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第25話 本日、検査日和
第25話・2 リル、まだまだ検査中
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続いて、聴力検査へ。
重めのヘッドホンを装着したリルが、特殊検査室内に設けられた防音スペースの中で座っている。
セセラも向かいの操作卓に座り、機械の準備を始めていた。
「リル、音が聞こえたらボタン押せよ」
「……わかってる」
試験音が流れ始める。
──ピッ……ピッ……
音に合わせて淡々とボタンを押していくリル。
セセラはその様子を眺めながら呟いた。
「反応速ぇな~……俺の言葉にもそれぐらい即答してくれりゃ助かるんだけど」
「検査中に茶化すな」
「お、今の声も聞こえんの? 聴力異常無しっと」
端末に記録しながら、セセラは満足げに頷く。
「じゃ、次は反射な」
ヘッドホンを外すとリルはそのまま、脚をぶらりと垂らす。
打腱器を手にして近づくセセラに、無意識に身構えるリル。
「バカみてえな力でやるなよ」
「やるなって言われるとやりたくなりますけど? ──あ、いや冗談だって怖ぇ顔すんな! 殴らねーよ」
「……信用できねえな……」
するとリルの膝下がコンッと軽く叩かれる。
脚が自然にぴょこんと跳ねた。
「お、ちゃんと跳ねた。よしよし」
「犬じゃねぇんだぞ」
「わかってるよ。でもほら、こうして見ると素直に反応してんのな」
「…………」
ため息をつきながら次の足を差し出すリル。
コンと叩く。ぴょこんと動く。
セセラは「問題無し」と記録しながら、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「なあリル、これ何回でもやったら面白そうだな。ペチペチやって、ずっと跳ねさせるとか」
「やめろ。オレを玩具扱いするな」
「冗談だよ。ほら、終わり終わり。次は……筋電図だな」
バインダーに挟んだ資料を確認しながら、リルに次の場所を示す。
「向こうのベッドでやるぞ。筋肉に微弱な電気流して、反応と波形を見る検査だ。……普通の人間よりもデータ密度を上げときたい」
「……それって、針刺すやつだよな?」
「貼り付けるタイプの表面電極でもいける。ただまあ……深部筋は針で記録も必要だな」
言葉を選ぶように告げるセセラの表情は、からかい半分だったさっきまでとは違い、僅かに引き締まっていた。
リルは大人しく案内されたベッドに横たわる。
セセラはまず電極を腕や脚の数カ所に貼り付け、端子をケーブルに繋げていった。
「じゃ、力抜けよ。……はい、軽く手握って」
リルが握力を入れると、モニターにギザギザとした波形が現れる。
セセラは真剣な眼差しでその動きを追った。
「……速いな。収縮も弛緩も、一般値より明らかに速い。信号伝達が強化されてんのか……いや、これは龍因子が運動神経に干渉してるのかもしれねえ」
「薊野さん、難しい顔してんな」
「そりゃそうだ。お前の筋繊維は壊れてもすぐ再生するだろ? その再生過程で電気活動がどう振れるか……知っておく必要がある」
そう答えながらセセラは細い針電極を手に取る。
「ちょっとチクッとするぞ」
リルは一瞬顔を顰めたが、すぐに視線を逸らして小さく「……いいよ」と頷いた。
針が筋肉に刺さると、モニターに新たな波形が走る。
「…………」
セセラの眉が僅かに上がった。
「……すげぇ。損傷信号が出たそばから修復信号が走ってる。普通なら休止期が必要なのに、お前は筋収縮しながら同時に治癒してやがる」
「……別に嬉しくねえけどな」
「俺は嬉しい。貴重なデータだ」
セセラは真顔のまま、しかし口調には興奮すら滲んでいた。
◇
──やがて全身の測定が終わり、ケーブルが外される。
リルが腕を軽く回すと、既に針の跡は消えていた。
「……ほらな、やっぱりもう塞がってる」
モニターのデータを保存しながらその様子を見て呟くセセラ。
「普通の検診じゃ足りねえんだよ……やっぱり定期的にやんなきゃな。今回やって正解だった」
「これもなげーんだよ……」
そう答えながらもリルは肩をすくめ、どこか気恥ずかしそうに。
「……まあ、薊野さんが満足なら別に構わねえけど」
「出た~! リルちゃんのツンデレ! 俺のためにイヤイヤしながらも検査受けてくれんの、お兄さん嬉しくなっちゃう~!」
「針あんたに刺していい?」
「やめろ。……次は心電図な。そのまま横になってろ」
今度は別の機械を確認しながら、リルに検査着の前を少し開けるよう指示をするセセラ。
そして電極に導電性のクリームを塗り、リルの胸部に付けていく。
「少し冷てぇぞ」
「……っ」
「心臓の波形は一番大事だからな。お前の場合は特に」
リルは小さく息を吐き、視線を天井に向ける。
「……仮死になった時のこと、まだ気にしてんのか」
セセラは貼り付けた端子を接続しながら、短く答えた。
「気にするに決まってんだろ。あの時、心拍がゼロに落ちてもお前は生きてた。……普通ならその場で終わりだ」
「でもオレは……戻ったよな」
「そう。だから確認する必要があんだよ。お前の心臓が、どうやって“死んで生き返る”のか」
モニターが点灯し、リズミカルな波形が映し出される。
小さな突起──P波。
急峻に跳ね上がる鋭いQRS波。
そして大きなカーブを描くT波。
セセラはそれを覗き込み、無言でペンを走らせる。
「……P波の立ち上がり正常。QRSも綺麗に出てる。T波の戻りも安定してるな」
──正常なリズム。
真剣な顔でセセラは波形を追い続けた。
「……不整脈も無し。少なくとも今は、心臓に余計な負担はかかってねぇ」
「……『今は』って言い方やめろよ」
「事実だろ。お前の体は普通なら死んでるレベルの負荷にも耐えてる。それを確認してんだ」
「……普通なら……」
リルは天井を見上げながら、小さくため息を吐いた。
「……普通の人間と比べられてもな」
セセラはカルテに記録しつつ、ぼそっと返す。
「比べるためじゃねえ。生き延びるために診てるんだ。……それだけは勘違いすんなよな」
「…………」
一瞬の間──。
やがてリルは少しだけ笑った。
「でもオレ、問題ねえんだろ。今は」
「問題ねえって言葉が一番信用ならねーんだよ、お前に関しては」
セセラの口調は静かだが、内にあるのは焦りにも似た執念だった。
「普通なら即死する損傷を受けても心臓が動き続ける……これは異常そのものだ。筋肉も血管も、限界を超えた瞬間に自己修復が走って……だからリズムが乱れねえ」
「……便利だろ?」
「便利とかの次元じゃねえよ。もし修復が一瞬でも遅れたら、その瞬間に心筋が焼き切れて終わりなんだぞ」
その言葉にリルは小さく目を細め、天井を見たまま呟く。
「これからも終わらせねえよ。……それだけだ」
「…………」
セセラはしばらく黙り込み、波形をじっと見つめるが──やがて小さくため息を吐いた。
「……ほんと、お前の体は説明がつかねえ。だけど心臓が今日もしっかり動いてるのは事実」
「そうだな。……オレは……生きてる」
記録を保存しながらセセラは、カルテに『異常無し』『ただし要観察』と書き込む。
リルは少しの間黙り込み、やがてぼそっと呟いた。
「オレってさ……もうとっくに死んでてもおかしくねえのに、ちゃんと動いてんだな、心臓」
セセラはカルテを閉じて、肩をすくめる。
「心臓は馬鹿正直なんだろ。お前が諦めてなくても、諦めても……律儀に動き続ける。そういうもんだ」
「……変な励まし方すんなよ」
「事実を言っただけだ」
心電図検査は終了。電極が外されていく。
その冷たさが消えると同時に、リルはようやく息を吐き出した。
「……次……採血行くぞ」
「…………」
そしてふたりは検査室の隅へと移動。
金属製のワゴンにはずらりと並ぶ真空採血管。
赤、紫、黄、緑──ラベルごとに色分けされ、合計で10本。
「……龍因子データ16パターン分。血液データおよそ20項目に、龍因子の血中濃度、状態、再生遺伝子の変異率も見たい。……だから、血は……その……10本、な」
そう言いながらも、セセラの顔色は既に青白い。
説明しているのに、説明しながら倒れそうだ。
リルは眉をひそめて首を傾げる。
「オレの検査なのに、なんで薊野さんの方が死にそうな顔してんだよ」
「……血はな、見るもんじゃねえ。想像するだけで……あ……ほら、もうダメ……」
ヘロヘロとセセラは額に手を当てて俯いてしまった。
この男、血のことになると弱すぎる。
そんな彼の様子に、待機していた医療班の職員が苦笑して口を挟んだ。
「薊野さん、今回は外してください。こちらでやりますので」
「……助かる。……マジで助かる」
セセラはすぐさま引いて、一歩どころか三歩くらい後退。
それを見届けていたリルは椅子に座り、腕を差し出しながら小さくため息をつく。
「なんかオレより薊野さんの方が診てもらった方がいいんじゃね」
「うるせえ……血だけはダメなんだよ」
そんなやり取りの中で、職員は手際よく駆血帯をリルの腕に巻き、アルコール消毒の準備を進めていた。
「リルくん、アルコール大丈夫ですか?」
「大丈夫」
するとひんやりとした消毒綿を穿刺部に塗られ、「チクッとしますよ~」と針が刺される。
リルは表情ひとつ変えず、ただ視線を天井へ。
「……10本か。長ぇな」
「我慢しろ。……ああいや、俺は見てねぇからな!? 1本たりとも!」
セセラは完全に視線を逸らし、何も無い真っ白な壁や床をただただ凝視していた。
肩が強ばり、拳を握りしめているのは血の気が引いている証拠。
やがて、次々と採血管が満たされていく。
職員の手元で、スーッとリルの血が淡々と流れ込んでいった。
「……なあ薊野さん」
「な、なんだよ」
「オレの血、赤いぞ。今薊野さんのすぐ近くに沢山並んでる」
「……おぇ゙……っ、……わかったからそういうこと言うな!!」
あまりの余裕の無さに、職員まで吹き出してしまった。
──数分後。
10本の採血が終わり、職員が器具を片付ける頃には、セセラの背中は冷や汗でじっとり濡れていた。
「……お前の検査なのに、なんで俺がこんなに消耗しなきゃなんねえんだ……」
「オレ悪くねえだろ」
リルの腕は針を抜かれた瞬間から既に皮膚が塞がっており、それを見た職員は「休憩は不要ですね」と柔らかく話している。
「……もう塞がった。絆創膏もいらねえよ」
と、リルは淡々と袖を下ろしていたが、職員が頷く横で顔面蒼白のセセラがふらりと壁にもたれていた。
「……平気でも休め」
「薊野さんが、な。さっきから顔色戻ってないけど」
「うるせ……」
言葉とは裏腹に、セセラの頬にはまだ若干の青白さが残っている。
職員に水を差し出されて、ふたり同時にごくごくと飲み干した。
──まだ今日の検診は終わらない。
ふたりは次の検査へと向かう。
◇
続いて、胸部X線検査。
特殊検査室から出て、レントゲン室の前へ。
「じゃ、俺待ってるから」
そう言いながらようやく顔色の戻ったセセラは腕を組んで壁に寄りかかり、軽く手を挙げてどこか見守る兄貴分の顔つき。
リルがその言葉を背にレントゲン室に入室すると、すぐに検査台の前へと医療班所属の診療放射線技師に案内された。
「胸ぴったりパネルにくっつけてください……はい、そこです。そのままお待ちくださいね」
技師の指示に従い、リルは胸を張る。
「はい、大きく息を吸って~……」
「……すーーーっ……」
「はいっ、止めてください」
「…………」
──カシャンッ……
シャッター音と共に一瞬で終了。
「……もう終わり?」
首を傾げるリル。技師は「終わりですよ~お疲れ様でした!」と答えた。
リルがレントゲン室から出ると、セセラはもたれていた壁から背を離して話し始める。
「一瞬だろ。採血の方がよっぽど地獄だ」
「薊野さんだけな」
廊下に出て、ふたりは軽口を交わしながら特殊検査室へと戻っていった。
重めのヘッドホンを装着したリルが、特殊検査室内に設けられた防音スペースの中で座っている。
セセラも向かいの操作卓に座り、機械の準備を始めていた。
「リル、音が聞こえたらボタン押せよ」
「……わかってる」
試験音が流れ始める。
──ピッ……ピッ……
音に合わせて淡々とボタンを押していくリル。
セセラはその様子を眺めながら呟いた。
「反応速ぇな~……俺の言葉にもそれぐらい即答してくれりゃ助かるんだけど」
「検査中に茶化すな」
「お、今の声も聞こえんの? 聴力異常無しっと」
端末に記録しながら、セセラは満足げに頷く。
「じゃ、次は反射な」
ヘッドホンを外すとリルはそのまま、脚をぶらりと垂らす。
打腱器を手にして近づくセセラに、無意識に身構えるリル。
「バカみてえな力でやるなよ」
「やるなって言われるとやりたくなりますけど? ──あ、いや冗談だって怖ぇ顔すんな! 殴らねーよ」
「……信用できねえな……」
するとリルの膝下がコンッと軽く叩かれる。
脚が自然にぴょこんと跳ねた。
「お、ちゃんと跳ねた。よしよし」
「犬じゃねぇんだぞ」
「わかってるよ。でもほら、こうして見ると素直に反応してんのな」
「…………」
ため息をつきながら次の足を差し出すリル。
コンと叩く。ぴょこんと動く。
セセラは「問題無し」と記録しながら、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「なあリル、これ何回でもやったら面白そうだな。ペチペチやって、ずっと跳ねさせるとか」
「やめろ。オレを玩具扱いするな」
「冗談だよ。ほら、終わり終わり。次は……筋電図だな」
バインダーに挟んだ資料を確認しながら、リルに次の場所を示す。
「向こうのベッドでやるぞ。筋肉に微弱な電気流して、反応と波形を見る検査だ。……普通の人間よりもデータ密度を上げときたい」
「……それって、針刺すやつだよな?」
「貼り付けるタイプの表面電極でもいける。ただまあ……深部筋は針で記録も必要だな」
言葉を選ぶように告げるセセラの表情は、からかい半分だったさっきまでとは違い、僅かに引き締まっていた。
リルは大人しく案内されたベッドに横たわる。
セセラはまず電極を腕や脚の数カ所に貼り付け、端子をケーブルに繋げていった。
「じゃ、力抜けよ。……はい、軽く手握って」
リルが握力を入れると、モニターにギザギザとした波形が現れる。
セセラは真剣な眼差しでその動きを追った。
「……速いな。収縮も弛緩も、一般値より明らかに速い。信号伝達が強化されてんのか……いや、これは龍因子が運動神経に干渉してるのかもしれねえ」
「薊野さん、難しい顔してんな」
「そりゃそうだ。お前の筋繊維は壊れてもすぐ再生するだろ? その再生過程で電気活動がどう振れるか……知っておく必要がある」
そう答えながらセセラは細い針電極を手に取る。
「ちょっとチクッとするぞ」
リルは一瞬顔を顰めたが、すぐに視線を逸らして小さく「……いいよ」と頷いた。
針が筋肉に刺さると、モニターに新たな波形が走る。
「…………」
セセラの眉が僅かに上がった。
「……すげぇ。損傷信号が出たそばから修復信号が走ってる。普通なら休止期が必要なのに、お前は筋収縮しながら同時に治癒してやがる」
「……別に嬉しくねえけどな」
「俺は嬉しい。貴重なデータだ」
セセラは真顔のまま、しかし口調には興奮すら滲んでいた。
◇
──やがて全身の測定が終わり、ケーブルが外される。
リルが腕を軽く回すと、既に針の跡は消えていた。
「……ほらな、やっぱりもう塞がってる」
モニターのデータを保存しながらその様子を見て呟くセセラ。
「普通の検診じゃ足りねえんだよ……やっぱり定期的にやんなきゃな。今回やって正解だった」
「これもなげーんだよ……」
そう答えながらもリルは肩をすくめ、どこか気恥ずかしそうに。
「……まあ、薊野さんが満足なら別に構わねえけど」
「出た~! リルちゃんのツンデレ! 俺のためにイヤイヤしながらも検査受けてくれんの、お兄さん嬉しくなっちゃう~!」
「針あんたに刺していい?」
「やめろ。……次は心電図な。そのまま横になってろ」
今度は別の機械を確認しながら、リルに検査着の前を少し開けるよう指示をするセセラ。
そして電極に導電性のクリームを塗り、リルの胸部に付けていく。
「少し冷てぇぞ」
「……っ」
「心臓の波形は一番大事だからな。お前の場合は特に」
リルは小さく息を吐き、視線を天井に向ける。
「……仮死になった時のこと、まだ気にしてんのか」
セセラは貼り付けた端子を接続しながら、短く答えた。
「気にするに決まってんだろ。あの時、心拍がゼロに落ちてもお前は生きてた。……普通ならその場で終わりだ」
「でもオレは……戻ったよな」
「そう。だから確認する必要があんだよ。お前の心臓が、どうやって“死んで生き返る”のか」
モニターが点灯し、リズミカルな波形が映し出される。
小さな突起──P波。
急峻に跳ね上がる鋭いQRS波。
そして大きなカーブを描くT波。
セセラはそれを覗き込み、無言でペンを走らせる。
「……P波の立ち上がり正常。QRSも綺麗に出てる。T波の戻りも安定してるな」
──正常なリズム。
真剣な顔でセセラは波形を追い続けた。
「……不整脈も無し。少なくとも今は、心臓に余計な負担はかかってねぇ」
「……『今は』って言い方やめろよ」
「事実だろ。お前の体は普通なら死んでるレベルの負荷にも耐えてる。それを確認してんだ」
「……普通なら……」
リルは天井を見上げながら、小さくため息を吐いた。
「……普通の人間と比べられてもな」
セセラはカルテに記録しつつ、ぼそっと返す。
「比べるためじゃねえ。生き延びるために診てるんだ。……それだけは勘違いすんなよな」
「…………」
一瞬の間──。
やがてリルは少しだけ笑った。
「でもオレ、問題ねえんだろ。今は」
「問題ねえって言葉が一番信用ならねーんだよ、お前に関しては」
セセラの口調は静かだが、内にあるのは焦りにも似た執念だった。
「普通なら即死する損傷を受けても心臓が動き続ける……これは異常そのものだ。筋肉も血管も、限界を超えた瞬間に自己修復が走って……だからリズムが乱れねえ」
「……便利だろ?」
「便利とかの次元じゃねえよ。もし修復が一瞬でも遅れたら、その瞬間に心筋が焼き切れて終わりなんだぞ」
その言葉にリルは小さく目を細め、天井を見たまま呟く。
「これからも終わらせねえよ。……それだけだ」
「…………」
セセラはしばらく黙り込み、波形をじっと見つめるが──やがて小さくため息を吐いた。
「……ほんと、お前の体は説明がつかねえ。だけど心臓が今日もしっかり動いてるのは事実」
「そうだな。……オレは……生きてる」
記録を保存しながらセセラは、カルテに『異常無し』『ただし要観察』と書き込む。
リルは少しの間黙り込み、やがてぼそっと呟いた。
「オレってさ……もうとっくに死んでてもおかしくねえのに、ちゃんと動いてんだな、心臓」
セセラはカルテを閉じて、肩をすくめる。
「心臓は馬鹿正直なんだろ。お前が諦めてなくても、諦めても……律儀に動き続ける。そういうもんだ」
「……変な励まし方すんなよ」
「事実を言っただけだ」
心電図検査は終了。電極が外されていく。
その冷たさが消えると同時に、リルはようやく息を吐き出した。
「……次……採血行くぞ」
「…………」
そしてふたりは検査室の隅へと移動。
金属製のワゴンにはずらりと並ぶ真空採血管。
赤、紫、黄、緑──ラベルごとに色分けされ、合計で10本。
「……龍因子データ16パターン分。血液データおよそ20項目に、龍因子の血中濃度、状態、再生遺伝子の変異率も見たい。……だから、血は……その……10本、な」
そう言いながらも、セセラの顔色は既に青白い。
説明しているのに、説明しながら倒れそうだ。
リルは眉をひそめて首を傾げる。
「オレの検査なのに、なんで薊野さんの方が死にそうな顔してんだよ」
「……血はな、見るもんじゃねえ。想像するだけで……あ……ほら、もうダメ……」
ヘロヘロとセセラは額に手を当てて俯いてしまった。
この男、血のことになると弱すぎる。
そんな彼の様子に、待機していた医療班の職員が苦笑して口を挟んだ。
「薊野さん、今回は外してください。こちらでやりますので」
「……助かる。……マジで助かる」
セセラはすぐさま引いて、一歩どころか三歩くらい後退。
それを見届けていたリルは椅子に座り、腕を差し出しながら小さくため息をつく。
「なんかオレより薊野さんの方が診てもらった方がいいんじゃね」
「うるせえ……血だけはダメなんだよ」
そんなやり取りの中で、職員は手際よく駆血帯をリルの腕に巻き、アルコール消毒の準備を進めていた。
「リルくん、アルコール大丈夫ですか?」
「大丈夫」
するとひんやりとした消毒綿を穿刺部に塗られ、「チクッとしますよ~」と針が刺される。
リルは表情ひとつ変えず、ただ視線を天井へ。
「……10本か。長ぇな」
「我慢しろ。……ああいや、俺は見てねぇからな!? 1本たりとも!」
セセラは完全に視線を逸らし、何も無い真っ白な壁や床をただただ凝視していた。
肩が強ばり、拳を握りしめているのは血の気が引いている証拠。
やがて、次々と採血管が満たされていく。
職員の手元で、スーッとリルの血が淡々と流れ込んでいった。
「……なあ薊野さん」
「な、なんだよ」
「オレの血、赤いぞ。今薊野さんのすぐ近くに沢山並んでる」
「……おぇ゙……っ、……わかったからそういうこと言うな!!」
あまりの余裕の無さに、職員まで吹き出してしまった。
──数分後。
10本の採血が終わり、職員が器具を片付ける頃には、セセラの背中は冷や汗でじっとり濡れていた。
「……お前の検査なのに、なんで俺がこんなに消耗しなきゃなんねえんだ……」
「オレ悪くねえだろ」
リルの腕は針を抜かれた瞬間から既に皮膚が塞がっており、それを見た職員は「休憩は不要ですね」と柔らかく話している。
「……もう塞がった。絆創膏もいらねえよ」
と、リルは淡々と袖を下ろしていたが、職員が頷く横で顔面蒼白のセセラがふらりと壁にもたれていた。
「……平気でも休め」
「薊野さんが、な。さっきから顔色戻ってないけど」
「うるせ……」
言葉とは裏腹に、セセラの頬にはまだ若干の青白さが残っている。
職員に水を差し出されて、ふたり同時にごくごくと飲み干した。
──まだ今日の検診は終わらない。
ふたりは次の検査へと向かう。
◇
続いて、胸部X線検査。
特殊検査室から出て、レントゲン室の前へ。
「じゃ、俺待ってるから」
そう言いながらようやく顔色の戻ったセセラは腕を組んで壁に寄りかかり、軽く手を挙げてどこか見守る兄貴分の顔つき。
リルがその言葉を背にレントゲン室に入室すると、すぐに検査台の前へと医療班所属の診療放射線技師に案内された。
「胸ぴったりパネルにくっつけてください……はい、そこです。そのままお待ちくださいね」
技師の指示に従い、リルは胸を張る。
「はい、大きく息を吸って~……」
「……すーーーっ……」
「はいっ、止めてください」
「…………」
──カシャンッ……
シャッター音と共に一瞬で終了。
「……もう終わり?」
首を傾げるリル。技師は「終わりですよ~お疲れ様でした!」と答えた。
リルがレントゲン室から出ると、セセラはもたれていた壁から背を離して話し始める。
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これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
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