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コヨタ

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第1話 普通に生きたかった少女

第1話・2 紅崎リル

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 目を覚ましたばかりの赤い髪の青年──リルの瞳が、まるで敵を見るかのように冷たい光を宿していた。

 鋭い視線がレイラを捉える。

「……誰」

 その口から漏れたのは、線の細い体からは想像もできない、低めの声音だった。

 セセラは咄嗟に答えず、少し目を細めてから応じる。

「あー……こいつの名は紫苑レイラ。……お前以外の戦闘班せんとうはんの子だよ」

「戦闘班──?」

 その言葉にリルの眉が僅かに跳ね上がった。
 ベッドから立ち上がり、レイラにまっすぐ向き合う。

「…………」

 そのまま数秒だけレイラを見下ろしたあと、鋭く、冷たく吐き捨てるように言い放った。

「このガキが?」

「……!?」

 目を見開いたレイラ。

「……ガ……、っ……?!」

 思わず言葉が詰まる。

 信じられない。自分をここまで蔑む人間が、この施設にいたとは思ってもみなかった。

「……まあリル、聞け」

 すかさずセセラがフォローに入る。

「お前が倒れてたのをこいつが見つけてくれたんだとよ。ガキなんて言ってやんないでくれ」

「……あ?」

 だが、リルの表情は変わらなかった。

「……倒れ……?」

 その言葉を反芻し、なぜか苛立ちを募らせているようだった。

 静かに舌打ちが響く。

「……チッ」

 そのままリルは診察室の扉──スライドドアへと向かい、勢いよく開け放った。
 誰にも言葉を残さず、リルは足早にその場を去っていった。

「…………」

 レイラは呆然としたまま、その背中を見送ることしかできなかった。

 驚きよりも、唖然。第一印象としては、これ以上無いほど『』だった。

「……だから会わせたくなかったんだよ……」

 セセラはため息交じりに言いながら、ポケットから煙草を取り出し火をつける。医療の場だろうが彼の場合は構わない。

 機関の医療棟は世間一般的な病院とは異なり、一般の人間は利用できない。
 所謂、身内しか利用しないエリア。
 それゆえに喫煙ルールも独自のものが設けられているのだ。

 紫煙が診察室の静けさの中に漂っていった。

「…………っ!!」

 怒りを抑えきれない様子のレイラ。
 スッとセセラに向き直り、鋭い声で問いかける。

「……あ、薊野さん、何あの人……!?」

 その苛立ちは普段の冷静なレイラからすればかなり珍しい反応だった。

「……んー……」

 セセラは煙草を咥えたまま、ふぅ、と大きく煙を吐き出しながら深いため息をつく。

(……もう、しょうがねえか)

 そう内心で呟いてから、ようやく口を開いた。

「ビックリさせちまってわりぃな。あいつの名前はリル。紅崎あかさきリル。お前と同じ戦闘班の人間なんだが……まあ、ちょっとコミュ力に問題があってよ」

「……戦闘班……?」

 レイラは聞き返した。

 ここに来て6年。自分以外に戦闘班の前線を担う人物がいるという事は知っていたが、顔を合わせたことは一度も無かった。
 だからこそ──この唐突な邂逅と、あの態度に強い違和感があった。

「…………」

 セセラは肩をすくめて煙草を指先に持ち替えながら、話を続ける。

「あいつはお前よりも長くここにいる。最初の数年はひとりでやってたんだがな、まあお前が本格的に動き出してからは……あんな感じでイライラしてんだわ」

「ひとりで……?」

「仕事取られたとでも思ってんのかね。ま、子どもっぽいっちゃ子どもっぽい」

「……私よりも長く……?」

 少し意外だった。

 見た感じ、そこまで年上には見えなかったからだ。
 どこか儚げで、ひょろりとした体躯──それがレイラの目には同年代にすら映っていた。

 セセラは苦笑しながら更に続ける。

「そ。お前より何年か先に機関ウチに来てる。あいつも色々……まあ、あったから。もう20歳ハタチになったっつうのに、あんな感じだ」

「…………ふうん……」

「俺から見りゃあいつもガキだよ、全く……誰に影響されたんだか生意気に煙草はすぐ覚えやがってよ……そういやこの前も急に机は蹴るわ、悪態はつくわ…………」

 ブツブツとひとりで文句を垂れ始めたセセラ。煙と共にぷかぷかと吐き出される鬱憤。

 レイラはそんなセセラの姿をじっと見て、「ふふっ」と小さく鼻で笑う。

 ──煙草の影響、たぶん言わずもがなだった。

 セセラは煙草の灰を指でトントンと携帯灰皿に叩いたあと、「あ、悪い」と自分の世界から戻ってくるように話を続ける。

「ま、そういうことだからよ。あんまお前とは会わせねえようにするからさ……」

 そう言い終えようとした、まさにその時。

 ──ガラッ……

 再び部屋の扉が開かれた。

「…………!!」

 入ってきたのは、先程出ていったばかりの赤髪の青年──リルだった。

「おい、なんだよ。ノックぐらいしろっつってんだろ」

 と、セセラが呆れた声を上げる。

 それに対しリルは、相変わらず感情の見えない冷たい目つきのまま「……うるせえ」と吐き捨てた。

 レイラは無意識に唇をギュッと引き結ぶ。

「……!」

 ──この人……嫌いだ。

「まだいんのかと思って戻って来たんだよ」

 意外な言葉がリルの口から出た。
 何かを確認しに来たような、そんな素振りだった。

 ──すると。

「……ガキがよ……テメェ、調子に乗ってるんじゃねえだろうな」

 今度は正面から、まっすぐにレイラを睨みつけてきた。

 口調も、視線も、まるで何かを押し潰すかのように重い。
 その薄く開かれた口元から見えたのは、異様に鋭く尖った犬歯──まるで獣の牙のよう。

「──ッ」

 レイラは何も言い返さない。
 だが、視線だけはリルの顔から逸らさなかった。

 ──その時だった。

 ふと目に入ったのは、リルの左頬の下、唇の斜め下の辺り。

 ふたつ、赤と青の丸い珠のようなものがある。

 その存在には、倒れていたリルを抱き起こした時にも気がついていたが、ピアスか何かだと思っていた。

 だが今、改めて近い距離で見たそれは──。

 あまりにも不自然に、皮膚にように見えた。

 ──まるで、異物が肉に埋め込まれているかのように。

「…………?!」

 その珠玉に注がれたレイラの視線に、ハッと反応を見せるリル。

「……チッ、……クソが……」

 また舌打ちをひとつ。
 そしてリルは、体ごとレイラから顔を背けた。

 ──まるでそれを、見られたくなかったかのように。

 リルは今度こそ退室し、その後も戻ってくることは無かった。

 室内に静寂が訪れる。

「…………」

「…………っ……!」

(調子乗ってる……って、何……!?)

 レイラの中で何かがぶつんと弾けた。静かな怒りが、じくじくと胸の内を侵食していく。

 調子になんて、乗っているわけがない。
 むしろ、今のこの生き方に……納得なんていっていない。

 ──私は、として生きていたかったのに。

「……ッ……!!」

 拳が震える。握り締めた指先に、血が滲みそうなほど力を込めた。

「……意味がわからない……助けてやんなきゃ、良かったのかな」

 ぽつりと零れた言葉は、どこか寂しげで、自分自身に言い聞かせるようでもあった。

 レイラのその呟きを聞いたセセラは額を揉みながら──。

「はあ…………」

 煙草の煙と共に盛大にため息を吐く。

「……あ゙ー……めんどくせえ~~!!」

 灰を皿に落としながら、まるで自分を含めた全員に言っているような声だった。


 ◇


 ──その頃、リル。

 気怠げに施設の廊下を歩き、自販機の前に立っていた。
 機械の中に並ぶ缶の列。その中のひとつ、いつも買っている缶コーヒーのボタンには『売切』の赤いランプ。

「…………」

 ほんの一瞬、唇が僅かに歪んだ。

 仕方なく、ひとつ隣の別の銘柄を選ぶ。ガコンと缶が落ちる音が小さく響いた。

 手にした缶を指先で弄りながら、自販機のすぐ目の前にある椅子に腰を下ろす。
 照明が静かに明滅している無人の休憩スペース。人気ひとけは無い。

 プルタブに指をかけようとした、その時。

 自分のが、目に入った。

「…………」

 その爪。
 黒く、鋭く、まるで毒を含んだ鉤爪のよう──。

「……っ……」

(爪……、気色わりいな)

 思わず、眉が寄る。

 ネイルでもマニキュアでもない。切っても切っても、すぐに鋭く伸び、伸びたそばから黒に染まる──な、自分の体。

「…………」

(……オレまた倒れたのか……)

 コーヒーの蓋を開け、ひとくち、ふたくち。苦みが喉に沁みる。
 その味は、ほんの少しだけ心を落ち着かせてくれる気がした。

 そして、煙草。ライターで火を灯し、肺に吸い込み、深く吐き出す。

「……はあ……」
 
 ──孤独。
 重い空気。何も無い空間。

「…………オレは……」

 誰もいない。誰にも聞こえない。
 それでもリルは、ごく小さな声で呟いた。

 まるで、誰かに問いかけるように。
 ──それとも、自分の中にいる何かに向けて。



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