アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

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Ⅲ いざ、王城へ! 嫌われるぞ!

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 王城に到着して、一息つく間もなく国王陛下、王妃殿下、王太子殿下へのご挨拶と婚約の儀が執り行われた。

その場を持って、伯爵家から王家にリンの身分を移譲となる。正式にジャルル伯爵家次男リン・ジャルルから、カロール王太子婚約者リン・ジャルルとなる。

儀式には父と兄が同席した。「伯爵家としてこの度のお達しを有難くお受けいたします」と膝をついたまま受諾の言葉を父が王家に伝えた。リンは白の衣装に身を包み、膝をついて形式上の返答を返し、床だけを見ていた。

室内にとても良い香りが漂っていて、それだけがリンの心を高鳴らせた。王家は最高のお香を焚いているのだと思った。森林の木々の様な清涼な香り。

婚約の儀を終えると、父と兄とはその場で別れた。リンは最後まで王太子殿下の顔を見なかった。見たくもなかった。儀式終了してすぐ案内役の数名の侍女に付き従い、王城に与えられるリンの部屋に行った。儀式は簡素で形だけなのだと感じた。


「リン様、こちらがリン様のお部屋にございます。部屋には専用の侍女が三名つきます。私はその一人でハカルと申します。全員ベータ女性でございます。リン様が何不自由なく過ごされますよう努めてまいります」
案内をしてくれた侍女がそれぞれ自己紹介をしてきた。

アルイ、レノと名乗った。覚えておこうと思った。そしてリンは完璧な貴族オメガだと思ってもらうために精一杯微笑みを向ける。

「歓迎に心より感謝申し上げます。どうぞよろしくお願いします。自室内では出来るだけ一人で過ごしたいのですが、許されますか?」

「もちろんでございます。御用があるときにお呼びいただければ、室内に私どもが勝手に入ることはありません。お食事やお茶は自室内のリラックスルームにお運びできますが、夕食は王家のダイニングルームで召しあがることが決め事でございます。本日はお疲れでしょうから自室内で夕食をとることも出来ます。リン様の室内をご説明して本日は下がらせていただきます」

ハカルの物わかりの良さに会釈で感謝の意を伝える。夕食はリンの居室に運んでもらった。

 リンに与えられた居室は広かった。王城の五階に位置し、中庭庭園が見渡せる部屋。玄関スペースが十畳ほどあり豪華なテーブルにソファーセット。訪問者をここで対応できるように玄関に接客スペースが設けられている。王太子妃や王妃になると外商の出入りなど訪問が多く、この接客スペースが大切であると説明を受けた。

そこを抜けると廊下があり、侍従用控室、サービスルームルーム、トイレ、書斎が左右に続き、突き当りにプライベートリラックスルーム。ここはキッチン完備のダイニングリビングルームだ。

その奥が寝室。寝室奥には広い浴室にクローゼットも備わっていた。寝室の壁にあるドアだけは開かなかった。

洋館ホテルの最高級スイートルームのようだと考えて、そりゃそうかとリンは納得する。ここはこの国の王城だ。素晴らしいに決まっている。


 食事が終わりハカルたちを下がらせて、やっとリンは一息をついた。もう外が暗い。ここまで完璧に隙のないお高いオメガを演じている。きっと『とっつきにくい貴族オメガだ』と周囲に評価してもらえたはず。室内に一人になり、どさりとソファーに倒れ込む。

「あぁ、疲れた。セレスに会いたい」
言葉にするとジワリと滲む涙を隠すように、リビングに用意されたお菓子をつまむ。カットフルーツと飲み物など十分な量が用意してくれてある。

「うん。美味しい。お菓子も最高級だ」
テーブルに用意されたお茶を飲み、大きな窓からの庭園を見る。整備された緑と花々。ライトアップされている。噴水が美しい。外の空気を吸いたくなった。

寝室のベランダは広く、テーブルセットが置かれている。出ても良いということだろう。
「よし! 夜の一人お茶会だ!」

リンは寝室に行き大きな窓を開け放つ。初秋の涼しい風が入る。気持ちいい。ベランダに出て外を眺める。

「うん。すごく綺麗だ。緑の匂いもする。気に入った!」
リンは自分を元気づけるように一人お茶会の準備を始めた。リビングからお茶セットを運び、少しのお菓子とフルーツをベランダのテーブルに並べる。

「うん。いいじゃんか。星も綺麗だ。まるでジャルル領地の夜空だ」
一人満足して席に座る。

「セレス、元気かなぁ」

空を見上げてリンは冷えた紅茶を口にする。セレスの名を呼んでみると、妙に寂しくてホロリと涙がこぼれる。ズビッと鼻をすすって袖で涙を拭く。

「泣くな、泣くな! 頑張れ、リン。そうだ。絶対に嫌われて三行半もらって伯爵邸に帰るんだ! こんなオメガいらないって思わせるんだ! 僕は最低最悪のオメガになりきるんだ!」

零れる涙をどうにも出来ず、自分を励ますように声に出して拳を握り締める。その時、ガタンと隣のベランダで音が鳴った。

隣の部屋は真っ暗だ。窓から明かりが漏れていない。途端に怖くなってリンは震えた。心臓がドキドキ恐怖に鳴り響く。

「だ、だれ? 誰か、いるの?」
椅子から立ち上がり逃げる姿勢をとろうとしたとき、バサバサっと飛び立つ鳥。闇空に飛び立ったのは、大フクロウだ。

「わ! 鳥だったのかぁ」
ホッと安心してリンは椅子に座り直す。

すると、さきほど飛び立った大きなフクロウが戻ってきてリンのベランダの欄干に止まった。これには驚いたが、お茶相手が出来たことにリンはとても嬉しくなった。

「へぇ、人慣れしているのかな? それとも僕が一人だから励ましてくれるの? 何にしても大歓迎だ! 来てくれてありがとう! あいにく人間のお菓子しかないや。フルーツは、いらないか。ね、フクロウさん。もう少し一緒にいてよ」

必死にリンが話しかけると、大きな瞳をくるくるして首をかしげるフクロウ。

「可愛いなぁ」
驚かさないよう近づかずに話しかける。

「ねぇ、僕は王子殿下の婚約者だって。これは僕から拒否できないんだ。だから、僕は王子様に嫌われたいんだ。王子様から『お前みたいな最低オメガはいらない』って捨ててもらいたくて。ここは華やかな王都じゃないか。きっと僕より相応しい女性オメガが居ると思うんだよ。僕じゃなくて良いはずだ。そこでだよ、フクロウ君。聞いて驚くな。僕は王子様に嫌われるための十の作戦を考えてきたんだよ!」

少し興奮してフクロウにリンが話しかけた。フクロウは羽をバサつかせて『グルル?』と可愛い鳴き声を出した。その様子が相槌を打っているかのように愛らしくてリンは笑った。

「あはは。フクロウ君、素敵なお返事ありがとう。そうだろう? 僕、すごいだろう? そっか。聞きたいよね? じゃ、少しだけ教えちゃおうかな~~?」

逃げずに話を聞いてくれるフクロウに心が明るくなって、胸の内ポケットに大切にしまっていた紙を出す。

「ほら。僕の大切なセレスが書いてくれたんだ。あ、セレスは僕の恋人だった人だよ。同じオメガなんだ。とても綺麗な男性オメガなんだ」

そっと紙に書かれた字を指で撫でる。セレスの愛らしい微笑みを思い出してリンの頬が緩む。

「フクロウ君、いいかい? 作戦その一は、『ワガママを言う』だよ。王子殿下では叶えられないようなすっごいワガママ言っちゃうからね。普段すましていて完璧な貴族オメガな僕が、王都の労働者層が集まるような酒場に行きたいって言うんだ。しかもお忍びで行きたいって王子殿下に言うんだよ! 王子様は王家の人だから、そんなの絶対拒否だろ? こいつ頭おかしいのかって思ってもらえるだろ? あぁ、楽しみだな。これだけで嫌ってもらえるかもしれない!」

途中から興奮してリンがフクロウに語りかける。フクロウはしきりに首を左右にかしげている。まるで本当に聞いてくれている様でリンは嬉しくなった。

「ね、フクロウ君はお城の庭に住んでいるの? 時々遊びに来てくれないかな? 僕、一人きりなんだ」

リンの声に『ホゥ?』と可愛く鳴き声を出すフクロウ。


「リン様? リン・ジャルル様、いらっしゃいますか??」
室内から侍女の声が響き、驚いてリンが席を立つとフクロウがバサバサっと飛び立つ。夜空に舞う美しいフクロウを見送り、室内に声をかける。

「ここです。何かありましたか?」
室内には青い顔をしたハカルたちがいた。

「あぁ、良かったです。就寝前の御用聞きに何度か訪室ブザーを押したのですが、反応がなく心配いたしました。どちらにいらしたのですか?」 

「ベランダです。素敵な庭園なので、ここでお茶をいただいていました」

「まぁ、夜は少し冷えます。お身体に障ります。ご入浴はまだですか? では湯を温め直してまいります。よく身体を温めてくださいませ。ベランダの片付けは私共が行います。さ、窓を閉めて」

ハカルに片づけをお願いし、促されるままに入浴して就寝の準備を整える。胸ポケットにしまった紙を服の上から触り『高貴なオメガ』を演じる自分になるよう気持ちを戻す。

驚かせてしまい申し訳なかったと謝罪すれば、ハカルたちは頬を染めて「とんでもないです。もったいないお言葉です」と言ってくれた。ここの侍女と上手くやっていけそうだと思った。
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