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コヨタ

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第10話 食事の時間です・後編

第10話・4 記録のメインディッシュ

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「リル……! 意識戻ったな」

 セセラはすぐ傍でモニターを操作しながらリルに声をかけた。
 リルの視線の先には、隣のベッドでまだ目を閉じているレイラの姿がある。

「……ッ……、……レイラは?」

「あと数秒で引き戻す。お前の方が……先に、拒絶反応を起こした」

「……すげえキショかった。オレじゃない、オレの形をした何かが……あんなの、オレの記憶じゃねえ」

 セセラはその言葉に、少しだけ顔を上げて──微かに笑った。

「だろうな。あれはお前自身が気づいてなかった侵入口だ。お前の不安、恐怖、そして……罪悪感。そこに誰かが入り込んでいた」

「……わかってた。でも……いざそれを見たら、心底ムカついた」

 リルは汗を拭うように顔を撫で、その手で無意識に自分の顔と胸を確かめる。

「なあ薊野さん見て……。変なモン、残ってないよな?」

「ん。今んとこ、異常無し。よくやったよ。お前のメンタル……ぶっ壊れててもおかしくなかった」

 その時──。

「……ん……」

 レイラの瞼が、静かに動いた。

「レイラ……」

 リルが思わず身を乗り出すと、レイラの瞳がゆっくりと開く。

「……リル?」

「おかえり」

 レイラは一瞬戸惑ったあと、息を吐いて、目を伏せる。

「……私……見た。三鷹さんと誰かが……いた。私の記憶を勝手に覗いて……私の大事なものを模して、利用してた」

「……オレも、めちゃくちゃ悪口言われた」

 ふたりは、ベッド越しに目を合わせる。
 セセラはそんなふたりを見て──。

「ようやく姿が見え始めたってわけだ」

 静かに、立ち上がった。

「お前らの記憶を、武器に変えようとしてる奴がいる。それも、“ただの敵”じゃねぇ。“お前らを知ってる誰か”だ」

「……誰か、って──」

「身内だろうな」

 その言葉に、レイラもリルも、息を呑んだ。

「次に来るのは、もっと深くて、もっと個人的なやつだぞ。……だから覚悟しとけ」

 真剣な面持ちのセセラの目が、僅かに細まる。

「今度は、過去を乗り越えるんじゃなく、過去そのものに喰われる可能性がある」

「……それでも、行くよ」

 レイラの声は、強かった。

「オレもだ。今さら止まってられねえ」

「…………」

 ふたりのを受けて、セセラは肩の力を抜く。

「……よし。じゃあ……行くか。次は、この中枢そのものに潜る」

「中枢……?」

「そう。お前たちの因子データを管理してる一番奥。そこが……最も侵食されてる可能性が高い」

 ──敵は既に、施設の奥深くに牙を立てている。


 ◇


 辿り着いたのは龍調査機関・中枢区画・第4階層。

 データ心核室。

 ──ギィィィィィ……

 電子錠が解かれ、重厚な扉が横にスライドする。
 その奥に広がっていたのは、静寂と冷気の漂う異質な空間だった。

「ここが……中枢……?」

 レイラは思わず呟く。

 白く無機質な室内に、巨大な透明の管がいくつも並んでいる。
 それぞれの内部には無数のケーブルと──浮かぶ“赤い光のコア”。

「ここが、機関が管理する因子記録の心臓部だ。龍因子がどんなふうに体内で反応してきたか、いつ、どう変異したか──全部、ここに蓄積されてる」

 セセラは手慣れた様子で奥の操作盤にアクセスする。

「……この空間に、があると?」

 リルはゆっくり歩を進めながら、セセラに尋ねた。

「侵入があった。昨日まで無かったアクセスログが、数件残ってる。しかも深夜。職員IDではないコードを使って、直接この心核に」

「それって……」

「内部からじゃなく、夢の中から入ってきたような反応だ」

 レイラの背にぞわっと悪寒が走る。

「……じゃあ、ここに……敵の一部が残ってる……?」

「もしくは

「……ッ!!」

 セセラの言葉に、空間が一段冷えたように感じられた。

 ──ピピッ……

「……やっぱりな」

 セセラの端末が警告音アラートを上げる。

「一基だけ……心核の反応がおかしい。因子形状の重複……つまり、お前たちの因子がふたり分、同時に記録されている」

「え……? そんなこと……」

「できるはずがねえ。他者の因子を模倣するか、同じ因子の断片を引き抜いて再利用してる……って話だ」

「……!」

 リルがハッと目を見開く。

「……誰かが、オレたちの因子をコピーして……“新しい龍”を作ってるってことかよ……」

 セセラは頷いた。

「異形の龍たち。そして、夢の中に現れたあの顔や記憶の違和感……全部、が起こしてる可能性がある」

「じゃあ……!」

 少し震えたレイラの声。

「そういうタイプの龍、これからも増える……?」

「放っておいたら、な」

 セセラは目を細める。

「しかも、お前たちの記憶を材料にして、どんどん個性を持つようになる。そうなると、次は……誰よりお前たちに近いものを模してくるぞ」

「……ッ……!」

 レイラとリル、ふたりの瞳に緊張が走った。

「まるで、お前たち自身をするように」

 その言葉に、ふたりの脳裏に浮かんだのは──知らないはずの、知っている誰か。そして、顔の無い自分。

「……行こう。まだいるんでしょ? そこに」

 それでもレイラの声は、揺るぎなかった。
 その声を聞きながら、セセラは操作盤の奥を指し示す。

「一番奥の心核。そこが……龍因子を喰らう模倣者の巣だ」


 ◇


 ──中枢区画、最奥。

 静寂。
 管とパイプのうねりだけが、低く鳴っていた。

 そこに──異質が、混ざっている。

「……ここだけ、空気が違う」

 ぽつりと呟いたのはレイラ。

「拒絶されてるみてえな空気だな……オレたちが“入っちゃいけねえ場所”って感じだ」

 リルは片手を軽く振って霧を払うが、その動きにも反応するように、部屋の奥で“何か”が蠢く。

「? ねえ……薊野さん、あれ……」

「…………」

 レイラが指さした先。
 ガラスの管のひとつだけが、脈動していた。

 中には、何かが形を変えながら生まれようとしている。

「反応確認……心核の一部が、因子から生命組織へ転化中……」

 そして──。

「……くそッ、もう造られてる! お前らの模造体が!」

 セセラが端末を睨みつけながら声を上げた。

 ──ググググ……ッ……

 ──バリィインッ!!

 ガラスが割れる音と同時に、白い霧の中から何かが這い出てきた。

 それは──。

「……っ……あれ……」

 レイラは声を詰まらせる。

 そこにいたのは、左目を鱗で隠した少女のような龍と、腕に鱗と鋭い爪を持つ青年のような龍。

 2匹は下半身こそ鱗や甲殻に覆われた歪な形だが、上半身だけならレイラとリルの姿に酷似していた。

 表情は抜け落ちたように無表情。
 まるで心だけを写した鏡のように、感情の欠片だけを宿している。

「これ……私と……リル……?」

「──いや、オレたちじゃねえ」

 リルの右手が音を立てて変質した。

「そう見えるように造られた、模造体だ」

「でも、動きが読めない……気配が、バラバラに重なってる……!」

 レイラの声が揺れ始めた。
 眼帯の奥で、龍がうねる感覚。

「わかった……こいつら、お前たちの感情そのものから作られてる!」

 セセラが確信したように叫ぶ。

「だから動きが理屈じゃなく、感情で来る……! お前たちが一度でも思ったことのある動きをしてくるぞ!!」

「……だったら──」

 リルは踏み込んだ。

「全部ブッ壊してるだけだろッ!!」

 その叫びと同時に、模造リルが疾走する──。
 模造レイラも左目の鱗を剥がしかけ、霧の奥で異様な発光を始めた。

「来るよリル!!」

「上等だ!!」

 ふたりと、ふたりがぶつかる。

 ──本物 VS 模造。

 この戦いが、誰が自分なのかを証明する。

「レイラッ──油断すんなよッ!!」

 リルが叫ぶと同じタイミングで、模造リルの右手が刃のように変質し襲いかかってくる。

 ──ガギィィィッ!!

 リルの爪と激突。
 火花が散るような音。刃同士が軋む。

 姿形は自分と瓜二つ──けれどそこに、体温が無い。

「チッ……似てりゃいいってもんじゃねぇんだよ!!」

 リルは咆哮するように踏み込んで、模造リルを床に叩きつける。

 一方その頃──。

「レイラ! 眼帯を外すな!!」
 
「!!」

 セセラの叫びにレイラが振り向いた瞬間、模造レイラの左目からの龍の眼光が閃く。

「くっ……!」

 レイラは咄嗟に眼帯を強く押さえ、自分の力を暴走させないように制御した。

「──私の中にあるものを、真似しないで!!」

「そうだ、真似されて記憶される……! よく気がついたな……! 上出来だ」

 セセラに褒められながらレイラが走る。
 霧の中で揺れる影に向かい、左腕の対龍用手甲を展開、ぶつけるように拳を振り抜いた。

 ──ガンッ!!

 模造レイラが吹き飛ぶ。
 しかしその顔には、僅かにレイラ自身が一度見せたことのあるの色が残っていた。

(あれ……私が……きっと誰かに見せた顔)

(でも……、違う……)

「あなたは、私じゃない!」

 レイラが叫んだ瞬間、背後から模造リルが襲いかかる。

「──ッ……!」

 その間に、咄嗟にリルが割り込んだ。

「そこはオレの位置だろ!!」

 リルの全力の蹴りが模造リルを吹き飛ばし、ふたりの本物が背中を合わせる。

「造られたニセモンに、オレたちの本当のはわかんねえだろ……!」

「……あなたたちは……! 私たちは、歩いてきた!」

 模造体が再び吠えるように襲いかかる。
 レイラとリルは同時に動いた。

 雷のように鋭く、風のようにしなやかに──。

 ふたりの攻撃が交差し、模造体たちの中心を貫く。

「──ガア゙ア゙ァア゙アアアアァァ……!!」

 悲鳴と共に、白い霧が舞い上がった。

 そして──静寂。

「…………」

「……終わった……?」

 レイラが呟いた瞬間、ふたりの模造体は崩れるようにその場に膝をつき、霧となって消えた。

「やっと……だな」

 リルは汗を拭うように左腕で顔を擦ると、セセラが少し離れた場から駆け寄ってくる。

「無事か!? お前ら……!」

「うん」

「……ちょっと疲れたけど、まだやれる」

 ふたりは、互いに目を見て──。
 小さく笑った。

 誰かになろうとした存在を乗り越え、自分であり続けることを、この戦いでふたりは証明したのだった。

 しかし。

 模造体が霧と共に崩れた、そのすぐ後。

 ──ズウゥゥゥン……ッ……

「…………!!」

 低く、地の底から響くような振動。
 霧がまだ消え切らない中、その中心に、瘴気でできた黒い輪が現れた。

「……っ、……なに?」

 まるで円環を描くように、重力が沈んでいる。

「……空間が歪んでる……?」

 レイラが立ち止まる。
 リルも無意識に爪を立てた。

「レイラ、リル……来るぞ。……本体が」

 そして──そこに、ゆらりと現れた。

 人のようで、人でない。

 顔は仮面のように滑らかで、感情が無く、目の位置だけが僅かに窪んでいる。
 髪の色は灰のような銀色。まるで色彩が抜けたような、死んだ色。

 細すぎる四肢、柔らかく笑っているようで、しかしどこにも意思が宿っていない口。

 その存在は、誰かの記憶を寄せ集めて形にした彫像のようだった。

「やっと、会えましたね」

 声は、やけに綺麗だった。

 体の見た目は男性だが、声はもはや性別も年齢も判別できない。

 ──声色さえも、どこかだった。



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