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1-1:婚約破棄の瞬間と屈辱
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その日、私は白茶色のレースをあしらったドレスに身を包み、ラント侯爵家の応接室に座っていた。
目の前には、私の婚約者であるカイル・ラント様。彼は今日も、絵画から抜け出したような美しい金髪と碧眼を輝かせて、緩やかな笑みを浮かべていた。けれど、その表情には、いつもと違う冷たさがあった。
「クラリス。君との婚約は……解消させてもらいたい」
まるで天気の話でもするような口調だった。私は言葉の意味を理解するまでに、しばらくの時間を要した。
「……はい?」
情けないほどに間の抜けた声が、自分の喉から漏れた。けれどそれも、すぐに飲み込まれた。カイル様は、わざとらしくため息をつきながら、続きを口にした。
「君は、どうにも地味だし、会話も面白みに欠ける。僕のような者を支えるには、社交界での立ち回りも重要だろう? その点、君は――期待外れだった」
それは、ひとつひとつが、私の心を刺す棘のようだった。
何度も頭の中で繰り返した。これは夢ではないかと。しかし、カイル様の表情は真剣そのもので、まるで私が彼の“落ち度”であるとでも言いたげだった。
「……お父様やお母様には、もう……?」
「もちろんだよ。ヴァルデン伯爵も了承してくださったよ。次の婚約者候補も、すでに決まりそうでね。社交界でも評判の、華やかで才気あるお嬢様だ」
私は何も言えなかった。
気づけば、唇を噛んでいた。痛みが頬に伝わっても、目の奥に熱が広がっても、ただ耐えるしかなかった。
――悔しかった。
私は、努力していた。貴族令嬢として恥ずかしくないよう、礼儀作法も、歴史や文学の勉強も、怠ったことはない。それでも“地味”で“つまらない”という一言で切り捨てられるのだと、思い知らされた。
「クラリス。君なら、もっと静かな生活が向いていると思うよ。僕のような人間とではなく、ね」
まるで“善意の助言”のように装われたその言葉に、私はようやく、微かに口を開いた。
「……ご忠告、ありがとうございます。どうか、お幸せに」
そう言って、私は席を立った。
ドレスの裾が床を擦る音と、扉の取っ手を握る指先の冷たさが、妙に現実味を持っていた。
――ああ、終わったのだ。
心の中で、何かが音を立てて崩れた気がした。けれど同時に、薄く積もった雪が陽光で溶けていくような、静かな解放感もあった。
もう、私を「飾り」としか見ない人の隣に立つ必要はないのだ。
その夜、屋敷に戻った私は、家族から「婚約破棄とは、なんと恥知らずな」と責められた。母は泣き、父は無言のまま背を向けた。妹は小声で「やっぱりね」と呟いた。
部屋に戻り、私は一冊の本を開いた。
ページの間から、乾いた香りが立ちのぼる。紙の感触は、いつだって私にとって現実から逃れるための扉だった。
けれどその夜、私はただ静かに本を閉じた。
――逃げてばかりでは、何も変わらない。
初めて、そう思った。
(……外に、出たい)
知らない町へ行って、知らない人々の中で、自分だけの場所を見つけたい。
机の上に置かれた一枚の紙に目がとまる。王都から離れた町――アシュベリーの図書館で、司書見習いを募集しているという案内だった。
私は、その小さな文字を、食い入るように読んだ。
そのとき、確かに、何かが動いた。
ほんのわずかでもいい。私は、自分の力で、自分の場所を見つけてみたい――。
目の前には、私の婚約者であるカイル・ラント様。彼は今日も、絵画から抜け出したような美しい金髪と碧眼を輝かせて、緩やかな笑みを浮かべていた。けれど、その表情には、いつもと違う冷たさがあった。
「クラリス。君との婚約は……解消させてもらいたい」
まるで天気の話でもするような口調だった。私は言葉の意味を理解するまでに、しばらくの時間を要した。
「……はい?」
情けないほどに間の抜けた声が、自分の喉から漏れた。けれどそれも、すぐに飲み込まれた。カイル様は、わざとらしくため息をつきながら、続きを口にした。
「君は、どうにも地味だし、会話も面白みに欠ける。僕のような者を支えるには、社交界での立ち回りも重要だろう? その点、君は――期待外れだった」
それは、ひとつひとつが、私の心を刺す棘のようだった。
何度も頭の中で繰り返した。これは夢ではないかと。しかし、カイル様の表情は真剣そのもので、まるで私が彼の“落ち度”であるとでも言いたげだった。
「……お父様やお母様には、もう……?」
「もちろんだよ。ヴァルデン伯爵も了承してくださったよ。次の婚約者候補も、すでに決まりそうでね。社交界でも評判の、華やかで才気あるお嬢様だ」
私は何も言えなかった。
気づけば、唇を噛んでいた。痛みが頬に伝わっても、目の奥に熱が広がっても、ただ耐えるしかなかった。
――悔しかった。
私は、努力していた。貴族令嬢として恥ずかしくないよう、礼儀作法も、歴史や文学の勉強も、怠ったことはない。それでも“地味”で“つまらない”という一言で切り捨てられるのだと、思い知らされた。
「クラリス。君なら、もっと静かな生活が向いていると思うよ。僕のような人間とではなく、ね」
まるで“善意の助言”のように装われたその言葉に、私はようやく、微かに口を開いた。
「……ご忠告、ありがとうございます。どうか、お幸せに」
そう言って、私は席を立った。
ドレスの裾が床を擦る音と、扉の取っ手を握る指先の冷たさが、妙に現実味を持っていた。
――ああ、終わったのだ。
心の中で、何かが音を立てて崩れた気がした。けれど同時に、薄く積もった雪が陽光で溶けていくような、静かな解放感もあった。
もう、私を「飾り」としか見ない人の隣に立つ必要はないのだ。
その夜、屋敷に戻った私は、家族から「婚約破棄とは、なんと恥知らずな」と責められた。母は泣き、父は無言のまま背を向けた。妹は小声で「やっぱりね」と呟いた。
部屋に戻り、私は一冊の本を開いた。
ページの間から、乾いた香りが立ちのぼる。紙の感触は、いつだって私にとって現実から逃れるための扉だった。
けれどその夜、私はただ静かに本を閉じた。
――逃げてばかりでは、何も変わらない。
初めて、そう思った。
(……外に、出たい)
知らない町へ行って、知らない人々の中で、自分だけの場所を見つけたい。
机の上に置かれた一枚の紙に目がとまる。王都から離れた町――アシュベリーの図書館で、司書見習いを募集しているという案内だった。
私は、その小さな文字を、食い入るように読んだ。
そのとき、確かに、何かが動いた。
ほんのわずかでもいい。私は、自分の力で、自分の場所を見つけてみたい――。
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