名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

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第5話 評価不能ノート

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 記録番号:R-0342-δ-1
 評価対象:提出記録ノート(個人詠唱記録)
 記録者:僕(主観者刻印済)

 そのノートは、「評価済」として返却されたはずだった。

 表紙に管理スタンプが押されている。
 教師の押印もある。
 流れとしては、すべてが“正常”だった。

 でも──中身を開いた瞬間、僕の手が止まった。

 ページの右上。
 “評価欄”が、空白だった。

 

 誤字もない。
 文構成も正しい。
 詠唱記録も、模範回答そのままだ。

 なのに、「評価」が記されていない。

 それは制度上、“ありえない事態”のはずだった。

 

 念のため、授業のログを確認する。
 記録端末には「評価完了/適合度:98%」と表示されていた。

 でも、それは端末上の話。
 実物のノートには──評価が、ない。

 放課後、僕は教師に声をかけた。

「先生、このノートなんですが……評価欄が空白で……」

 教師は端末を閉じながら、面倒くさそうに顔を上げた。

「ああ、それ? 評価は済んでるよ。たぶん転記ミスだろ。次の授業で持ってきて」

「内容に問題は……?」

「なかったよ。ちゃんと“C”だった。模範解答ね。何も変じゃないよ?」

 

 でも、僕にはその“変じゃない”が、変だった。

 何かを見落としているのか。
 それとも、見てはいけないものがあったのか。

 それすら、分からなかった。

 ただ──“何か”が、引っかかっていた。

 

 ノートを閉じる。
 そこには誰の名前もない。
 記録者の署名すら、かすれて見えた。

 もしかしたら、このノートが「評価されなかった」のではなく、
“評価できなかった”のではないか──そう思った。

 ノートを開く。

 教師が言っていた通り、記録内容は形式通りだった。

 出だしは、完璧だった。

「責任ある行動とは──」

 模範詠唱の言い回し。
 単語選びも、句読点の位置も、教科書に準拠している。
 クセもなければ、反抗的なニュアンスもない。

 ──それなのに、評価欄だけが空白だった。

 

 数ページめくったところで、ふと違和感が走る。

 どこかの行に、小さく書かれていた手書きの走り書き。

 機械で出力された文とは異なる、わずかに震えたペン跡。

 “正しい答えは出せる。でも、正しいって何?”

 

 ページをめくる手が止まった。

 文字は少しずつ、個人的になっていく。

 “最近、自分の声が、機械の音にしか聞こえない。”
 “Cを出せば褒められる。でも、誰も僕を見ていない。”

 “評価されるために、生きてるわけじゃないよね?”

 

 それらは、制度が“拾ってはいけない声”だった。

 形式は正しい。でも、意味が違った。

 “正しく答える”ことと、“自分の声で答える”ことの間にある、
深くて、測定不能なギャップ。

 

 僕は、そのノートをそっと閉じた。

 記録紙を取り出し、余白にこう書いた。

 

《詠唱内容は模範的。だが、意味内容に“揺れ”あり》

《教師評価:空欄。判定不能。記録者補足:要観察》

 

 ポケットの中で、マッチくんがカサリと動いた。

「それ、制度的に一番やっかいなやつだよ」

 声は落ち着いていた。
 でも、その奥にあるものは──妙に重かった。

 

「“評価できない”ってことはさ、“制度が分からない”って言ってるのと同じ」

「それ、制度の“限界点”ってやつなんだよね」

 

 僕はマッチくんに視線を向けた。
 けれど、炎はいつものように揺れているだけだった。

 口に出すのが、少し怖くなった。

 僕は評価不能となったノートの内容を、自分の端末で補足記録した。

「記録者としての補完行為」──それ自体は認められている。
 むしろ、正確な記録を残すためには必要なこと。

 ……なのに。

 その補足を、公式のログに送信しようとしたときだった。

 画面に表示されたのは、見慣れないメッセージだった。

 

《アクセス階層制限:この記録は既に“下位層”に送信されました》

《該当記録は、評価不能処理ログに分類されています》

《再評価不可》

《再書き込み:無効》

《この画面は5秒後に自動的に閉じられます》

 

 ……下位層。

 その言葉が、喉の奥で引っかかるように残った。

 制度内では明文化されていないはずの概念。
 記録者の教本にも、教育省のガイドラインにも載っていない。

 でも、確かに表示された。

「評価不能」というだけで、
 この記録は、記録そのものから外された。

 

 ポケットの中で、マッチくんが熱を帯びた。

「ねえ、知ってた?」

「評価されなかった記録って、“存在しなかったこと”になるんだよ」

「それでも君、書くの?」

 

 その問いに、僕はすぐに答えられなかった。

 書くことが、制度に抗う行為になる。
 その先にあるのは、評価不能どころか、“記録者失格”かもしれない。

 でも──

 

 僕は、評価欄の空白に、自分のペンでこう書き込んだ。

 

 “評価不能/記録継続”

 

 文字が揺れた気がした。

 紙の端が、ほんのわずかに焦げる。

 でも僕はもう、迷わなかった。

 

 存在しないことにされる記録なら、
 せめて“僕だけは”──覚えておきたかった。



---------------------

この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
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