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コヨタ

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第17話 今度の任務はオバケ退治

第17話・1 マジで最悪だ

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 ──ある日、昼下がりの龍調査機関。

 解析班フロアでは、端末のアラートが淡く点滅していた。
 その前で額を押さえるように立っているのは、解析班所属の若い男性職員。

 そして、そこへやってきたのはセセラ。
 缶コーヒーを片手に、いつも通りの白衣の前を開けたスタイル。

「はいはい、新しいお仕事ね。さっさと片付けて、今夜は風呂でもゆっくり……」

「薊野さん!」

 男性職員が背筋を伸ばして呼び止める。
 が、その声にはどこか言いにくそうな色があった。

 セセラはピクッと片眉を上げる。

「あ? なんだよその『ちょっと報告しにくいっス』みたいな顔」

 職員は苦笑しつつ、慎重に切り出した。

「その……新たに確認された龍の生体反応についてなのですが……」

「うん」

「発生地点が、ですね……ええと……その……近所と言いますか……その……」

 なかなか言い切らない職員に──。

「…………」

 セセラの目がじわじわと細くなっていく。

「…… 言 え 」

「……ヒッ……、あっ、あの、つまり……所長と薊野さんが養護教諭(偽)として時々赴いている、あの学校です」

 ──沈黙。

 缶コーヒーを持っていたセセラの手が止まった。

「………………ぁ゙?」

 1秒、2秒。
 そして脳がを理解した瞬間。

「めんどくせえ~~~~~~~!!!」

 広いフロアに薊野セセラという大人の駄々が響いた。
 資料の束が吹き飛び、窓は揺れ、職員たちは(きたきた……)と心の中で思う。

(……だから伝えにくかったんだよ……)

 と、男性職員は内心で頭を抱える。

 セセラは既に片手で壁にもたれ、顔を伏せながら嘆いていた。

「いやだ……いやだ……学校ってことは……煙草……、しかも調査となると昼だけじゃなくて夜もずっと待機……煙草……吸えないィ……ッ」

 徐々に白目を剥き始めるセセラ。

 視線が宙を彷徨い、缶コーヒーも手から落ちそうになっている。

 職員は恐る恐る続けた。

「し、しかし、危険度はそれほど高くないと推定されます。ただ、人口密度が高いですし……校舎も広大。龍の行動パターン次第では……紫苑さんたち4人を動員することが推奨されています」

 セセラ、カクッと項垂れる。

「で、そこに俺も行くんだろ……?」

「その方が……建前上も、保護者感も出てスムーズかと思われます。あと、お煙草に関しては……校長先生とご相談なされてください……」

 そこに別の男性職員が、そっと付け加えた。

「……校長先生、異変についても薊野さんと話したいそうなので……」

 絶望のグラデーションを描いていくセセラの顔。

「……マジで最悪……」

 ため息をつくと、白衣のポケットから通信端末を取り出しスケジュールメモアプリを起動させた。

「チッ……わかったよ……」

 舌打ちしながらしぶしぶ書類を受け取り、職員たちを振り返る。

「俺が行かなかったら、アレだろ? 現場にシエリ先生とガキ共しかいないって状況になるんだろ? ……それはそれで、いろいろ不安だろうが……」

 職員たちは苦笑を浮かべながら頷いた。

 こうしてセセラは、煙草禁止空間×未発見龍×仕事の鬼×校長室──の地獄セットに向かうため、不貞腐れながら学校に向かう準備を始めるのだった。


 ◇


 件の学校の校長室。

 扉がノックされる。

「薊野セセラ、参りましたぁ~」

 ガラッと扉が開き、ゆるくウェーブがかかった黒髪をふわりと揺らして入ってくるのは──。

 保健室の先生モード、ONのセセラ。

 いつもより高めの
 若干引き攣った
 そして全身から漂う

「こ、校長先生ぇ……ご無沙汰しておりますぅ。何やら大変みたいですねえ……」

 そう言いながら、セセラはぎこちない営業スマイルで校長の握手に応じる。

 このとき、既に。

 薊野セセラ(28歳)
 職業:カウンセラー兼保健室のせんせぇ(仮)

 アラサーがあざとさと貼り付けた笑顔と愛嬌に全振りする、もうひとつの顔が発動中。

「いやはや……薊野先生、お忙しい中ご足労いただき……申し訳がございませんな」

 そう答えるのは、ぽてっとしたフォルムの校長。
 年齢の割にモチッとしていて、だが不思議とだらしなさは無い。

 その丸さはむしろマスコット系。

 JKたちからは「カワイイ」と評判だそうだ。
 JKとは何でもカワイイと言う生き物である。

 セセラは内心(これで煙草さえ吸えたらこの案件、許す)と思いながらも、ニコニコ顔のまま着席した。

「で、そのぉ……龍が出たぁっていうのは……ほんとなんですかぁ?」

 頷きつつ、少し困ったように答える校長。

「ふむ……何だかよくわからないモノを“龍”と呼ぶのであれば……そうなんでしょうな」

 校長は懐から手帳を取り出すと──。

「私も実際に見たわけではないのですが、複数の生徒が『得体の知れないものを見た』と言っておりまして……」

 そう言って更に手帳を捲りながら続ける。

「変なものがいた! と思ったら次の瞬間には消えていた……とか、消えた瞬間ヒューッと風が吹いた……とか、よくわからないんですな」

 セセラは指先を顎に当て、少し考え込むようにして──。

「……得体の知れない、ねぇ……」

 校長がまたも困ったように。

「見たという生徒はいるにはいるのですが、皆ハッキリとした感じではないようで……私としても何とも言い難く……」

 フッと口角を上げて苦笑するセセラ。

「……なんだか、龍っていうよりオバケみたいですねえ」

 軽いつもりで言ったその一言に、校長が若干青ざめる。

「か、勘弁してほしいものですな! オバケなんて出られたら、変な噂が立って、学校の評価にも影響してしまいますぞ!」

 セセラはそりゃそうだとばかりに肩をすくめた。

「龍も大概ですよ……しかしまあ、調査はさせていただきますぅ」

 ホッとしたように手を合わせる校長。

「おお……薊野先生! ありがとうございます! 龍調査機関とはなんと頼もしいことか……!」

 ……が、その言葉をセセラは──。

「ただし」

 と、ピシャリと止めた。

 今までの猫撫で声が一変。
 セセラの表情は貼り付け笑顔を脱ぎ捨て、の無表情に戻る。

「ひとつご相談があります」

 校長が一瞬キョトンとする中、セセラは静かに告げた。

「じつは僕、喫煙者なのです」

「…………は?」

「それも、結構なヘビースモーカーでして」

「えっ」

「校内に張り込むとなると、昼も夜も缶詰です。でも、ニコチンが切れると……僕、なってしまいます」

 校長、完全に面食らって口が半開き。

「おかしく……なっちゃうんですよ」

 セセラは真剣な表情のまま2回言った。
 空気が一瞬、止まる。

 やがて校長が、「うーん……」と唸りながら、腕を組んで考え始めた。

 数秒後──。

「……かしこまりました。お煙草、許可しましょう」

「……えっ」

 セセラの表情がパッと緩む。

(やっっっっったああぁあああああ~~~~!!!)

 ド派手にガッツポーズを決めたい気持ちを必死に堪えながら、セセラはにこやかに会釈した。

「ありがとうございますぅ! 校長先生ぇ♡」

 パアッと笑顔を見せたセセラに──。

「ただし」

 今度は校長がピシャリと告げる。

 ピタッとセセラの笑顔が凍った。

「生徒のいる時間帯は禁止です。夜間であれば特別に許可いたしますが、必ず屋外で、携帯灰皿をご持参ください」

 ──セセラ、石像化。

(夜……しかも……いちいち外……!?)

 内心、静かに崩れ落ちる。
 なんという糠喜び。

「こちらとしても心苦しいですが……、原則、敷地内全域禁煙でございますからな」

 校長は満面の善意笑顔で、非情な言葉を重ねていく。

 セセラはぎこちなく笑いながら──。

「は、はは……そうですよねえ……っ、……承知しましたあ……」

 喫煙権を夜間に追いやられた男、薊野セセラ。
 だが今更引くに引けず、無念の了承。

 ──そして、気を取り直して。

「では校長先生、日程を調整させてください~。こちらからは、自分とシエリ先生、それから他に4人を派遣しますぅ」

 校長は手帳を開きつつ。

「この4名が、オバケを追う役なのですな?」

 もうオバケになってしまっている。

「……そうですねえ、龍かオバケかはさておき」

 セセラは若干呆れつつも笑って続けた。

「自分とシエリ先生は、その4人の動向を見ながら指示を出す形になりますぅ。校内、所々に監視カメラがありますね?」

「もちろんでございますぞ!」

 校長が胸を張ると、セセラは微笑みながらメモを取る。

「それは助かります~。カメラの死角も予め洗い出しておきますねえ」

 すると校長が、ふと思い出したように尋ねた。

「ちなみに、その4名様には10代の方はおられますかな?」

 セセラは「ん?」と少しだけ首を傾げる。

「……ええ、ふたり……ですねえ。どちらも女子ですが」

 その言葉に校長の目がキラリと輝いた。

「おお、それでは……! 我が校の制服をお貸ししましょう!」

「……はぇ?」

「お昼も校内におられるわけですからな。制服を着ていれば、生徒たちからも変に思われませんし、自然に馴染めるでしょう!」

 セセラは目をぱちくりさせたが、すぐに納得したように頷く。

「……なるほど。ありがたいご配慮ですう。……制服、ですねえ……」

 頭の中でレイラとラショウの姿を想像し、(……絶対似合うな……ムフフ……)と思いながら、内心で「ちょっと楽しみ」と心のメモに記録。

「野郎共は……適当にワイシャツとスラックスでも着させときますわ……」

 制服メモ:
 女子2名→制服貸与
 男子2名→地味でいいや。

 こうして、作戦の準備は着々と……そしてなぜか着こなしから始まろうとしていた。


 ◇


 翌日、龍調査機関内会議室。

 部屋に集められたのは、レイラ、アシュラ、ラショウ、そしてだいぶ回復したリル。

 皆の前にいたセセラが立ち上がり、タブレットを片手に説明を始める。

「さて、今回の任務だが──」

 その瞬間、リルがピクッと反応した。

 久々の出撃、しかも4人全員招集。

 全員の胸に(4人……まさか、また高難度の龍か……?)と一瞬の緊張が走る。
 しかしセセラは、やや気の抜けた調子で続けた。

「龍の危険度は低い。だけど発生場所が学校……。昼はあの人口密度、そして夜は広大なフィールドと化すある意味で特殊環境だ」

「だから、4人で分散して監視しつつ即応するってわけ。効率重視、ってことな」

 説明を聞いたレイラたちは少し安堵する。

「そっか……じゃあ、大規模戦闘とかじゃなさそうなんだ」

「場所が場所だからこそ、注意深く動かなきゃな」

「安心したあ……」

 リルは。

「……っ……」

 ただひとり、顔面蒼白で固まるリル。

「リル、大丈夫? 具合悪い?」

「リル……まだ体調善くないのか?」

「リルくんどうしたの!? 大丈夫?」

 即座に飛んでくるレイラと西城兄妹の心配の声。

 その中で、リルは震えながらようやく口を開く。

「……怖い」

 静かに、でも確実に震える声。

 誰もが(……あぁ、そうだよな。この前あんな目にあったばかりだし……)と思いを寄せた。

 しかし──。

 リルの次の言葉が、空気を吹き飛ばす。

「……それ、龍じゃねえ、オバケだろ……」

 その言葉に全員、「は?」と、素で固まった。

「…………」

 セセラはフリーズして、暫しの沈黙ののち──。

「ぎゃははははははは!!!」

 思いっきり腹を抱えて大爆笑。

「夜の校舎! オバケ!! おい! リル! 確かにそれはこえぇわ!! でもお前そんなタマじゃねえだろ!!」

「あーーっはははははははッ!! 可愛いね~!! 校長と同じこと言ってら!!」

 炸裂したように笑いが止まらないセセラに、つられてレイラたちも微笑む。

「……確かに、そう言われると怪談みたいだね」

「ふふっ……夜の学校って、ちょっと不気味かも」

 しかし、その間にもリルの様子は明らかにおかしかった。

「………………」

 顔色は完全に死んでいる。

「……な、なあ……オレは今回、待機でいいだろ……? な、ほら、体もまだ万全じゃねえかもしれねえし……」

 声も震えている。

 セセラは爆笑しながら涙を拭き、リルの肩をポンと叩いて意地悪な笑顔で告げた。

「いーーーーや、お前も行くんだよ! もうそう決まってんの!!」

「ヤダ!! 無理!! 無理ッ! 絶対無理!!!」

 ついにリル、駄々をこね始める。
 普段のクールなリルはそこにはいない。

「ホントにムリ!! オバケとかマジ無理!! やめろよもう!! なんでオバケとか言うんだよッ!! 龍の方がまだわかり合える!!(?)」

 子どもみたいに身を縮めて、顔を手で覆うリル。

 セセラはひたすら爆笑。
 レイラたちもリルのその豹変ぶりにやや呆然。

 そして──静かにアシュラが呟く。

「……そうだ。思い出した」

 リル以外の3人が揃ってアシュラを見た。

「忘れてた……。リルは……オバケの類がめちゃくちゃ苦手なんだ……!!」

「絶対行きたくない!! 行かねえ!! 無理!! 本当にッ! 無理ッ!!」

 その顔を手で覆いながら真っ青なリルは……ある意味で人生最大級の絶望に、今、呑まれていた。



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