RAID CORE

コヨタ

文字の大きさ
71 / 133
第16話 その微かな光を信じて

第16話・4 次に向かっていく

しおりを挟む
 ──数日後。
 特殊解析棟の一室。

 リルはベッドに身を預けたまま、少しずつ体を動かせるようになっていた。

「…………」

 右腕は点滴と固定具に覆われていたが、左手で水を飲み、自分で毛布を直せる程度には回復していた。

 枕元の端末には、数値のログや身体状態のデータが常時表示されている。

「……心拍、まだ少しズレてんのか」

 ぼそっと呟きながら、リルは端末を眺めていた。
 もはや何度目かわからない自己観察。
 リルはもう、自分の体の異常を何もかも人任せにするつもりはなかった。

 そこへ、扉がノックされる。

「失礼しまーす」

 明るい声と共に入ってきたのは、メンテナンススタッフとリハビリ担当の若い医療班職員だった。

「紅崎さん、本日からリハビリに移行です」

 リルは軽くため息を吐く。

「やっとかよ……」

 スタッフが笑いながら機材を設置していた。

「まだ立つのは難しいでしょうが、上半身の可動域を戻していきましょう。あと、戦闘時の龍化に備えた自律神経の調整も、専門班が管理に入ります」

 リルは返事をせず、黙って頷く。

 その瞳は、微かに遠くを見つめていた。

 ──あの日、あの瞬間。
 自分がどこまで消えていたのか、もう思い出せない。

 ただ、あの声だけは──確かに、闇の中で響いていた。

(……レイラ……)

 名を心の中で呼ぶ。
 あの声が無ければ、戻ってこられなかったと──今ならはっきりわかる。

 職員が一通りの準備を終え、機械を起動した。

「では、軽く肘を曲げていきましょう」

「…………」

 リルはゆっくり、腕を持ち上げる。

 ギシッ……と、まるで鉄の棒のような鈍い重さ。

(……なんだこれ…………)

 だがその痛みも、今はにさえ思えた。

 センサーがリルの筋肉の動きを記録していく。

 ──静かな、けれど確かな再起の時間。

 龍の力を抱えたまま生きていくということ。
 それがどれだけ危うく、苦しいものか──誰よりも知っているリルだからこそ。

「……戻ってやるよ、全部……」

 小さく、でも強く呟いたその声に。
 誰も気づかないような微かな風が、室内を通り抜けた。

 それはまるで、再び運命が動き出す兆しのようだった。


 ◇


 ──翌日。
 時刻は既に夕方近く、医療棟の一角にて。

 ここは特殊解析棟の観察室とは別の、機能訓練室。
 即ち、リハビリルーム。

 広く清潔な部屋には、リルの呼吸音と器具の作動音だけが響いていた。

 リルは椅子に座った状態で、ゴム製のボールをゆっくりと両手で握っている。

 ギシ、ギシ……と、動かす度に筋肉の奥が軋むような鈍い痛み。

「…………ッ」

(……くそ、情けねえ)

 額に汗を浮かべながらも、リルは淡々と動作を繰り返す。

 ──そのとき。
 扉の向こうから、誰かの気配が近づいてきた。

「…………」

 リルが顔を向けると、そっと開かれた扉の隙間から、見慣れた水色の髪が覗く。

「……レイラ」

 その名を呟くと同時に、レイラは少しだけはにかんだように入室した。

 リルは動きを止めることなく、ただレイラを見つめる。

 レイラはしばらく何も言わずに見ていた。
 機材に繋がれ、額に汗を滲ませながら懸命に手を動かすリルの姿。

 そして、ぽつりと。

「……リハビリ、頑張ってるんだね」

「…………」

 リルの動作が止まった。

 一瞬だけ俯いたあと、微かに苦笑する。

「……見んなよ、こんなダセェとこ」

「ううん。……かっこいいと思った」

 その言葉に、リルは少しだけ目を細めた。

「ふん……正直、まだ全然ダメだけどな。腕1本まともに動かすだけで、心臓バクバクだし……」

「……そっか……」

 そしてレイラは、そっとリルの隣に腰を下ろす。

「でも、リル……。戻ろうとしてる。ちゃんと、ここに」

 その声には、迷いも、涙も無かった。
 ただ、心からの想いだけがこもっている。

「…………」

 リルは、しばらく無言でその言葉を受け止めた。

 やがて、ふっと力を抜いたように背を椅子に預け、目を閉じる。

「……オレさ」

「うん」

「目が覚めたとき、真っ先に見たの、お前だった」

「……!」
 
 揺れるレイラの瞳。

 リルはそのまま、微かに口角を上げて続けた。

「なんでかわかんねえけど……そのとき、安心した。……戻ってきたんだって思えた」

 レイラは言葉を失い、そっと目を伏せ──そして、小さく、けれどはっきりと。

「……ありがとう。……戻ってきてくれて、本当に、ありがと」

「……っ」

 リルは照れたように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「……オレの方が、礼言わなきゃだろ」

 不器用な会話。
 しかし、そこには確かに通い合うものがある。

 静かな夕陽が射し込むリハビリルームで、ふたりは少しずつ、またいつもの距離を取り戻していくのだった。


 ◇


 同じ頃──どこかの建物の洋室。

 高級なソファと大理石のテーブル、壁際には分厚い本が並ぶ書架。

 大きな窓からは、澄んだ夕陽の光がレースカーテン越しに刺し込んでいた。

 その中心。

 ゆったりとしたソファに腰かける男がひとり。

「…………」

 ジキル──。

 帽子もサングラスも身につけていない。
 ハネた艶のある赤い長髪が肩口で揺れている。

 その紅色の瞳には、飾りの無い素の彼が映っていた。

 手に持つのは、上質なカップ。
 中のコーヒーは殆ど減っていない。

 窓の外を見つめながら、ぽつりと小さく呟く。

「……リル、あんなことがあっても戻ってこられたんだねえ」

 誰も口外していない情報。
 探知もされていないはずの領域。

 だがジキルは、それを知っていた。

 否、彼の中では、知ったではなく──という方が近い。

 ゆっくりと目を細め、口元に微笑を浮かべる。

(……感情とか、気持ちって……すごいね。科学では到底解明できない)

(それなのに、命を繋いでしまうんだ)

 静かに揺れる紅い瞳。
 慈しむように、胸の奥から言葉が溢れていく。

「えらいね、リル。……生きててくれて、本当に良かった」

 ──その声はあまりにも穏やかで。
 子を想う親の言葉に他ならない。

 そして、ジキルは胸元に手を伸ばした。
 首から下げた小さな青いペンダントに、指先がそっと触れる。

「……リル。生きていてね……ずっと」

 ぬるくなったコーヒーの香りが、静かに空間を包んでいた。

 まるで、祈りのように──。


 ◇


 ──翌朝。

 陽が昇っても無い時間。

 それぞれの場所で、それぞれの者たちがを見据えて動いていた。

 龍調査機関のトレーニングルームでは、筋肉トレーニングに励むレイラがいる。
 その額には、うっすらと汗が滲んでいた。

 あの任務で受けた傷は、既に回復している。
 だが今のレイラは、以前の自分に戻るのではなく、それ以上へ進むことを求めていた。

 モニターとレイラを交互に見ながら横に立つのは、すっかり顔色が良くなったセセラ。

「はい、ストップ」

「……ッ、……はああ…………」

「……心拍、正常。筋繊維の密度も徐々に回復してきてる」

「ふう……よかった……」

「ただし、無理はすんな。まだ内臓系はフルじゃねえ」

「うん……。……わかってる……けど……、立ち止まってる時間なんて無いんだ……」

 冷静で、それでもどこか鋭さを帯びたレイラの声に、セセラは眉をひそめる。

「……お前なァ……、完治前に張り切りすぎて倒れたらま~~~~た俺の仕事増えるんだぞ……。ただでさえこのあとリルのとこ行って色々やることあんのによ」

「大丈夫だよ。倒れないって約束する」

 その瞳はまっすぐ。
 レイラの覚悟に、セセラは息をついた。

「はああ……。やれやれ……マジで。誰に似たんだか」

「……ふふ」

「前より強くなるのはいいけどよ、間違っても壊れてでも戦うなんて思うなよ」

 レイラは小さく笑って、小さく頷く。

「うん、……ねえ、薊野さん」

「……ん……?」

「私……誰かを信じたように……。誰かに信じられる人になりたい」

「…………」

「……だから、がんばる。私ができることを」

「……は……っ、……マジで……! だから誰に似たんだよ……!」

 セセラが茶化すように笑う。
 ──あの意地の悪そうな表情。

「へへ……誰に似たのかな……?」

 レイラは久しぶりに、やっとセセラの素の笑顔を見ることができた気がした。


 ◇


 そして西城家の修練所。

 訓練に励むアシュラの上半身は、汗でびっしょりと濡れていた。

 修練用の木刀を何百回と振る。
 その度に空気が唸りを上げる。

「…………ッ……」

 普段の訓練以上の負荷。
 頭部と肩の怪我はだいぶ善くなったが、まだ小さく痛みは残る。

 それでもアシュラは一切の手を抜かなかった。

 ──もう誰も、あの日のように取りこぼさないために。

 その瞳は、まるで自分自身の弱さを焼き払うかのように、鋭かった。

(……俺は、まだ足りない……)

(完璧にはまだ遠い……。当主として剣士として……!)

(そして仲間として……親友としても……ッ……!!)

 その言葉は、自分自身への戒め──。

 ──そして、同じ頃。
 ラショウの部屋。

 鏡台の前で、ラショウは真剣な顔で短剣を研いでいた。

 質の良い砥石と柔らかい布で刃を磨き、重さとバランスを確かめる。

 その傍には、開きっぱなしの薬学資料とメモ。
 夜通し読まれた形跡が残っている。

(兄様やリルくん、レイラちゃんみたいに強くはなれないけど……)

(それでも、私にできることがあるなら……全部、やりたい)

 傷の手当て、薬品の配合、判断と迅速な処置──。

 いざというとき、誰かを守れるように。

 ラショウは誰かを支えるための力を、自分なりに積み上げようとしていた。


 ◇


 陽が高く昇る、昼の頃合い。

「……あー、邪魔だった……」

 機関の医療棟の静かな一室で、低く声を漏らしたのはリル。
 その体は機器から解放されていた。

 もはや歩行に不自由は無かった。自己再生能力による筋肉の復元はほぼ完了しており、日常動作は問題無しと診断が下された。

 普通の人間なら莫大な時間がかかるであろうリハビリを、あっという間に終了してみせた。

 昼前に健康観察と簡素な診察を終えたばかりのリル。
 レイラのトレーニングから移動してきたセセラの前で、ジャージの袖を捲る。

「なんか腕、まだ違和感ある気がする」

「……またコード繋ぐか?」

「やだよ。あんたが診ると、妙に体が緊張すんだよ……そのせいだろ」

 独り言のようなリルの言葉に、セセラは淡々と答えた。

「そりゃまあ、普通の人間より診るとこ多いしな。でもな……お前の場合は、もうちょっと自分を信用していいんじゃねぇの?」

「……ん……?」

 リルは少しだけ視線を逸らして、呟く。

「……オレが? 自分を信用……ねぇ」

「あんま自分のこと嫌うなよ。回復してんだろ、ちゃんと。……レイラだってお前のこと信じて、また一緒に前に進もうとしてるんだぜ」

「…………」

「だったら、の俺がそれを後押ししねえでどーすんだよ。そんなん職務放棄だろ」

 腕を組みながら少しリルから視線を逸らすようにして言ったそれは、珍しく率直なセセラの言葉だった。

 リルは目を見開いて──。
 そして、ふっ……と少し照れくさそうに笑う。

「……ったく。言葉使いが雑だな、薊野さんは」

「うるせ、褒め言葉として受け取っとく」

 たとえ任務が止まっていても、誰ひとり、立ち止まってなんていなかった。

 ──それぞれが、自分のやり方で。

 また並んで歩くその日を信じている。




 第16話 完










しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

花鳥見聞録

木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

空色のサイエンスウィッチ

コーヒー微糖派
SF
『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』 高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》 彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。 それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。 そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。 その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。 持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。 その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。 そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。 魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。 ※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。 ※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。 ※2022/10/25 完結まで投稿しました。

処理中です...