2 / 40
1-2:実家での冷遇、読書だけが慰め
しおりを挟む
婚約が破棄されてからというもの、私はまるで「見えない存在」になったかのようだった。
朝食の席では、誰一人として私に話しかけてこない。いや、話題にすら出ない。妹のエリナは、母に向かって新しいドレスの話をしていて、父は新聞を広げたまま、紅茶を一口すするたびに無言で眉をひそめていた。
まるで私が空気のように扱われる――そのことが、以前よりもずっと辛かった。
カイル様に捨てられた令嬢。婚約破棄された“失敗作”。
そのレッテルが、私の肩に重くのしかかっているのを感じた。
おそらく、家族にとって私は、“恥”だったのだろう。
「まったく、クラリスには困ったものね。せっかくの縁談を無駄にするなんて」
そう言ったのは、母だった。私が部屋を通りかかったとき、扉の内側から、彼女と父の声が聞こえた。
「地味な上に、いつも本ばかり読んで……これでは、貴族の妻など務まらないわ」
心臓の奥が、じくじくと痛んだ。
私は何も言わず、自室に戻った。
ドアを閉め、鍵をかける。
そして、窓辺の椅子に腰を下ろして、本棚の中から一冊を取り出した。
薄い装丁の詩集だった。お気に入りの詩人が、静かな言葉で綴った、小さな祈りのような詩たち。
「――わたしの心に、灯りをともすのは、誰でもない、わたし自身の言葉」
ページをなぞりながら、私は静かに息を吸い込んだ。
――わたしは、間違っていたのだろうか。
社交の場では、うまく笑えなかった。パーティでは、話の輪に入れなかった。けれど、それでも私は、クラリスなりに努力してきたつもりだった。
本を読んで、知識を蓄えて、教養を深めて。
それは私にとって、ただの趣味ではなく、私自身を支えてくれる、かけがえのない“軸”だったのだ。
でも――誰にも、それを理解してもらえなかった。
その孤独が、何よりも堪えた。
けれど、だからこそ。私は、今この気持ちを大事にしたいと思った。
「ここではないどこかへ行きたい」と願った気持ち。
「私を否定しない場所があるかもしれない」と思えた、あの瞬間の微かな希望。
机の上に、アシュベリー公立図書館の求人案内を広げる。
手が、震える。
でも、目はまっすぐだった。
「……行こう。わたしに、できることがあるかもしれない」
この家では、わたしは“失敗作”かもしれない。
でも、世界のどこかには、わたしの居場所があるかもしれない――。
そう信じたかった。
朝食の席では、誰一人として私に話しかけてこない。いや、話題にすら出ない。妹のエリナは、母に向かって新しいドレスの話をしていて、父は新聞を広げたまま、紅茶を一口すするたびに無言で眉をひそめていた。
まるで私が空気のように扱われる――そのことが、以前よりもずっと辛かった。
カイル様に捨てられた令嬢。婚約破棄された“失敗作”。
そのレッテルが、私の肩に重くのしかかっているのを感じた。
おそらく、家族にとって私は、“恥”だったのだろう。
「まったく、クラリスには困ったものね。せっかくの縁談を無駄にするなんて」
そう言ったのは、母だった。私が部屋を通りかかったとき、扉の内側から、彼女と父の声が聞こえた。
「地味な上に、いつも本ばかり読んで……これでは、貴族の妻など務まらないわ」
心臓の奥が、じくじくと痛んだ。
私は何も言わず、自室に戻った。
ドアを閉め、鍵をかける。
そして、窓辺の椅子に腰を下ろして、本棚の中から一冊を取り出した。
薄い装丁の詩集だった。お気に入りの詩人が、静かな言葉で綴った、小さな祈りのような詩たち。
「――わたしの心に、灯りをともすのは、誰でもない、わたし自身の言葉」
ページをなぞりながら、私は静かに息を吸い込んだ。
――わたしは、間違っていたのだろうか。
社交の場では、うまく笑えなかった。パーティでは、話の輪に入れなかった。けれど、それでも私は、クラリスなりに努力してきたつもりだった。
本を読んで、知識を蓄えて、教養を深めて。
それは私にとって、ただの趣味ではなく、私自身を支えてくれる、かけがえのない“軸”だったのだ。
でも――誰にも、それを理解してもらえなかった。
その孤独が、何よりも堪えた。
けれど、だからこそ。私は、今この気持ちを大事にしたいと思った。
「ここではないどこかへ行きたい」と願った気持ち。
「私を否定しない場所があるかもしれない」と思えた、あの瞬間の微かな希望。
机の上に、アシュベリー公立図書館の求人案内を広げる。
手が、震える。
でも、目はまっすぐだった。
「……行こう。わたしに、できることがあるかもしれない」
この家では、わたしは“失敗作”かもしれない。
でも、世界のどこかには、わたしの居場所があるかもしれない――。
そう信じたかった。
54
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
「影が薄い」と 捨てられた地味令嬢は、王太子に見初められました ~元婚約者と妹は、どうぞご勝手に~
有賀冬馬
恋愛
「君は影が薄い」――そう言って、婚約者の騎士様は華やかな妹を選び、私を捨てた。
何もかもを諦めて静かに暮らそうと決めた私を待っていたのは、孤児院での心温まる出会いだった。
そこで素性を隠して旅をしていたのは、なんと隣国の王太子様。
「君こそ、僕の唯一の光だ」そう言って、私のありのままを受け入れてくれる彼。その彼の隣で、私は生まれ変わる。
数年後、王国間の会議で再会した元婚約者は、美しく気品あふれる私を見て絶句する……
地味子と蔑まれた私ですが、公爵様と結ばれることになりましたので、もうあなたに用はありません
有賀冬馬
恋愛
「君は何の役にも立たない」――そう言って、婚約者だった貴族青年アレクは、私を冷酷に切り捨てた。より美しく、華やかな令嬢と結婚するためだ。
絶望の淵に立たされた私を救ってくれたのは、帝国一の名家・レーヴェ家の公爵様。
地味子と蔑まれた私が、公爵様のエスコートで大舞踏会に現れた時、社交界は騒然。
そして、慌てて復縁を申し出るアレクに、私は……
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
ご愁傷様です~「冴えない女」と捨てられた私が、王妃になりました~
有賀冬馬
恋愛
「地味な君とは釣り合わない」――私は、婚約者の騎士エルマーにそう告げられ、婚約破棄された。病弱で目立たない私は、美しい妹と比べられ、家族からも冷遇されてきた。
居場所を失い、ひっそり暮らしていたある日、市場で助けた老人が、なんとこの国の若き国王陛下で!?
彼と私は密かに逢瀬を重ねるように。
「愚かな男には一生かかっても分かるまい。私は、彼女のような女性を誇りに思う」妃選びの場で告げられた国王陛下の一言に、貴族社会は騒然。
婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております
鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。
彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う!
「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」
「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」
貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。
それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム!
そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。
ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。
婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。
そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!?
「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」
復讐も愛憎劇も不要!
ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!?
優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!
ごめんなさい、私、今すごく幸せなので、もう貴方には興味ないんです
有賀冬馬
恋愛
「君は聖女に不相応だ」。
その言葉と共に、私は婚約者だった神殿騎士団長に捨てられ、都を追放された。
絶望の中、辿り着いた山奥の村で出会ったのは、私を誰よりも大切にしてくれる竜騎士様。
優しい彼との出会いが、私の世界を変えてくれた。
一方、私を切り捨てた都の神殿では、汚職が発覚し、元婚約者と新しい聖女は破滅へ。
落ちぶれ果てた彼が私の前に現れた時、私の隣には、かけがえのない人がいました。
もう貴方には、微塵も未練なんてありませんから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる