ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ

takemot

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第三章 僕の知らない死神さん

第30話 『まだ』、ね

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「それでね。見かねた私が提案したのよ。魂を回収する予定の相手と将棋を指してみたらって。さっきも言ったけど、人間世界なら将棋を指せる人はたくさんいるから」

「お母さんの提案だったんですね」

「ええ。まあ、全然上手くいかなかったみたいだけどね。人間が死ぬ直前って、寿命や病気で体が動かなかったり、事故で意識すらなかったり、とにかく将棋ができない状況の方が多いから」

 確かに、死ぬ前の人と将棋ができる状況なんて、滅多に訪れるものではありません。また、本当にその人が将棋を指せるのかということも必要な条件です。それを考えると、自殺という道を選び、なおかつ将棋経験のある僕は、死神さんにとって格好の相手だったに違いありません。

「確か、死神さんは、この辺り一帯で亡くなった人の魂を回収する仕事をしてるんでしたよね」

 僕の質問に、お母さんはコクリと頷きます。

 おそらく僕のように、自殺志望かつ将棋経験のある人は、広い範囲で探せば他にもいることでしょう。ですが、この辺り一帯という条件が追加されたのなら話は別です。

「僕は、すごい偶然のおかげで死神さんと出会ったんですね」

「そうなるわね。これが運命の赤い糸ってやつなのかしら。ああ、早く孫の顔が見たいわ」

 お母さんの言葉に、シリアスな雰囲気が霧散していくのを感じます。思わず呆れて笑みさえ漏らしてしまいそうな場面。ですが、僕にはそれができませんでした。まだ彼女に聞きたいことがあったからです。

「お母さん。冗談はそれくらいにして、続きを聞かせてもらってもいいですか?」

「別に冗談ではないのだけど。まあ、いいわ。続きを話すわね」
 
 ほんの少しの間を開けて、お母さんは再び話し始めました。

「どうしたら将棋の相手が見つかるかなってずっと悩んで。私や夫も将棋を覚えようとしたんだけど、仕事が忙しいせいもあって満足に勉強できなくてね。結局、何も解決しなかった」

「…………」

「でも、ある日突然、あの子が言ってきたのよ。『一緒に暮らしたい男の子見つけた』って」

「それは……僕のこと……ですよね?」

「そうね。本当に驚いたわ。私も夫も意識が飛んじゃって」

 口元に手を当てながら、クスクスと笑うお母さん。

 さすがに、一人娘がいきなりそんなことを言い出したら、驚く以外の選択肢はないですよね。死神さんは、相手の意識を飛ばすのが本当に上手です。僕もその被害者の一人ですが。

「あなたは知ってるかしら?」

「何をですか?」

「あの子が、あなたと一緒に暮らしたいって言った理由よ」

「……はい。僕の大切な人になるため、です」

 死神さんは、僕に将棋で勝ち逃げされることを許しませんでした。そして、自殺をする予定だった僕の魂を回収しないことで、僕と将棋を指し続けることを望んだのです。ですが、僕が自殺したいという苦しみを抱え続けたままでは、楽しい将棋にはなりません。だからこそ死神さんは、僕の苦しみを取り除こうと、僕の大切な人になることを決めたのです。

 きっと、死神さんが僕と同棲を始めたのも、僕の大切な人になるためで……。

「半分正解ね」

「半分?」

「ええ。残り半分の答えは、もう出てるわ」

 お母さんは、優しく微笑みながらそう言いました。

 残り半分の答え。それは、僕の口からすぐに飛び出しました。なぜなら、お母さんが最初に語っていたことなのですから。

「死神さんが、僕のことを大切に思ったから……ですか?」

「でしょうね」

 頷くお母さん。

 その時聞こえたのは、はっきりした心臓の鼓動。思わず自分の胸に手をやってしまうほど、優しくて暖かい。そんな、心からの震え。

「最初は、私も夫も同棲に反対したんだけどね。それでも、あの子は引き下がらなかった。必死に私たちを説得しようとしたの。『彼ともっともっと一緒にいて、将棋を指したいんだ』って。きっと、負けて悔しい以上に、すごく嬉しかったのよ。自分と真剣に将棋を指してくれたあなたに出会えたことが」

「…………」

「『たった一度将棋を指しただけでそこまで』なんて夫は言ってたけどね。けど、あの子は本気だった。あれだけ必死に説得されちゃったら、あなたのことが大切なんだって本人が口にしなくても分かっちゃうわ」

「…………」

「まったく。つくづくあの子は真っ直ぐすぎよね。まあ、そこがあの子のいいところでもあるんだけど」

「…………」

 ずっと、不安に思っていたのです。死神さんにとって、僕は大切な人なのかと。僕は、ただ死神さんに負担をかけているだけではないのかと。

 だって、当り前じゃないですか。死神さんは、絶望に打ちひしがれていた僕を救ってくれました。僕の大切な人になると言ってくれました。それなのに、僕が死神さんにできるのは、ただ一緒に将棋を指すことだけ。これでは、あまりに釣り合いがとれていません。

 ですが今、分かりました。そんな不安、僕には杞憂だったのです。死神さんにとって、僕は……。

「ねえ」

「……はい」

「これからも、あの子と将棋を指してくれるかしら?」

「もちろんです」

「これからも、あの子の大切な人でいてくれるかしら?」

「頑張ります」

「孫の顔は……」

「それはまだ早いです」

 どうしてお母さんは、隙あらばそっちの話に持っていこうとするのでしょう。第一、僕はまだ結婚できる年齢では……って、そういうことでもなくて。

「ふふ。『まだ』、ね」

 クスクスと笑うお母さん。

 僕が、自分の発言の失敗に気づいてあたふたと取り乱してしまうのは、それから数秒後のことでした。

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