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「うーん、先生はいつもそれだねぇ」
断られることにも慣れている農夫達は、気にする様子もなく首を傾げる。
これほど美人で気立が良くて博識で、ついでに多分良いお家の出だろうと思われる気品に満ちた青年が、若い身空で生涯を捧げようと思うのは、一体どんな相手なのだ、と。
「そりゃあ都のおひとかい」
「都人には敵わんだろうけどね。村長の娘もいい子だよ?まぁ、アンタほど綺麗じゃないけどね」
茶々を入れるのが好きなお調子者の男が、若い娘が聞いたら泣き出しそうな台詞を言えば、他の者たちもケラケラと笑いながら同意する。
「そりゃそうだ!」
「男でも女でも、先生より綺麗なひとはなかなかいないだろうさ」
「そうそう!帝様の後宮にだって、いやしないさ!」
「前の帝様は、美人なら男も女も喰っちまったって言うからなぁ。先生みたいな美人が後宮にいたら大変だったろうなぁ」
「いやいや、いまの帝様だって、先生みたいな美人がいたらきっとお喜びになるだろうよ」
「……いえ、そんな」
田舎者達の飾り気のない心からの賛辞に、青年は居心地の悪そうな顔で否定する。
「……きっと後宮には、僕などおよびもつかない色とりどりの花が咲き乱れていることでしょう。董が立った僕のような雑草は、景観を損なうと引っこ抜かれて捨てられてしまいますよ」
淡々と謙遜する青年の声には、わずかに陰りがある。けれど、朴訥な農夫たちは気にすることなく、知る限りの言葉で青年の美貌を讃えた。
「んなことないだろうよ、先生は天女みたいだからな!」
「そこらのお貴族様に見つかって、うっかり攫われねぇかって心配してるくらいさ!」
「帝様の後宮だろうと一番綺麗だと思うぞ?わしらは後宮の中なんぞ見たことがないけどな!」
あっはっは、と何度目かの大笑いの後で、口数少なく複雑そうな顔をしている青年の様子に、農夫たちは「やりすぎた」と反省した。ちらちらと視線を交わす男たちに呆れた目を向けながら、年嵩の農夫が静かに口を開いた。
「まぁ、そもそも先生は立派な男だ。お前らの言いたいことは分かるが、先生への賛辞に相応しい文句でもなかったわなあ」
ちょっと失礼な発言も混ざっていたことを示唆されて、先ほどまでペラペラと喋っていたお調子者が慌てて頭を下げた。
「違いねぇや。許せよ先生、純粋に褒め言葉のつもりだったんだ!」
「いえ、そんな、怒っているわけでは……」
常に穏やかな青年だが、珍しく気分を損ねたかと、気のいい農夫たちは次々と、慌てた様子で手を合わせて謝る。
自分より年上の男に頭を下げられて困惑する青年を見て、年嵩の男は目を細めて呵呵と笑った。
「はっはっは!まぁ、とりあえず先生は、理想を下げて、さっさと結婚するがいいさ」
「村長の娘が醜女みたいな言い方よせや、この村一の別嬪だぞ?」
「そうだそうだ!だがまぁ、先生が美人すぎるのが全部悪いな!」
悪気の欠片もない農夫たちが、けろりとした顔で肩を揺らして笑い合う。青年は苦笑して、眉を下げながら視線を逸らした。そして、都のある方角に顔を向けた青年は、痛みを堪えるような、懐かしむような目でぼんやりと眺める。
「……まぁ、いつか。忘れることが出来たら考えます。当分は無理でしょうけれど」
あっさりと、けれどキッパリと言い切る青年に、農夫達は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、今は良いご時世だからな。ゆっくり考えるがいいさ」
「昔はみんなが生き急いでいたけどなぁ」
しみじみとした発言に、苦い声で過去を振り返る男の声が被さる。農夫たちへと視線を戻した青年は、無言で話の続きを待った。
「そうだなぁ……あの頃は明日が見えなかったからなぁ」
「家族揃って冬を越せることなんて考えられんかった」
「うちは、上から三人の子はみんな冬が越せなかったよ」
次々と悲しげな言葉が重なる。今は陽気で日々楽しげなこの村も、かつては悲痛な嘆きに満ちた場所だったのだ。青年は傷ついた顔で眉を寄せ、唇を噛んで目を伏せた。
「でもなぁ、今は良い」
年嵩の男ののんびりとした声が、暗い空気を払う。男はゆっくりと穏やかな風景を見回してから、長年の農作業で日に焼けた皺の多い顔をくしゃりと崩して笑った。
「帝様が変わってから、本当に良い時代だよ。今は税の取り立てに怯え、冬を恐れなくて良い」
「そうだなぁ。明日の不安がなく、幸せに暮らせる」
「新しい帝様のおかげだぁなぁ」
「俺たちゃあ、ついてるぜ!」
笑顔の戻った者たち達の前向きな言葉に、青年は目を丸くした後で、嬉しそうに微笑んだ。
「……そうですね。今は、良い時代です」
噛み締めるように言う青年に、農夫達は「おぉ、そうだなぁ」と頷き破顔する。そしてまた、和気藹々と噂話に興じ始めた。
「悪い貴族はみんな、帝様が倒しちまったしなぁ」
「ここ数年で、良い貴族のお家から嫁がれたお后様との間に、何人もお子様がお生まれだしな。良いことばっかりだぁ」
「都に出稼ぎに行った奴らの話だと、皇子様たちも健やかにお育ちだそうだぞ。時々祭りの時にお顔を観れるらしい」
「あの帝様のお子様なら、きっとそんなひどいことはなさるまいよ」
「そうだそうだ、未来は明るいぞぉ!」
「あっはっは」
調子の良い掛け声にみんなが笑い合い、そしてそれぞれが昼食を片付け始める。
「さてと、作業に戻るかぁ」
「先生、引き止めて悪かったな」
「いえ、こちらこそ」
気のいい農夫達の言葉を合図に、青年も地面に置いていた荷物を肩にかけ直し、にこりと微笑む。
「僕も楽しい時間が過ごせました。ありがとうございました」
断られることにも慣れている農夫達は、気にする様子もなく首を傾げる。
これほど美人で気立が良くて博識で、ついでに多分良いお家の出だろうと思われる気品に満ちた青年が、若い身空で生涯を捧げようと思うのは、一体どんな相手なのだ、と。
「そりゃあ都のおひとかい」
「都人には敵わんだろうけどね。村長の娘もいい子だよ?まぁ、アンタほど綺麗じゃないけどね」
茶々を入れるのが好きなお調子者の男が、若い娘が聞いたら泣き出しそうな台詞を言えば、他の者たちもケラケラと笑いながら同意する。
「そりゃそうだ!」
「男でも女でも、先生より綺麗なひとはなかなかいないだろうさ」
「そうそう!帝様の後宮にだって、いやしないさ!」
「前の帝様は、美人なら男も女も喰っちまったって言うからなぁ。先生みたいな美人が後宮にいたら大変だったろうなぁ」
「いやいや、いまの帝様だって、先生みたいな美人がいたらきっとお喜びになるだろうよ」
「……いえ、そんな」
田舎者達の飾り気のない心からの賛辞に、青年は居心地の悪そうな顔で否定する。
「……きっと後宮には、僕などおよびもつかない色とりどりの花が咲き乱れていることでしょう。董が立った僕のような雑草は、景観を損なうと引っこ抜かれて捨てられてしまいますよ」
淡々と謙遜する青年の声には、わずかに陰りがある。けれど、朴訥な農夫たちは気にすることなく、知る限りの言葉で青年の美貌を讃えた。
「んなことないだろうよ、先生は天女みたいだからな!」
「そこらのお貴族様に見つかって、うっかり攫われねぇかって心配してるくらいさ!」
「帝様の後宮だろうと一番綺麗だと思うぞ?わしらは後宮の中なんぞ見たことがないけどな!」
あっはっは、と何度目かの大笑いの後で、口数少なく複雑そうな顔をしている青年の様子に、農夫たちは「やりすぎた」と反省した。ちらちらと視線を交わす男たちに呆れた目を向けながら、年嵩の農夫が静かに口を開いた。
「まぁ、そもそも先生は立派な男だ。お前らの言いたいことは分かるが、先生への賛辞に相応しい文句でもなかったわなあ」
ちょっと失礼な発言も混ざっていたことを示唆されて、先ほどまでペラペラと喋っていたお調子者が慌てて頭を下げた。
「違いねぇや。許せよ先生、純粋に褒め言葉のつもりだったんだ!」
「いえ、そんな、怒っているわけでは……」
常に穏やかな青年だが、珍しく気分を損ねたかと、気のいい農夫たちは次々と、慌てた様子で手を合わせて謝る。
自分より年上の男に頭を下げられて困惑する青年を見て、年嵩の男は目を細めて呵呵と笑った。
「はっはっは!まぁ、とりあえず先生は、理想を下げて、さっさと結婚するがいいさ」
「村長の娘が醜女みたいな言い方よせや、この村一の別嬪だぞ?」
「そうだそうだ!だがまぁ、先生が美人すぎるのが全部悪いな!」
悪気の欠片もない農夫たちが、けろりとした顔で肩を揺らして笑い合う。青年は苦笑して、眉を下げながら視線を逸らした。そして、都のある方角に顔を向けた青年は、痛みを堪えるような、懐かしむような目でぼんやりと眺める。
「……まぁ、いつか。忘れることが出来たら考えます。当分は無理でしょうけれど」
あっさりと、けれどキッパリと言い切る青年に、農夫達は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、今は良いご時世だからな。ゆっくり考えるがいいさ」
「昔はみんなが生き急いでいたけどなぁ」
しみじみとした発言に、苦い声で過去を振り返る男の声が被さる。農夫たちへと視線を戻した青年は、無言で話の続きを待った。
「そうだなぁ……あの頃は明日が見えなかったからなぁ」
「家族揃って冬を越せることなんて考えられんかった」
「うちは、上から三人の子はみんな冬が越せなかったよ」
次々と悲しげな言葉が重なる。今は陽気で日々楽しげなこの村も、かつては悲痛な嘆きに満ちた場所だったのだ。青年は傷ついた顔で眉を寄せ、唇を噛んで目を伏せた。
「でもなぁ、今は良い」
年嵩の男ののんびりとした声が、暗い空気を払う。男はゆっくりと穏やかな風景を見回してから、長年の農作業で日に焼けた皺の多い顔をくしゃりと崩して笑った。
「帝様が変わってから、本当に良い時代だよ。今は税の取り立てに怯え、冬を恐れなくて良い」
「そうだなぁ。明日の不安がなく、幸せに暮らせる」
「新しい帝様のおかげだぁなぁ」
「俺たちゃあ、ついてるぜ!」
笑顔の戻った者たち達の前向きな言葉に、青年は目を丸くした後で、嬉しそうに微笑んだ。
「……そうですね。今は、良い時代です」
噛み締めるように言う青年に、農夫達は「おぉ、そうだなぁ」と頷き破顔する。そしてまた、和気藹々と噂話に興じ始めた。
「悪い貴族はみんな、帝様が倒しちまったしなぁ」
「ここ数年で、良い貴族のお家から嫁がれたお后様との間に、何人もお子様がお生まれだしな。良いことばっかりだぁ」
「都に出稼ぎに行った奴らの話だと、皇子様たちも健やかにお育ちだそうだぞ。時々祭りの時にお顔を観れるらしい」
「あの帝様のお子様なら、きっとそんなひどいことはなさるまいよ」
「そうだそうだ、未来は明るいぞぉ!」
「あっはっは」
調子の良い掛け声にみんなが笑い合い、そしてそれぞれが昼食を片付け始める。
「さてと、作業に戻るかぁ」
「先生、引き止めて悪かったな」
「いえ、こちらこそ」
気のいい農夫達の言葉を合図に、青年も地面に置いていた荷物を肩にかけ直し、にこりと微笑む。
「僕も楽しい時間が過ごせました。ありがとうございました」
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