身はほぼ水分だったが、そこに血が混じっていた。
(毒か……)
「おに、さま……」
服を引っ張られ、ライモントの口元に顔を近づけると。
「この毒殺騒ぎで、今日は夜会に行けませんね……」
ひそやかな声に慌てて顔を上げると、ライモントは緑の眼を細めてうっすらと笑っていた。
(このクソオメガ……)
こめかみの青筋が動くのを感じながら、リュシアンは内心で罵倒した。
毒が入れられていることも、その犯人も把握しながら、ただ夜会に行かないという選択のためだけに毒を飲んだ義弟に苛立ちを隠せない。
お前もアルウェンのようだぞ、と言いたいのをこらえ、リュシアンは先ほどライモントが見つめたメイドを捕縛するよう命じた。
深い紅の色をした赤い宝石は、雫型にカットされている。滴る血をそのまま石に閉じ込めたようで、アルウェンの眼の色によく似ていた。
雫型の石の周りには金色の葉が蔦のように巻き付いており、おおよそ男が身に着けるようなものには見えなかった。
あまり大きすぎないからこそリュシアンが付けていても違和感はないかもしれないが、どちらかというと女性が付けていてもおかしくはないデザインをしている。
そしてレニーの言う通り、このピアスはリュシアンには似合っていなかった。
リュシアンの髪は紺色で暗いし、瞳も青い。
しかしその色彩に反して肌の色は白いので金色が合わない。
普段は似合うからという理由でシルバーをつけることが多いのであまり気にしていなかったが、元の肌も白いのであまり金色などが似合わないようだ。
(これ、まずくないか……)
鏡を見てピアスのデザインを確認してから、リュシアンの白い顔はさらに色をなくした。
リュシアンはその透き通る赤さと淀みのない真紅の色に身震いした。
「……やはり外して捨てるべきでは?」
レニーは不服そうにそう提案してきたので、リュシアンは鏡を手渡してベッドの上から睨みつけた。
「お前の眼は節穴なのか?」
ようやく横になろうとベッドに入ったのに、ピアスを確認したら一気に気分が悪くなった。
「第一王子から頂いたものだというのを気にしているんですか?勝手に坊ちゃんを傷つけるような相手ですよ」
「それもそうだが、これはかなり高級品だぞ。この赤色、純度が高くて美しい。かなり高い宝石を使っているな。おまけに魔法まで組み込まれているんだろう?捨てることなどできない」
はあ、とリュシアンはため息をついた。
(しかもこれ、外せないようになっている)
レニーには言えないが、このピアスは外せないように魔法がかかっている。
リュシアンは何度か外そうとしたが、慣れないせいだけではなく、外そうとすると手がはじかれてしまう。
何らかの魔法がかけられていると考えるべきだろう。
「……レニー、『ルゥ』って知ってるか?」
率直に聞いてみると、レニーは眉の上をがりがりとかいて首を傾げた。
「……誰です?」
(嘘ついたな)
レニーは嘘をつくとき、眉の上をがりがりとかく癖がある。
言いたくないのか言えないのかわからないが、少なくともレニーからは事情を聞けそうにない。
「……『ルゥ』が人だってことは知ってるんだな、お前」
そもそも何かも言っていない中では犬かもしれないというのに、その中で『誰』と返すことは人であり、誰だか知っているに等しい。
口元を歪めたレニーに、リュシアンはため息をついた。
「それ以上は聞かないでおいてやる。もし裏切っていたら、わかってるな。お前」
「……」
青い眼でぎろりと睨みつけておくものの、レニーは黙ったままだ。
そうまでして言えないのか、言いたくないのかは知らないが、この件はレニーひとりだけの問題ではないだろう。
レイザードも知っているようだし、下手をしなくても父と母の二人とも把握している問題だ。
リュシアンに『ルゥ』の存在を隠されていたことは、レニーの嘘から明らかだ。
これだけ巧妙に隠され、レニーも使えないとなると、人脈の少ないリュシアンが探るのは難しい。
(そうすると、俺が情報を把握できるのは、あとは)
「リュシアンお義兄様、果汁を持ってきました。入ってもよろしいでしょうか」
控えめにノックされた音に、入れと許可を出す。
カートを押して入ってきたライモントはうつむいていたが、ちらりとあたりを伺い、顔を上げた。
「お義兄様、ハーブティーもお持ちしました。一応」
一応、とつけているが、ライモントはリュシアンの好みをよく知っている。
果汁など水で薄めたものでなければ飲まないし、食事がとれないほど具合の悪い時に飲む程度だ。
基本的にはハーブティーに薬草を混ぜて体調管理をしているため、ライモントは今日の体調に沿うように準備してきたのだろう。
缶もカートの上に複数用意していた。
ライモントは丁寧な仕草で茶を入れ、カップに注いだ。
「レニー、今日の夜会について、出席するかどうかを母上に確認してきてくれ」
夜会にはアルウェンが来る。
正直に言えば、今日はもうアルウェンに会いたくない。
しかし行きたくないし会いたくないから行かないとは言えないのが貴族の社交だ。
「はっ!?」
レニーは目を丸くした後、ちらりとライモントに視線を向けた。
ライモントはオメガで、基本的にリュシアンの体調不良の原因だ。
それゆえに二人きりにはあまりさせないようにしており、レニーにもそう言っているが、今日ばかりは仕方がない。
「コレに世話をさせるから問題ない」
ライモントを示すと、義弟はにこりと微笑んだ。
「僕でしたらどんなお義兄様の命令も聞きますので、ご安心を」
命令を聞くところが安心材料ではないが、少なくともライモントはリュシアンに不利益になるようなことはしない。
レニーは顔をひきつらせたものの、今日の夜会に第一王子のアルウェンが来ることを把握しており、大人しく部屋を出て行った。
二人きりになると、ライモントは嬉しそうにベッドに腰かけ、うふふ、と微笑んだ。
「今日は大変でしたねえ、お義兄様」
ね、と小首をかしげてうっとりと見つめてくる緑の瞳に、リュシアンは疲れを隠さなかった。
ふんわりと漂ってくるオメガフェロモンにぞわり、と寒気が走り、思わず口元を抑えた。
「近づくな、気持ち悪い……」
「お義兄様、今日は一段と調子が悪いようですね」
白々しい言葉に、リュシアンは苛立ちを隠さずに枕を投げつけた。
「お前が!昨日まで!発情期だというのに!!俺のもとに来ていたせいだろうが!!」
リュシアンが寝不足で今日一段と調子が悪いのは、すべてこの義弟のせいだった。
昨日まで、ライモントは発情期だった。
オメガは三か月に一回、一週間ほど発情期という期間が存在する。
強烈なオメガフェロモンをまき散らし、アルファを性行為に誘うあまいにおいを出して誘惑する。
オメガ自身も理性をなくして獣のようにオスを誘う。
そういう時は抑制剤という薬を飲んだり、隔離をするかオメガ自身が引きこもるのが一般的だ。
もちろん番がいればにおいは番にしか反応しなくなるので、一週間は番同士で引きこもる。
しかし番のいない上位貴族のオメガは下位貴族の三男や男娼を呼んで性衝動を発散することも多く、従兄弟間など近しい親族でそれをすることも少なくない。
身元がはっきりしているので、万が一子供ができても対処がしやすいためだ。
ライモントは難なく枕を受け止め、えへへ、と嬉しそうに笑った。
「お義兄様が僕を抱いてくださればよろしいのに。僕の首は空いていますよ」
「吐き気がひどくてできたものではない」
ライモントは発情期になるとリュシアンの部屋に居座り、抱いてほしいとずっと誘ってくる。
華奢な白く細い体が一糸まとわぬ姿で懇願してくれば、普通の男ならば我慢できないだろうが、リュシアンは発情期のフェロモンに頭を引っ掻き回されたように頭がぐらつき、起きていることさえできなくなるのだ。
しかし、リュシアンの状態にも構わずアルファを求めて泣きついている義弟が一週間は居座るので、リュシアンは仕方なく、手やら口やらで義弟を慰めている。
たまに意識がもうろうとしているなか下半身も使われていることがあるようだが、いつも記憶があいまいで、結局最後までしているのか定かではない。
「でも僕、今日アルウェン殿下が来たおかげで、発情期にお義兄様のところに行かされていた理由がわかりましたよ」
「行かされていたのか、俺のもとに?」
てっきり好き好んできているのかと思っていたが、そうではないらしい。
「まあ僕もお義兄様にうなじ噛まれたいですから、喜んで行っていましたけど」
でもイレリア様に積極的に言われていました、と素直に言うので、リュシアンは眉根を寄せた。
「お義兄様が帰ったあとに、アルウェン殿下が僕のもとにきました。どうやらエミール殿下の婚約者候補として僕を確認したかったようでしたが、僕のところに来た時に、すごいこわいお顔で」
『シアを隠していたのは、お前だな』
そう言われました、とつぶやくライモントに、リュシアンはため息をついた。
そろそろ息を吐きすぎて、体の中の空気がなくなりそうだ。
おそらく、ライモントはリュシアンのフェロモンやにおいを隠すために使われていた。
だから発情期でも同じ部屋に行かせていたのだろう。
同じ部屋や近しい距離でライモントのにおいをつけ、相手がいると思わせるか、アルウェンに気づかれないようにしていた。
(……兄弟なんだが?)
ライモントをうっかり噛んだらどうするんだ、とリュシアンは苦々しい気持ちになった。
母親はそれすら許容していたのかもしれないと思うと、さすがにすこし気持ち悪いと思う。
しかしそれぐらいしなければいけない何かがあったのかもしれない。
気づいていきなりピアスを開けるくらいだ。
いつあったのかはわからないが、すくなくとも記憶のない幼いころで、アルウェンはそのころから一心に『シア』を探し続け、執着していたことになる。
「……レイ、つまり?」
「親たちが、お義兄様を隠そうとしていたんですね。僕を使って」
そうだよなあ、とリュシアンは腕を組んだ。
おそらくレイザードも承知だろう。
あの様子だとリュシアンに何が起きたかまで把握していそうだ。
イレリアもレイザードも、おそらく父ですら承知でリュシアンをアルウェンから隠していた。
「それとけっこうエミール殿下に気に入られているようですね、僕。アルウェン殿下がエミール殿下の婚約者候補として見に来るくらいですから、かなり有力候補かもしれません」
「……まあ、お前がエミール殿下と仲良くしていたのを父上が黙認していたのは、このせいかもしれないな。お前がエミール殿下と婚姻すれば、すくなくともアルウェン殿下は、表立って俺に婚姻方向でのアプローチはできなくなるだろうし」
男アルファと女アルファ同士の婚姻なら存在するが、男アルファ同士の婚姻はほとんど存在しない。
家同士の結びつきが必要でする程度だが、子が成せないのと男アルファであればオメガをあてがえば済む話なので、ほとんど存在しないのだ。
リュシアンはアルファなので、そういった意味では強いアルファであるアルウェンから手を出されることはないだろう。
だが、何十年も抱える執着心を甘くは見れない。
口元を抑え、考え込んでいたライモントはふと顔を上げた。
「……いっそ本当に、僕とお義兄様を番にしようとしていたのでは?」
はあ?とリュシアンは顔をしかめた。
「兄弟だぞ」
「血がつながっていない可能性はあります。僕とお義兄様、ティレル家の風習に則っているだけなのではないでしょうか」
ティレル家は子供がオメガかアルファだとわかった時点で、平民からでも番候補を探して引き取り、一緒に育てるという風習がある。
それに則り、リュシアンがアルファだからオメガであるライモントを引き取った、ということだ。
しかしそれはおかしいだろうとリュシアンは眉根を寄せた。
「ならなぜ、俺とお前が半分血がつながっていると言われてきた?」
半分血がつながっていると言われてきたのもおかしいし、仮に本当に血がつながらないとして、ライモントの母親であるレイザードまで引き取るのはどういうことだ、とリュシアンも口元を抑える。
「計画を変更する必要が出てきたのでは?」
その変更がアルウェンのせいだとしたら、やはりリュシアンにはわからない。
「……やはりわからないことが多すぎる。ただ、レイ、お前を使って俺はアルウェン殿下から隠されていたことは間違いがないだろうな」
ライモントは頷いた。
「しかし、これは確実に、我が家だけの問題ではありませんよ、お義兄様。アルウェン殿下から貴族の一人を隠すなんて、王家も絡んでいるのではないですか?王妃様や陛下が本気になれば、隠すことなどできなかったはずです」
たしかに、とリュシアンは苦々しくうなずいた。
ライモントの言う通り、ティレル家だけで魔法騎士として名を馳せている第一王子からリュシアンを隠してきたとは思えない。
かなりの確率で、王家も絡んでいるに違いない。
リュシアンはもう吐く息など体に残っていないと思ったのに、重い溜息をついた。
「アルウェン殿下のこと、探ってきますか?」
緑の眼が鋭さを増して微笑む。
形作っただけの笑みは獰猛さを隠し切れず、底に潜む気の強さが余計に男の征服欲をくすぐることだろう。
ライモントは線が細く儚げな雰囲気に反して、好奇心旺盛で気が強い。
リュシアンには従順で、学園ではふわふわしたように見せかけているが、その実エミールに近づいているのも情報収集をするための猫かぶりだ。
(正直ありがたい、が)
アルウェンはあらゆることが規格外すぎる。
それこそレイザードの折檻以上にひどいことになりかねない気がして、リュシアンは首を振った。
「とりあえず今日の夜会は行かない、ということにしよう」
ちえ、と言いつつ、ライモントはきれいに微笑んだ。
突如始まった猫かぶりに、リュシアンは顔をしかめた。
こういうときのライモントは、大体ろくでもないことを考えている。
「お義兄様、ハーブティーはいかがですか?冷めてしまいましたが、喉が渇いたでしょう」
先に僕が毒見しましょう、冷めたハーブティーを口にした。
その瞬間。
「ご、っが……」
ごぷ、とライモントがハーブティーを吐いた。
ライモントは目を丸くして、壁際に立っているメイドを見つめる。
メイドの一人の顔が、真っ青になっていた。
(こいつまさか……)
「あ、っが……」
胃を抑えたまま床に転がるライモントに、一斉にメイドたちが駆け寄った。
リュシアンもなんとか起き上がり、ライモントに近づく。
ふわりと漂ってくるオメガフェロモンの香りにめまいを起こしそうになりながら、ライモントの口に手を突っ込んだ。
「ライモント!しっかりしろ!!誰か!医者を呼べ!!」
中身を吐かせながらリュシアンの声に使用人たちが動き、ばたばたと騒がしくなっていく。
吐き出した中身はほぼ水分だったが、そこに血が混じっていた。
(毒か……)
「おに、さま……」
服を引っ張られ、ライモントの口元に顔を近づけると。
「この毒殺騒ぎで、今日は夜会に行けませんね……」
ひそやかな声に慌てて顔を上げると、ライモントは緑の眼を細めてうっすらと笑っていた。
(このクソオメガ……)
こめかみの青筋が動くのを感じながら、リュシアンは内心で罵倒した。
毒が入れられていることも、その犯人も把握しながら、ただ夜会に行かないという選択のためだけに毒を飲んだ義弟に苛立ちを隠せない。
お前もアルウェンのようだぞ、と言いたいのをこらえ、リュシアンは先ほどライモントが見つめたメイドを捕縛するよう命じた。
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転生した世界は前世でどハマりしたBLゲーム。最推しは攻略対象!ではなく、攻略対象達の剣術の師匠である、英雄の将軍閣下。メチャクチャイケオジでドストライクだった主人公はこのイケオジみたさにゲームをやっていた。その為に、ゲームの内容など微塵も覚えていなかった。
転生したからには将軍閣下を生でみないとというファン根性で付きまとう。
付き纏われていることに気づいていた将軍だか、自分に向けられる視線が他とは違う純粋な好意しかなかったため、戸惑いながらも心地よく感じていた。
あの時までは‥。
主人公は気づいていなかったが、自分達にかけらも興味を持たないことに攻略対象者達は興味をそそられ、次第に執着していく。そのことにいち早く気づいたのは剣術指南役の将軍のみ。将軍はその光景をみて、自分の中に徐々に独占欲が芽生えていくのを感じた。
そして戸惑う、自分と主人公は親子ほどに歳が離れているのにこの感情はなんなのだと。
そして、将軍が自分の気持ちを認めた時、壮絶な溺愛、執着がはじまる。
塩対応だった旦那様の溺愛
詩河とんぼ
BL
貧乏伯爵家の子息・ノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれるレオンハート公爵家の当主・スターチスに嫁ぐこととなる。
塩対応で愛人がいるという噂のスターチスやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。
ある時、スターチスが階段から誰かに押されて落ち、スターチスは記憶を失ってしまう。するとーー
作品を書き直したものを投稿しました。数日後、こちらは削除いたします。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
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