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第三章 僕の知らない死神さん
第31話 将棋しませんか?
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午後四時。
「じゃあ、そろそろお暇するわね」
「はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。あの子のこと、よろしくね」
そう言い残して、お母さんは姿を消してしまいました。ただ見えなくなっただけなのか。それとも、本当にこの場からいなくなったのか。人間である僕には、死神の力を区別することなんてできません。
「さて、死神さんが帰ってくる前に」
「ただいまー」
「え!?」
僕が腰を上げるのとほぼ同時。バタンと大きな音を立て、玄関扉が開けられました。真っ黒なローブを揺らしながら中に入ってくるのは一人の女性。そう、死神さんです。
「死神さん、今日は早いですね。いつもは五時半くらいに帰ってくるのに」
「まあね。今日は早上がりだったんだよ。仕事が早く片付いたから、上司がもう帰れってさ」
そう言いながら三角帽子を脱ぎ、ベッドに腰掛ける死神さん。両手を天井に突き上げ、「うーん」と言いながら背筋を伸ばしていました。
お母さん、死神さんがいつ帰って来るか知ってたのかな?
これはあくまで直感なのですが、お母さんはただマイペースなだけではないように思うのです。いろいろと見透かした上で、あえてマイペースな感じを装っているような。いや、まあ、あれが素である可能性もありますけどね。
「ねえ、君」
僕が考え事をしていると、不意に、死神さんの声が部屋の中に小さく響きました。
「何ですか?」
「誰か来てたの?」
その視線が注がれる先は、テーブルの上。そこにあるのは、お母さんに出した来客用のコップ。
「あ、えっと」
思わず言葉に詰まってしまう僕。
言っていいのでしょうか。お母さんが先ほどまでここに居たことを。娘がいない間に、同棲相手が娘の母親と会っていた。何とも異様な状況に思えて仕方がありません。
ですが。
「…………」
死神さんが、こちらにゆっくりと顔を向けました。その赤い瞳が、まっすぐに僕を捉えます。
「……実は、さっきまで、お母さんが来てたんです」
「はい!?」
その時、死神さんの目が、大きく大きく見開かれました。驚くという言葉がこれほどまでに似合う姿というのもそうないでしょう。
「お昼過ぎくらいに来まして。で、ちょっとお話してました」
「えっと。どんな話したの?」
「とりあえず、死神さんのことをよろしくって言ってました」
「それだけ?」
「……そうですね。後は世間話とか」
少しだけ誤魔化してしまいました。お母さんとの話を全て語ってしまうと、死神さんを混乱させてしまうに違いありませんからね。死神さんの過去とか、死神さんの気持ちとか。あとは孫のこととか、孫のこととか……孫のこととか。
「そっか」
訝し気に僕を見つめる死神さん。どうやら、まだ疑っているよう。まあ、当然といえば当然です。もし僕が死神さんの立場であっても、自分に関係するような話をたくさんしたはずだと疑ってしまいます。
「こほん。そんなことより、死神さん」
誤魔化しついでの咳ばらいを一つ。そして僕は、いつもよりも大きな声で、死神さんに話しかけました。
「どうしたの?」
「今日の晩御飯は、コンビニのお弁当でもいいですか?」
「へ? 別に構わないけど。珍しいね。君がそんなこと言うなんて」
「たまにはそういうのもいいかなと」
僕たちは基本的に、晩御飯をコンビニで済ませるなんてことはありません。死神さんが、手作りのご飯が好きというのもありますが、何よりお金がもったいないですから。ですが今日は、お金よりも時間がもったいないと思ったのです。晩御飯を準備する時間すら。
「それと、まだ晩御飯には少しだけ早いですよね」
「うん、確かに。お腹もそこまで空いてないよ」
「はい。だから、晩御飯を買いに行く前に」
それは、人間世界では一般的なボードゲーム。でも、僕と死神さんにとっては、特別なもの。
「将棋しませんか?」
今の僕は、将棋がしたかったのです。死神さんと。いつもよりも、たくさん。
そして……そして……。
「じゃあ、そろそろお暇するわね」
「はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。あの子のこと、よろしくね」
そう言い残して、お母さんは姿を消してしまいました。ただ見えなくなっただけなのか。それとも、本当にこの場からいなくなったのか。人間である僕には、死神の力を区別することなんてできません。
「さて、死神さんが帰ってくる前に」
「ただいまー」
「え!?」
僕が腰を上げるのとほぼ同時。バタンと大きな音を立て、玄関扉が開けられました。真っ黒なローブを揺らしながら中に入ってくるのは一人の女性。そう、死神さんです。
「死神さん、今日は早いですね。いつもは五時半くらいに帰ってくるのに」
「まあね。今日は早上がりだったんだよ。仕事が早く片付いたから、上司がもう帰れってさ」
そう言いながら三角帽子を脱ぎ、ベッドに腰掛ける死神さん。両手を天井に突き上げ、「うーん」と言いながら背筋を伸ばしていました。
お母さん、死神さんがいつ帰って来るか知ってたのかな?
これはあくまで直感なのですが、お母さんはただマイペースなだけではないように思うのです。いろいろと見透かした上で、あえてマイペースな感じを装っているような。いや、まあ、あれが素である可能性もありますけどね。
「ねえ、君」
僕が考え事をしていると、不意に、死神さんの声が部屋の中に小さく響きました。
「何ですか?」
「誰か来てたの?」
その視線が注がれる先は、テーブルの上。そこにあるのは、お母さんに出した来客用のコップ。
「あ、えっと」
思わず言葉に詰まってしまう僕。
言っていいのでしょうか。お母さんが先ほどまでここに居たことを。娘がいない間に、同棲相手が娘の母親と会っていた。何とも異様な状況に思えて仕方がありません。
ですが。
「…………」
死神さんが、こちらにゆっくりと顔を向けました。その赤い瞳が、まっすぐに僕を捉えます。
「……実は、さっきまで、お母さんが来てたんです」
「はい!?」
その時、死神さんの目が、大きく大きく見開かれました。驚くという言葉がこれほどまでに似合う姿というのもそうないでしょう。
「お昼過ぎくらいに来まして。で、ちょっとお話してました」
「えっと。どんな話したの?」
「とりあえず、死神さんのことをよろしくって言ってました」
「それだけ?」
「……そうですね。後は世間話とか」
少しだけ誤魔化してしまいました。お母さんとの話を全て語ってしまうと、死神さんを混乱させてしまうに違いありませんからね。死神さんの過去とか、死神さんの気持ちとか。あとは孫のこととか、孫のこととか……孫のこととか。
「そっか」
訝し気に僕を見つめる死神さん。どうやら、まだ疑っているよう。まあ、当然といえば当然です。もし僕が死神さんの立場であっても、自分に関係するような話をたくさんしたはずだと疑ってしまいます。
「こほん。そんなことより、死神さん」
誤魔化しついでの咳ばらいを一つ。そして僕は、いつもよりも大きな声で、死神さんに話しかけました。
「どうしたの?」
「今日の晩御飯は、コンビニのお弁当でもいいですか?」
「へ? 別に構わないけど。珍しいね。君がそんなこと言うなんて」
「たまにはそういうのもいいかなと」
僕たちは基本的に、晩御飯をコンビニで済ませるなんてことはありません。死神さんが、手作りのご飯が好きというのもありますが、何よりお金がもったいないですから。ですが今日は、お金よりも時間がもったいないと思ったのです。晩御飯を準備する時間すら。
「それと、まだ晩御飯には少しだけ早いですよね」
「うん、確かに。お腹もそこまで空いてないよ」
「はい。だから、晩御飯を買いに行く前に」
それは、人間世界では一般的なボードゲーム。でも、僕と死神さんにとっては、特別なもの。
「将棋しませんか?」
今の僕は、将棋がしたかったのです。死神さんと。いつもよりも、たくさん。
そして……そして……。
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