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Ⅱ 嫌われ作戦を練る
③
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「なぁ、リン。良いオメガってどんなことすれば良いのか分かったか?」
「全然わからん。全く理解できなかった」
「同感。なにが『そこに居ればいい』だ。オメガは従順な態度で笑っていればいいってこと?」
「なんだか人形みたいだな。あとは、発情期でアルファの欲を満たせばいい、ってことかな? オメガとしての役を果たせば大切にされるって事か」
「オメガの存在って寂しいモノだな」
二人で顔を見合わせてため息をつく。
「僕たちは、僕たち自身を見てもらえることは、もう無いのかもしれないな。王子様の横で大人しく存在することだけを求められて、発情期にアルファに組み敷かれる存在。セレスと生きて行く未来とはかけ離れた未来だ」
自分で言っていてリンは悲しく虚しくなってきた。
「リン。辛いのは君だけじゃない」
セレスの言葉に頷く。
「そうだね。嫌な未来にならないように精一杯嫌われるんだ! 司教の言葉でひとつ分かったこともある。素直じゃないオメガってどうだろう?」
「お! さすがリン。皆がお飾りオメガを求めるなら、生意気にするとか? でも、殿下に反発することは反逆罪になりそうだし、できれば反感を買わずにリンが嫌われる方向が良いね」
「難しいな。生意気で反感を買わないオメガになる? かなりハードルが高い。下手したら断罪されそうだ」
王子殿下に嫌われたけれど、処刑されて死体で伯爵家に戻る、なんてことを考えてリンはブルリと震えた。
「だね。リンや伯爵家が危うくなることは避けたいね。この作戦の最低限ルールが一つ決まった。リンの安全を守る事と伯爵家に影響がない事。これは大切だ」
セレスの言葉にリンは深く頷いた。
「この図書館は教会図書館だから、きれい事が書いてある本ばかりだ。ハッピーエンドと幸福論が多くてダメだ。やっぱり大衆図書を見たいね」
「だな。理想論じゃなくて現実を知りたいよね。よし! 次に行こう!」
司教に感謝を伝えて挨拶をしてから兄の予約してくれたレストランに向かった。
邸宅風なレストラン。庭園の一望できる個室でのコース料理。兄がメチャメチャ気を使ったのだと分かり、セレスと笑って食事した。まるでいつものセレスとのデートだと思えてリンは楽しくなっていた。セレスがいるだけでリンの世界が明るく照らされている。
食後に書店に向かった。本を買って帰れば部屋に籠って作戦を立てられるから、沢山買って帰ろうと考えた。いつもは欲しい本を侍従に頼んで買ってきた貰うから、書店に入るのは初めてだ。これまで立ち寄らなかったのは市民向け書店への出入りは控えるように貴族教育を受けているから。だから店内の様子に驚いた。
教会図書館では見かけなかったのに、書店では専用コーナーまであるくらいアルファとオメガの恋愛ストーリーがあふれていた。小説やオメガ写真集、アルファファッション誌、バース性に関する書物が店の半分を埋め尽くしているのではないかと思うほどだった。リンとセレスは絵柄の美しい本、気になった小説、や艶めかしい写真集まで手当たり次第に購入した。
これまでリンはオメガとアルファの恋愛話など興味がなく目に止めていなかったけれど、世の中の人たちは『アルファとオメガ』というものに大変興味があるのだと知った。セレスとリンは周囲が驚くほど沢山の本を買い求めて伯爵邸に戻った。
「夕食までに戻れたね」
「あぁ、あとは読破するぞ!」
「あ、ねぇリン。これ見て。一般市民に生まれた男性オメガが写真集出しているから」
セレスと写真集を開き、すぐに二人して無言になる。
「え? 一般のオメガって、こんな事までするの?」
その写真集の中身は、ほぼ裸のオメガが卑猥なポーズで写っていた。ページを進めると途中から全裸。狂ったように自慰をしている写真。泣き叫んでいそうな写真。表題には『発情期』と書かれていた。
「ごめん。僕は、ちょっとこれは見ていられない」
セレスが目を逸らす。そうだ。セレスは抑制剤が効かずに発情期が来ている。
「ごめん。やめよう。何て言うか、娯楽用? なのかな?」
言っていて辛くなる。オメガは娯楽とか性の対象として世間でこんな風に扱われているのか。
「いや、これは現実だと思う。女性が売春とかで性をお金にすることがあるように、男性オメガも性を売りにしていることがある。そしてそれを求める世間があるってこと。それが知れて良かったじゃないか」
そう言いながらセレスは表情が暗い。
「セレス、大丈夫?」
「うん。僕には、ちょっとキツイ現実だ」
写真集から目を逸らすセレスを見て、リンはこれと似た数冊をグローゼットの奥に仕舞い込む。
「見たくないモノは見ない。ほら、他を見てみよう!」
漫画や写真系は避けてアルファとオメガの恋愛小説を数冊並べる。リンが一冊を手に取るとセレスも一冊を手に取る。一度読み始めると面白くて二冊三冊と読みふけった。
セレスは時々涙を拭きながら読んでいた。マリーに頼んで夕食はサンドイッチとスープを部屋に運んでもらい、二人で本を手離さず過ごした。
「なぁ、セレス。僕はこんなに楽しい本があるなんて知らなかった。家庭教師の先生や学校の本と全然違う! 恋愛っていいな。アルファとオメガの運命ってすごいな」
「だね。僕も初めて読んだ。大衆娯楽本ってあまり手に入れられないから。でも、楽しい! これは書店で人気コーナーができるのが分かる。オメガとアルファって素敵だねぇ」
本を胸に抱えて恍惚とした表情のセレス。
「僕たちも、こんな恋愛が出来たら良かったね」
現実は全然違うから、という言葉は飲みこんだ。互いに同じことを思ったのかセレスと目線を合わせて同時に溜息をつき、可笑しくて笑い出す。
「ダメダメ。きっと物語は現実には無い想像の世界だから素敵なんだ」
「それはそうだね。でも、ここに良いオメガの見本があるよ。この物語の主人公オメガたちは皆、貧しくて可哀そうな境遇から完璧なアルファに助けられてシンデレラストーリーを駆けあがっている。つまり、オメガとは弱くて貧しいのが良いのかもしれないな」
「セレス、良いとこに気が付いたね。僕が読んだこの本には、ライバル貴族オメガが出てきて、主人公の一般人オメガに意地悪するんだ。で、貴族オメガは罰せられて没落する。一般人オメガは幸せになり貴族オメガは男娼に落ちていく。立場逆転してハッピーエンドだ。つまり、貴族オメガであるだけで嫌われる存在になれるかも。僕が少し意地の悪い顔を見せれば完璧かもしれない」
「そうなのか。世間的には僕たちは嫌われ者なのか。でもさ、リン。意地悪して王城でリンが罰せられたら困る。リンが孤立しても困る。つまり、意地悪はダメだ。金持ちで高貴ですって前面に出すだけで少し嫌われ方向にいくかも」
「ふむふむ。なるほど」
「ちょっと、リン。そうやって寝ながらお菓子パクパクしていたら親しみやすいオメガになるよ。高貴な嫌みな感じだよ! やってみて!」
「はぁ? 嫌み風にお菓子を食べるのか? あ、じゃぁこれは?」
リンは本の挿絵を思い出し、ツンケン貴族オメガを真似て小指をぴんと立ててクッキーを口に運ぶ。顎を少し上げて、セレスを見下すようにしてみる。
「あれ? 違う、かも。それじゃ下品な食べ方だ。ダメダメ。リンの品位が落ちてしまう」
「あははは! 嫌われるための作戦、意外と難しいな。下品は困るなぁ。一応、伯爵家の者として品位を損なうわけにはいかない」
「じゃ、完璧な高貴なオメガ方向で行こう。親しみやすさが無いオメガ。それなら好かれないかもね」
「完璧貴族オメガで『勘に触る存在だ』と思わせるわけか。王子様にも効くのかな?」
「効果あるはずだ。ほら、今日読んだ本の中の王子様たちは貴族オメガには飽きて、一般の貧しいオメガが大好きだって内容ばかりだった」
「そうか。そうだね! よし、一応伯爵家の者として貴族教養は学んでいる。ボロを出さずに完璧に高貴なオメガを演じ切ればいいのか!」
「そうだよ、リン。僕たちにはもともと嫌われ要素の貴族オメガが備わっている。あとはそれを研ぎ澄ませばいいんだ」
その夜、基本方針が決まった。『高貴な完璧貴族オメガを演じて王子殿下に飽きてもらおう』だ。セレスが綺麗な字で紙に書いてくれた。
それからセレスと笑いながらも真剣に作戦を考えた。恋愛小説の悪役オメガを徹敵的に研究した。アルファを見下すオメガと自信過剰といった悪役オメガの悪いところ集めをした結果、やってみるべき十個の作戦が出来上がった。
『王子殿下に嫌われるための十の作戦
基本:高貴な完璧貴族オメガを演じて王子殿下に飽きてもらう
その一:上流階級では成し得ない、お金で解決できないワガママ(市場露店や酒場に行きたいとか)を言う。
その二:ぶりっ子のように可愛子ぶる。
その三:社交ダンスで足を踏む。
その四:お茶会で茶をこぼす。
その五:王子殿下を「結構普通なのですね」と言う。
その六:寝相が悪い。歯ぎしりをする。
その七:手づかみで食べ物を食べる。
その八:田舎っぽさを見せる。階段駆けおりや手すり滑り。
その九:ビッチなフリをする。お風呂に誘うなどハレンチ行為をする。
その十:奥の手「あなたが嫌いです」と伝える。(不敬罪になるかも。できれば使わない)』
「できた。ギリギリ間に合って良かった」
「あぁ、完璧。セレス待っていて。きっと王子殿下に嫌われて出戻ってくる」
「待つよ。だけど、僕が望む一番は、リンの安全と幸せだ。お願いだから無理だけはしないで」
「うん。わかっている」
明日はリンが王城に向けて出立する日。作戦を考えるのに一か月かかってしまった。
セレスと懸命に駆け抜けた一か月だった。これまでずっと一緒だったセレスとは明日でお別れだ。リンが慣れ親しんだ伯爵邸と伯爵領地ともお別れ。セレスとの最後の夜はベッドを横付けにして手を繋いで眠った。温かなセレスの手を感じてリンは涙が止まらなかった。暗い部屋で時々セレスが漏らす嗚咽にリンの心が締め付けられた。
翌日午前、リンは婚約者であるカロール殿下のもとに向けて出立した。
これから婚約者という立場で王城暮らしとなる。格下の者が嫁ぐときには従者を連れていけない。相手に全て任せるのが作法。リンはせめて侍女のマリーを連れていきたいと思うが、伯爵家からそれを進言出来ない。知らない王都で一人で過ごさなくてはいけない現実に恐怖を感じる。伯爵邸から出たことのないリンに耐えられるのだろうか。
結婚前のお試し期間であり正式な祝言ではない。盛大に門出を祝うことはしないが、家族使用人総出で見送ってくれた。セレスも見送りに参加してくれた。悔しさと寂しさでリンの心は押しつぶされそうだった。
馬車で五日かけて王都への旅路。急ぐ旅ではない。父と兄が同伴している。王家から派遣された近衛兵に警備されて仰々しい一行だ。
リンは誰から見られても完璧なように振舞った。それはセレスと決めた『完璧な貴族オメガ』を演じていないと心が悲しみと不安で割れてしまいそうだったから。
父と兄は「リンはすごいな」と褒めていた。『スゴイわけないだろうが! これは精一杯の虚勢だよ!』と言い返したいところだが我慢した。もうリンの戦いは始まっていると覚悟を決めたから。
唇を噛みしめてリンは前を向いた。
「全然わからん。全く理解できなかった」
「同感。なにが『そこに居ればいい』だ。オメガは従順な態度で笑っていればいいってこと?」
「なんだか人形みたいだな。あとは、発情期でアルファの欲を満たせばいい、ってことかな? オメガとしての役を果たせば大切にされるって事か」
「オメガの存在って寂しいモノだな」
二人で顔を見合わせてため息をつく。
「僕たちは、僕たち自身を見てもらえることは、もう無いのかもしれないな。王子様の横で大人しく存在することだけを求められて、発情期にアルファに組み敷かれる存在。セレスと生きて行く未来とはかけ離れた未来だ」
自分で言っていてリンは悲しく虚しくなってきた。
「リン。辛いのは君だけじゃない」
セレスの言葉に頷く。
「そうだね。嫌な未来にならないように精一杯嫌われるんだ! 司教の言葉でひとつ分かったこともある。素直じゃないオメガってどうだろう?」
「お! さすがリン。皆がお飾りオメガを求めるなら、生意気にするとか? でも、殿下に反発することは反逆罪になりそうだし、できれば反感を買わずにリンが嫌われる方向が良いね」
「難しいな。生意気で反感を買わないオメガになる? かなりハードルが高い。下手したら断罪されそうだ」
王子殿下に嫌われたけれど、処刑されて死体で伯爵家に戻る、なんてことを考えてリンはブルリと震えた。
「だね。リンや伯爵家が危うくなることは避けたいね。この作戦の最低限ルールが一つ決まった。リンの安全を守る事と伯爵家に影響がない事。これは大切だ」
セレスの言葉にリンは深く頷いた。
「この図書館は教会図書館だから、きれい事が書いてある本ばかりだ。ハッピーエンドと幸福論が多くてダメだ。やっぱり大衆図書を見たいね」
「だな。理想論じゃなくて現実を知りたいよね。よし! 次に行こう!」
司教に感謝を伝えて挨拶をしてから兄の予約してくれたレストランに向かった。
邸宅風なレストラン。庭園の一望できる個室でのコース料理。兄がメチャメチャ気を使ったのだと分かり、セレスと笑って食事した。まるでいつものセレスとのデートだと思えてリンは楽しくなっていた。セレスがいるだけでリンの世界が明るく照らされている。
食後に書店に向かった。本を買って帰れば部屋に籠って作戦を立てられるから、沢山買って帰ろうと考えた。いつもは欲しい本を侍従に頼んで買ってきた貰うから、書店に入るのは初めてだ。これまで立ち寄らなかったのは市民向け書店への出入りは控えるように貴族教育を受けているから。だから店内の様子に驚いた。
教会図書館では見かけなかったのに、書店では専用コーナーまであるくらいアルファとオメガの恋愛ストーリーがあふれていた。小説やオメガ写真集、アルファファッション誌、バース性に関する書物が店の半分を埋め尽くしているのではないかと思うほどだった。リンとセレスは絵柄の美しい本、気になった小説、や艶めかしい写真集まで手当たり次第に購入した。
これまでリンはオメガとアルファの恋愛話など興味がなく目に止めていなかったけれど、世の中の人たちは『アルファとオメガ』というものに大変興味があるのだと知った。セレスとリンは周囲が驚くほど沢山の本を買い求めて伯爵邸に戻った。
「夕食までに戻れたね」
「あぁ、あとは読破するぞ!」
「あ、ねぇリン。これ見て。一般市民に生まれた男性オメガが写真集出しているから」
セレスと写真集を開き、すぐに二人して無言になる。
「え? 一般のオメガって、こんな事までするの?」
その写真集の中身は、ほぼ裸のオメガが卑猥なポーズで写っていた。ページを進めると途中から全裸。狂ったように自慰をしている写真。泣き叫んでいそうな写真。表題には『発情期』と書かれていた。
「ごめん。僕は、ちょっとこれは見ていられない」
セレスが目を逸らす。そうだ。セレスは抑制剤が効かずに発情期が来ている。
「ごめん。やめよう。何て言うか、娯楽用? なのかな?」
言っていて辛くなる。オメガは娯楽とか性の対象として世間でこんな風に扱われているのか。
「いや、これは現実だと思う。女性が売春とかで性をお金にすることがあるように、男性オメガも性を売りにしていることがある。そしてそれを求める世間があるってこと。それが知れて良かったじゃないか」
そう言いながらセレスは表情が暗い。
「セレス、大丈夫?」
「うん。僕には、ちょっとキツイ現実だ」
写真集から目を逸らすセレスを見て、リンはこれと似た数冊をグローゼットの奥に仕舞い込む。
「見たくないモノは見ない。ほら、他を見てみよう!」
漫画や写真系は避けてアルファとオメガの恋愛小説を数冊並べる。リンが一冊を手に取るとセレスも一冊を手に取る。一度読み始めると面白くて二冊三冊と読みふけった。
セレスは時々涙を拭きながら読んでいた。マリーに頼んで夕食はサンドイッチとスープを部屋に運んでもらい、二人で本を手離さず過ごした。
「なぁ、セレス。僕はこんなに楽しい本があるなんて知らなかった。家庭教師の先生や学校の本と全然違う! 恋愛っていいな。アルファとオメガの運命ってすごいな」
「だね。僕も初めて読んだ。大衆娯楽本ってあまり手に入れられないから。でも、楽しい! これは書店で人気コーナーができるのが分かる。オメガとアルファって素敵だねぇ」
本を胸に抱えて恍惚とした表情のセレス。
「僕たちも、こんな恋愛が出来たら良かったね」
現実は全然違うから、という言葉は飲みこんだ。互いに同じことを思ったのかセレスと目線を合わせて同時に溜息をつき、可笑しくて笑い出す。
「ダメダメ。きっと物語は現実には無い想像の世界だから素敵なんだ」
「それはそうだね。でも、ここに良いオメガの見本があるよ。この物語の主人公オメガたちは皆、貧しくて可哀そうな境遇から完璧なアルファに助けられてシンデレラストーリーを駆けあがっている。つまり、オメガとは弱くて貧しいのが良いのかもしれないな」
「セレス、良いとこに気が付いたね。僕が読んだこの本には、ライバル貴族オメガが出てきて、主人公の一般人オメガに意地悪するんだ。で、貴族オメガは罰せられて没落する。一般人オメガは幸せになり貴族オメガは男娼に落ちていく。立場逆転してハッピーエンドだ。つまり、貴族オメガであるだけで嫌われる存在になれるかも。僕が少し意地の悪い顔を見せれば完璧かもしれない」
「そうなのか。世間的には僕たちは嫌われ者なのか。でもさ、リン。意地悪して王城でリンが罰せられたら困る。リンが孤立しても困る。つまり、意地悪はダメだ。金持ちで高貴ですって前面に出すだけで少し嫌われ方向にいくかも」
「ふむふむ。なるほど」
「ちょっと、リン。そうやって寝ながらお菓子パクパクしていたら親しみやすいオメガになるよ。高貴な嫌みな感じだよ! やってみて!」
「はぁ? 嫌み風にお菓子を食べるのか? あ、じゃぁこれは?」
リンは本の挿絵を思い出し、ツンケン貴族オメガを真似て小指をぴんと立ててクッキーを口に運ぶ。顎を少し上げて、セレスを見下すようにしてみる。
「あれ? 違う、かも。それじゃ下品な食べ方だ。ダメダメ。リンの品位が落ちてしまう」
「あははは! 嫌われるための作戦、意外と難しいな。下品は困るなぁ。一応、伯爵家の者として品位を損なうわけにはいかない」
「じゃ、完璧な高貴なオメガ方向で行こう。親しみやすさが無いオメガ。それなら好かれないかもね」
「完璧貴族オメガで『勘に触る存在だ』と思わせるわけか。王子様にも効くのかな?」
「効果あるはずだ。ほら、今日読んだ本の中の王子様たちは貴族オメガには飽きて、一般の貧しいオメガが大好きだって内容ばかりだった」
「そうか。そうだね! よし、一応伯爵家の者として貴族教養は学んでいる。ボロを出さずに完璧に高貴なオメガを演じ切ればいいのか!」
「そうだよ、リン。僕たちにはもともと嫌われ要素の貴族オメガが備わっている。あとはそれを研ぎ澄ませばいいんだ」
その夜、基本方針が決まった。『高貴な完璧貴族オメガを演じて王子殿下に飽きてもらおう』だ。セレスが綺麗な字で紙に書いてくれた。
それからセレスと笑いながらも真剣に作戦を考えた。恋愛小説の悪役オメガを徹敵的に研究した。アルファを見下すオメガと自信過剰といった悪役オメガの悪いところ集めをした結果、やってみるべき十個の作戦が出来上がった。
『王子殿下に嫌われるための十の作戦
基本:高貴な完璧貴族オメガを演じて王子殿下に飽きてもらう
その一:上流階級では成し得ない、お金で解決できないワガママ(市場露店や酒場に行きたいとか)を言う。
その二:ぶりっ子のように可愛子ぶる。
その三:社交ダンスで足を踏む。
その四:お茶会で茶をこぼす。
その五:王子殿下を「結構普通なのですね」と言う。
その六:寝相が悪い。歯ぎしりをする。
その七:手づかみで食べ物を食べる。
その八:田舎っぽさを見せる。階段駆けおりや手すり滑り。
その九:ビッチなフリをする。お風呂に誘うなどハレンチ行為をする。
その十:奥の手「あなたが嫌いです」と伝える。(不敬罪になるかも。できれば使わない)』
「できた。ギリギリ間に合って良かった」
「あぁ、完璧。セレス待っていて。きっと王子殿下に嫌われて出戻ってくる」
「待つよ。だけど、僕が望む一番は、リンの安全と幸せだ。お願いだから無理だけはしないで」
「うん。わかっている」
明日はリンが王城に向けて出立する日。作戦を考えるのに一か月かかってしまった。
セレスと懸命に駆け抜けた一か月だった。これまでずっと一緒だったセレスとは明日でお別れだ。リンが慣れ親しんだ伯爵邸と伯爵領地ともお別れ。セレスとの最後の夜はベッドを横付けにして手を繋いで眠った。温かなセレスの手を感じてリンは涙が止まらなかった。暗い部屋で時々セレスが漏らす嗚咽にリンの心が締め付けられた。
翌日午前、リンは婚約者であるカロール殿下のもとに向けて出立した。
これから婚約者という立場で王城暮らしとなる。格下の者が嫁ぐときには従者を連れていけない。相手に全て任せるのが作法。リンはせめて侍女のマリーを連れていきたいと思うが、伯爵家からそれを進言出来ない。知らない王都で一人で過ごさなくてはいけない現実に恐怖を感じる。伯爵邸から出たことのないリンに耐えられるのだろうか。
結婚前のお試し期間であり正式な祝言ではない。盛大に門出を祝うことはしないが、家族使用人総出で見送ってくれた。セレスも見送りに参加してくれた。悔しさと寂しさでリンの心は押しつぶされそうだった。
馬車で五日かけて王都への旅路。急ぐ旅ではない。父と兄が同伴している。王家から派遣された近衛兵に警備されて仰々しい一行だ。
リンは誰から見られても完璧なように振舞った。それはセレスと決めた『完璧な貴族オメガ』を演じていないと心が悲しみと不安で割れてしまいそうだったから。
父と兄は「リンはすごいな」と褒めていた。『スゴイわけないだろうが! これは精一杯の虚勢だよ!』と言い返したいところだが我慢した。もうリンの戦いは始まっていると覚悟を決めたから。
唇を噛みしめてリンは前を向いた。
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