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コヨタ

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第10話 食事の時間です・後編

第10話・5 本当のメインディッシュ

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 それは真打のように目の前に現れた。

 白衣を纏っているが──しかし人間とは言い難い雰囲気の存在。

「出たな……」

 セセラは唸るように声を出す。
 冷徹でいながらも、焦燥をも孕んだ声音。

「──お前……何者だ」

 リルが低く問いかける。

「ボクは、“記録”。キミたちの記憶を集め、感情を編み、意志を模した」

 その言葉にリルは舌打ちを漏らし、訝しんだ。

「目的はただひとつ……完全な自己の獲得。……『クラヴィス』と名乗る者として、この世界に生まれただよ」

 レイラが息を呑む。

「クラヴィス……? 私たちの……記録……?」

「そう。今のボクの名前、クラヴィス。キミたちが見たもの、感じたこと、揺れた心……全て、データとして読み取られ模倣された。そして、記録者であるキミたちを超えるために──」

 クラヴィスの“顔”がゆっくりと動く。

「……ッ、三鷹さん……?」

 目を見開くレイラ。
 その容姿はどこか、元・職員──三鷹ルキの面影があったのだ。

 しかし彼はまっすぐ、ふたりの本物を見据える。

「──キミたちを、否定しに来た」

 その言葉と同時に、クラヴィスの全身が“記憶の断片”で覆われていく。

 レイラの左目の光。
 リルの腕の龍化。
 アシュラの剣技の構え。
 ラショウの舞いの構え。

 それらが断片的に表層に浮かび、ふたりの記憶で作られた存在であることを主張していた。

「これは……私たちだけの記憶じゃない……!」

「……あいつらの記憶まで食ってんのかよ、テメェ……!!」

 リルの怒りが爆ぜる。

 その直後──。

 クラヴィスの両腕が鋭く、槍のように変質した。
 その質感は金属のようで──しかし記憶の断片で編まれたような、感情の塊。

「──来る!!」

 次の瞬間、戦場が生まれる。

 本物と、模倣。
 記録者と、記録の化け物。

 ──最終決戦、開幕。

「行くよ? キミたち」

 声と同時に、クラヴィスが空間ごと歪ませるように踏み込んだ。

「速っ……!」

 リルが咄嗟に前へ出るが、クラヴィスの一撃は軌道を捻じ曲げ、リルの防御をすり抜けて肩をかすめる──。

「くっ……ぐ……っ!」

 切り裂かれた肩が赤く染まる。
 だが、同時にクラヴィスの目が淡く光った。

「──ね。でもその痛み、。ボクの中にある」

「……何言ってんだ……テメェは……!」

 歯を食いしばりながら応戦するリル。
 鋭く爪で斬りかかるが、クラヴィスは動きで後退しそれを避けた。

「──っ、今の……!」

「うそ……あれ、ラショウの回避の仕方だった……!」

 レイラは驚愕したように目を見開く。

「使ってくるんだ……私たちの、大事な人の記憶まで……!」

「そう。構成されてるからね」

 クラヴィスが微笑むように腕を掲げる。
 その周囲に、アシュラの剣の型、リルの咆哮、レイラの龍の光──。

 断片が、宙に浮かび、徐々に体に融合していく。

「ボクは“記録から構成された龍”。つまり、キミたちを知り尽くした存在だよ」

「ッ、知った気になるな!!」

 レイラは叫びながら飛び出した。

 眼帯の下、左目が光を帯びる──。

「──これは、力!!」

 レイラの対龍用手甲が輝き、光の拳を形成。
 放たれた閃光がクラヴィスの胸を貫いた。

 ──ズガンッ!!

 爆音。霧の中に舞う衝撃波。

 ……だが、クラヴィスは倒れない。

 胸を穿たれたはずの場所に、“レイラの記憶”が補われ、再構築された。

「ッ、再生した……!?」

「……キミたちが記憶している限り、ボクは“何度でも形成される”んだよ」

 レイラとリルが同時に息を呑む。

「記録とは、そういうものさ。誰かの記憶が続く限り、存在は消えない。──だから、壊したければ、思い出すな」

「…………ッ」

 セセラが後方から叫ぶ。

「レイラ! リル! 思い出さなくするんじゃない! それをしろ!!」

 冷静だが、言葉には熱さがあった。

「……上書き……!?」

「そうだ、新しい自分で! 今の記憶で、あいつを上回れ!!」

 その言葉に、ふたりの目が揺れる。

「……そうだよ……私たちは……」

じゃなく、ここにいるんだよな」

 ふたりは再び構える。

「フフフ…………」

 記憶の龍・クラヴィスの体がまたも変質した。

 レイラとリル、仲間たち──その全員の“記憶の影”を纏った姿。
 その光景は美しくもあり、同時に、吐き気がするほど不気味だった。

「……キミたちの痛みも、涙も、震えも……全部、ボクの中にある」

 クラヴィスの声は淡々と響く。

「ボクは、キミたちの全部を知ってる。だから、ボクの方が“本物”かもしれないね♪」

「あ゙!? ……ッ、ふざけんなよ!!」

 リルの叫びが、空気を震わせた。

「クソが!! 知ってるってだけで、ことにはなんねェだろ!! 痛みも涙も!! 震えながらそれでも立った日もッ!! テメェに何がわかんだコラ!!」

「……リル……!」

「オレたちが自分の足で越えてきた日々はなァ!! テメェなんかには、よ!!」

 怒号を上げるリル。
 既に変異している右手はメキメキと腕までも龍化し、甲殻が黒く輝く。

 ──、龍化の進行。

「オレはレイラこいつと笑って、アシュラと殴り合ってラショウに心配されて! それで、今ここにいんだよ!!」

「……クラヴィス! 私もだよッ!!」

 そしてレイラは眼帯を外し、続くように前に出た。

「左目に、ずっと消えないものがあった! 誰もわかってくれなくて、怖くて……!! でも、それを受け入れてくれた人たちがいたんだ!!」

 その左目から蒼白い光が輝く──。

 まるで、新たな力が芽生えたかのように。

「支えてもらっている今があるから、私は過去を愛せるようになったんだよ!!」

「それが今のオレたちだ!!」

 感情が溢れるふたりの力が交差する──。

 レイラの左目と拳から放たれたまばゆい光と、リルの龍の咆哮と爪の猛攻が重なった。

 怒涛の連打。
 
 怒涛の連撃。

「……!!」

 クラヴィスを一気に追い込み──そして包み込んでいく。

 ──ギギギギ……ギチチチ……!!

 クラヴィスの体の表面が、軋むように崩れ始めた。

「ッぐ……、何だ? それは……? 感情が……記録が……? 塗り替わっていく……??」

 クラヴィスの声に、初めて“焦り”の色が混じる。

「強いんだよ! 私たち!!」

「そうだ、記録なんて更新されてくんだよ!! それくらい知っとけボケが!!」

 レイラとリルが叫び──。

 レイラの光の攻撃が。
 リルの龍爪の攻撃が。

 ふたりの力が。

 を、完全に包み込んだ。

「さよなら、……三鷹さん……っ」

 ──レイラの両目に涙が滲む。

「いや、クラヴィス!!!」

 レイラの魂からの叫び。
 光と衝撃が、中枢区画を揺るがす。

「──ア゙」

 クラヴィスの体が、“記憶の破片”ごと砕け──。

「くそ……ッ、くそ、ガァアアァアアッ──!!!」

 霧と化して四散していく。

「…………!!」

 ──残るは、余韻と……勝利の実感。

 そして、霧が晴れていく。

「…………」

 まるで何事も無かったかのように、中枢区画最奥の心核空間には静寂が訪れる。

 クラヴィスが消えた今、ふたりはピクリとも動かない──。
 ただ、そこに本当に終わったという空気だけが残されていた。

 レイラは、その場に膝をついていた。
 左目の輝きも消え、眼帯は再びしっかりと固定されている。

「…………っ……」

 しかし、その瞳にはじわりと涙が浮かんでいた。

「……はあ……ッ……」

 リルも龍化が解けた右腕を抱え込むように肩で息をしている。

 けれど、どちらの顔にも──。
 笑みがあった。

「……か……」

 不意に沈黙を破る声が響く。

「勝っ……た……」

 ──セセラだった。

「勝った……お前ら……マジで……!」

 そのまま駆け寄ると、勢いのままにふたり纏めてぐわっと抱きしめる。

「──マジでやった!! やってくれたな、お前ら!! すげえッ、すげえよ!! 最高かよ!!!」

 むぎゅうと密着している近さでのその声は本当にうるさいくらいで、先程までの冷静沈着な“研究者”の顔はどこにもなかった。

「わぷっ……、ちょ、あ、薊野さん!? う、うわっ……」

「ゔ……、うるせえ……! なんだよ、野郎に抱きつかれたって嬉しくなんか──」

「嬉しがっとけ!!」

 突然の熱量にギョッとし、流石に困惑するレイラとリル。

 しかし──その腕の中で、ふたりの緊張はすっと溶けていく。

 そしてレイラが、ぽつりと。

「……やったぁ……!!」

 途端に、弾けるような笑顔。
 それはどこか幼くて、嬉しくて、浮かべていた涙が零れ出そうなほどだった。

「……ハッ、あっはははは!!」

 リルも思わず笑い出してしまう。
 普段の無愛想な仮面がどこかへ吹き飛び、今この瞬間だけは“何も背負わない笑顔”が、そこにあった。

「はは……っ、ああ……やっと、勝ったんだなオレたち……」

「うん……! ちゃんと、自分で、自分たちで勝った……!」

「……ふたりとも、よく頑張ったよ……」

 セセラの声は、ようやく少し静かになる。
 ふたりのことはまだ抱きしめたまま。

 でも今度はそっと、優しく。

「ほんとに、ありがとうな。……生きてくれて」

 ふたりの表情に、静かに光が宿る。


 ◇


 ──そして、数時間後。

 龍調査機関・上階エリア。

 かつて霧が侵食し、混乱と恐怖に包まれた廊下や部屋たちは、今や静けさを取り戻していた。

 壊れた壁。焦げた床。
 それでも、その中には──職員たちのホッとした顔があった。

「よかった……本当によかった……」

「霧の感知反応、全て消失しました!」

「これ以上の侵入反応は確認されていません!」

 現場を走り回る職員たちが、口々に安堵の声を上げる。

 その中で、あの若い女性職員がぼそっと呟いた。

「……レイラちゃん、リルくん……本当に戻ってきてくれたんだね……」

 そこで別の職員が、「なぁ」と小さく笑う。

「なんかさ……これでもう、なんて呼び方……したくなくなっちゃったな」

 周囲の者たちは皆、静かに頷いた。

 ──中枢制御室のモニターには、セセラが設置した記録ログが点滅している。

【記憶の龍・クラヴィス──記録データ、完全消失】

【龍因子侵食、除去完了】

【模造体構築データ──破棄処理済み】

 ──最後に残るのは、ひとつのウィンドウ。

【記録者:紫苑レイラ、紅崎リル】
【対クラヴィス戦・調査:完了】
【記録者生存:確認】

【記憶の上書き──成功】


 ◇


 ──その時。

 龍調査機関の屋上に立つ、ひとつの影があった。

 白衣をなびかせるような細身のシルエット。

「……クラヴィス、ね」

 風に吹かれるその髪は──左右非対称の銀髪。

「あの子たちの手で討たれましたか。……想像以上だ」

 口元に浮かぶのは、乾いた微笑。

「オレ、あいつ気に入らなかったんでスッキリしましたよ」

 その声を風が攫う。

「アナタたち、素敵でした……レイラ、リル」

 ──誰も知らない場所で、新たな脅威が静かに目を覚ましつつあった。

「また、会いましょうね」

 龍調査機関を後にしていくネク。
 彼はもう、二度とこの施設に近づくことはなかった。

「──今度は、どこか違う場所で」




 第10話 完









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