名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

文字の大きさ
4 / 20

第4話 ログは、焼却処理されました

しおりを挟む
 記録番号:R-0336-γ-2
 アクセス対象:教員用記録端末(許可階層B)
 記録者:僕(主観者刻印済)

 教室の空気は、いつもと変わらないように見えた。

 模範解答の詠唱も、教師の評価読み上げも、
 生徒たちの「正しい」挙手のタイミングも。

 けれど、僕の中では、何かが止まっていた。

 あの日から、ずっと。

 ──詠唱に失敗し、光に包まれて、名前を失った生徒のこと。

 制度上、もう彼は「存在しない」。

 記録にも、出席にも、何一つ痕跡は残っていない。

 ……でも、僕は記録した。
 席番号、時間、担当教師、詠唱の内容と、彼が最後に口を噛んだ瞬間まで。

 それらの記録が、“存在しない”ことになっている今、
 僕には、それが「何かに書き換えられた」ように思えた。

 その確認をするために、放課後の記録室へ向かった。

 記録者用の端末とは異なり、職員用の記録端末には、
 授業ログ、適合判定、注意報告、指導指針といった内部データが保存されている。

 僕は見習い記録者という立場を利用して、階層Bへの閲覧権限を持っていた。

 許可されている範囲ではある。
 ただ、それを“実際に使う者”は少ない。

 制度は正しい。記録も正しい。
 それを疑う必要はない──
 そう、彼らは信じているから。

 室内には誰もいなかった。
 アクセスログが残るのが嫌で、時間をずらして来た。

 端末のディスプレイが光り、アクセス音が低く鳴る。

 目的の記録は、4限目の授業。
 観察対象:席番23。記録番号【R-0328】。

 スクロールして該当時間帯を探る。
 しかし──

 そこには、空白のログブロックと、ただ一行のテキストだけが残されていた。

 

《手動補正済:ログ書換コードZ-89/教育記録保全のため》

 

 ──手動補正。
 つまり、教師の判断によって、「正しい記録」に上書きされたということ。

 そのとき、端末のモニターの表面が、薄く、わずかに歪んだ気がした。

 手動補正──その言葉が、胸の奥にじわりと広がった。

 正しい記録に修正するために、元の記録は“不要”になった。
 それが、制度の方針だ。

 端末をさらに操作して、書き換え前のログ履歴を探す。

 記録階層はロックされているはずだった。
 なのに、僕の指先がスワイプした瞬間、一瞬だけ何かが表示された。

 ──席番23/詠唱エラー(発音阻害)
 ──判定:不適合
 ──処理:即時適合措置

 そのあと、ブロック全体がふっと消える。
 削除された記録が、一瞬だけ“残像”のように浮かび上がった気がした。

 

 今残っているログには、こう書かれていた。

 

《23番:詠唱成功/模範達成/指導ログ省略》
《記録適合度:100%》
《記録担当:T-04(教師ID)》

 

 ──嘘だ。

 僕の記録と、あの連絡帳と、あの日見た光景。
 それらは全部、「失敗」だった。

 それなのに、公式の記録は“模範”だったことになっている。

 あの日、あの生徒は“消された”。

 でも、今この記録の中では、
 彼は「間違えなかった」ことにされていた。

 

 僕は画面を閉じ、深く息を吐いた。

 制度は、現実を整える。
 整えるために、削る。
 削るために、誰かを「いなかったこと」にする。

 その方法の名前が、“補正”なのか。

 

 次の日、僕は担当教師に声をかけた。

「先生、4限目の記録の件で……23番の席の生徒について、確認したいことがあります」

 教師は、一瞬だけ止まった。

 目線が、何かを探すように宙を泳いだ。

 

「……23番? ああ、あそこ空席だったよね」

 

「失礼ですが、授業記録では“模範達成”と書かれていましたが……」

 

「それ、前回のログと混ざってない? 君、疲れてるんじゃない?」

 

 教師の声は笑っていたけれど、目は笑っていなかった。
 まるで、薄い膜のような何かが、その目の奥に貼りついているように見えた。

 違和感があった。
 でも、それが“どこ”なのか、はっきりとは分からなかった。

 ただ、僕の中に何かが積もっていく音だけがした。

 記録用紙に向かって、僕はゆっくりとペンを動かした。

 観察記録ではなく、
 評価ログでもなく、
 制度に沿った報告でもない。

 ただ、自分の思考を残すように、書いた。

 

《教育記録の“正しさ”とは、誰の視点で決まるのか?》

《制度が求めるのは、現実の保存か、理想の再構成か?》

 

 その瞬間、ポケットの中でふわりと熱が揺れた。

 マッチくん。

 僕は、彼を取り出さなかった。

 けれど、彼の声ははっきりと聞こえた。

 

「ログってさ、“都合のいい真実”に調整できるんだよね」

 

「僕、前にも見たことあるよ。焼却される記録、いっぱいあった」

 

「なんで知ってるの?」
「君、いったい何を見てきたんだ?」

 

 問いかけに、マッチくんは答えなかった。

 ただ、静かに──炎が、すっと細くなった。

 風もないのに、炎の端が震えていた。

 

 誰かの声が聞こえた気がした。
 でも、それはノートの中の言葉のように、すぐにかき消えた。

 

 記録室の照明が、いつもより少しだけ暗く感じた。
 いや、違う。
 僕の目が、制度の“影”を見てしまったからかもしれない。

 

 僕は記録用紙のページを閉じた。

 そして、ふと思った。

 

 ──完璧な制度というのは、
 “間違いを認めない制度”という意味かもしれない。


---------------------

この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

処理中です...