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第16話 その微かな光を信じて
第16話・4 次に向かっていく
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──数日後。
特殊解析棟の一室。
リルはベッドに身を預けたまま、少しずつ体を動かせるようになっていた。
「…………」
右腕は点滴と固定具に覆われていたが、左手で水を飲み、自分で毛布を直せる程度には回復していた。
枕元の端末には、数値のログや身体状態のデータが常時表示されている。
「……心拍、まだ少しズレてんのか」
ぼそっと呟きながら、リルは端末を眺めていた。
もはや何度目かわからない自己観察。
リルはもう、自分の体の異常を何もかも人任せにするつもりはなかった。
そこへ、扉がノックされる。
「失礼しまーす」
明るい声と共に入ってきたのは、メンテナンススタッフとリハビリ担当の若い医療班職員だった。
「紅崎さん、本日からリハビリに移行です」
リルは軽くため息を吐く。
「やっとかよ……」
スタッフが笑いながら機材を設置していた。
「まだ立つのは難しいでしょうが、上半身の可動域を戻していきましょう。あと、戦闘時の龍化に備えた自律神経の調整も、専門班が管理に入ります」
リルは返事をせず、黙って頷く。
その瞳は、微かに遠くを見つめていた。
──あの日、あの瞬間。
自分がどこまで消えていたのか、もう思い出せない。
ただ、あの声だけは──確かに、闇の中で響いていた。
(……レイラ……)
名を心の中で呼ぶ。
あの声が無ければ、戻ってこられなかったと──今ならはっきりわかる。
職員が一通りの準備を終え、機械を起動した。
「では、軽く肘を曲げていきましょう」
「…………」
リルはゆっくり、腕を持ち上げる。
ギシッ……と、まるで鉄の棒のような鈍い重さ。
(……なんだこれ…………)
だがその痛みも、今は生きている証にさえ思えた。
センサーがリルの筋肉の動きを記録していく。
──静かな、けれど確かな再起の時間。
龍の力を抱えたまま生きていくということ。
それがどれだけ危うく、苦しいものか──誰よりも知っているリルだからこそ。
「……戻ってやるよ、全部……」
小さく、でも強く呟いたその声に。
誰も気づかないような微かな風が、室内を通り抜けた。
それはまるで、再び運命が動き出す兆しのようだった。
◇
──翌日。
時刻は既に夕方近く、医療棟の一角にて。
ここは特殊解析棟の観察室とは別の、機能訓練室。
即ち、リハビリルーム。
広く清潔な部屋には、リルの呼吸音と器具の作動音だけが響いていた。
リルは椅子に座った状態で、ゴム製のボールをゆっくりと両手で握っている。
ギシ、ギシ……と、動かす度に筋肉の奥が軋むような鈍い痛み。
「…………ッ」
(……くそ、情けねえ)
額に汗を浮かべながらも、リルは淡々と動作を繰り返す。
──そのとき。
扉の向こうから、誰かの気配が近づいてきた。
「…………」
リルが顔を向けると、そっと開かれた扉の隙間から、見慣れた水色の髪が覗く。
「……レイラ」
その名を呟くと同時に、レイラは少しだけはにかんだように入室した。
リルは動きを止めることなく、ただレイラを見つめる。
レイラはしばらく何も言わずに見ていた。
機材に繋がれ、額に汗を滲ませながら懸命に手を動かすリルの姿。
そして、ぽつりと。
「……リハビリ、頑張ってるんだね」
「…………」
リルの動作が止まった。
一瞬だけ俯いたあと、微かに苦笑する。
「……見んなよ、こんなダセェとこ」
「ううん。……かっこいいと思った」
その言葉に、リルは少しだけ目を細めた。
「ふん……正直、まだ全然ダメだけどな。腕1本まともに動かすだけで、心臓バクバクだし……」
「……そっか……」
そしてレイラは、そっとリルの隣に腰を下ろす。
「でも、リル……。戻ろうとしてる。ちゃんと、ここに」
その声には、迷いも、涙も無かった。
ただ、心からの想いだけがこもっている。
「…………」
リルは、しばらく無言でその言葉を受け止めた。
やがて、ふっと力を抜いたように背を椅子に預け、目を閉じる。
「……オレさ」
「うん」
「目が覚めたとき、真っ先に見たの、お前だった」
「……!」
揺れるレイラの瞳。
リルはそのまま、微かに口角を上げて続けた。
「なんでかわかんねえけど……そのとき、安心した。……戻ってきたんだって思えた」
レイラは言葉を失い、そっと目を伏せ──そして、小さく、けれどはっきりと。
「……ありがとう。……戻ってきてくれて、本当に、ありがと」
「……っ」
リルは照れたように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……オレの方が、礼言わなきゃだろ」
不器用な会話。
しかし、そこには確かに通い合うものがある。
静かな夕陽が射し込むリハビリルームで、ふたりは少しずつ、またいつもの距離を取り戻していくのだった。
◇
同じ頃──どこかの建物の洋室。
高級なソファと大理石のテーブル、壁際には分厚い本が並ぶ書架。
大きな窓からは、澄んだ夕陽の光がレースカーテン越しに刺し込んでいた。
その中心。
ゆったりとしたソファに腰かける男がひとり。
「…………」
ジキル──。
帽子もサングラスも身につけていない。
ハネた艶のある赤い長髪が肩口で揺れている。
その紅色の瞳には、飾りの無い素の彼が映っていた。
手に持つのは、上質なカップ。
中のコーヒーは殆ど減っていない。
窓の外を見つめながら、ぽつりと小さく呟く。
「……リル、あんなことがあっても戻ってこられたんだねえ」
誰も口外していない情報。
探知もされていないはずの領域。
だがジキルは、それを知っていた。
否、彼の中では、知ったではなく──感じ取ったという方が近い。
ゆっくりと目を細め、口元に微笑を浮かべる。
(……感情とか、気持ちって……すごいね。科学では到底解明できない)
(それなのに、命を繋いでしまうんだ)
静かに揺れる紅い瞳。
慈しむように、胸の奥から言葉が溢れていく。
「えらいね、リル。……生きててくれて、本当に良かった」
──その声はあまりにも穏やかで。
子を想う親の言葉に他ならない。
そして、ジキルは胸元に手を伸ばした。
首から下げた小さな青いペンダントに、指先がそっと触れる。
「……リル。生きていてね……ずっと」
ぬるくなったコーヒーの香りが、静かに空間を包んでいた。
まるで、祈りのように──。
◇
──翌朝。
陽が昇って間も無い時間。
それぞれの場所で、それぞれの者たちが次を見据えて動いていた。
龍調査機関のトレーニングルームでは、筋肉トレーニングに励むレイラがいる。
その額には、うっすらと汗が滲んでいた。
あの任務で受けた傷は、既に回復している。
だが今のレイラは、以前の自分に戻るのではなく、それ以上へ進むことを求めていた。
モニターとレイラを交互に見ながら横に立つのは、すっかり顔色が良くなったセセラ。
「はい、ストップ」
「……ッ、……はああ…………」
「……心拍、正常。筋繊維の密度も徐々に回復してきてる」
「ふう……よかった……」
「ただし、無理はすんな。まだ内臓系はフルじゃねえ」
「うん……。……わかってる……けど……、立ち止まってる時間なんて無いんだ……」
冷静で、それでもどこか鋭さを帯びたレイラの声に、セセラは眉をひそめる。
「……お前なァ……、完治前に張り切りすぎて倒れたらま~~~~た俺の仕事増えるんだぞ……。ただでさえこのあとリルのとこ行って色々やることあんのによ」
「大丈夫だよ。倒れないって約束する」
その瞳はまっすぐ。
レイラの覚悟に、セセラは息をついた。
「はああ……。やれやれ……マジで。誰に似たんだか」
「……ふふ」
「前より強くなるのはいいけどよ、間違っても壊れてでも戦うなんて思うなよ」
レイラは小さく笑って、小さく頷く。
「うん、……ねえ、薊野さん」
「……ん……?」
「私……誰かを信じたように……。誰かに信じられる人になりたい」
「…………」
「……だから、がんばる。私ができることを」
「……は……っ、……マジで……! だから誰に似たんだよ……!」
セセラが茶化すように笑う。
──あの意地の悪そうな表情。
「へへ……誰に似たのかな……?」
レイラは久しぶりに、やっとセセラの素の笑顔を見ることができた気がした。
◇
そして西城家の修練所。
訓練に励むアシュラの上半身は、汗でびっしょりと濡れていた。
修練用の木刀を何百回と振る。
その度に空気が唸りを上げる。
「…………ッ……」
普段の訓練以上の負荷。
頭部と肩の怪我はだいぶ善くなったが、まだ小さく痛みは残る。
それでもアシュラは一切の手を抜かなかった。
──もう誰も、あの日のように取りこぼさないために。
その瞳は、まるで自分自身の弱さを焼き払うかのように、鋭かった。
(……俺は、まだ足りない……)
(完璧にはまだ遠い……。当主として剣士として……!)
(そして仲間として……親友としても……ッ……!!)
その言葉は、自分自身への戒め──。
──そして、同じ頃。
ラショウの部屋。
鏡台の前で、ラショウは真剣な顔で短剣を研いでいた。
質の良い砥石と柔らかい布で刃を磨き、重さとバランスを確かめる。
その傍には、開きっぱなしの薬学資料とメモ。
夜通し読まれた形跡が残っている。
(兄様やリルくん、レイラちゃんみたいに強くはなれないけど……)
(それでも、私にできることがあるなら……全部、やりたい)
傷の手当て、薬品の配合、判断と迅速な処置──。
いざというとき、誰かを守れるように。
ラショウは誰かを支えるための力を、自分なりに積み上げようとしていた。
◇
陽が高く昇る、昼の頃合い。
「……あー、邪魔だった……」
機関の医療棟の静かな一室で、低く声を漏らしたのはリル。
その体は機器から解放されていた。
もはや歩行に不自由は無かった。自己再生能力による筋肉の復元はほぼ完了しており、日常動作は問題無しと診断が下された。
普通の人間なら莫大な時間がかかるであろうリハビリを、あっという間に終了してみせた。
昼前に健康観察と簡素な診察を終えたばかりのリル。
レイラのトレーニングから移動してきたセセラの前で、ジャージの袖を捲る。
「なんか腕、まだ違和感ある気がする」
「……またコード繋ぐか?」
「やだよ。あんたが診ると、妙に体が緊張すんだよ……そのせいだろ」
独り言のようなリルの言葉に、セセラは淡々と答えた。
「そりゃまあ、普通の人間より診るとこ多いしな。でもな……お前の場合は、もうちょっと自分を信用していいんじゃねぇの?」
「……ん……?」
リルは少しだけ視線を逸らして、呟く。
「……オレが? 自分を信用……ねぇ」
「あんま自分のこと嫌うなよ。回復してんだろ、ちゃんと。……レイラだってお前のこと信じて、また一緒に前に進もうとしてるんだぜ」
「…………」
「だったら、保護者の俺がそれを後押ししねえでどーすんだよ。そんなん職務放棄だろ」
腕を組みながら少しリルから視線を逸らすようにして言ったそれは、珍しく率直なセセラの言葉だった。
リルは目を見開いて──。
そして、ふっ……と少し照れくさそうに笑う。
「……ったく。言葉使いが雑だな、薊野さんは」
「うるせ、褒め言葉として受け取っとく」
たとえ任務が止まっていても、誰ひとり、立ち止まってなんていなかった。
──それぞれが、自分のやり方で。
また並んで歩くその日を信じている。
第16話 完
特殊解析棟の一室。
リルはベッドに身を預けたまま、少しずつ体を動かせるようになっていた。
「…………」
右腕は点滴と固定具に覆われていたが、左手で水を飲み、自分で毛布を直せる程度には回復していた。
枕元の端末には、数値のログや身体状態のデータが常時表示されている。
「……心拍、まだ少しズレてんのか」
ぼそっと呟きながら、リルは端末を眺めていた。
もはや何度目かわからない自己観察。
リルはもう、自分の体の異常を何もかも人任せにするつもりはなかった。
そこへ、扉がノックされる。
「失礼しまーす」
明るい声と共に入ってきたのは、メンテナンススタッフとリハビリ担当の若い医療班職員だった。
「紅崎さん、本日からリハビリに移行です」
リルは軽くため息を吐く。
「やっとかよ……」
スタッフが笑いながら機材を設置していた。
「まだ立つのは難しいでしょうが、上半身の可動域を戻していきましょう。あと、戦闘時の龍化に備えた自律神経の調整も、専門班が管理に入ります」
リルは返事をせず、黙って頷く。
その瞳は、微かに遠くを見つめていた。
──あの日、あの瞬間。
自分がどこまで消えていたのか、もう思い出せない。
ただ、あの声だけは──確かに、闇の中で響いていた。
(……レイラ……)
名を心の中で呼ぶ。
あの声が無ければ、戻ってこられなかったと──今ならはっきりわかる。
職員が一通りの準備を終え、機械を起動した。
「では、軽く肘を曲げていきましょう」
「…………」
リルはゆっくり、腕を持ち上げる。
ギシッ……と、まるで鉄の棒のような鈍い重さ。
(……なんだこれ…………)
だがその痛みも、今は生きている証にさえ思えた。
センサーがリルの筋肉の動きを記録していく。
──静かな、けれど確かな再起の時間。
龍の力を抱えたまま生きていくということ。
それがどれだけ危うく、苦しいものか──誰よりも知っているリルだからこそ。
「……戻ってやるよ、全部……」
小さく、でも強く呟いたその声に。
誰も気づかないような微かな風が、室内を通り抜けた。
それはまるで、再び運命が動き出す兆しのようだった。
◇
──翌日。
時刻は既に夕方近く、医療棟の一角にて。
ここは特殊解析棟の観察室とは別の、機能訓練室。
即ち、リハビリルーム。
広く清潔な部屋には、リルの呼吸音と器具の作動音だけが響いていた。
リルは椅子に座った状態で、ゴム製のボールをゆっくりと両手で握っている。
ギシ、ギシ……と、動かす度に筋肉の奥が軋むような鈍い痛み。
「…………ッ」
(……くそ、情けねえ)
額に汗を浮かべながらも、リルは淡々と動作を繰り返す。
──そのとき。
扉の向こうから、誰かの気配が近づいてきた。
「…………」
リルが顔を向けると、そっと開かれた扉の隙間から、見慣れた水色の髪が覗く。
「……レイラ」
その名を呟くと同時に、レイラは少しだけはにかんだように入室した。
リルは動きを止めることなく、ただレイラを見つめる。
レイラはしばらく何も言わずに見ていた。
機材に繋がれ、額に汗を滲ませながら懸命に手を動かすリルの姿。
そして、ぽつりと。
「……リハビリ、頑張ってるんだね」
「…………」
リルの動作が止まった。
一瞬だけ俯いたあと、微かに苦笑する。
「……見んなよ、こんなダセェとこ」
「ううん。……かっこいいと思った」
その言葉に、リルは少しだけ目を細めた。
「ふん……正直、まだ全然ダメだけどな。腕1本まともに動かすだけで、心臓バクバクだし……」
「……そっか……」
そしてレイラは、そっとリルの隣に腰を下ろす。
「でも、リル……。戻ろうとしてる。ちゃんと、ここに」
その声には、迷いも、涙も無かった。
ただ、心からの想いだけがこもっている。
「…………」
リルは、しばらく無言でその言葉を受け止めた。
やがて、ふっと力を抜いたように背を椅子に預け、目を閉じる。
「……オレさ」
「うん」
「目が覚めたとき、真っ先に見たの、お前だった」
「……!」
揺れるレイラの瞳。
リルはそのまま、微かに口角を上げて続けた。
「なんでかわかんねえけど……そのとき、安心した。……戻ってきたんだって思えた」
レイラは言葉を失い、そっと目を伏せ──そして、小さく、けれどはっきりと。
「……ありがとう。……戻ってきてくれて、本当に、ありがと」
「……っ」
リルは照れたように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……オレの方が、礼言わなきゃだろ」
不器用な会話。
しかし、そこには確かに通い合うものがある。
静かな夕陽が射し込むリハビリルームで、ふたりは少しずつ、またいつもの距離を取り戻していくのだった。
◇
同じ頃──どこかの建物の洋室。
高級なソファと大理石のテーブル、壁際には分厚い本が並ぶ書架。
大きな窓からは、澄んだ夕陽の光がレースカーテン越しに刺し込んでいた。
その中心。
ゆったりとしたソファに腰かける男がひとり。
「…………」
ジキル──。
帽子もサングラスも身につけていない。
ハネた艶のある赤い長髪が肩口で揺れている。
その紅色の瞳には、飾りの無い素の彼が映っていた。
手に持つのは、上質なカップ。
中のコーヒーは殆ど減っていない。
窓の外を見つめながら、ぽつりと小さく呟く。
「……リル、あんなことがあっても戻ってこられたんだねえ」
誰も口外していない情報。
探知もされていないはずの領域。
だがジキルは、それを知っていた。
否、彼の中では、知ったではなく──感じ取ったという方が近い。
ゆっくりと目を細め、口元に微笑を浮かべる。
(……感情とか、気持ちって……すごいね。科学では到底解明できない)
(それなのに、命を繋いでしまうんだ)
静かに揺れる紅い瞳。
慈しむように、胸の奥から言葉が溢れていく。
「えらいね、リル。……生きててくれて、本当に良かった」
──その声はあまりにも穏やかで。
子を想う親の言葉に他ならない。
そして、ジキルは胸元に手を伸ばした。
首から下げた小さな青いペンダントに、指先がそっと触れる。
「……リル。生きていてね……ずっと」
ぬるくなったコーヒーの香りが、静かに空間を包んでいた。
まるで、祈りのように──。
◇
──翌朝。
陽が昇って間も無い時間。
それぞれの場所で、それぞれの者たちが次を見据えて動いていた。
龍調査機関のトレーニングルームでは、筋肉トレーニングに励むレイラがいる。
その額には、うっすらと汗が滲んでいた。
あの任務で受けた傷は、既に回復している。
だが今のレイラは、以前の自分に戻るのではなく、それ以上へ進むことを求めていた。
モニターとレイラを交互に見ながら横に立つのは、すっかり顔色が良くなったセセラ。
「はい、ストップ」
「……ッ、……はああ…………」
「……心拍、正常。筋繊維の密度も徐々に回復してきてる」
「ふう……よかった……」
「ただし、無理はすんな。まだ内臓系はフルじゃねえ」
「うん……。……わかってる……けど……、立ち止まってる時間なんて無いんだ……」
冷静で、それでもどこか鋭さを帯びたレイラの声に、セセラは眉をひそめる。
「……お前なァ……、完治前に張り切りすぎて倒れたらま~~~~た俺の仕事増えるんだぞ……。ただでさえこのあとリルのとこ行って色々やることあんのによ」
「大丈夫だよ。倒れないって約束する」
その瞳はまっすぐ。
レイラの覚悟に、セセラは息をついた。
「はああ……。やれやれ……マジで。誰に似たんだか」
「……ふふ」
「前より強くなるのはいいけどよ、間違っても壊れてでも戦うなんて思うなよ」
レイラは小さく笑って、小さく頷く。
「うん、……ねえ、薊野さん」
「……ん……?」
「私……誰かを信じたように……。誰かに信じられる人になりたい」
「…………」
「……だから、がんばる。私ができることを」
「……は……っ、……マジで……! だから誰に似たんだよ……!」
セセラが茶化すように笑う。
──あの意地の悪そうな表情。
「へへ……誰に似たのかな……?」
レイラは久しぶりに、やっとセセラの素の笑顔を見ることができた気がした。
◇
そして西城家の修練所。
訓練に励むアシュラの上半身は、汗でびっしょりと濡れていた。
修練用の木刀を何百回と振る。
その度に空気が唸りを上げる。
「…………ッ……」
普段の訓練以上の負荷。
頭部と肩の怪我はだいぶ善くなったが、まだ小さく痛みは残る。
それでもアシュラは一切の手を抜かなかった。
──もう誰も、あの日のように取りこぼさないために。
その瞳は、まるで自分自身の弱さを焼き払うかのように、鋭かった。
(……俺は、まだ足りない……)
(完璧にはまだ遠い……。当主として剣士として……!)
(そして仲間として……親友としても……ッ……!!)
その言葉は、自分自身への戒め──。
──そして、同じ頃。
ラショウの部屋。
鏡台の前で、ラショウは真剣な顔で短剣を研いでいた。
質の良い砥石と柔らかい布で刃を磨き、重さとバランスを確かめる。
その傍には、開きっぱなしの薬学資料とメモ。
夜通し読まれた形跡が残っている。
(兄様やリルくん、レイラちゃんみたいに強くはなれないけど……)
(それでも、私にできることがあるなら……全部、やりたい)
傷の手当て、薬品の配合、判断と迅速な処置──。
いざというとき、誰かを守れるように。
ラショウは誰かを支えるための力を、自分なりに積み上げようとしていた。
◇
陽が高く昇る、昼の頃合い。
「……あー、邪魔だった……」
機関の医療棟の静かな一室で、低く声を漏らしたのはリル。
その体は機器から解放されていた。
もはや歩行に不自由は無かった。自己再生能力による筋肉の復元はほぼ完了しており、日常動作は問題無しと診断が下された。
普通の人間なら莫大な時間がかかるであろうリハビリを、あっという間に終了してみせた。
昼前に健康観察と簡素な診察を終えたばかりのリル。
レイラのトレーニングから移動してきたセセラの前で、ジャージの袖を捲る。
「なんか腕、まだ違和感ある気がする」
「……またコード繋ぐか?」
「やだよ。あんたが診ると、妙に体が緊張すんだよ……そのせいだろ」
独り言のようなリルの言葉に、セセラは淡々と答えた。
「そりゃまあ、普通の人間より診るとこ多いしな。でもな……お前の場合は、もうちょっと自分を信用していいんじゃねぇの?」
「……ん……?」
リルは少しだけ視線を逸らして、呟く。
「……オレが? 自分を信用……ねぇ」
「あんま自分のこと嫌うなよ。回復してんだろ、ちゃんと。……レイラだってお前のこと信じて、また一緒に前に進もうとしてるんだぜ」
「…………」
「だったら、保護者の俺がそれを後押ししねえでどーすんだよ。そんなん職務放棄だろ」
腕を組みながら少しリルから視線を逸らすようにして言ったそれは、珍しく率直なセセラの言葉だった。
リルは目を見開いて──。
そして、ふっ……と少し照れくさそうに笑う。
「……ったく。言葉使いが雑だな、薊野さんは」
「うるせ、褒め言葉として受け取っとく」
たとえ任務が止まっていても、誰ひとり、立ち止まってなんていなかった。
──それぞれが、自分のやり方で。
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持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。
その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。
そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。
魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。
※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。
※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。
※2022/10/25 完結まで投稿しました。
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