うちの拾い子が私のために惚れ薬を飲んだらしい

トウ子

文字の大きさ
9 / 12

しおりを挟む
「うーん、先生はいつもそれだねぇ」

断られることにも慣れている農夫達は、気にする様子もなく首を傾げる。
これほど美人で気立が良くて博識で、ついでに多分良いお家の出だろうと思われる気品に満ちた青年が、若い身空で生涯を捧げようと思うのは、一体どんな相手なのだ、と。

「そりゃあ都のおひとかい」
「都人には敵わんだろうけどね。村長の娘もいい子だよ?まぁ、アンタほど綺麗じゃないけどね」

茶々を入れるのが好きなお調子者の男が、若い娘が聞いたら泣き出しそうな台詞を言えば、他の者たちもケラケラと笑いながら同意する。

「そりゃそうだ!」
「男でも女でも、先生より綺麗なひとはなかなかいないだろうさ」
「そうそう!帝様の後宮にだって、いやしないさ!」
「前の帝様は、美人なら男も女も喰っちまったって言うからなぁ。先生みたいな美人が後宮にいたら大変だったろうなぁ」
「いやいや、いまの帝様だって、先生みたいな美人がいたらきっとお喜びになるだろうよ」
「……いえ、そんな」

田舎者達の飾り気のない心からの賛辞に、青年は居心地の悪そうな顔で否定する。

「……きっと後宮には、僕などおよびもつかない色とりどりの花が咲き乱れていることでしょう。董が立った僕のような雑草は、景観を損なうと引っこ抜かれて捨てられてしまいますよ」

淡々と謙遜する青年の声には、わずかに陰りがある。けれど、朴訥な農夫たちは気にすることなく、知る限りの言葉で青年の美貌を讃えた。

「んなことないだろうよ、先生は天女みたいだからな!」
「そこらのお貴族様に見つかって、うっかり攫われねぇかって心配してるくらいさ!」
「帝様の後宮だろうと一番綺麗だと思うぞ?わしらは後宮の中なんぞ見たことがないけどな!」

あっはっは、と何度目かの大笑いの後で、口数少なく複雑そうな顔をしている青年の様子に、農夫たちは「やりすぎた」と反省した。ちらちらと視線を交わす男たちに呆れた目を向けながら、年嵩の農夫が静かに口を開いた。

「まぁ、そもそも先生は立派な男だ。お前らの言いたいことは分かるが、先生への賛辞に相応しい文句でもなかったわなあ」

ちょっと失礼な発言も混ざっていたことを示唆されて、先ほどまでペラペラと喋っていたお調子者が慌てて頭を下げた。

「違いねぇや。許せよ先生、純粋に褒め言葉のつもりだったんだ!」
「いえ、そんな、怒っているわけでは……」

常に穏やかな青年だが、珍しく気分を損ねたかと、気のいい農夫たちは次々と、慌てた様子で手を合わせて謝る。
自分より年上の男に頭を下げられて困惑する青年を見て、年嵩の男は目を細めて呵呵と笑った。

「はっはっは!まぁ、とりあえず先生は、理想を下げて、さっさと結婚するがいいさ」
「村長の娘が醜女みたいな言い方よせや、この村一の別嬪だぞ?」
「そうだそうだ!だがまぁ、先生が美人すぎるのが全部悪いな!」

悪気の欠片もない農夫たちが、けろりとした顔で肩を揺らして笑い合う。青年は苦笑して、眉を下げながら視線を逸らした。そして、都のある方角に顔を向けた青年は、痛みを堪えるような、懐かしむような目でぼんやりと眺める。

「……まぁ、いつか。忘れることが出来たら考えます。当分は無理でしょうけれど」

あっさりと、けれどキッパリと言い切る青年に、農夫達は苦笑いを浮かべる。

「まぁ、今は良いご時世だからな。ゆっくり考えるがいいさ」
「昔はみんなが生き急いでいたけどなぁ」

しみじみとした発言に、苦い声で過去を振り返る男の声が被さる。農夫たちへと視線を戻した青年は、無言で話の続きを待った。

「そうだなぁ……あの頃は明日が見えなかったからなぁ」
「家族揃って冬を越せることなんて考えられんかった」
「うちは、上から三人の子はみんな冬が越せなかったよ」

次々と悲しげな言葉が重なる。今は陽気で日々楽しげなこの村も、かつては悲痛な嘆きに満ちた場所だったのだ。青年は傷ついた顔で眉を寄せ、唇を噛んで目を伏せた。

「でもなぁ、今は良い」

年嵩の男ののんびりとした声が、暗い空気を払う。男はゆっくりと穏やかな風景を見回してから、長年の農作業で日に焼けた皺の多い顔をくしゃりと崩して笑った。

「帝様が変わってから、本当に良い時代だよ。今は税の取り立てに怯え、冬を恐れなくて良い」
「そうだなぁ。明日の不安がなく、幸せに暮らせる」
「新しい帝様のおかげだぁなぁ」
「俺たちゃあ、ついてるぜ!」

笑顔の戻った者たち達の前向きな言葉に、青年は目を丸くした後で、嬉しそうに微笑んだ。

「……そうですね。今は、良い時代です」

噛み締めるように言う青年に、農夫達は「おぉ、そうだなぁ」と頷き破顔する。そしてまた、和気藹々と噂話に興じ始めた。

「悪い貴族はみんな、帝様が倒しちまったしなぁ」
「ここ数年で、良い貴族のお家から嫁がれたお后様との間に、何人もお子様がお生まれだしな。良いことばっかりだぁ」
「都に出稼ぎに行った奴らの話だと、皇子様たちも健やかにお育ちだそうだぞ。時々祭りの時にお顔を観れるらしい」
「あの帝様のお子様なら、きっとそんなひどいことはなさるまいよ」
「そうだそうだ、未来は明るいぞぉ!」
「あっはっは」

調子の良い掛け声にみんなが笑い合い、そしてそれぞれが昼食を片付け始める。

「さてと、作業に戻るかぁ」
「先生、引き止めて悪かったな」
「いえ、こちらこそ」

気のいい農夫達の言葉を合図に、青年も地面に置いていた荷物を肩にかけ直し、にこりと微笑む。

「僕も楽しい時間が過ごせました。ありがとうございました」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

βな俺は王太子に愛されてΩとなる

ふき
BL
王太子ユリウスの“運命”として幼い時から共にいるルカ。 けれど彼は、Ωではなくβだった。 それを知るのは、ユリウスただ一人。 真実を知りながら二人は、穏やかで、誰にも触れられない日々を過ごす。 だが、王太子としての責務が二人の運命を軋ませていく。 偽りとも言える関係の中で、それでも手を離さなかったのは―― 愛か、執着か。 ※性描写あり ※独自オメガバース設定あり ※ビッチングあり

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話

紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。 理想の彼氏はスパダリよ! スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。 受:安田陽向 天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。 社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。 社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。 ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。 攻:長船政景 35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。 いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。 妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。 サブキャラ 長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。 抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。 兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。 高田寿也:28歳、美咲の彼氏。 そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。 義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら

音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。 しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい…… ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが…… だって第三王子には前世の記憶があったから! といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。 濡れ場回にはタイトルに※をいれています おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。 この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。

オメガパンダの獣人は麒麟皇帝の運命の番

兎騎かなで
BL
 パンダ族の白露は成人を迎え、生まれ育った里を出た。白露は里で唯一のオメガだ。将来は父や母のように、のんびりとした生活を営めるアルファと結ばれたいと思っていたのに、実は白露は皇帝の番だったらしい。  美味しい笹の葉を分けあって二人で食べるような、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような、そんな穏やかな時を、激務に追われる皇帝と共に過ごすことはできるのか?   さらに白露には、発情期が来たことがないという悩みもあって……理想の番関係に向かって奮闘する物語。

姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました

天埜鳩愛
BL
魔法学校の卒業を控えたユーディアは、親友で姉の婚約者であるエドゥアルドとの関係がある日を境に疎遠になったことに悩んでいた。 そんな折、我儘な姉から、魔法を使ってそっけないエドゥアルドの心を読み、卒業の舞踏会に自分を誘うように仕向けろと命令される。 はじめは気が進まなかったユーディアだが、エドゥアルドの心を読めばなぜ距離をとられたのか理由がわかると思いなおして……。 優秀だけど不器用な、両片思いの二人と魔法が織りなすモダキュン物語。 「許されざる恋BLアンソロジー 」収録作品。

庶子のオメガ令息、嫁ぎ先で溺愛されています。悪い噂はあてになりません。

こたま
BL
男爵家の庶子として産まれたサシャ。母と二人粗末な離れで暮らしていた。男爵が賭けと散財で作った借金がかさみ、帳消しにするために娘かオメガのサシャを嫁に出すことになった。相手は北の辺境伯子息。顔に痣があり鉄仮面の戦争狂と噂の人物であったが。嫁いだ先には噂と全く異なる美丈夫で優しく勇敢なアルファ令息がいた。溺愛され、周囲にも大事にされて幸せを掴むハッピーエンドオメガバースBLです。間違いのご指摘を頂き修正しました。ありがとうございました。

処理中です...