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第10話 食事の時間です・後編
第10話・3 記録のポワソンとソルベ
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──やっとの思いで到着したかのような、中枢モニター室。
セセラはレイラとリルのふたりを休ませるように、近くの椅子を指さした。
「……よし、ふたりとも座ってろ。今、解析班に照会中だ。数分もすれば、霧の発生源が絞り込める」
そう言って、すぐ傍の職員たちへ向けて手早く指示を飛ばす。
「広域龍因子の乱反応領域を中心に、記録映像を全て巻き戻し。反応発生直前の空間歪曲に類似するパターンを抽出しろ。ついでに、異形が残した視覚的特徴のデータもピックアップ。顔だ。特に顔に着目しろ!」
「了解!」
早口で捲し立てるような指示だったが、職員がキーボードを叩く音と同時に、巨大なモニターに無数の映像が流れ始める。
「……薊野さん」
と、リルがゆっくりと口を開く。
「顔って……何だったんだろうな。オレ、最初の異形はよく見れなかったけど……さっきのは、どこかで見たような気がした。……でも、誰だったか思い出せねぇんだ」
「……わかる。私も、何かを忘れてる感覚があった」
レイラも頷く。
セセラはそれを聞きながら、指で自分のこめかみを押さえた。
「記憶干渉の可能性がある。自分の感情を抉るような形で、記憶の輪郭だけを模して異形に与えてる……。それが、あの顔無しの正体だとしたら……」
「記憶の輪郭を、食べてる……?」
レイラがそう答えたあと、リルが低く呟く。
「それ、つまり次はもっとハッキリとした顔で現れるってことか……?」
「あるいは……お前たちの記憶そのものを使ってくる可能性もあるな」
「……!」
その時、モニター室内の一角で声が上がる。
「薊野さん! データ解析出ました! 異形の構成因子の中に、個体識別のDNA断片が混入しています!」
「個体識別……? 誰のだ」
「……これは……!」
職員が手元の端末を確認し、顔色を変えた。
「これは……機関の旧職員のものです! 5年前に失踪した研究員、記録名……『三鷹ルキ』!」
「……なっ」
レイラが思わず声を上げた。
「……私、その人……少しだけ、知ってる。昔、私の診察を担当してた人……」
「……リルさんの方には、接触履歴無し。ただし特定因子の記録データには頻繁にアクセスしていたようです」
「それって、つまり──」
セセラが低く唸る。
「レイラとリルの龍因子を追ってた人間が、……異形の中に取り込まれていた……。龍に憑依されていたということか」
「…………!!」
一同が静まり返った。
記憶が、顔が、誰かの意識が──異形を通して、レイラとリルに干渉している。
「……クラヴィス、ネク……あいつら、どこまでのことを……」
その呟きは誰にも届かない。
ただ、背後に確かに“誰かの目”がある感覚だけが、じっと皮膚の奥に張り付いていた。
「……三鷹、ルキ…………」
セセラは映像記録を呼び出しながら、無意識に眉間を押さえる。
端末に映るのは、今では古い記録映像。
まだ今のような体制になる前の、簡素な診察室。
そこに写っているのは、白衣姿の中年男性──眼鏡をかけ、優しげな笑みを浮かべていた。
「……この人、いた」
レイラが静かに口を開いた。
「たぶん、私が……機関に来た最初の年。最初の診察のとき、いた。診察っていうより、……話を聞いてくれる人だった」
「そんな時期……あったのか」
リルが少し驚いたように隣から呟く。
「うん。でも……それからすぐいなくなった。薊野さんの診察になって……それが普通になっていったけど……どこに行ったのか、誰も話してくれなかった」
「……失踪。表向きは自主退職。でも引き継ぎ資料すら無かった。今思えば……変だったよな」
低く言葉を連ねるセセラ。
(…………まさかな)
「私……その人の……顔を、霧の中に見た気がした」
レイラの声が、ほんの僅かに震えていた。
「でも、その人が敵って感じはしなかった。なんというか……違う誰かに食べられてるような……そんな感じ」
「…………」
セセラはレイラの言葉に目を細める。
「三鷹も道具にされたってことか。もしそうなら……やっぱりこれは記憶の裏に手を突っ込もうとする龍の仕業だな」
「…………」
やや険しい表情をしながら、リルが視線を上げた。
「……だったら、放っておけねえ。オレらの記憶が誰かの武器にされてるなんて、ムカつくにも程がある」
「だな……。レイラ、リル」
セセラはふたりの方へ視線を向ける。
「こいつは、もう機関だけの問題じゃねえ。でも、お前たちの記憶と龍因子が鍵になる。……踏み込む覚悟はあるか?」
顔を見合わせるレイラとリル。
──そして、ふたり同時に頷いた。
「もう、巻き込まれてるだけの立場じゃないよ」
「オレら自身が、あいつらの目的地なんだろ? だったら、真っ正面から殴ってやる」
「…………!」
セセラの目に、僅かに笑みが宿る。
「よし。なら、今から深層記憶への干渉対策を立てる。一度、夢の中に入るぞ」
「…………」
「…………」
レイラもリルも、一瞬ポカンとした。
そしてレイラがそのまま問う。
「……ゆ、夢の中?」
「そう。次の調査は現実じゃなく、お前たちの“記憶の奥”だ。誰が、そこに入ってきたのか……直接確かめる」
「薊野さんそれ……マジの話?」
「マジの話」
──新たなステージが開かれる。
夢の奥へ。
ふたりの因子が持つ記録を辿る旅が始まろうとしていた。
◇
移動した先は、龍調査機関の中枢施設・深層干渉テストルーム。
部屋の中心には、特殊な形状のリクライニングベッドが2台並べられている。
低い光、静かな空調音。
周囲には、脳波と龍因子の両方をリアルタイムで計測するための最新装置が並んでいた。
「ここは、“夢潜行用”の実験区画だ。本来は龍因子の影響下で発生した夢を追跡するだけの装置だったんだが……今は“お前たち自身の記憶”に、疑似的に潜ってもらう」
セセラは操作パネルに向かいながら説明する。
「意識はお前たちにあるまま、外部干渉の形跡を拾うために“記憶を追体験”してもらうことになる。ただし……そこで出てくるものは、記憶通りとは限らねえ」
ふたりは説明を受けても未だピンときていない。
──夢の中に、入る?
セセラはそれでも説明を続けた。
「……意味わかんねえって顔してるな。べつにそれでもいいよ。既に誰かの手が加えられていた場合、それも含めて夢の形として見えるだろう」
静かに装置のベルトを握りしめるレイラ。
「記憶の中にまで踏み込まれるなんて……思ってなかった。なんか……スケールがすごいね……」
「でももう遅ぇよ。オレたちはもう入られてる側だ」
リルも苦笑しながら隣のベッドに腰を下ろした。
「潜って、掴んでくる。あんたが言ったろ薊野さん……直接確かめるって」
「……ああ」
微かに頷くセセラ。
「万が一、夢の中で何者かに襲われた場合、外部から強制的に引き戻す。ただしタイムリミットは30分。それを超えると、脳と因子のリンクが過剰反応を起こす可能性がある」
「……怖いね」
レイラは目を伏せながら笑った。
「でも……行く」
「よし、偉い」
セセラは操作を完了させる。
装置の各インジケーターが緑に点灯し、低い電子音が室内に響いた。
「……じゃあ、始めようか。ふたりとも、夢の中で会おうぜ」
「…………うん」
──ブゥゥン……
微かな振動と共に、ふたりの意識が静かに沈んでいく。
「…………」
「………………」
リルの瞼が閉じられ、レイラの左目の眼帯の隙間から微かに蒼白い光が漏れた。
そして──。
光の無い深い水の底のような感覚──。
ふたりの足元に、“過去の断片”が浮かび始める。
◇
レイラの記憶の領域──。
ザァ…………ザァ…………と、小さな波音が聞こえていた。
足元をぬるく包む水の感触。
目を開けると、そこはどこまでも白く、果てのない海辺のような場所だった。
「……ここ……」
レイラは自分の手を見る。
白く小さな指。
──幼い頃の姿だ。
(私の……記憶)
「──レイラちゃん?」
振り返ると、遠くの波打ち際に立つ人影があった。
──あの人。
目元が優しく、少し笑っている顔。
それは、確かに見覚えがある。
「三鷹……さん……」
話にあった職員・三鷹ルキだ。
レイラが名を呼んだ瞬間、影が三鷹を包むと──。
「レイラちゃン、覚──えテルカい? 君の目は、と──テも特──別だッタンダ」
その声が、急に音割れしたように歪んだ。
「……っ!」
レイラは一歩、後ずさる。
その三鷹だった者の目が、瞬時に真っ黒に塗り潰された。
「君の中にイル龍、アレはネ──。トテモ美しい、未来ソノモノなンダヨ」
口元だけが、笑っている。
しかし、その目は確かに“何か”に乗っ取られていた。
「これ、私の記憶じゃない……! 誰かが……再生してる……!」
レイラがそう気づいたとき、“その顔”が一瞬、三鷹ルキではない誰かに差し替わった。
──見たことのない青年。
ハネた銀髪で、白目が黒く塗られたような不気味な右目。
その目だけが、じっとこちらを見ていた。
(……誰……?)
声が聞こえる。
「アナタの中身が、どんな味か。オレは知っていますよ」
その口調も、言葉も──。
どこか人の形をしていて、人ではない。
「……誰……なの……?」
知らない。
でも、肌の奥がぞわりとする。
名前も顔も知らないのに──なぜか、会ったことがある気がした。
「……!!」
空間がガラガラと音を立てて一気に崩れ、黒い霧が視界を呑み込む。
『レイラ! 聞こえるか、戻れ!!』
セセラの声が遠くから響く──。
「……っ!」
その瞬間、視界が真っ白に切り替わった。
「………………」
──そして、リルの記憶の領域。
そこはしとしとと、室内なのに天井から雨が降っていた。
壁も床も存在しているはずなのに、水は溜まらず、ただ消えていく。
「……ここは……」
リルは、自分の姿が今のままであることに気づく。
レイラと違い、リルは過去の子どもではなかった。
だが──目の前にあるのは、幼い頃に使っていた機関の小さな部屋だった。
窓の外は、ずっと灰色。
外に出ることも許されなかった、狭くて冷たい部屋。
「……なんで……ここ、頭ん中にまだ……残ってんだよ……」
誰にも知られたくなかったはずの場所。
記憶から切り離したつもりだったのに──。
「オレの中、ずいぶん根が深ぇらしいな……」
そう呟いて笑おうとしたとき──。
──ギィ…………
背後で、扉がゆっくりと開いた音がした。
「…………」
誰かが、いる。
リルは反射的に振り返る──。
そこに立っていたのは。
「……う……ッ……!」
顔の無い自分自身だった。
リルと同じ髪、同じ爪、同じ体つき。
ただしその顔には、なにも無い。
見えないのではなく、物理的になにも無くされている形。目も鼻も口も──完全に削がれて血が滴り、肉が剥き出しになっていた。
「……何だ、これ、オレだよな……」
声に出すと、心臓がドクンと跳ねる。
言った瞬間に、自分が怯えていることを認識した。
顔部分を削げ落とされたようなリルが、血を垂らしながら静かに歩いてくる。
ゆっくりと──しかし確実に、リルの正面へ。
──お前は実験体でしかない。
──どうせまた捨てられる。
──龍に喰われて終わりだ。
声にならない言葉が、脳内に響く。
「やめろ……」
──愛されるわけがない。
「やめろっつってんだろ……!」
──全部、お前が悪いんだ。
「……ッ!!」
リルの拳が振り抜かれた。
無意識だった。
だがその一撃は、顔の無い自分の胸を貫いていた。
──ゴッ……!
中から出てきたのは、黒い球体。
(……これ……)
触れた瞬間、それが“誰かの記憶の核”であることが直感でわかった。
──これは、お前のじゃない。
──誰かが、勝手に植えたものだ。
「…………!」
──ピピピッ……
セセラの声が、今にも途切れそうな通信で聞こえてくる。
『リル……! 状態異常反応! 限界だ、引き戻す──!』
「ああ……、でも、ちょっと待って──」
そしてリルはその球体を、力任せに握り潰した。
「なァ……オレの中に、他人の感情なんか……入れんじゃねェよ!!」
怒りのままにそう叫ぶと──。
砕けた球体が、黒い霧となって爆ぜた。
そして、リルの視界が、白く反転する。
◇
次の瞬間、ベッドの上──。
現実世界へと、強制的に引き戻された。
「──っは……!」
跳ね起きるリル。
全身に汗をかいていて、呼吸が荒い。
視界は揺れていたが、ここが現実であることだけはすぐに理解できた。
「……戻った……のか……」
セセラはレイラとリルのふたりを休ませるように、近くの椅子を指さした。
「……よし、ふたりとも座ってろ。今、解析班に照会中だ。数分もすれば、霧の発生源が絞り込める」
そう言って、すぐ傍の職員たちへ向けて手早く指示を飛ばす。
「広域龍因子の乱反応領域を中心に、記録映像を全て巻き戻し。反応発生直前の空間歪曲に類似するパターンを抽出しろ。ついでに、異形が残した視覚的特徴のデータもピックアップ。顔だ。特に顔に着目しろ!」
「了解!」
早口で捲し立てるような指示だったが、職員がキーボードを叩く音と同時に、巨大なモニターに無数の映像が流れ始める。
「……薊野さん」
と、リルがゆっくりと口を開く。
「顔って……何だったんだろうな。オレ、最初の異形はよく見れなかったけど……さっきのは、どこかで見たような気がした。……でも、誰だったか思い出せねぇんだ」
「……わかる。私も、何かを忘れてる感覚があった」
レイラも頷く。
セセラはそれを聞きながら、指で自分のこめかみを押さえた。
「記憶干渉の可能性がある。自分の感情を抉るような形で、記憶の輪郭だけを模して異形に与えてる……。それが、あの顔無しの正体だとしたら……」
「記憶の輪郭を、食べてる……?」
レイラがそう答えたあと、リルが低く呟く。
「それ、つまり次はもっとハッキリとした顔で現れるってことか……?」
「あるいは……お前たちの記憶そのものを使ってくる可能性もあるな」
「……!」
その時、モニター室内の一角で声が上がる。
「薊野さん! データ解析出ました! 異形の構成因子の中に、個体識別のDNA断片が混入しています!」
「個体識別……? 誰のだ」
「……これは……!」
職員が手元の端末を確認し、顔色を変えた。
「これは……機関の旧職員のものです! 5年前に失踪した研究員、記録名……『三鷹ルキ』!」
「……なっ」
レイラが思わず声を上げた。
「……私、その人……少しだけ、知ってる。昔、私の診察を担当してた人……」
「……リルさんの方には、接触履歴無し。ただし特定因子の記録データには頻繁にアクセスしていたようです」
「それって、つまり──」
セセラが低く唸る。
「レイラとリルの龍因子を追ってた人間が、……異形の中に取り込まれていた……。龍に憑依されていたということか」
「…………!!」
一同が静まり返った。
記憶が、顔が、誰かの意識が──異形を通して、レイラとリルに干渉している。
「……クラヴィス、ネク……あいつら、どこまでのことを……」
その呟きは誰にも届かない。
ただ、背後に確かに“誰かの目”がある感覚だけが、じっと皮膚の奥に張り付いていた。
「……三鷹、ルキ…………」
セセラは映像記録を呼び出しながら、無意識に眉間を押さえる。
端末に映るのは、今では古い記録映像。
まだ今のような体制になる前の、簡素な診察室。
そこに写っているのは、白衣姿の中年男性──眼鏡をかけ、優しげな笑みを浮かべていた。
「……この人、いた」
レイラが静かに口を開いた。
「たぶん、私が……機関に来た最初の年。最初の診察のとき、いた。診察っていうより、……話を聞いてくれる人だった」
「そんな時期……あったのか」
リルが少し驚いたように隣から呟く。
「うん。でも……それからすぐいなくなった。薊野さんの診察になって……それが普通になっていったけど……どこに行ったのか、誰も話してくれなかった」
「……失踪。表向きは自主退職。でも引き継ぎ資料すら無かった。今思えば……変だったよな」
低く言葉を連ねるセセラ。
(…………まさかな)
「私……その人の……顔を、霧の中に見た気がした」
レイラの声が、ほんの僅かに震えていた。
「でも、その人が敵って感じはしなかった。なんというか……違う誰かに食べられてるような……そんな感じ」
「…………」
セセラはレイラの言葉に目を細める。
「三鷹も道具にされたってことか。もしそうなら……やっぱりこれは記憶の裏に手を突っ込もうとする龍の仕業だな」
「…………」
やや険しい表情をしながら、リルが視線を上げた。
「……だったら、放っておけねえ。オレらの記憶が誰かの武器にされてるなんて、ムカつくにも程がある」
「だな……。レイラ、リル」
セセラはふたりの方へ視線を向ける。
「こいつは、もう機関だけの問題じゃねえ。でも、お前たちの記憶と龍因子が鍵になる。……踏み込む覚悟はあるか?」
顔を見合わせるレイラとリル。
──そして、ふたり同時に頷いた。
「もう、巻き込まれてるだけの立場じゃないよ」
「オレら自身が、あいつらの目的地なんだろ? だったら、真っ正面から殴ってやる」
「…………!」
セセラの目に、僅かに笑みが宿る。
「よし。なら、今から深層記憶への干渉対策を立てる。一度、夢の中に入るぞ」
「…………」
「…………」
レイラもリルも、一瞬ポカンとした。
そしてレイラがそのまま問う。
「……ゆ、夢の中?」
「そう。次の調査は現実じゃなく、お前たちの“記憶の奥”だ。誰が、そこに入ってきたのか……直接確かめる」
「薊野さんそれ……マジの話?」
「マジの話」
──新たなステージが開かれる。
夢の奥へ。
ふたりの因子が持つ記録を辿る旅が始まろうとしていた。
◇
移動した先は、龍調査機関の中枢施設・深層干渉テストルーム。
部屋の中心には、特殊な形状のリクライニングベッドが2台並べられている。
低い光、静かな空調音。
周囲には、脳波と龍因子の両方をリアルタイムで計測するための最新装置が並んでいた。
「ここは、“夢潜行用”の実験区画だ。本来は龍因子の影響下で発生した夢を追跡するだけの装置だったんだが……今は“お前たち自身の記憶”に、疑似的に潜ってもらう」
セセラは操作パネルに向かいながら説明する。
「意識はお前たちにあるまま、外部干渉の形跡を拾うために“記憶を追体験”してもらうことになる。ただし……そこで出てくるものは、記憶通りとは限らねえ」
ふたりは説明を受けても未だピンときていない。
──夢の中に、入る?
セセラはそれでも説明を続けた。
「……意味わかんねえって顔してるな。べつにそれでもいいよ。既に誰かの手が加えられていた場合、それも含めて夢の形として見えるだろう」
静かに装置のベルトを握りしめるレイラ。
「記憶の中にまで踏み込まれるなんて……思ってなかった。なんか……スケールがすごいね……」
「でももう遅ぇよ。オレたちはもう入られてる側だ」
リルも苦笑しながら隣のベッドに腰を下ろした。
「潜って、掴んでくる。あんたが言ったろ薊野さん……直接確かめるって」
「……ああ」
微かに頷くセセラ。
「万が一、夢の中で何者かに襲われた場合、外部から強制的に引き戻す。ただしタイムリミットは30分。それを超えると、脳と因子のリンクが過剰反応を起こす可能性がある」
「……怖いね」
レイラは目を伏せながら笑った。
「でも……行く」
「よし、偉い」
セセラは操作を完了させる。
装置の各インジケーターが緑に点灯し、低い電子音が室内に響いた。
「……じゃあ、始めようか。ふたりとも、夢の中で会おうぜ」
「…………うん」
──ブゥゥン……
微かな振動と共に、ふたりの意識が静かに沈んでいく。
「…………」
「………………」
リルの瞼が閉じられ、レイラの左目の眼帯の隙間から微かに蒼白い光が漏れた。
そして──。
光の無い深い水の底のような感覚──。
ふたりの足元に、“過去の断片”が浮かび始める。
◇
レイラの記憶の領域──。
ザァ…………ザァ…………と、小さな波音が聞こえていた。
足元をぬるく包む水の感触。
目を開けると、そこはどこまでも白く、果てのない海辺のような場所だった。
「……ここ……」
レイラは自分の手を見る。
白く小さな指。
──幼い頃の姿だ。
(私の……記憶)
「──レイラちゃん?」
振り返ると、遠くの波打ち際に立つ人影があった。
──あの人。
目元が優しく、少し笑っている顔。
それは、確かに見覚えがある。
「三鷹……さん……」
話にあった職員・三鷹ルキだ。
レイラが名を呼んだ瞬間、影が三鷹を包むと──。
「レイラちゃン、覚──えテルカい? 君の目は、と──テも特──別だッタンダ」
その声が、急に音割れしたように歪んだ。
「……っ!」
レイラは一歩、後ずさる。
その三鷹だった者の目が、瞬時に真っ黒に塗り潰された。
「君の中にイル龍、アレはネ──。トテモ美しい、未来ソノモノなンダヨ」
口元だけが、笑っている。
しかし、その目は確かに“何か”に乗っ取られていた。
「これ、私の記憶じゃない……! 誰かが……再生してる……!」
レイラがそう気づいたとき、“その顔”が一瞬、三鷹ルキではない誰かに差し替わった。
──見たことのない青年。
ハネた銀髪で、白目が黒く塗られたような不気味な右目。
その目だけが、じっとこちらを見ていた。
(……誰……?)
声が聞こえる。
「アナタの中身が、どんな味か。オレは知っていますよ」
その口調も、言葉も──。
どこか人の形をしていて、人ではない。
「……誰……なの……?」
知らない。
でも、肌の奥がぞわりとする。
名前も顔も知らないのに──なぜか、会ったことがある気がした。
「……!!」
空間がガラガラと音を立てて一気に崩れ、黒い霧が視界を呑み込む。
『レイラ! 聞こえるか、戻れ!!』
セセラの声が遠くから響く──。
「……っ!」
その瞬間、視界が真っ白に切り替わった。
「………………」
──そして、リルの記憶の領域。
そこはしとしとと、室内なのに天井から雨が降っていた。
壁も床も存在しているはずなのに、水は溜まらず、ただ消えていく。
「……ここは……」
リルは、自分の姿が今のままであることに気づく。
レイラと違い、リルは過去の子どもではなかった。
だが──目の前にあるのは、幼い頃に使っていた機関の小さな部屋だった。
窓の外は、ずっと灰色。
外に出ることも許されなかった、狭くて冷たい部屋。
「……なんで……ここ、頭ん中にまだ……残ってんだよ……」
誰にも知られたくなかったはずの場所。
記憶から切り離したつもりだったのに──。
「オレの中、ずいぶん根が深ぇらしいな……」
そう呟いて笑おうとしたとき──。
──ギィ…………
背後で、扉がゆっくりと開いた音がした。
「…………」
誰かが、いる。
リルは反射的に振り返る──。
そこに立っていたのは。
「……う……ッ……!」
顔の無い自分自身だった。
リルと同じ髪、同じ爪、同じ体つき。
ただしその顔には、なにも無い。
見えないのではなく、物理的になにも無くされている形。目も鼻も口も──完全に削がれて血が滴り、肉が剥き出しになっていた。
「……何だ、これ、オレだよな……」
声に出すと、心臓がドクンと跳ねる。
言った瞬間に、自分が怯えていることを認識した。
顔部分を削げ落とされたようなリルが、血を垂らしながら静かに歩いてくる。
ゆっくりと──しかし確実に、リルの正面へ。
──お前は実験体でしかない。
──どうせまた捨てられる。
──龍に喰われて終わりだ。
声にならない言葉が、脳内に響く。
「やめろ……」
──愛されるわけがない。
「やめろっつってんだろ……!」
──全部、お前が悪いんだ。
「……ッ!!」
リルの拳が振り抜かれた。
無意識だった。
だがその一撃は、顔の無い自分の胸を貫いていた。
──ゴッ……!
中から出てきたのは、黒い球体。
(……これ……)
触れた瞬間、それが“誰かの記憶の核”であることが直感でわかった。
──これは、お前のじゃない。
──誰かが、勝手に植えたものだ。
「…………!」
──ピピピッ……
セセラの声が、今にも途切れそうな通信で聞こえてくる。
『リル……! 状態異常反応! 限界だ、引き戻す──!』
「ああ……、でも、ちょっと待って──」
そしてリルはその球体を、力任せに握り潰した。
「なァ……オレの中に、他人の感情なんか……入れんじゃねェよ!!」
怒りのままにそう叫ぶと──。
砕けた球体が、黒い霧となって爆ぜた。
そして、リルの視界が、白く反転する。
◇
次の瞬間、ベッドの上──。
現実世界へと、強制的に引き戻された。
「──っは……!」
跳ね起きるリル。
全身に汗をかいていて、呼吸が荒い。
視界は揺れていたが、ここが現実であることだけはすぐに理解できた。
「……戻った……のか……」
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背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
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