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コヨタ

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第20話 ボクと私

第20話・2 少女ふたり、戦場へ

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 機関・作戦司令室。
 情報班の報告を受けたセセラは、室内にすぐさま選定メンバーを集めた。

 壁一面のスクリーンに映るのは、クオンとトワの現在位置を示す市街地マップ。
 接触を想定した緊急対応案の赤い文字が上に記されている。

「……判断は俺が下す。出撃メンバーは、レイラとリル」

 即断。

 一瞬、周囲がざわついた。

「アシュラさんとラショウさんは?」

 誰かが問う。セセラはモニターから目を離さずに答えた。

「戦力を温存する。あいつらは未知数すぎる。4人であたっても、仕留めきれなけりゃ被害は倍。リルとレイラなら、最小構成で必要十分」

「リルには前回の交戦データがある。レイラは龍因子の異常検出に長けてる」

 その説明に、シエリも横から付け加える。

「戦術的にも、精神的にも、あの子たちが最も対応力が高い。万が一の退避も考慮して、今回はふたりだ。それが最も安全な手だろう」

 そしてセセラは静かに──。

「……あのふたりなら、あいつらの素顔を引き出せる」

 その言葉には、セセラ自身の確信が滲んでいた。

 ──そして、数分後。

 レイラとリル、それぞれの個別の端末に任務通達が届けられる。

《特殊任務:都市南西商業区・再接触調査》
《対象:龍因子適合体・人型/2体》
《出撃メンバー:紫苑レイラ、紅崎リル》
《任務分類:極秘、即応》

 その画面を見つめるふたりの表情は、どこか静かで、どこか決意に満ちていた。


 ◇


 夕暮れが射し込む中、駐車中の輸送車の後部に座るレイラは小さく息を吐いていた。
 隣に腰かけたリルは、何かを考えるように手元の黒い爪をじっと見つめている。

「……今回は、ふたりでなんだって」

 レイラがぽつりと口を開く。

「……ああ。薊野さんから聞いた」

「アシュやラショウは待機。……万が一、に備えて。って」

「まあ、正しい判断だな」

 リルは淡々と答えながら、ポケットの奥からチョコレート風味の栄養バーを取り出すと、器用に片手で封を剥いた。

「オレらなら、あいつらに届く。たぶんそれだけ、信用されてるってことだろ」

 レイラはリルの横顔を見つめながら、ほんの少しだけ笑う。

「……また、会えると思ってなかったな」

「トワか?」

「うん。まさか、あんな普通に街中に出てきてるなんて」

「……クオンってのもいたな。あいつ……妙に気配が薄い。悪意も感じない。むしろ、守ろうとしてた」

 リルはゆっくりと栄養バーを齧りながら続けた。

「けど、トワの方は違う。完全にオレ狙い。あれはたぶん、もう一度やりたがってる」

「……リル、無理はしないでね」

 いつになく柔らかいレイラの声。

「前の時みたいに、また倒れたら……私、心臓止まるから」

「…………」

 するとリルは僅かに目を伏せ──。

「倒れねえ保証なんてねーよ」

 皮肉げに吐き捨てるように言う。

 ──しかしすぐに口角を上げると。

「じゃ……そん時はお前が人工呼吸でもしてくれや。そしたらなんか、ビックリしすぎて一瞬で蘇るかもしんねーし」

「はッ!? しっ、しないよ!」

 顔を赤らめながらすぐに返されて、ふたりの間に微かな笑いが零れる。

 それでも、次の瞬間には真剣な空気が戻っていた。

「……準完全龍化……、使えるんでしょ? 今は」

 真っ赤な顔のままのレイラが問うと、リルは少し考えた後にコクンと小さく頷く。

「一応、使える。けど……アレは最終手段だ」

「体に……負担が?」

「当たり前だろ。あの訓練の時に受けた影響はもう回復してるけど、使えばまた倒れるかもしんねえ。そもそもアレ、死ぬほど疲れる」

 レイラは静かに頷き、目を閉じた。

「……じゃあ、そこまでなる前にあの子たちを止めよう。私がいる。……一緒にいるから、きっと止められるよ」

「…………」

 ふと揺れる、リルの瞳。

「……ふっ……」

 しかし、それはすぐに強さに変わった。

「ガキが、生意気なんだよ……。ま、頼りにしてるぜ、相棒ちゃん」

「うん。私も。リル……頼りにしてる」

 輸送車のエンジンが静かに始動する。

 ふたりを乗せたその車両が、夕陽の中へと滑り出していった。


 ◇


 都市南西・商業区中心エリア。
 沈みかける夕陽が店の軒先を斜めに照らし、地面の影が長く伸びていた。

 輸送車は目立たぬよう裏路地に停められ、レイラとリルが静かに降り立つ。

「目撃情報があったのは……この辺だって」

 レイラは通信端末を見ながら、通りへと視線を走らせていた。

「人の数は減ってるな。ピーク過ぎで、もうすぐ閉まる店も多い。……騒ぎを起こすなら今が一番危ない時間帯だな」

 リルは壁沿いを歩きながら、慎重に視線を巡らせている。

 だが、そんな緊張感とは裏腹に──。

「あっ、この間のおふたり!」

 聞き覚えのある明るい声が、商店の隙間から跳ねるように響いた。

 レイラとリルが同時に振り向くと──そこには。

 あの日と同じ衣装、同じ笑顔のまま、両手に紙袋を抱えたクオンが立っていた。

「わぁ~、また会えた! レイラさんとリルさんですよね! トワが聞いていた名前を私もちゃんと覚えたんですよ!」

「あっ、あの時は、本当に本当に申し訳ありませんでしたぁ……!」

 ペコペコとお辞儀をするクオンの後ろから、ゆっくりと、あの黒い影がユラユラと現れる。

「…………」

 ──トワ。

 今日もやはり無表情のまま。
 アームカバーに隠れた手を揺らしながら、無言でレイラたちを見ていた。

(……来た)

 リルは一歩前に出る。

「……お前ら、本当に街に溶け込んでやがんな」

「ふふ、ありがとうございます? ……かな?」

 クオンは少し首を傾げながら、それでも敵意の無い笑みを崩さなかった。

「今日は一日中お買い物をして、もうすぐ帰るつもりだったんですけど……」

 その声が、ふと弱くなる。

「……また止めに来たんですか?」

「……!」

 その一言に、レイラの目が揺れた。

「……あなたたちが人を傷つける可能性があるなら、私たちは止めないといけない」

「……そう、ですか」

 ほんの少しだけ曇る、クオンの笑顔──。

「……じゃあ、ボクたち、また戦う?」

 不意にトワが口を開く。

 その声は、レイラとリルふたりへではなく、リルだけをじっと見つめている。

「ボク、リルと、もっと戦いたい。前よりも。強く。そしたら……きっと、もっと楽しい」

 リルが僅かに構え直したその時──。

「……!!」

 トワの足が、地を蹴った。

「……来るッ!」

 レイラの声が跳ねる。

 二度目の邂逅。
 これは偶然ではない。選ばれた再会。

 日常を装った異形たちとの、本当の接触が再び始まろうとしていた。

 耳元の無線から、すぐにセセラの声が届く。

『レイラ、リル……状況は把握した。商業区での戦闘は避けろ。民間人への被害が出る』

「……!」

『近隣に開けた公園跡地がある。そこへ誘導しろ。最優先だ』

「……了解」

 レイラは即座に返答し、リルに視線を送る。

「……移動するよ。ここじゃ人が巻き込まれる」

「ったく、相変わらず無茶な任務だな……」

 そうぼやきながらも、リルは既に体を前へと傾けていた。

「おい!! ガキ共こっちだ! ついてこい!!」

 普段は声の小さいリルがそう張って言い放つと、すぐにレイラもリルの横に並ぶ。

「ふたりとも! こっち! ついてきて!!」

 レイラとリルは商店街の脇を抜け、裏通りへと駆け出した。

 トワは、ゆらりと一歩だけ前に出る。

「……ここ、狭い?」

 リルは振り返りながら──。

「もっと広い方が動きやすくて、だろ?」

 その言葉に、トワは何も言わなかった。

 ──だが、その口元に、うっすらと笑みが浮かぶのが見えた。

(……乗ってきたな)

 リルの口元も僅かに吊り上がる。

 その直後──。

「ま、待って~っ!!」

 明らかに空気感をぶち壊すような声が後方から響いた。

 レイラも振り返ると、両手に袋を抱えたまま全力疾走するクオンの姿。

「置いてかないでぇ~!! まだ話、終わってないよぉ~~!!」

 レイラとリルは一瞬だけ目を見合わせ、揃って声を漏らした。

「「……来た」」

 ふたりの背後で、アームカバーの少女がすうっと地を滑るように追い上げてくる。

 誰よりも軽く、誰よりも静かに。
 しかしその笑顔の奥に潜む殺意だけは、確かに感じ取れる。

 そして4人は、陽の落ちかけた通りを駆け抜けていく。

 戦いはまだ始まってすらいない。


 ◇


 都市南西の公園跡地。
 コンクリートがひび割れ、撤去されかけた遊具が錆びて立っている、誰も近寄らなくなった場所。

 人気ひとけは全く無く、沈みかけた夕焼けだけが静かにその場を照らしていた。

 レイラとリルが先に到着し、すぐに周囲の安全確認を終える。

「ここなら……大丈夫。一般人はいない。障害物も少ない」

「……いい場所だな。やり合うには十分だ」

 その背後から、草を踏みしめる軽い足音。

 ──トワが静かに姿を現した。

「……来たね」

 レイラとリル、ふたりが身構えると、トワはほんの僅かに首を傾けて言った。

「うん。広い場所……戦うのに、ぴったり」

 ──バシュッ……!

 トワの腕から溢れる瘴気。
 アームカバーの内側で脈打つ龍因子が、明らかに獲物に反応していた。

 それとほぼ同時に、セセラからの無線が飛ぶ。

『──よく誘導したなふたりとも。偉いぞ』

 短く褒められながらレイラが応答する。

「薊野さん、今回もきっとあの子は私じゃなくてリルを狙う。だから代わりに私、リルをカバーしながらあの子の龍の瘴気も見る。それでもいい?」

『そうしてくれ。今完全にあいつの龍因子が発現されている。その調査もまた任務だ』

「うん。だから無事に帰ってきたら、もっと褒めて」

『……はいはい』

 軽いやり取りのようで、レイラの表情は至って真剣。

 そして。

「きゃあああああ!? な、なんで!? 本気で始めちゃうの!? は、早く止めないと止めないと~~~!!」

 追いついてきたクオンが、紙袋と共に両手を頭に当ててわたわたと騒ぎ出す。

「はわわっ……ひゃあ~~っ! レイラさん! リルさん! 逃げて~! って言いたいけど……ちょっと無理そう……!!」

「無理だな。あれは完全にスイッチ入ってんだろ」

 リルは苦笑混じりに呟いた。
 クオンは全力でレイラの背中に隠れてぷるぷると震えている。

「ちょっ、ちょっと……! とにかく、あなたは下がってて! 巻き込まれたら危ないから!」

「は、はいぃ~っ! この辺の植え込みに隠れてますう~~!!」

 クオンが草むらにダイブしていくのを横目に、トワが地を蹴った。

 その速度は先程より更に鋭く、明確な殺意すら孕んでいる。

「イクよ……リル……♪」

「ああ……。さあトワ、来いよ。今度こそオレがテメェを止めてみせる」

 ゴキゴキと音を立てて瞬時に両腕を変化させると、ふたりの間に鋭い風が巻き起こる。

 そして、今度こそ、本当の戦いが始まった。

 ──カッ!

 石畳を蹴り上げ、トワの体が空を切る。
 無表情のまま、しかしその動きには鋭い殺気が宿っていた。

「はや──!」

 レイラが反応した瞬間には、既にトワの爪がリルに迫っている。

 ──シュバッ……!!

「ッ……!!」

 鋭利な爪を紙一重で躱し、リルは低く構え直す。

(……やっぱり動きに迷いがねえ……!)

 だが、その一歩先に、変化があった。

 リルの足元がいつになく軽く、地を蹴った瞬間、意識と体が一体となっている感覚があった。

(なんだ? ……体が、軽い……)

 体幹がぶれない。
 呼吸も乱れない。
 特訓の積み重ねが、今この瞬間の“集中”を研ぎ澄ませていた。

「いくぞッ……!」

 反撃──。リルの爪が逆巻くようにトワの左腕へ斬りかかる。

「……!」

 トワは僅かに身を引いてそれを受け流し、同時に右足で回し蹴りを放つ。

 ──ドッ……!!

 重みのある脚が風を裂きながら、リルの腹部を掠めた。

「ぐっ……ッ!」

 吹き飛ぶ直前、リルは地面を爪で裂きながら踏み留まる。

(クソ、あの足……ただの蹴りじゃねえ。完全に殺すために鍛えられてる……!)

 レイラはその間隙を逃さず、トワの背後に跳び込んだ。
 ブレードが閃き、龍因子の風を切る。

「甘く見ないで!」

 ──シュッ……!!

 だがトワは、気配だけでその一撃を読んでいたかのように反転。
 アームカバーの中から禍々しい爪が、レイラの腕を掠め──。

「……く……っ!」

 切り裂かれる前に、レイラは体を捻って距離を取った。

「動き、読んでた……!? この子……やっぱり……!」

「……すごい……ふたりとも、強くなってる」

 トワの口元が、また僅かに綻ぶ。

「前より……ずっと楽しい~……♪」

 ──バシュッ……!!

 再び、トワの龍のような手が伸びてくる。
 裂けた空気が弧を描き、戦場を凶暴な速度で駆けるトワ。

 リルは、もう一歩深く構えを取った。

「……上等だ。ならオレも、前より強くなったのを見せてやるよ」

 雷鳴のような気迫と共に──。

 再び爪と爪がぶつかっていく。



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