うちの拾い子が私のために惚れ薬を飲んだらしい

トウ子

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再会を告げる軍馬のいななき

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農夫達と手を振って別れた後、僕はいつものように家路を急いだ。
この村では、当然だが自分のことは何から何まで自分でしなければならない。今日は朝から村長の家に呼ばれてしまったために、洗濯も食事の用意も出来ていないのだ。早く帰って取り掛からなければ。

五年前に移住したこの村は、気のいい村人が多い。よそ者にも親切でとても住みやすく、この村を紹介してくれた相手には今も心から感謝している。
村人たちは、外からやってきた、なよなよした使えない痩せっぽっちにも、笑って仕事をくれた。今では「先生」なんて呼び慕ってくれる。

「幸せ、だね」

ポツリと呟いて苦笑した。まるで自分に言い聞かせるように響いたからだ。

「……後宮、か」

きっと今上帝の後宮には、柔らかく美しい花が、たくさん咲き誇っていることだろう。
その光景を思い浮かべようとして、ずきりと胸が痛む。

一つ首を振り、愚かなことだと自嘲した。
どこまでも気高く美しいあの人が、相応しい場所で、正しく振る舞っているのだ。
喜ばしいことのはずなのに。

なぜ僕は、喜べないのだろうか。

「きっともう、あの人は、僕のことなんか忘れている」

あの人の肩には何千何万の民の生活とこの国の未来がかかっているのだ。道端で拾った孤児のことなど、そしてその孤児を死なせてしまったことなど、さっさと忘れてしまうべきだ。そう思った。だから、僕は。

「ーーっ!」

物思いに耽っていたら、背後でざわりと風が騒いだ。
首を傾げて周囲を見回しても、特に普段と変わりはない。村はずれの我が家はもう目の前で、朝出かけた時のままの姿だ。

「……特に何もない、よね」

気のせいだ、と思いながらも、違和感を消し去れない。僕の何かおかしいという勘は、残念なことに大抵当たる。後宮で食事に毒を混ぜ込まれた時も、使用人に間者が紛れ込んでいた時も、僕はこの勘のおかげで難を逃れたのだ。ただ、不思議なのは、……危機感を感じないこと。

「いや。考えるのはやめよう。ここは都ではないのだから、何も起きるはずはない」

そう自分に言い聞かせて、僕は胸のざわつきを振り切るように後ろを向く。申し訳程度につけられた鍵を開けて、息を吐く。泥棒もいない田舎の村で何が起こるというのだ。不安なのか、それとも平穏に飽いて、何かを期待しているのか?

「馬鹿馬鹿しい。もしそうだとしたら、この平和を作り上げたあの人に、申し訳が立たないじゃないか」

愚かな自分に怒りすら感じる。もう考えるのはやめよう。夕食も作らねばならないし、今日はまだやることがたくさんあるのだから。

「穏やかな日常の尊さを、忘れないようにしないと」

自分に言い聞かせながら、さっさと家に入ってしまおうとした、その時。




「ーーーーンっ、ーーランッ」




「……え?」

どこかから、が聞こえた気がして、息を呑む。慌てて振り返って、僕は必死に声の主を探した。

聞こえたのだ。
呼ばれるはずのない僕の名前が。
あの時、胸を刺し貫いて、「僕」が死んだ時に。
捨てたはずの、僕の名前が。

必死に目を凝らしていると、都へと繋がる山道から、数頭の馬が姿を現した。馬の背は高く、こんな田舎町にはありえない、立派な軍馬のようだった。

「……え?」

戸惑っているうちに、その馬の中の一頭だけが、勢いよくこちらに駆けてきた。真っ黒な軍馬を見事に駆けさせるのは、背の高い軍服の男だ。

「そ、んな」

見覚えのある背格好、美しく馬を走らせる人馬一体の姿。
僕はバクバクと何かを予感して飛び跳ねる心臓を抑えようと、胸に手を当てた。そんな馬鹿な、ありえない。でも、あの人は、まさか。

「……やぁ、ラン」

僕の目の前で止まった黒馬。
その馬上の人に目を奪われ、僕は呼吸すらも忘れた。

「やっと見つけたよ」
「…………閣、下」

懐かしすぎる顔が浮かべた優しい笑みに、これは死の間際に見る夢なのかもしれない、と逃避じみたことを考えながら、僕は呆然と立ち尽くした。
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