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コヨタ

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第10話 食事の時間です・後編

第10話・2 記録のスープで高める期待

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「──敵性反応、複数確認!」

 緊急アラートが鳴り響く中、中央司令室のモニター前に座る職員たちが一斉に立ち上がる。

「地下第4区画・養護エリア・第12室、並びに──第2セクター通路に類似反応あり!」

「は……!?」

 駆け込むように扉を開けて入ってきたのは、セセラだった。
 白衣の裾がまだ砂埃と血のような液体にまみれている。

「レイラとリルの部屋……!? ……まさか、あいつらを起点に!」

「反応、増えています! 本部全体に拡散する可能性あり!」

「ッ、こりゃあ……防衛ラインの突破、視野に入れとくべきだな……」

 セセラが奥歯を噛んだ、その時──。

「セセラ」

 扉の向こうから、シエリが現れた。
 手には通信端末。髪も服も整っているのに、その表情は鋭かった。

「先生……!」

「各自、聞け。施設を封鎖する。必要最低限の区域を除き、職員には避難指示。解析班と戦闘班は可動限界まで展開しなさい」

「承知しました、所長!」

 職員たちの声に従い、赤く染まった警告ランプが各階層に灯る。

 ──ギュオン……ギュオン……ッ……

 鉄扉が自動的に降り、通路が次々に遮断されていく。

「先生……やっぱりクラヴィスの影響か?」

「ああ。奴の行動……いや、目的を含めて、まだ読めない。けれど、少なくとも我々の手札を見透かしたうえで……に来ただけで済むわけがない」

「じゃあ……次は、本番ってか」

 深く息を吐くセセラ。

「……先生、レイラとリルは?」

「ああ……既に異形の龍1体を撃破。現在、回復処置中とのこと」

「おい……あいつら病み上がりだぞ……! あのふたりに頼りすぎてる……」

 シエリはその言葉を聞いて、僅かに眉を寄せた。

「……それでも、あの子たち以外に変化の因子を持つ者はいない」

「……ッ」

「守らなければならない。あの子たちを。ただの素材でも、兵器でもなく。生きている個人として」

 その声に、セセラは目を見開く。

「……先生」

「そのために、全戦力を整えなさい。これ以上は、誰も失わないために」

 ──各所に非常招集がかかる。

 機関全体が、今、ようやく戦う準備を始めた。


 ◇


 ──医療棟の療養エリアの一室。

「……兄様、落ち着いて。今はまだ、出歩いてはいけないって」

「……言われなくてもわかってる」

 アシュラは包帯を巻かれた腕をそっと撫でながら、窓の外を見ていた。
 目の下には僅かな隈。新生龍との戦闘が先日あったばかり。

 動けないわけではないがその体はまだ万全ではない──だが、彼の感覚は研ぎ澄まされていた。

「でも……この音、空気……、尋常じゃない。さっきの轟音、あれは……レイラとリルの……」

「……!」

 ラショウが言いかけた瞬間、アシュラの右手がベッドの手すりを強く握り締めた。

「……っ、くそ……」

 ラショウが驚いて目を向けると、アシュラの目にうっすらと涙が浮かんでいた。

 それでも、その表情は一切崩れない。

 ただ、震えている。

「俺が……俺が、もっと早く治ってたら……!」

「兄様……」

「また……また、レイラとリルに背中を預けさせてる。もう戦わせたくなんて……なかったのに……」

「に……兄様、それは違うよ。レイラちゃんも、リルくんも……戦っているんじゃない」

「…………く……ッ……」

「生きて……るんだよ。自分の足で立って、選んで……」

 アシュラは、ラショウの言葉に視線を向けた。

「兄様が……『行かせてくれ』って叫んだとき、私……ちょっと怖かったけど本当に嬉しかった。守りたい人がいるって言ってくれたから」

「だから……今、少しだけ、待ってあげて」

 ラショウは、兄の手にそっと自分の手を重ねる。

「…………!」

「レイラちゃんも、リルくんも、帰ってくるよ。絶対」

「……っ、……ああ。……俺が信じなきゃ、誰が信じるってんだよな」

 そう呟くアシュラの目に、今度は涙ではなく、確かな光が宿っていた。

 そして療養エリア・第12室──。

「……静かになったな」

 リルが、ソファの背もたれに頭を預けながらぼそりと呟く。
 先程までの空間の歪みも、異形の気配も、すっかり消え失せていた。

 非常灯の赤い明かりが、まだ緊急事態の継続を伝えている。

「……けど、これで終わりじゃないんでしょ」

 レイラは、立てかけた対龍用手甲を見つめたまま答える。
 その表情に恐れは無く、あるのは覚悟だった。

「うん。わかってる。……なんかさ」

 言葉を切り、天井を見上げるリル。

「どこかで見てるよな、絶対」

「誰かが?」

がかもしんねぇ。オレらを、試してるような目」

「…………」

 レイラはしばし黙っていたが、やがて口を開く。

「私たちの中にいる龍は何も喋らない。でも、さっきの異形……あれ、自分から来たよね。私たちに会いに来るみたいに」

「……オレらが“目的そのもの”なんじゃねえかって思えてくるな」

「……リル」

「ん」

「倒れてもいいけど……諦めないでね」

 リルは驚いたようにレイラを見た。

「……誰が諦めるかよ」

「うん。私も」

 言葉が重なる。

 ──ピピッ……

 端末が再び作動。今度は音声が鳴った。

『対象・紫苑レイラおよび紅崎リルの周囲に異常反応。セキュリティチーム、直ちに対応せよ』

「……まだ来んのかよ……!」

 リルは顔を顰めて辟易としながら立ち上がる。

 レイラもすっと姿勢を正し、手甲を再装着する。

「行こう」

「…………はあ……」

 扉が、警告音と共にゆっくりと開いていく。
 その向こうにはまた、未知が待っていた。

 しかしふたりの背筋は、今──まっすぐに伸びている。

 扉が開いた先は、療養エリアの廊下。先程までと変わらぬ通路。

 だが、空気の密度が違っていた。
 音が、反響しない。気配が、沈んでいる。

「……見て、あれ」

 レイラが指さした先──。
 廊下の天井の角、監視カメラの赤いランプが消えていた。

「……おい、マジかよ」

 リルは舌打ちしながら警戒態勢を強める。

 “情報の目”が塞がれている──。
 それだけで、どこか“狙われている感覚”が肌を這う。

「これって……薊野さんたちにも届いてないんじゃ……」

「かもな。でも、だからって止まってたら……また来る」

 ふたりはゆっくりと歩き出す。

 セキュリティロックが解除され、非常用通路を経由して中央通路へと抜けるルートが選ばれていた。

 その時。

「──お、おーい……!」

 曲がり角の向こうから、息を切らした男性職員が駆けてくる。

「リルくん……レイラちゃん……!」

「どうしたの? どこか怪我してるの?」

 レイラがすぐに駆け寄るが、男性は手を横に振って否定する。

「違う……他のエリアで、急に霧が発生して……! 他の療養室、全部封鎖されて……!」

「……!」

「機関側も把握できてない! 通信障害が出始めてて……これ、完全に!」

「クソッ……!」

 額を手で押さえるリル。
 龍化を解いていた爪の先が、疼く。

「どこにいるかわからないってのが一番タチわりィな……!」

「とりあえず、薊野さんは中枢室だ……! 防衛網を再構築しようとしてるので!」

「わかった、すぐ行く!」

 レイラが答え、リルが黙って頷く。

 だが──。

 ──ギィ…………

「……あ?」

 別の通路の扉が、ゆっくりと開いた。

 誰も、開けた様子は無い。
 その中から漏れ出す、淡い“青い霧”。

「……また、何か来るぞ」

 リルが低く唸った。

「逃げ道は……無いってことだね」

 すっと視線を鋭くしたレイラ。

「いいよ、ここで……全部、迎え撃とう」

「……だな……」

 リルは空気の揺れを読むように低く呟く。

「目、凝らして。今回は、さっきのより濃い」

 レイラの左目に、一瞬だけ蒼白い光が宿る。
 微かに霧を透かすように、空間のうねりが視える。

「いた……!」

 ──ズズ…………ッ……!

 視界の奥、霧の中からぬるりと這い出してきたのは、先程の異形とは違うを持つ存在だった。

 脚がある。腕もある。
 だが、顔が──無い。

 そこにあるのは、黒く“塗り潰された空洞”。

「……顔が、無い……?」

「違う、ようにしてんだ」

 リルは後ずさる男性職員を手で庇いながら、立ち位置を変える。

「……見られたら負けるって自覚があるヤツの動きだ」

 ──ギャアアアアア……!!

 鳴き声すら、口が無いのに脳へ響く。
 幻聴に似た、直接干渉の精神ノイズ。

「ッ……!」

 眉をしかめるレイラ。

 リルも頭を押さえながら、必死に意識を保つ。

「クッソうるせえッ……! 頭おかしくなるだろうが……!」

「ッ、大丈夫、聴こえてるだけ……壊されてはいない……!!」

 レイラの声が、強くなる。
 その瞬間、霧を払うように、左目の封が僅かに開いた。

 ──ブワッ……!!

 霧が押し返される。
 異形の龍も一瞬だけ後退──した、かのように見えた。

「ッ! レイラ、それ──!」

「っ……!」

 リルが先手を打つ。
 瞬時に龍化させたその爪が炎を纏ったように赤く光り、一直線に異形の中心を突き貫く。

 ──ザグンッ……!!

 反応するかのように、異形の空洞が僅かに

「口……? 目……!?」

 そこに──うっすらと浮かぶ、人の顔のようなもの。

「っ、やっぱり……顔を捨ててるだけじゃねえ。を持ってる!」

「……!」

 レイラは胸の奥に浮かぶ嫌悪感を噛み殺す。

「リル、引いて!」

「……ッ!!」

 次の瞬間、異形の体が大きく膨れた。

(なんだ? 爆ぜる──!?)

「──危ないッ!!」

 レイラは咄嗟にリルの肩を掴み、職員ごと背後へ飛び下がる。

 ──ズグオォォン!!

 その場に瘴気爆発が発生し、壁が一部吹き飛ぶ。

「わああ!!」

 職員もその衝撃に悲鳴をあげた。

「はあ、はあっ……、これは……また自壊型……!」

「何が目的なんだ……!?  オレたちのデータだけ取りに来てんのか!? それとも……!」

 霧が再び周囲を包み込もうとしたその時──。

 ──ピッ、ピッ……!

「……通信回復した! レイラちゃん、リルくん、応答できるかい!?」

『──こちら中枢室、薊野! 現在そちらに支援班を──』

「っ、薊野さん! レイラだよ! 聞こえてる! リルと応戦中! 職員さん1名と共に後退中……!!」

『……レイラ……!? ……よしッ……! リルも無事だな!? お前ら……絶対死ぬなよ!!』

 セセラのその言葉に、ふたりの足が自然と前へ出た。

「ククッ……命令されたな……」

「うん。なら……生きて帰らなきゃね……」


 ◇


 龍調査機関・療養エリア、中央通路付近──。

「はあ、はあ……っ」

 中枢エリアへ向かうレイラとリル、そして男性職員。

 肩で息をしながら走るレイラの横で、リルも腕を押さえたまま並走していた。
 先程の爆ぜる異形によって負った小さな裂傷から、じわりと血が滲んでいる。

「……っ、クソ……。ちょっと、ってえな……」

「大丈夫……?」

「……平気。オレのはすぐ塞がる」

 事実、リルの傷口の赤みは徐々に収まりつつあった。

 ──しかし。

(龍化を使ったり解いたりっていう方が……疲れて……ヤバい)

「……は、っ…………」

 リルはほんの一瞬だけ、苦しげな息を漏らした。

 その様子に、レイラは目を伏せる。

「……やっぱり、リルは強いよ」

「……ふ、お前の目も相当だけどな。眼帯外したわけでもねえのにさっきの霧、あれを一撃で吹き飛ばしてたし……」

 会話を交わしながら、ふたりは中枢エリアへと続く通路へ駆け込む。
 男性職員も後を追うように必死で走り続けた。

 そこへ──。

「レイラ! リル!」

 声を上げながらセセラが迎えに現れた。

「無事か!? 職員も一緒だって聞いたが──」

「ここに!」

 レイラの後ろから、男性職員が息を切らしながらも無傷で姿を現す。

「ぜえ、ぜえ……ふたりとも、走るのが、早い……。しかし助かりました……この子たちがいなかったら、私は……」

「感謝しろよ」

 リルはすかさず職員の耳元でボソッと呟いて、肩をすくめた。

「……いや、感謝してるよ。君たちが、ただの“兵器”なんかじゃないってこと……改めて見せてもらった」

「…………」

 小さく頷くセセラ。それを見たレイラは少しだけ表情を和らげた。

「薊野さん、今の霧……何かわかった?」

「ああ、ある程度な。……おそらく目的は戦闘じゃねえ。“観察”、あるいは……“干渉”」

「干渉……?」

「お前らの因子の挙動、反応、そして……感情」

「……感情……」

「異形の中にはがあったろ。あれ、じゃなかったか? 思い出せるか? あれを見てどう感じたか」

「うん……気味が悪かった。でも、どこかで──」

「「見たことあるような気がした」」

 レイラとリルが同時に答え──。

「「……!」」

 互いに目を見合わせる。

 セセラは、その反応に僅かに眉を寄せた。

「……やっぱりな。あの異形たち、ただのバケモノじゃねえ。感情をなぞっている」

「……誰かが、オレたちの中を覗いてる?」

「ああ。おそらく……の奴が、な」

 その瞬間、レイラとリルの視界に──。

 ふと、見慣れない銀髪の男の後ろ姿がよぎった気がした。

 しかし、それは幻のように消える。

「誰かが私たちを覗いている……」

 それは、単なる想像では済まされない──。
 確かに、何かがこちらを焼きつけている感覚だった。



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