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じゅん

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二章 引きこもりの鬼

二章 6

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「来るな!」
 近づく毬瑠子とマルセルに向かって鬼は叫けぶ。
「まだ言いますか。あなたはもう、なにもできないでしょう」
「違う。オレに近づくと、みんな不幸になるんだ」
 肩から足首まで黒マントに包まれて横たわる鬼の隣りにマルセルは屈んだ。
「どういうことでしょう。あなたは、わたしたちのために近づくなと言っていたのですか?」
 鬼は黙ってマルセルから顔をそむける。その先には毬瑠子がいて目が合った。
 鬼の瞳が見開かれ、小さく呟く。
「忍(しのぶ)……」
 忍? 
 誰かの名前だろうか。毬瑠子は首をかしげる。
「あなたが抵抗せず、逃げないと誓えば拘束を解きますよ。あなたの話を聞かせてください」
 マルセルに返事をせず、鬼は視線を落とした。
「むしろ話していただけなければ、ずっと拘束したままです」
 鬼は凛とした印象の一重の瞳を閉じてから、諦めたように何度が瞬きをした。
「……わかった。オレの話を聞けば逃げ出したくなるだろう」
 顔を上げた鬼と毬瑠子は再び目が合った。
 ドキリとする。なんと切なくみつめてくるのだろうか。しばらく青みがかったその瞳に引き込まれていたが、鬼から視線を外された。
「そして二度とここへは来るな」
 鬼の拘束は解かれ、そして過去を語りだした。

   * * *

 人々にあやかしが見え、共に生きていた時代。
 なにかにつけて悪者にされていた鬼はやさぐれていた。歩いているだけで因縁をつけられる。
 そればかりではなく、この鬼には最近、悪いことが立て続けに起こっていた。なにをしても裏目に出る。厄災をまとい、厄災を振りまく存在になっているのではないかと思い始めていた。
 嫌われ者になっていた鬼に唯一声をかけていたのが、忍だった。
 忍は村に住む農家の若い娘で、一人でいる鬼に食べ物を分け与えるなど、傍に来ることが多かった。
 忍は胸まである黒髪を首の後ろで一つに結い、小袖はつぎはぎだらけでいつも土色に汚れていた。貧しい家の生まれであるのは間違いない。おそらく、自分の食事を鬼のために残して持ってきているのだ。
「オレに関わるなよ。最近オレ、ついてないんだ。不幸がうつるぞ」
「大丈夫よ。笑顔でいれば、不幸なんて寄りつかないわ」
 その笑顔が、優しさが嬉しくて、鬼は忍を無碍にはできなかった。
 そんな鬼が一年で一番嫌いな日が、節分だ。
 人と会うと豆をぶつけられるので隠れていなければいけない。しかし、隠れているというのに、わざわざ見つけ出されては豆をぶつけてくる。
 しかも彼らは目を狙ってくるのだ。
 人は穀物に魔よけの力があると信じ、豆を「魔目」の語呂合わせとして、鬼の目に豆をぶつけると邪気を払えると考えていた。鬼いじめも甚だしい。
 しかし鬼は剛腕なので、うっかり暴れると人を一捻りできてしまう。下手に抵抗することもできず、逃げ回るほかないのだ。
 そして今年もまた節分の日がやってきた。鬼は豆から逃げ回っていた。
 そんななか。
「鬼は内、鬼は内」
 そんな声が聞こえてきた。
 鬼は声のする藁ぶき屋根の家に入った。
「やあ、来たね」
「これはまた綺麗な鬼さんだこと」
 鬼を迎えたのは温厚そうな夫婦と、その娘の忍だった。
「鬼さんは毎年逃げ回ってるでしょ。おっとうとおっかあに相談したら、鬼さんを泊めていいって」
「オレが怖くないのか?」
 鬼が驚いて尋ねると、三人はにっこりと鬼に笑いかけた。
「鬼さんくらい強ければ、本当はこの村ごと潰せるんじゃないのかい? 逃げ回ってくれるなんて、なんて心の優しい鬼だろうと思っていたよ」
 忍の父親の言葉に、二人もうなずいた。
 その言葉を聞いて、無意識のうちに鬼は涙していた。そんな温かい言葉をかけられたのは初めてだった。
 一家は鬼を温かい料理でもてなしてくれた。決して裕福な家庭ではない。その日を暮らすがやっとのはずだ。
 その料理からは鬼を労いたいという想いが充分に伝わり、また鬼の涙腺を緩ませた。
 例年ならば節分の寒空の中、身を震わせて一晩過ごしていたはずだった。四人は夜更けまで談笑し、そして床に就いた。
 ずっと孤独だった鬼の、初めての温かな夜だった。
 そして夜が明け、鬼は感謝しながら家を出た。こんな幸せな節分は今までになかった。
 鬼が山に戻ると、地面が揺れた。
 何事かと周囲を見回すと、山の一部が崩れたようだ。
「忍の家のほうだ」
 鬼は真っ青になりながら忍の家に向かった。
 土砂が、たった一軒だけを狙いすましたように押しつぶしていた。
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