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二章 引きこもりの鬼
二章 10
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「仲間……」
青藍はクロの大きな瞳をみつめた。クロは満面の笑みを浮かべてうなずいた。首の鈴がチリンと鳴る。
「鬼よ、こやつらの話を真に受けるでないぞ。おまえが人にされた仕打ちを考えてみよ。してもいない罪を擦り付けられ、悪態をつかれ、迫害されるぞ。おまえの存在自体が悪とみなされるのだ」
青藍は古傷をえぐられたかのように悲痛な表情になる。
疫神は鬼ににじり寄った。
「それに比べ、静かな山は最高ではないか。誰にも干渉されずに心穏やかに過ごせる。共に行こうぞ」
疫神は青藍の背に手をのせた。青藍は、今度は振り払わなかった。
「ダメよ青藍さん。ここにいるみんな、今日から仲間だから。あなたを一人になんてしない」
「毬瑠子」
青藍は顔を上げて毬瑠子を見た。
「名前、憶えてくれてたんだ」
毬瑠子は嬉しくて顔をほころばせる。
「青藍、あなたはどうしたいのですか?」
マルセルはいつも自分で選択をさせる。ただ与えられるものには価値がないとでもいうように。
「オレは、もう山には戻らない」
青藍は立ち上がり、正面から疫神を見据えた。訣別の意思だ。
「長い付き合いじゃったのに、ワシを一人にするのか。さすがは鬼畜生じゃ」
厄神は涙目になっている。毬瑠子はちょっと可哀想になってきた。厄神も好きで厄神に生まれたのではないだろう。
「あなたもここにいていいのですよ」
マルセルはにっこりと微笑んだ。
「ほら、ここにはたくさん小豆粥があります。たくさん食べて、あなたが身にまとっている厄を落としましょう。疫神から厄を取ったら、どんな神になるのでしょうね。貧乏神が福の神に生まれ変わるという逸話もあるくらいですから、あなたもきっと人々に愛される神になることでしょう」
疫神は「ひっ」と後退りした。
「ワシは愛や喜びという感情が大嫌いなんじゃ、虫唾が走る。わしはこのままでええんじゃ。変わりたくなどない。もうええわい。ワシ好みの棲家くらいいくらでもある。さよならじゃ」
疫神は逃げ出した。
「おや、行ってしまいましたね。疫神がどうなるのか、本当に興味があったのですが」
マルセルはドアを見ながらワインを傾けた。
その様子がおかしくて、毬瑠子は笑い出していた。クロも笑う。
そして青藍もつられたように微笑んだ。
それは何百年ぶりかの笑みだったのだろう。ぎこちないその笑みは、張りつめていた氷を溶かす薫風のように爽やかだった。
そして、その笑みは毬瑠子の胸を直撃した。
マルセルや蘇芳に感じる、美しすぎる者を見て心臓がびっくりしてしまう「ドキリ」ではない。擬音にするならば、胸を締め付ける「キュン」だった。
なに、今の。
毬瑠子は胸を押さえた。心臓が高鳴る。頬も火照っている。
いやいや、今日会ったばかりでまさか、とトキメキを否定しながら毬瑠子はカウンター内に戻った。
「青藍、これであなたは自由ですよ」
マルセルが青藍に話しかけた。
「ありがとう。不思議な気分だ」
青藍は胸を押さえて微笑んだ。そして毬瑠子に顔を向ける。
「毬瑠子、さっきの小豆粥をもう一杯くれないか。ちゃんと味わいたい」
「はい、温めますね」
青藍に頼まれて、毬瑠子はコンロに火をかけた。
固めの小豆粥を椀によそって、青藍に運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう」
そう答える青藍はじっと毬瑠子を見つめている。
青藍はクロの大きな瞳をみつめた。クロは満面の笑みを浮かべてうなずいた。首の鈴がチリンと鳴る。
「鬼よ、こやつらの話を真に受けるでないぞ。おまえが人にされた仕打ちを考えてみよ。してもいない罪を擦り付けられ、悪態をつかれ、迫害されるぞ。おまえの存在自体が悪とみなされるのだ」
青藍は古傷をえぐられたかのように悲痛な表情になる。
疫神は鬼ににじり寄った。
「それに比べ、静かな山は最高ではないか。誰にも干渉されずに心穏やかに過ごせる。共に行こうぞ」
疫神は青藍の背に手をのせた。青藍は、今度は振り払わなかった。
「ダメよ青藍さん。ここにいるみんな、今日から仲間だから。あなたを一人になんてしない」
「毬瑠子」
青藍は顔を上げて毬瑠子を見た。
「名前、憶えてくれてたんだ」
毬瑠子は嬉しくて顔をほころばせる。
「青藍、あなたはどうしたいのですか?」
マルセルはいつも自分で選択をさせる。ただ与えられるものには価値がないとでもいうように。
「オレは、もう山には戻らない」
青藍は立ち上がり、正面から疫神を見据えた。訣別の意思だ。
「長い付き合いじゃったのに、ワシを一人にするのか。さすがは鬼畜生じゃ」
厄神は涙目になっている。毬瑠子はちょっと可哀想になってきた。厄神も好きで厄神に生まれたのではないだろう。
「あなたもここにいていいのですよ」
マルセルはにっこりと微笑んだ。
「ほら、ここにはたくさん小豆粥があります。たくさん食べて、あなたが身にまとっている厄を落としましょう。疫神から厄を取ったら、どんな神になるのでしょうね。貧乏神が福の神に生まれ変わるという逸話もあるくらいですから、あなたもきっと人々に愛される神になることでしょう」
疫神は「ひっ」と後退りした。
「ワシは愛や喜びという感情が大嫌いなんじゃ、虫唾が走る。わしはこのままでええんじゃ。変わりたくなどない。もうええわい。ワシ好みの棲家くらいいくらでもある。さよならじゃ」
疫神は逃げ出した。
「おや、行ってしまいましたね。疫神がどうなるのか、本当に興味があったのですが」
マルセルはドアを見ながらワインを傾けた。
その様子がおかしくて、毬瑠子は笑い出していた。クロも笑う。
そして青藍もつられたように微笑んだ。
それは何百年ぶりかの笑みだったのだろう。ぎこちないその笑みは、張りつめていた氷を溶かす薫風のように爽やかだった。
そして、その笑みは毬瑠子の胸を直撃した。
マルセルや蘇芳に感じる、美しすぎる者を見て心臓がびっくりしてしまう「ドキリ」ではない。擬音にするならば、胸を締め付ける「キュン」だった。
なに、今の。
毬瑠子は胸を押さえた。心臓が高鳴る。頬も火照っている。
いやいや、今日会ったばかりでまさか、とトキメキを否定しながら毬瑠子はカウンター内に戻った。
「青藍、これであなたは自由ですよ」
マルセルが青藍に話しかけた。
「ありがとう。不思議な気分だ」
青藍は胸を押さえて微笑んだ。そして毬瑠子に顔を向ける。
「毬瑠子、さっきの小豆粥をもう一杯くれないか。ちゃんと味わいたい」
「はい、温めますね」
青藍に頼まれて、毬瑠子はコンロに火をかけた。
固めの小豆粥を椀によそって、青藍に運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう」
そう答える青藍はじっと毬瑠子を見つめている。
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