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コヨタ

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第25話 本日、検査日和

第25話・1 リル、超絶細かい検診へ

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 模造品2種とリルの激闘──その翌日。

 やわらかい朝日がカーテン越しに射し込む、静か……なはずの、リルの病室。

「……紅崎リルくん、起きてりゅ~?」

 声と共に部屋の扉が開き、セセラがにこ~っと笑顔を浮かべて現れる。

「……ゔ……」

 リルはベッドの上、布団を頭まで被っていたが小さく呻いた。

「……うるせ……朝から……。つうか帰してくれ、オレはもう大丈夫だろ……」

「お前さぁ、覚えてねえの? 俺が言った『出撃許可出してやる条件』。拒否んなっつったよな」

 そう言うとセセラは手に抱えた分厚いカルテバインダーをパタパタと扇ぎながら、ニヤリ。

「はい、今日のメッッッッチャ細かい検診、始まりま~す!! 起きて起きて!!」

「うるせえ……ッ……、オレ……マジで今だけ仮死状態なれねえかな……」

「ダメだなあ~リルくん。昨日あんなカッコよくキメたくせに、検診ひとつで逃げるなよ? ファンが見たら泣くぞ?」

「……クソ……薊野セセラ……」

 ぼやきながらも、リルはしっかり布団を捲って身を起こす。
 目の下の隈は少し濃いものの、意識ははっきりしていた。

 セセラはリルの髪を無造作にくしゃっと撫で──。

「よし、顔洗って行くぞ。今日は……超絶地獄スケジュールだから覚悟しろよ」

「死ぬわ……」

「死なねえだろ、もう何回死にかけてんだよお前は」

 どこか微笑ましくも特別な信頼を滲ませるふたりのやり取りが、今日も変わらず始まっていく。


 ◇


 そして到着したのは──特殊検査室。

 扉が開くと同時に、そこにはまるで小さな総合病院のように器具やベッドがずらりと揃った空間が広がっていた。医療班職員も数名見られる。

「……おい……なんか広くね? 多くね?」

 検査着に着替えてきたリルは、順路までしっかり定められて設置された機械たちに視線を走らせて呟いた。

 引いているリルの前に、セセラはいつも通り白衣の裾をヒラリと揺らしてご登場。
 顔もいつも通り。ニヤけている。

 そんなセセラに「今日どんくらいやんの」と若干警戒しながら聞くリル。

 セセラは手元の分厚いバインダーに挟んだ資料をパラパラと捲りながら──。

「ん~っとねぇ♡ まずいつもの健康診断全般と~、歯科検診と~、内科検診と~、問診と~、採血と~、あと……いろいろ。内視鏡もやる。胃カメラはリルちゃん初体験かなあ?」

 ニコッ。

「…………あんた、正気か?」

「もちろん。だって昨日、超常的変異を伴う準完全龍化……したろ? 片腕再接合とか、ありえない回復力とか、頭部に角生えたり翼出たり、あれは本来『生体異常』だぞ?」

「いや……そのへんは、ほら……感覚でやってるだけっていうか……」

「でた。感覚。だから調べるんだよ、科学でな!」

「…………」

 リルは小さく項垂れた。

「心電図も取るし、血液データも結構なパターン抽出する。血中龍因子濃度の推移も知りたいし」

「……オレ、もう今日一言も喋んねえからな」

「検査後に問診あるから、そこでたっぷり喋ってね!」

「…………」

 リルの心が静かに遠のいていく。

「……で、まず……何するんだ」

「はーい、じゃあまず尿検査して~、身長と体重、血圧測って、視力・聴力・反射テストからね~! さっさとトイレ行ってきて~!」

「テンションたっけえなこの人……」

 やけにご機嫌なセセラから「お前の名前、これ俺が書いた」と検査用コップを渡され、リルは気怠そうに一旦退室していく。

 こうして、メッッッッチャ細かい検診──薊野セセラ史上最も緻密に構成された地獄メニューが今、『♡紅崎リル♡』と手書きで書かれたコップを持つことから始まった。


 ◇


 ──数分後、リルが特殊検査室へと戻ってくる。

「……で、最初……なに」

「身体計測……あ、待って。先に脳波測りたい」

「は? 脳波が先?」

 リルが眉をひそめる。

「そ。え~っと、嫌なものすぐに思い出せるようにしてね~♡」

「あんたの顔だな」

「愛だぞ。……俺ずっと気になってんだよ、最近のリルの頭ん中。強力になった龍因子と人間のバランスがどうなってんのか、波形で見たら面白くね?」

「面白いって言うな」

 そしてまず最初に案内されたのは、ベッドとその傍にはモニターと椅子。

「一旦そこ座って」

「…………」

 リルは渋々腰を下ろし、胡乱げにセセラを見上げた。
 その視線を横目にセセラは傍に準備していた棚からケーブルの束を取り出す。
 先端には丸いパッド──電極。

「はい、じゃあ頭に貼っていくね~」

「……それベタベタするからヤダ」

「ワガママ言うな。終わったら頭洗ってから続きでもいいから」

 ペタッとするペーストの感触と共に、電極が順番通りに貼り付けられていく。

「…………」

 髪をかき分けながら頭頂部、後頭部、額、耳の近く……リルの赤髪のあらゆる隙間から銀色のパッドがちらちら。

「……オレ変な格好してんだろな」

「うん、めっちゃ変。完全にSF映画の実験体」

「うぜ……」

 最後の電極をぺたりと押し付け、セセラは満足そうに頷いた。

「はい、できた。……おー、似合う似合う」

「似合うってなんだよ」

 そしてベッドに寝かされ機械のスイッチが入ると、モニターに波形が流れ始める。
 セセラは身を乗り出して食い入るように画面を見つめた。

「ほら、動いた! これリルの脳波! ……おー、すげー動いてるな」

「動いてなかったら死んでるだろ」

「うわ、今のツッコミで一瞬ガッと上がった! 見ろよこれ!」

「……だから実況すんな」

 セセラは頬杖をつきながら、波形を眺めてニヤニヤしていた。
 まるでゲーム実況でもするかのように、終始テンション高め。

 リルはというと、電極だらけの頭で横になりながら不満げに息を吐く。

「……これ、長いんだっけ。あとどんくらいやんの」

「んー、40分くらい?」

「めんどくせ……」

「めんどくせーのを先にやるんだから優しいだろ? はい目開けたり閉じたりして」

「…………」


 ◇


 脳波検査と洗髪を終えたリルが再び戻ってくる。

「次は身体測定な。先に身長測るからそこ立って」

 セセラに促されて、リルは無言で身長計の上に立った。
 スライダーが下ろされ頭に軽くぶつかると、数字が読み上げられる。

「……170.6センチ」

「……はいはい」

 リルは事務的に受け止めるが、その隣でセセラは口元をニヤリと歪めた。

「俺マイナス10センチ……っと」

「……余計なこと言うんじゃねえ」

「いや、いいじゃん。俺より小さいリルが、がんばって龍と渡り合ってるなんて絵になるだろ」

「……褒めてんのかバカにしてんのかどっちだよ」

「両方」

 リルは舌打ちしつつも、身長計から降りる。

 次は体重。
 リルが体組成計に乗り数秒──数値が表示された瞬間、セセラは目を細めて「ほーん……」と鼻を鳴らした。

「軽っ……お前やっぱ痩せすぎだろ」

「……べつに。これがオレの普通だ」

「普通かあ? ……これ以上減ったら風に飛ばされるんじゃね?」

「龍憑きが風で飛ぶかよ」

「飛ぶだろ、瘴気の突風とかで」

「…………」

「あ、待って。そのまま動くな。体脂肪率も出るから」

 数秒後、画面に体脂肪率が表示される。
 セセラはそれを見てまた眉をひそめた。

「……おい、これ……」

「今度はなんだよ」

「軽すぎプラス体脂肪率も低すぎ。筋肉はあるけど、あんま健康的じゃねえな」

「……べつに、動けてんだからいいんじゃねえの」

「いやいや、動けるのはいいけどよ……非常食ゼロみたいなもんだぞ。倒れたらすぐ干からびそうだ」

「例え方おかしいだろ」

 セセラはカルテに『痩せすぎ』とさらさら書き込みながら、肩をすくめた。

「じゃ、次は腹囲な」

 体組成計から降りたリルの前で、セセラはメジャーを取り出す。
 リルはやや居心地悪そうに立っていた。

「動くなよ。へそ見えるとこまで服上げて……まっすぐ立って……はい……」

 リルの腰にメジャーを回して数値を読み取った瞬間──セセラの口から思わず声が漏れる。

「……ほせえ~!」

「…………」

「いやマジで、腹囲これで合ってんのか? 女子のモデルかよ」

「……ブッ飛ばすぞマジで……さっきから……」

「はいはい脅すな。記録は記録だからな~」

 セセラはニヤニヤ笑いながら腹囲も記入し、リルは僅かに顔を赤くしながらそっぽを向いた。 

「だから、オレはこれで普通だって」

「いや普通じゃねえからな。俺のウエストと並べたら、差10センチ以上ある」

「比較すんな……つか薊野さんは最近腹回りどうなんだよ」

「ふふっ……なに? 見たい?」

「そういうわけじゃねえけど」

 リルの不機嫌をよそに、セセラは楽しそうに白衣の下に着ているタートルネックシャツの裾をちらりと上げてみせる。
 一瞬だけだが、それでもしっかりと引き締まった腹筋が覗いた。

「どう? ちゃんと維持してる。偉いだろ」

「……あー…………なんかムカつく……」

 リルは目を逸らし、さっさと次の血圧測定用の椅子に腰を下ろした。

 自動血圧計の腕帯に左腕を入れて、リル自ら電源スイッチを押すと機械が静かに作動する。
 締め付けが強まると、リルは微かに顔を顰めた。

「……いて……っ、この締め付けどうにも苦手なんだよ」

「そうか? 俺は採血のが100倍嫌いだな」

「……ああ……まあ、あんたはな……」

 機械がピッと音を立て、測定値が表示される。
 セセラは画面を覗き込んだ。

「血圧は悪くないな。むしろ俺より優秀なんじゃねえか」

「……だったらもう終わりでいいだろ」

「いやまだ序盤だから」

 セセラはわざとらしく笑うと、リルはうんざりしたように顔を伏せる。

「はいはい次、視力検査」

 次に案内された場所には白い大きな機械──セセラはそれを指で軽く示した。

「ここ座って、これ覗き込んでじっとしてて」

「……ん」

 機械のスイッチを入れると、リルの視界の中にぼやけた気球の映像が現れる。
 リルは片目ずつ順に覗き込むと、光がチカッと差し込んだ。思わず眉をひそめる。

 機械がカシャンと鳴り、数値が記録されるとセセラはそれに目を通した。

「ん……屈折異常無し、乱視も無し。完璧だな。……ほんと、羨ましい視力だ」

「薊野さんは裸眼だと見えねえもんな」

「おい、それ言うな。俺は眼鏡と先生ありきの人間なの」

 リルは片目を押さえながらニヤリ。

 続いて、すぐ傍の机の上に設置された視力計の前に案内される。ランドルト環(Cマーク)の切れ目を答える、自覚的な視力検査。

「マークの切れ目がどこ向いてるか答えて」

 リルは椅子に腰を下ろし、少し背を丸めて機械を覗き込んだ。

「……ん、準備できた」

「おっけ、じゃ右目からな。──これは?」

 目の前に表示された大きめなC字の環。

「右」

「正解。じゃ、次──」

「下」

「これは?」

 だんだんサイズが小さくなっていく。

「左……、上……」

 問題無くすらすらと返ってくる答え。
 最後の極小サイズの環も、リルは即答でクリアした。
 両目とも検査を終え、機械から顔を上げたリルはやや得意げな笑みを浮かべる。

「どう? 余裕だったろ」

 セセラはペンを回しながら肩をすくめた。

「はいはい、優等生。……いいから次いくぞ」

 そう言うとセセラは移動し、リルの真正面に腰掛ける。
 小型ライトを手に取り、リルの目を覗き込んだ。

「じゃあ、瞳孔の反応を見る。眩しいけど我慢な」

 ライトがパッと点灯し、光がリルの赤い瞳に射し込む。縦に裂けた瞳孔が反射的に収縮した。

「……収縮率は良好……。反応スピードは、やっぱ人間より速いな」

 セセラはライトを動かし、右、左、上下と光を走らせる。

「眼球の動き、異常無し。角膜も問題……無し」

「……普通で良かった」

「“普通”ではねえけどな。龍因子由来の縦瞳孔、俺らからすると十分特殊だ」

 メモを取りながら、セセラはもう一度リルの左右の目を確認した。

「……なあ薊野さん」

「ん?」

「オレの目、なんか爬虫類みたいで嫌だろ」

 セセラはその言葉にライトを下ろしてリルをじっと見る。

「嫌? ……べつに。俺からすりゃ、ただのデータだよ」

「……データ、ね」

「おう。人間か龍かとかより、リルがちゃんと見えてるかの方が重要」

「…………」

 リルは小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。

「……そういう言い方されると、まあ……悪くはねえわ」

「ま、機能的には優秀そのもの。暗がりでも見えやすくて便利だろ? 夜中にコンビニ行くのラクそう」

「便利の使い方間違ってる」

 ふたりのやり取りは検診の場であるにも関わらず、どこか穏やかで柔らかい空気に包まれている。

 ──しかし、検査はまだまだ続く。



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