うちの拾い子が私のために惚れ薬を飲んだらしい

トウ子

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心を捧げたひと1

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「いやぁ、ほんと良い時代になったわ」
「昔のことが信じられんなぁ」

国の外れにあるのどかな村の、真っ青な空の下。
呑気な顔の農民達が茶を飲みながら、楽しそうに昼飯を食べている。
広々とした田畑は色鮮やかに、実りの季節を謳歌していた。

「精が出ますね」

大樹の木陰で憩いつつ、休んでいた農夫達は、頭の上から聞こえてきた澄んだ声に顔を上げた。

「お、先生じゃないか」
「村長の娘さんのところからの帰り道かい?」
「ええ」

土手の上を歩いているのは、質素だが清潔感のある装いに身を包んだ、農村には似つかわしくない麗人だ。農夫達に『先生』と呼ばれる青年は、柔らかく笑みながら、日差し除けの帽子を後ろにずらして汗を拭う男たちに挨拶した。

「先日は美味しい野菜や果物を、どうもありがとうございました」
「なに、気にするな。今年は豊作で、たくさん採れたからな、おかぁが持ってけ持ってけってうるさいんだ」

壮年の男が短髪をかき上げながら豪快に笑うと、横から小柄な男もケラケラと笑い声を上げながら頷く。

「うちも、しょっちゅう母ちゃんが『先生んとこにお裾分けしてこい』って言うぞ。先生はエエ男だからなぁ」
「うちは五歳の娘が『このお花、先生にあげたい!』ばっかりだ。この女心泥棒め!」

次々と向けられる温かなからかいに、青年は苦笑して肩をすくめる。

「よそ者が珍しいだけですよ」
「んなことあるかい!」
「そうだそうだ、謙遜も過ぎると嫌味だぞ?」
「ははは」

数人の農夫達が皆からからと気持ちの良い笑い声を立てると、鳥達が笑い声の大きさに驚いて一斉に大樹の上から飛び上がった。

「おぉ、びっくりした」

ピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨ
青年達が目を見開いて上空を見上げると、小鳥達はうるさい人間達に向けて非難がましく鳴いてから、土手に並ぶ木々の方へと飛び移っていく。

「ははっ、鳥にうるせぇって叱られたや」
「笑いすぎたなぁ」
「そりゃ先生が面白えから仕方ねぇ」
「笑いすぎですよ、皆さん……」

居た堪れなさそうな顔で、困ったように小さくなる青年の世慣れていない振る舞いに、農作業で鍛えられた男たちはまた「はっはっは!」と腹の底から大笑いする。

「まぁ、冗談はそんなもんにして。……ワシらも、感謝してるんだよ」

ひとしきり若い青年を弄った後。
柔らかい目で青年を見て、そこにいた一番年上の男が口を開いた。

「子供達に文字や計算を教えてもらえて、ありがたいと思ってるんだ。だから、あんまり気にせんで貰ってくれや、先生」
「そうだよ、先生の塾のおかげで、足が悪くて農作業ができない息子も、隣町で商人の見習いになれたんだ。ありがとうな」

心のこもった感謝の言葉に、青年は恥ずかしげに頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。

「こちらこそ、嬉しいお言葉です。ありがとうございます」
「……ほんと、綺麗な顔をしてらっしゃるなぁ、先生は」

青年の天女もかくやという微笑に、一瞬呑まれて惚けていた農夫達は、しばらくしてから呆れたように言った。

「そういやぁ、先生、あんた、村長にとの婿にならんかって言われてるんだろう?」
「あー、はい。昨日言われました……よくご存知で」

朝の話が夕暮れには村の外れまで広まる、この狭い村の情報網に苦笑しながら、青年は頷く。

「良い話じゃあないかぁ。なんで受けないんだ?」
「もういい年だろうに、なんでまた」

農村では、十代半ばで身を固める者が多い。
「先生は、もう子供の一人や二人いても良い年頃だろう」とお節介を焼く親切な村人達に慣れている青年は、いつものように柔らかく断りの文句を口にした。

「僕は、心を捧げた方がおりますのでね」
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